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14,幽霊の足は

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 僕が壱夏の家にいるという話は、生徒の間であっという間に広がった。まぁ全校生徒で100人いるかいないかくらいなので、もともと噂は回るのが早い。
 その結果なにが起こったかというと。


「頼む!」
 昼休みに知り合いの先輩から、校舎裏に呼び出された。
 挨拶もそこそこに彼から渡されたのは、小さなデジタルカメラだ。

「学校に持って来ちゃいけないんじゃ」
「だいじょぶだいじょぶ、俺、文化祭の記録係だから許可もらってるんだ」
 先輩がぴ、ぴ、と素早くカメラを操作する。
「これなんだけど」

 それは、どこかの海水浴場の画像。でれでれした顔の先輩が、可愛い女の子と2人で映っていた。
「彼女自慢ですか」
 リア充がと不機嫌を隠さず言うと、先輩は首を振る。
「モデルのミヅキちゃんだよ。去年海で偶然見つけてさ、ようやく1枚だけツーショット撮らせてくれて……で、頼みたいのは、ここ」
 画面の一角を指さされて、僕もようやく気づいた。

 海をバックに並んでいる2人。その左手に見える崖の下に、水面から飛び出る、いくつもの白い手があった。
 上へ、左へ、右へ、握って、開いて。
 海から伸びる手が蠢いているまさに一瞬を切り取った、それ。
「これ……は」
有馬ありまさぁ、一杭ひとくいさん家にいるんだろ?この写真、どうにかしてもらえないかなぁ?」
「どうって」
「ここだけ、お祓いして欲しいなって!」

 先輩は白い手を示し、掌を打ち合わせた。
 つまり僕が壱夏に仲介してくれと、そういうこと。
 そんなことを言われて、「はいいいですよ」なんていえるはずがない。日曜日のことを見ているから、なおさら。
 僕は持っていたカメラを先輩に押し付けた。

「できません」
「頼む!」
「もう教室に戻りますね」 
「待、て!」
「っぐ」
 去ろうとしたところで、後ろから羽交い締めにされた。
「そこをなんとか!同じ小学校のよしみだろ!」
「そ、そのよしみなら自分で直接お願いすればいいじゃないですか!」
「バッカおまえ……っ、一杭さんがこの手の頼み聞いてくれたことないの知らないのか!」
「知り、ません!」
「写真は燃やす、手紙は破る、カメラは投げて破壊されて冷たい目で睨まれるのがオチだ!」
「すっっっごく状況が目に浮かぶので、やっぱりこの話は聞かなかったことに」
「そこをなんとか! 頼む!土下座して頼んでようやくミヅキちゃんと撮った一枚なんだからあぁぁぁああ!!」









「はぁ……」
 縁側で僕は息を吐いた。
 校門前で堂々と待っていた黒塗り車に詰め込まれて、また一杭の家に帰ってきてしばらく。
 傍らには、おやつのどら焼きと緑茶。縁側でぼーっとしていたら、まなさんが持ってきてくれたものだ。

 僕は、預かってきたカメラを取り出した。
 あの後、先輩は土下座をしたまま顔をあげてくれなくて、授業チャイムで結局根負けした僕が、持って帰ることになったのだ。
「どうしよう」
 問題の写真を見る。
 イソギンチャクのような白い手は相変わらずそこにいて、光の加減だろうかわずかに動いたようにも見えた。
 
 壱夏に相談しようと思ったけれど、帰って早々、面談があるからと家のどこかへ消えていった。
 『仕事』が忙しいようだ。マンションの時も半年待ちって言っていたもんな。
 
 やっぱり、先輩には悪いけど、無理でしたって言って明日返そう。

「あれ?」
 撮影モードに切り替わった。電源を消そうとして、違うところを押したらしい。

 目で見るのとは違う光景。
 それが珍しくて、僕はレンズをどら焼きや庭に向けた。そういえばこういうの、あまり触ったことないや。
 次いで仰け反ってカメラを上に向けた。
 そこで、見下ろす壱夏の顔が画にうつる。
 パシャ。
「あ」
 思わずシャッターをきってしまった。
「なに、それ」
 後ろに、涼しげな顔の美少年が立っていた。切れ長の目が、僕が持っているカメラに向く。
「淳平、そんなの持ってた?」
「あー……えっと、先輩のデス」
「先輩? 誰?」
 睨まれた。
「……土間どま先輩」
「ああ。あのやたら交友関係が広くてテンションの高い」
「なんだ、壱夏も仲良かったんだ?」
「喋ったことはない」
 それで3つ学年が上の人を知っているのか。すごいな。

 壱夏が隣に座る。
 彼は僕の手の中にあるカメラを眺めた。

「それで家の中を撮影してこいって?」
「まさか!心霊写真が撮れたから、どうにかし……て、って」
「へぇ」
 壱夏が口の端を持ち上げる。しまったと思って僕は口を閉じた。
 こういうところで、上手く誤魔化す術を持たない自分が情けない。

「頼まれて断りきれなくて。明日ちゃんと返すから」
「貸して」
 手が差し出される。
 恐れていた事態に、さーっと僕の血の気が引いた。
「駄目だ! 借り物なんだから、油ぶっかけて爆発させるなんて……っ」
「しねぇよ」
「バッドでボール代わりに打ったり!」
「いいから貸せ」
「あぁぁあ」
 問答無用で奪い取られた。
 さよならツーショット写真。
「どの写真?」
 しかし予想に反して壱夏はカメラを丁寧に扱っていた。
 その様子に、ひとまず胸を撫で下ろす。操作する手元を覗いて、僕はひとつの写真を指した。
「どう?」
 聞くと、壱夏はちらりとこちらを見た。
「普通」
 うーん、予想外の感想。

「どうにかできる?」
 僕の問いに、彼は即答しなかった。
 じっと、真剣な表情で写真を見つめて微動だにしない。

「あー……いいよ、無理しないで」

 カメラを取り上げようと伸ばした手は、しかし宙を掴んだ。
 おや、と思って見れば、片手にカメラを持った壱夏が半身をひねっていた。もう一度。しかし今度も壱夏は僕の手を避けてしまい、カメラに触れることすらできなかった。
 バランスを崩して、壱夏の体に手をつく。至近距離で目が合った。

「水面から手を出す海のナニカは嫌いだ」

 ぽつりと壱夏が言葉を零す。

「幽霊になんで足がないと思う?」
「や……あらためて言われると……そういうものだとしか」

 この状況で聞かれて、僕は目をしばたたかせた。
 カメラのストラップに指を通した壱夏は、それをくるりと回して口を開く。
「多分、幽霊の足は向こうの世界にあるんだろうな」
 そう言って、壱夏は庭に下りて地面に足をつけた。掌をこちらに向けて、伸ばす。

「だって、足があるのが自分がいる世界だろ。 ……もう届かない世界に手を伸ばすくらいなら、いっそ自分のいる世界の底へ潜ってみろよと思う」

 僕は何も言えなかった。壱夏が飛び降りマンションの前でも、黒い影の男に見せた表情をしていたから。
 廊下の柱時計を確認した壱夏は、ぞんざいにカメラを投げてよこした。

「ごちそうさま」
 画面を見た僕は息を飲んだ。
 さっきまで確かに存在したはずの、イソギンチャクが綺麗さっぱりなくなっていたのだ。
「嘘……」
 だって、ついさっきまで。
 ぽかんと開けた口を、しかし僕はすぐに閉じた。驚くのは、むしろ失礼な気がして。
「ありがとう」
 壱夏は、優しい。
「ごめんな、もう断るようにするからさ。祓い料も僕が払うし」
 そこで、なぜか壱夏は一瞬動きを止めた。
「……別にいいよ。次も、頼んでくる奴の名前を教えてくれれば」
「お得意様にできるようなご家庭の奴はいないぞ」
「する気もないから安心しろ」
 壱夏はひらりと背中越しに手を振った。

 彼を見送ってから、もう一度、僕は画面を見た。
 微笑むミヅキちゃんと先輩は、先程よりなんだか嬉しそうな顔をしている気がした。



 




 次の日、カメラを確認した先輩は飛び上がって喜んだ。抱きついてキスしようしてきた時には、さすがに殴ったけど。でも、こんなに喜んでもらえたのならよかったのかな、と。
 そう思ったのが間違いだったらしい。

 ばさ。ばさばさばさばさ。

 下足箱を開けた途端に、僕の足下にたくさんの写真や手紙が滑り落ちた。
「へ?」
 予想外のことに一瞬固まった僕は、とりあえず、落ちたものを拾ってみた。

 それは手や足の数が多かったりする写真が数枚と、可愛い文字で『一杭くんへ』と書いてある可愛い封筒たち。
「なんで……うわぁあああ!?」
 顔をあげたとたん、自分の上靴に鎮座した、異様に髪の伸びた日本人形と目があって悲鳴をあげる。何これ、どういうこと!?

「お祓いしたいもんとか、頼むなら淳平を通すと確実って噂になってんぞ」
「は!?」
 後ろを通りつつ、ぼそりと言うタツを振りかえる。
 すがすがしい朝だというのに疲れた顔の親友が、溜息をついた。
土間どま先輩が言いふらしてる」
「ど、土間ぁぁああああああ」
有馬ありまくん!」
 そんなタツを突き飛ばして、同級生の女子、宮田さんが詰め寄ってきた。胸ぐらを掴まれる。
「お願い!一生のお願い!一杭くんの写真、私の分も撮ってきて!ずっと欲しかったけどどうしてもガードが固くて!土間先輩には撮ってあげたんでしょう?ずるい、ずるいよう!」

 壱夏の写真?
 ……そういえば、間違えてとった……データ消すの忘れて渡してしまってる!!!

「ラブレターなんかも受け入れ可って言ってた」
「誰にも見せないから!自分で楽しむだけだからぁぁぁ」
「く、苦し……っ宮田さん離して、その話は後で」
「絶対だからね!」
 僕は宮田さんを振り払い、人形や手紙を鞄に突っ込んで。これ以上なにか言われる前にと、ダッシュで土間先輩を探しに向かった。
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