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13,いつも通りの朝

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 教室のドアを開けた瞬間、一斉に同級生たちの視線が僕に向けられた。

「おは……」

 思わぬ歓迎に朝の挨拶が引っ込んだ。大人数(といっても十数人だけど)に無言で、文字通り穴があくほど見つめられるのは、とても居心地が悪いと知る。
 しかしそんな静寂は一瞬だった。

「淳平いいぃぃぃ大丈夫かあああああああ」
「ずっと休んでるから!心配したんだからな!」
「門で見たけどあの車なに!?黒塗りの高そうな!」
「「「どういうこと!」」」
「お、おおおお落ち着けええ」
 悪友達に肩を掴まれてぐわんぐわん振られ、朝食べたものが喉まで迫り上がった。

 飛び降りマンションのところで熱を出した僕は、そのまま壱夏の家で寝込むこととなった。この日、久しぶりに登校したのだ。
 小学校は2学年で1クラスだったけど、中学はさすがに1学年1クラスずつ。小学校で同じだった奴もいれば、他の小学校から上がってきた子もいる。
 一杭ひとくい家の出迎えベンツ初遭遇は、確かに驚くだろう。
「えっと……」
 しかし、どういうことと言われても、うまく説明できる気がしない。そもそも話が長くなりすぎる。

「馬鹿。先生から寝込んでるって聞いてただろ。病み上がりの奴振り回すな」
 タツが、囲む1人の頭を叩く。
 呆れた顔の、同級生でも頭一つ抜きんでている親友の姿。なんだかとても懐かしい。
 視線があって、タツが笑うような困ったような顔をする。
「まぁでも良かった。葬式の後だから、心配してたんだ」

 鶴の一声で、皆が我に返る。
 僕の肩を掴んでいた悪友が眉毛をさげた。ちらりと、まだ青痣が残る額に視線も。

「お悔やみ、申し上げます。……塩じいさんのこととか、大変だったな……」
「ううん、こっちこそ。お葬式に来てくれてありがとう」
 他の奴らも言葉を続ける。
 じいちゃんは本当に村の皆に愛されてたのだと、改めて実感する。

「それで、これからどうすんの?」
「……あー……いや」
 級友に聞かれても、何とも言えずに僕は言葉を濁すしかなかった。

 寝込んでいる間に数日が過ぎ、黙って出て行く機会が失われてしまった。それで、勉強のこともあるし一先ず登校したのだ。まなさんが運転する車に乗って。
 帰りも、校門前でお待ちしていますと言われている。

「遠いアメリカの親戚の家に行くって本当?」
「あれ? 塩崎さんとこで今まで通り住むんじゃなかった?」
「家から追い出されてホームレスしてるって!」
「なんだそれ」

 どうやら好き放題に噂にしていたらしい。

「俺は一杭さん家でお世話になるって聞いたけど」
 タツの言葉で、ぴりっと場の空気がしまる。
「うん……」
「いやほら、だって」
 皆が不自然に視線をそらす。仕草で、むしろ彼らがその話題を避けていたことに気づいた。

「席につけよー」
 そこでチャイムが鳴って、先生が入ってきた。
 まだ鞄を持ったままの僕を見て、体調は大丈夫かと心配そうに言う担任に頷いて、席に着く。
「じゃあ出席とるぞ」

 何も言わないということは、まだ、学校には施設や転校などの話は伝わっていないのだろうか。

 じいちゃんが生きてた頃と変わらない、いつも通りの朝。

「今日の日直は三渡みわたりか。よろしく」
 出席簿を確認していた先生が、隣の席のタツに持っていた日誌を預けた。








「で、実際どう?」
 体育の休憩中、水道のところで聞かれる。水を飲んでいた口を袖で拭って、僕はタツを見た。
「どうって?」
「一杭さん家」
「……どうもこうも別世界すぎて」

 寝込んでいるときも、至れりつくせりで申し訳ないことこの上ない。しかもかかりつけというお医者さんに往診までしてもらった。
 病院に行くのではなく来てもらうって……どんだけ。

 それに、祓い屋のこと。
 飛び降りマンションでの光景がちらついて、僕はそれに頭を振った。

「皆いい人ばっかだよ。お手伝いのおばちゃんのつくるごはんはおいしいし、まなさんっていう秘書の人はほんと細かいところまで気遣いする人でさぁ。だらしなさそうな保然ほぜんさん……ええと、父親みたいな人はなんかちょくちょく顔を見に来て、飴玉置いてくし。壱夏は」
「呼び捨て!?」
「ほ、本人が呼べって聞かねぇんだもん」

 言い訳すると、ふーん、と納得したようなしてないような声でタツは呟いた。

「なんか楽しそうだな」
「うん。まぁでも、すぐに出て行かないといけないから」
「……追い出されそうなのか?」
「あ、違う違う!ずっといていいって言われてるけど、さすがにそんなの申し訳ないだろ。俺もう孤児だし、施設に行くって言ってんのに」
「あのさ」

 そっぽを向いてがりがりと頭を掻いてから、タツは口を開いた。

「……うち、来るか?」

 僕はタオルを首にかけた。
「行きたいけど、お医者さんに今日はすぐ帰れって言われてて。明日なら」
「そうじゃなくて!」
「っ!」
 大声に、思わず背筋を伸ばした。
「住むとこないならうちに来たらいいだろ!って、そういう、話」
「……」
「いや、一杭さんとこに比べると汚ねぇし狭いけど、俺の部屋使うなら親もそんなに言わねぇと思う」

 ぽかんと口を開けた僕に、タツが、まくしたてる。遅れて彼の言葉の意図を汲み取って、僕は大きく首を振った。

「いや、いやいやそれは。だっておばちゃんとか」
「気にすんな。母さんは俺と淳平を交換したいっていつも言ってるし、父さんは今度いつ遊びに来るんだってうるせぇし」
 何度も遊びに行った、タツの家。
 肝っ玉母さん、という言葉がよく似合う彼の母親と、新聞を読むのが好きな朗らかな父親を思い出す。お葬式の日は2人とも出張で来られなかった。

「だから」
 タツの手が、頭に乗せられる。
「俺がなんとかするから。だから……そんな顔で、寂しそうにいうな」
「……」
「……なんだよ」
「ぶ」
 だめだ。我慢したけど吹き出した。
 一度堪えたものが溢れると、止まらない。お腹を抱えて僕は蹲った。
「いや、ごめん。タツが真剣だからつい」
「はぁあ?人が恥ずかしいの我慢して真面目に……っ、てめぇは!」
「ごめんってば! ダメだ、涙まで出てきた」

 謝りながら笑う。
 笑い転げる僕を見下ろしていたタツが、苦々しげに溜息をついた。

 神さま。彼が、僕の涙を、笑っているからだけだと思ってくれますように。

「タツは、本当に、良い奴だなぁ」
「よせよ」
 心の底から言うと、彼は何故か顔を歪めた。

「楽しそうなところ、ちょっといいかーい?」
 そこで声を掛けられて、振り返る。
 後ろに制服を着た先輩が3人立っていた。にやにや笑って、こちらを見ている。
 まだ授業中のはず。そう思ったところでタツがちょっと前に出た。
「……なんすか」
「いや用があるのはお前じゃなくて後ろの」
 僕?
「お前、今あの超でけぇ家にいるんだよな? 今朝車で学校来たのも見た」
「はぁ」
「淳平。いいから」
 タツが僕の背を押す。
 その場を離れても先輩達は引き止めることはなく、何かひそひそ話をしながら笑っていた。――――聞いてると、嫌な気持ちになるような声で。

「あいつら、煙草吸ったり酒飲んだり、よくないことに首つっこんでる。あんま関わんな」

 背中を押されるままちらりと後ろを見ると、彼らはポケットに手を入れたまま、校舎とは逆方向に歩き出していた。
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