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7,送る人

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 背中に氷を入れられたような寒気包まれて、全身に鳥肌が立つ。自分の体の変化がわからず、目を見開いて固まった僕は壱夏を見た。
 部屋は暗くて、表情はよく見えない。でも、分かる。
 笑ってる。

「よかった」
「え」
「それなら……」
 壱夏が突然身を翻した。僕の手首を掴んだままなので、つられて引っ張られる。

 部屋から出る。
 行列が終わったのか、家の中に人が増えていた。葬式の手伝いをしていた人たちが、壱夏と、彼に連れられる僕を見て息をのんだ。慌てたように姿勢を正す人もいる。
 それが全部風のように後ろに流れて、僕はただ訳の分からないまま引きずられた。

「こ、これは一杭さん、ご足労をおかけして」
 じいちゃんの息子が玄関にいて、壱夏を見て頭を下げる。
 そこでようやく壱夏は足を止めた。
「このたびはご愁傷様でした」
 僕の手を掴んだまま、壱夏が言う。
 いつものやる気のない感じではなく、丁寧な……というかどこかよそ行きの声だ。塩崎さんには酒屋時代からお世話になってと、一通りの挨拶を終えた後。
 彼はちらりと僕を見た。

「この子を施設にやると聞きましたが」

 この子。
 年下の、しかも小学生に言われたくない言葉である。

 壱夏は前を向いたままなので、僕は顔を引きつらせて、手を離させようと彼の指を摘んだが。さらに力が加わって、その痛みに呻くはめになった。

「は、……いや、あの……それは、」
 その上、余計なことをと喪主から視線で訴えられる。
 確かにこんなに人が居るところで話すことじゃない。
「一杭、あのさ」
 囁くとそこでようやく壱夏が振り返った。蕩けるような、とても嬉しそうな顔で。
「どうでしょう、少しでもこの村にいたご縁ということで……一杭うちで彼の面倒を見るというのは」
「「は?」」

 息子と僕の目が点になった。
 同じく話を聞いていた、村の人たちも。

「突然環境が変わるよりは、いいと思います。通う学校も同じですし、ご友人もいるようですし」
 壱夏がタツを見る。
 親友は、ヘビに睨まれたカエルのようにだらだら脂汗を流して硬直していた。
「とんでもない! 一杭さんの手を煩わせるわけには……っそれならもちろん父と同じように私が面倒を見させていただきますので、ええ」
 逃がさないと言うように、強い力で、壱夏と逆の腕を掴まれる。
 思わぬ言葉と行動に、間に挟まれた僕は喪主を見上げた。
「淳平くんも、それが一番だろう?」
「今更どの口が?」

 猫撫で声を、穏やかだけどバッサリと切り捨てる口調。

「何か誤解があったようで」
 大人の力が腕に伝わる。動きを封じるような、汗ばんだ大きな手だった。後ろには、彼の奥さんもいる。
 でも、2人の目は壱夏のみに注がれ、僕など一顧だにしない。

「それに、この子の方から施設に行きたいと伝えてきたんです」
「……え」
「もちろん!私も家内も止めたんですけど」
「ええ、迷惑になるからって。そんなこと全然ないのに」

 小さく声を出すと、被さるように2人が大声を出す。喪主が話す内容はそのまま進んで、訂正する間も与えられなかった。
 唇を噛んだ。この人たちにとって、僕はなんなのだろう。何を言われても傷つかない、人形だとでも思っているのか。

「何だ?」
「ほら、塩さんのもらわれっ子の」
 しかも今や騒ぎは大きくなって、好奇の目が至る所から浴びせられた。
「っ、一杭」
 もう居たたまれなくて、僕は、壱夏に掴まれた方の腕を引いた。
 しかし、絡む手は離れなかった。
「だーめ」
 静かに壱夏は言って。
「まな」
 呼びかけると、先程の綺麗なお姉さんが近づき。にこにこ笑いながら、赤い実のような唇を開いて壱夏に問う。
「なんでしょうか」
「廊下を曲がって、二つ目の部屋に荷物あるからとってきて。段ボール1個と青い鞄」
「畏まりました」

 軽い返事で音もなく廊下を戻ったその人は、僕の荷物を抱えて、息子に頭を下げた。運んだ先は、小学校の校門で何度となく見た黒い大きな長い車。そのトランクだ。
「いえ、ですから淳平くんは」
「今更と言いましたよ。お父様の人生の最後を穏やかなものにしてくれたこの子を、葬儀の前に殴ったところはみなさんに見られてますし、……昨夜の話し合いの様子も聞させていただきました」
「い、いつ、誰に」
「今。塩崎さんに」
「親父は死んだんだぞ、そんなものデタラメだ!」
「どうとでも」

 その時、ガタン、と何かやけに大きな音が家に響く。
 出どころを探って和室を見た数人から、塩じいの遺影が落ちとる、と悲鳴が上がった。

 全身を震わせた喪主の手から、力が抜ける。
 訳が分からないまま再び壱夏に手を引かれて、外にでた。その瞬間にふわりと温かい風が後ろから吹いて去っていった。

 ――――……
 吹き抜けた一瞬、じいちゃんの声が聞こえた気がした。
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