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小話:鏡の意図(壱夏視点)
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特に面白くもない勉強と、運動と、時間を過ごして学校を出る。当たり前のように校門前で待っていた車に近づけば、運転手が後部座席のドアを開けた。無言のまま乗り込む。
音がしないまま扉が閉められて、運転手が前に乗った。
「今日の学校はどうでしたか」
「別に」
いつもと同じだ。……いや、よかったことが1つだけ。
階段の踊り場で、淳平に会えた。
触り心地の良さそうな髪が、窓からの光に照らされてふわりと揺れたところを思い出す。
自分は、変な顔をしてなかっただろうか。
というか、思わぬ遭遇に動揺して変なことを言ってしまった気がする。
なにか会話出来ないかと思って、目の前の鏡を指差して。
「壱夏様、今日のスケジュールです」
「ああ、うん」
白手袋をはめた手が、ファイルを差し出す。意識しないまま声を出して受け取って、表紙を開く。その間に車は静かに動き出した。
拝み屋の仕事の依頼。その案件と面談の時間が書いているけれど、全然頭に入ってこない。
話したときに、困った顔をしていた淳平の顔が目の前をちらついた。公言はしなかったけれど、明らかに何言ってるんだこいつ、と顔に書いてあった。
「壱夏様」
考えろ、あれを、どうフォローしたらいいか。
逐一学校の様子はあいつに報告させているが、今日はどうだろう。変な奴と言っていたと言われたら……立ち直れるか、俺。
「壱夏様」
「……何」
今日はやけに声をかけてくる運転手に、思考を中断されて、うんざりした声を返せば。
「一言、『友達になりたい』と言うだけでは」
「ーーーーーうるさいな!!!」
それが言えるなら、こんな苦労してるか!
「淳平様なら、断られることはほぼ」
「黙れ」
「失礼しました」
帽子をかぶった運転手は、手袋越しでも分かる細い指で、ギアを掴んだ。
俺は舌打ちをして、持っていたファイルをシートに投げる。
言われなくてもわかってる。きっと淳平は誰が相手でも笑って受け入れるだろう。手を、差し伸べてくれる。
だからこそ、未だ言えていない。別に俺が、友達がいないからというだけでなく。
窓の外に目を向けた。
向こうからは見えないが、中からは外を覗える。歩道をゆく小学生の群の中に、友人と楽しそうに話している少年の姿を見つけた。
彼の、隣に歩いているタツだけがこちらを見た。
その視線につられるように淳平も振り向いた。
あ、と言う顔をした彼は、鞄の紐から指を離してひらひらと手を振ってくれた。黒塗りの窓のせいで俺がどこにいるかは分からないのだろう、どこかズレた視点のまま微笑む。
「……まな」
「はい」
「止めて」
「はい」
全く揺れを感じないまま車が止まる。まなが開けるのを待たずに、外に飛び出した。
ざわりと揺れる周りを無視して、俺は目をぱちくりさせる淳平の手を掴む。
「……俺と……」
「へ?え?」
「……っ」
「?」
「と……」
「あぁ、そだ」
俺が言い淀んでる間に、淳平は俺の顔を見てにへらと相好を崩す。
「一杭、同じ顔してるよ、鏡と」
ふと、俺は後ろを見た。
車の黒い窓ガラスに、どこかほっとした顔の俺がうつっていた。
「……当たり前だろ」
「確かに」
そうだよなぁ、とこちらの気も知らないで腕を掴まれたままの淳平はのんびり頷いた。
その、年上のくせに可愛い仕草を前に、抱きしめたいという衝動を抑えるのに目を瞑る。可愛すぎて目眩がした。
「お前、もうちょっとしっかりしろよ」
誘拐されると困る。
「してるよ。失礼な」
「どうだか」
俺はゆっくり手を離した。
友だちじゃない。俺は、淳平にとって唯一無二の存在になりたい。
誰にも言っていないけれど、本当は、彼がこの村に来た時、無理やりにでもそばに置きたかった。ようやく帰ってきてくれた片割れなのだから。
でも、目の前に垂らされた蜘蛛の糸を、掴んで独り占めしたらきっと【あの話】のように切れてしまうだろう?
だから、今はまだ。
音がしないまま扉が閉められて、運転手が前に乗った。
「今日の学校はどうでしたか」
「別に」
いつもと同じだ。……いや、よかったことが1つだけ。
階段の踊り場で、淳平に会えた。
触り心地の良さそうな髪が、窓からの光に照らされてふわりと揺れたところを思い出す。
自分は、変な顔をしてなかっただろうか。
というか、思わぬ遭遇に動揺して変なことを言ってしまった気がする。
なにか会話出来ないかと思って、目の前の鏡を指差して。
「壱夏様、今日のスケジュールです」
「ああ、うん」
白手袋をはめた手が、ファイルを差し出す。意識しないまま声を出して受け取って、表紙を開く。その間に車は静かに動き出した。
拝み屋の仕事の依頼。その案件と面談の時間が書いているけれど、全然頭に入ってこない。
話したときに、困った顔をしていた淳平の顔が目の前をちらついた。公言はしなかったけれど、明らかに何言ってるんだこいつ、と顔に書いてあった。
「壱夏様」
考えろ、あれを、どうフォローしたらいいか。
逐一学校の様子はあいつに報告させているが、今日はどうだろう。変な奴と言っていたと言われたら……立ち直れるか、俺。
「壱夏様」
「……何」
今日はやけに声をかけてくる運転手に、思考を中断されて、うんざりした声を返せば。
「一言、『友達になりたい』と言うだけでは」
「ーーーーーうるさいな!!!」
それが言えるなら、こんな苦労してるか!
「淳平様なら、断られることはほぼ」
「黙れ」
「失礼しました」
帽子をかぶった運転手は、手袋越しでも分かる細い指で、ギアを掴んだ。
俺は舌打ちをして、持っていたファイルをシートに投げる。
言われなくてもわかってる。きっと淳平は誰が相手でも笑って受け入れるだろう。手を、差し伸べてくれる。
だからこそ、未だ言えていない。別に俺が、友達がいないからというだけでなく。
窓の外に目を向けた。
向こうからは見えないが、中からは外を覗える。歩道をゆく小学生の群の中に、友人と楽しそうに話している少年の姿を見つけた。
彼の、隣に歩いているタツだけがこちらを見た。
その視線につられるように淳平も振り向いた。
あ、と言う顔をした彼は、鞄の紐から指を離してひらひらと手を振ってくれた。黒塗りの窓のせいで俺がどこにいるかは分からないのだろう、どこかズレた視点のまま微笑む。
「……まな」
「はい」
「止めて」
「はい」
全く揺れを感じないまま車が止まる。まなが開けるのを待たずに、外に飛び出した。
ざわりと揺れる周りを無視して、俺は目をぱちくりさせる淳平の手を掴む。
「……俺と……」
「へ?え?」
「……っ」
「?」
「と……」
「あぁ、そだ」
俺が言い淀んでる間に、淳平は俺の顔を見てにへらと相好を崩す。
「一杭、同じ顔してるよ、鏡と」
ふと、俺は後ろを見た。
車の黒い窓ガラスに、どこかほっとした顔の俺がうつっていた。
「……当たり前だろ」
「確かに」
そうだよなぁ、とこちらの気も知らないで腕を掴まれたままの淳平はのんびり頷いた。
その、年上のくせに可愛い仕草を前に、抱きしめたいという衝動を抑えるのに目を瞑る。可愛すぎて目眩がした。
「お前、もうちょっとしっかりしろよ」
誘拐されると困る。
「してるよ。失礼な」
「どうだか」
俺はゆっくり手を離した。
友だちじゃない。俺は、淳平にとって唯一無二の存在になりたい。
誰にも言っていないけれど、本当は、彼がこの村に来た時、無理やりにでもそばに置きたかった。ようやく帰ってきてくれた片割れなのだから。
でも、目の前に垂らされた蜘蛛の糸を、掴んで独り占めしたらきっと【あの話】のように切れてしまうだろう?
だから、今はまだ。
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