上 下
2 / 30

プロローグ2 ※

しおりを挟む
「待て」
 後ろにひっつくモノを、僕は顔を引きつらせながら振り解こうと力を込めた。
「どちらかが嘘で、どちらかが本当です。当てましょう」
「待てってば!」
 このパターンはまずい。
「外したら大人しく抱かれること」

 ほらやっぱり!

「勝手に決めるな」
「1つ目の話。某学校に、Aという男子児童がいた」

 こちらの文句は聞こえていないらしく、完全なるスルーを決め込んで壱夏は話し出した。

「彼はある日、忘れてしまった宿題をとりに、夜中に学校へと向かった」

 静かな和室に響く、低い声。
 いやきっと、騒がしくても聞こえるだろうそれ。つまりは、寝たふりをしても耳に入ってくるということで。
 一応、耳に手を当てるささやかな抵抗を試みたが、問答無用で外された。

「けれど、帰り際校門のところで、彼は白井先生(仮)に会う。先生はAを茶でも飲んでいかないかと、誘った。Aはとてもまじめな良い子だったので、先生の申し出を断れなかった。以来、生きているAを見た者はいない」
「…………何だそれ」

 諦めて、後ろから抱きつかれたまま僕は溜息混じりに返事をした。
 聞いていないなら負け、ということで彼が強引な手段に出る可能性は十分にありえる。

「ん、実は、白井(仮)というのは先生じゃなくて変質者で、Aは暗がりで彼に殺されていた」

 なるほど怖い話だ。
 色んな意味で。

「……質問」
「どうぞ」
「白井は変質者なのに、何でAは先生と思ったんだ?」
「知らない先生がいてもおかしくないくらい、学校が大きかったから」
「ふーん」

 矛盾はない……ような気がする。

「じゃ、もう1つの方。話の筋は同じ。ただし、白井(仮)は変質者じゃなく幽霊だった。さて、どちらが本当の話?」
「…………待て待て、いやカウントダウンやめろ。ちょっと考えるから」


 10から数を数え始めた壱夏をおさえて、僕はもう一度話を整理してみた。
 えーと。2つめの話だと、忘れ物をとりにきて、校門の前で幽霊に話しかけられて、殺されてしまったと。
 夜の学校に、校門前で子どもに話しかける幽霊がいる。しかし決して立ち止まったり返事をしてはいけない。白井(仮)はその子を殺す―――。
 なんだ、それなら。

「2つ目が嘘だ」
「何故?」
「目撃者がいないなら、そこで何が起こったのか誰もわからないはずだから。幽霊とAのあいだにあったことをなんで知れる? だからその話は作り話だ」
「ファイナルアンサー?」
「うん」

 わずかに、和室の中に沈黙が流れた。

「……2つほど前提を忘れていることを指摘しよう、ワトソン君」

 壱夏のその言葉に少しだけ身構える。
 こういう風に話す時のこいつは、ろくなことを言わない。

「わひゃっ」

 突然幽霊のようにひやりとした手が首筋に当てられて、僕は飛び上がった。
 思わず布団からもう一度起き上がると、淡い電灯の下、横向きに寝たまま肘枕をした壱夏が僕を見てにやーっと笑った。

「変質者である白井(仮)が捕まって、警察に白状したならこの話は成り立つだろう。けれど、彼はまだ捕まっていない。誰にも話していない。この場合、事件が起こったときに何があったのかは、誰にもわからない。彼が幽霊である場合と同様に」

 そうして気怠げに体を起こした壱夏は、手を僕に伸ばした。
 細い指が僕の首に触れる。煽るように、それが僕の首筋を上へとなぞって、頬から耳に髪をかき上げた。

「2つめ。誰も見ていない事件でも、真相が明らかになる場合がある。例えば、幽霊に殺されたAが幽霊となって、見える者に事件を訴えればそれでいい」

 もう一度言う。こういう時の壱夏はろくなことを口にしない。
 今まで信じていた世界を足下からひっくり返して、確かなものなんてどこにもないと、笑うのだ。

「…………」

 押し黙った僕を見て、有能な祓い屋である彼は、見惚れるほど綺麗な笑顔を見せた。

「さて、真実の話はどちら?」







 いそいそと僕を仰向けにして、壱夏がおおいかぶさる。帯はさっき解かれた時にどこかへ行ったままだ。壱夏の手が、脇腹をさすって僕のボクサーパンツを脱がせにかかった。
 鼻歌混じりの上機嫌が、すごく、悔しい。

「で?」
「うん?」

 心の準備と恨みを込めて、僕は聞いた。

「結局どっちが本当の話なんだ?」
「ひとつめ」
「合ってた……」

 絶望とともに僕は両手で自分の顔を覆った。

「わからない、で降参した淳平が悪い」
「ぐ」

 鼻で笑って小馬鹿にした壱夏を、殴りたい欲求が沸き起こる。
 しかし今のところこいつに腕力でも喧嘩でも敵わないことも、悲しいかなよく知っていた。




 冷たい手が竿を梳く。
 弱気をそのまま表すように、未だ柔いそれを擦り上げられて僕は息を詰めた。

「は、……」

 そのまま、首筋を舐め上げられて弱い電流のような快さが背中に走る。

 壱夏は僕の頬や首にキスを落とした。
 薄い唇が触れる度に、緊張で体が強ばるのを感じる。壱夏と【そういう】関係になってまだ日は浅い。けれど、中学の時に親戚のじいさんが亡くなった時からずっと、僕は居候としてここで暮らしてきた。

 友人や幼馴染みというには隔たりがあるが、使用人と当主というより近い。そんな曖昧な関係のまま。




 壱夏も早々に服を脱いでいて、触れあう肌は心地が良い。
 認めたくはないがその事実を意識すれば、熱が籠もるのを自分でも感じた。悔し紛れに、僕は自分にのしかかるものから視線を外して目を閉じた。

「いっ」

 その油断の隙にと、性急に指が中に入って僕は体を震わせた。中を擦りながら起ち上がりかけたものを攻める力も緩められず、僕の腰が勝手に跳ねる。

「あ、っぅあ」
「ここ?」

 くすりと笑う声がして、裡で一際反応したところを強引に擦られた。



 痛いのと善いのがまぜこぜになって、目の前にちかちかと星が舞う。果てが近いのを感じて、壱夏に手を伸ばすと、彼は何も言わずに身を屈めた。
 その首に縋り付く。二度、三度と深く指が埋まり、僕は唇を噛んで壱夏を抱きしめた。


「……もういい?」

 どれくらいしてか、耳元で囁かれて指がゆっくりと引き抜かれる。
 半ば立ち上がった僕のものは、内側の刺激に耐えかねて体の間にはさまれたまま可哀想なほど哀れに震えている。その向こうで、壱夏の、凶悪にそそり立つ欲望が見えた。
 技巧も何もあったものではない。息も絶え絶えに僕は首を振った。

「ま、って、まだ……っ」

 首から手を外そうとしたところで、足を抱え上げられて解された穴に異物が入り込んだ。

「――――――っ」 

 一気に奥まで来られた衝撃に、呼吸が止まる。
 本来受け入れる場所ではないところを犯されて、荒く息を吐く間にも、内を熱が行き来する。

「、っぁ……あ」
「純平」

 ひそりと名を呼んだ壱夏が、僕の中に潜り込んだのではないほうの手で頬を撫でる。


 呼吸も整わないまま、僕は触れる体温に誘われるように目を開けた。



 暗い灯の下でもそうと分かるほど、頬を紅潮させている壱夏がそこにいた。
 人の体を好き勝手している癖に辛そうな、そしてどこかほっとした表情の。

(く、そ)

 この顔と体なら、女の人はいくらでも選びたい放題だろうに。どうして、こいつは男の僕など抱きに来るのかわからない。


 ……いや、本当は理由なら知ってる。 
 僕なら両親も居ない、子ができる心配もなく、後腐れがないから。これは彼が伴侶を見つけるまでの、単なる遊びだ。
 そこまで考えて、僕は自虐的に笑った。
 大丈夫。それくらいはちゃんとわかっているから。

 僕はそっと目の前にある黒髪を撫でた。


「何。どうかした?」

 不審げに聞かれて壱夏の動きが止まる。僕は慌てて彼の頭から手を離した。

「いや、……別に」

 そのまま沈黙が流れた。まだ壱夏が動く気配はない。さすがに気まずくて、僕は必死に話題を探した。

 あるじゃないか。いいのが。


「なんにせよ、Aが可哀想な話だ、……っ」

 言うと、壱夏は暗い中でもよくわかるくらい眉を跳ね上げた。僕の腰を掴んで犬歯を剥き出すと、腰を一際打ち付ける。

「は? この状況で何言ってんだ? Aって誰だ!?」
「ああもうごめん話が飛びすぎた。 でもお前が話したんだろうが!」

 あれのせいでこうなっているんだろう。
 恨みを込めて言うと、壱夏は一瞬遅れて瞬きをしてから、あぁ、と呟いて頷いた。

「そうだな。まだ死体も見つかってないし」

 なに?

「犯人の白井(仮)も自首するといいんだけど。避暑で行った先の学校の話で、もう40年くらい経ってるらしいけど」

 どういうことだ。それなら。

「なんで壱夏が、その詳細を知ってるんだ?」

 聞くと、彼はこともなげに答えた。



「校門の前に生えてる、桜の木が教えてくれた」


 どこで何に見られてるか分からないから、犯罪はやめときなよ、と。
 彼はそういって、僕の額に口づけた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

田舎のお婆ちゃんから聞いた言い伝え

菊池まりな
ホラー
田舎のお婆ちゃんから古い言い伝えを聞いたことがあるだろうか?その中から厳選してお届けしたい。

赤い部屋

山根利広
ホラー
YouTubeの動画広告の中に、「決してスキップしてはいけない」広告があるという。 真っ赤な背景に「あなたは好きですか?」と書かれたその広告をスキップすると、死ぬと言われている。 2025年8月、この都市伝説——通称「赤い部屋」が、現実のものになってしまった。 東京都内のある高校でも、「赤い部屋」の噂がひとり歩きしていた。 そんな中、2年生の天根凛花は「赤い部屋」の内容が自分のみた夢の内容そっくりであることに気づく。 が、クラスメイトの黒河内莉子は、噂話を一蹴し、誰かの作り話だと言う。 同じくクラスメイトの紅月ゆずこと荒浜龍も、噂を信じ込まなかった。 だが、「呪い」は実在した。 「赤い部屋」の手によって残忍な死に方をする犠牲者が、続々現れる。 凛花と莉子は、死の連鎖に歯止めをかけるため、「解決策」を見出そうとする。 そんな中、凛花のスマートフォンにも「あなたは好きですか?」という広告が表示されてしまい——。

だんだんおかしくなった姉の話

暗黒神ゼブラ
ホラー
弟が死んだことでおかしくなった姉の話

『怪蒐師』――不気味な雇い主。おぞましいアルバイト現場。だが本当に怖いのは――

うろこ道
ホラー
『階段をのぼるだけで一万円』 大学二年生の間宮は、同じ学部にも関わらず一度も話したことすらない三ツ橋に怪しげなアルバイトを紹介される。 三ツ橋に連れて行かれたテナントビルの事務所で出迎えたのは、イスルギと名乗る男だった。 男は言った。 ーー君の「階段をのぼるという体験」を買いたいんだ。 ーーもちろん、ただの階段じゃない。 イスルギは怪異の体験を売り買いする奇妙な男だった。 《目次》 第一話「十三階段」 第二話「忌み地」 第三話「凶宅」 第四話「呪詛箱」 第五話「肉人さん」 第六話「悪夢」 最終話「触穢」

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

導く人

ツヨシ
ホラー
山の中で道に迷ってしまった。

感染系口裂け女をハントせよ

影津
ホラー
隣に引っ越してきたブランドを身に着けた女性は口裂け女!?  そう言い張っていた親友も消えた。 私と幼馴染で親友を探しに怪しいお隣の女性のところに踏み込む。 小さな町で、口裂け女に感染! 口裂け女って移るんだっけ!? みんなマスクしてるから誰が口裂け女か分かんないよ! 大人が信じてくれないのなら学生の私達だけで戦ってみせる! ホームセンターコメリで武器調達。日常の中で手に入るものだけで戦う!

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

処理中です...