スレイブズ

まさまさ

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第2章

第5話 ロマンと魔法にあこがれて②

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「ふんっ。えいっ。てやぁ」

 気の抜けた可愛らしい声と共に、カリナの小さな手のひらが噴水の縁に置かれた小石に突き出される。小石に特に変化は無い。掛け声やポーズを変え何度も手のひらを突き出すが、やはり何も起きない。

「やぁ、何してるの?」

 バルコニーでの談笑を終えた二人が謎の光景を見学しに来た。少し離れた位置でカリナを見守っていたセラの隣に並び、ロバートが問う。

「魔法の練習です」

「魔法の?へぇ~……」

「今日はあの小石を動かすのが目標です」

「なるほど……。カリナちゃん!がんばれ!」

 セラと、ジルと、ロバートと。大人三人が少女を見詰め応援する。その状況にカリナの掛け声は少し震え、取るポーズにもキレが無くなってきた。  

「あ、あの……。少し、やりづらいのです……」

「あぁ、ごめんごめん。確かにこれじゃ集中出来ないか」

 頬を膨らませ抗議する少女にロバートはバツが悪そうに頭を搔く。

「にしても、魔法の練習か……。懐かしいなぁ。俺も昔は必死に練習したもんだよ。ほいっ」

 ロバートが小石に向け指を弾くと、小石は小さな音を残して噴水の水の中に沈んでいった。その光景に感嘆を漏らすカリナ。

「大事なのは集中とイメージだ。自分の魔力を理解し、具現化させる。それが魔法だよ」

「それは分かってるんですが……。自分の魔力がどんなものか、全く理解できなくて……」

「あ~、そうだねぇ、そうだよねぇ……」

 ロバートはジルとセラに目配せする。魔法の諸先輩方は困ったような笑みを浮かべ、肩を竦めた。

 生物には皆魔力が宿っているとされており、それはカリナに関しても例外ではない。が、その魔力を理解し、更に発現まで繋げられるかは本人のセンスにかかっている。

 『100』の魔力を有していてもその内の『1』しか使えない者が居れば、有している『10』の魔力の内『10』を使える者も居る。

 途方も無い莫大な魔力を有していたとしてもそれを発現させる才能がなければ魔法を使うことなく一生を終えることも多々ある。

 男性に比べ女性の方が魔力を多く有しているとされており、カリナが魔法を発現する為の入り口には立てているのだろうが……。結局は才能の世界であり、こればかりは彼らも今のカリナに対し的確な助言は難しかった。

「ちなみに、カリナちゃんはどんな魔法が使えるようになりたいんだい?」

 ロバートの問いに僅かばかりの思案を見せた後、カリナは答える。

「セラさんのように、ジル様をお助けできる魔法が使えるようになりたいんです。それが無理なら、せめて、自分の身は自分で守れるぐらいの力は身に着けたいと思ってます」

 彼女が魔法を使えるようになりたいと思うようになった最初の理由は、セラへの憧れであった。

 しかし、ベムドラゴンに襲撃された時はジルに守られてばかりであった。帝国の人間がこの屋敷に押し入ってきた時はナナを守れずセラが攫われていくのを阻止できなかった。

 あの無力感、あの絶望感をもう二度と味わいたくない。その想いが彼女を突き動かしていたのだ。もちろん、セラへの憧れも失ってはいない。

「俺は気にしなくても良いとは言ってるんだけどね」

 とは言いつつも惚気た表情を隠せていないご主人様。自ら進んで戦う為の魔法でない限りはセラとカリナの魔法の修練を否定することはなかった。

「でもカリナは獣人だから、俺としてはそっちの能力を伸ばす方が良いと思うんだけどね」

「それはそうなんですが……。でも……」

 カリナは少し言い淀み、照れくさそうに体を捩った後、告げた。

「魔法って、やっぱりカッコいいじゃないですか」

 少女の言葉に先輩一同は朗らかな笑みを浮かべた後、大きく頷いた。


 ―――――


「この屋敷の敷地のデカさはどうにかならないのかよ。いくら何でも玄関から屋敷までの距離がありすぎだろ」

「仕方ないだろ。多分、そういう不便さも込みで割安だったんだから」

「にしてもさぁ。せめて来客専用の馬車とかあっても良いんじゃねぇの?冬ならまだしも、夏にこの距離でこの傾斜はたまらんぞ」

 せっかく屋敷で涼んだというのに玄関までの道のりで早速汗まみれになりながら、隣で同じように衣服を濡らすジルに苦言を呈する。

 ロバートの提案で二人はこれから商館へ出向く予定だ。大きなロマンを持った女性専門の。

「御者の賃金と馬車代はバカにならないんだ。滅多に来ない来客の為にそんな無駄遣いできるか」

「おっ?お前が勘定の話をするとは」

「フフン。これでも毎日セラから算数を教わっていてね。俺も日々成長しているのだよ」

「ははぁ……。そりゃ良いことで……」

 ジルのこの惚気はロバートにとってあまり好ましくなかった。これまでロバートはジルの金銭感覚が疎いのを良いことに色々奢らせたり大金を借りたりしていたのだが、このままではそれが出来なくなってしまう。

 非常に由々しき事態ではあるが、ジルのおつむの弱さは彼もよく知るところなので今すぐに対策を立てる必要は無いだろうと楽観的な結論を出していた。

「そう言えば、セラちゃんはその後どうなんだ?」

「相変わらず綺麗で可愛い」

「あぁ、質問の仕方が悪かったな。その後、誰かからちょっかいかけられたりしてないか?」

 自分に対し突き出された人差し指をロバートは振り払った。ジルは乾いた鼻息を漏らすと、その問いを否定する。

「今のところ帝国からは特に何もないな。約束は守ってはいるようだけど、もちろん警戒は続けてるよ」

「バカ。帝国だけじゃねぇよ。他の連中にも注意しろって言ってるんだよ。今やセラちゃんの噂は大陸中に広まってるんだ。レッドデビルの奴隷ってだけじゃなくて、とんでもない魔法使いとしてもな」

 例の奪還戦の際、セラが見せたあまりにも強大な魔法は当然の如く人々を騒がせた。攻撃的な魔法が使えるというだけで希少価値があるのに更に属性付きの、それも類を見ない程強大な魔法。その才能を欲する者は多い。

「最近巷を賑わせてる『反乱軍』やマリステルダ教の『聖騎士団』なんかもきっと彼女に目をつけてる筈だ。特に反乱軍に関してはすぐにでも接触してきておかしくないぞ。今、お前達は見た目上は帝国と対立的な関係になってるんだからな」

「反乱軍ねぇ……」

 各地で帝国に歯向かう動きを見せている組織の噂はジルの耳にも当然届いている。正直、彼らの反乱が鎮圧されるのも時間の問題だと冷めた視線で見ていたのも事実であった。

「俺はどちらの味方に着くつもりも無いし、セラを渡す事も絶対無い。誰が誘いに来ても、誰が奪いに来ても返り討ちにしてやるさ」

「おう、その意気だ。お前は彼女達の主人なんだからな。しっかり守ってやれよ」

「お前に言われるまでもないさ。お前も、俺から借りてる金の返済期限はしっかり守れよ」

「はっはっは。その返しはあまり上手くないな」

「はっはっは」

 乾いた笑い声をあげながら自分以上に金にだらしがない旧友の頭を乱暴に叩くジル。

 男二人はその後、他愛ない雑談をしながら桃色の世界へと飛び込んでいった。

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