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第9章

第6話 希望の灯

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「やぁ、壮健そうだね」

 嫌味なまでに、いや、実際に嫌味が込められた爽やかな笑みを浮かべるヴァローダに対しソリアは舌打ちで返した。

「オイ、誰も通すなと命じておいたはずだぞ、マルドム」

 部屋中に立ち込める淫靡な臭い。ベッドの上床の上に転がる女体は指では数え切れない。

「申し訳ございません。火急の用との事でお通ししました」

「フン、貴様は一体誰の臣下なのだろうな」

 松葉杖を着く痛々しい身なりの部下にそう吐き捨てるソリア。苛立ちを眉に籠め裸体の汗を放置したまま水差しを呷る。

「随分とお盛んだね。まるで発情期の獣だな」

「今私は機嫌が悪い。下手な発言は極力控える事をお勧めするぞヴァローダ」

 レッドデビルの捕縛に失敗したあの戦い以降、ソリアは荒れに荒れていた。

 毎日のように数多くの女を抱き、奴隷を殺し、鬱憤を晴らそうとするだけでその日一日が終わるような生活を送っていた。その鬱憤もまるで晴れず臣下は日々彼の一挙一動に怯えていた。

「そもそも貴様が邪魔さえしなければ……」

「何度も言うが僕が止めなければキミもただでは済まなかった。感謝されこそすれ、恨まれる筋合いは無いよ。今日は父上より言伝を預かってきている」

「説教なら聞かぬぞ」

「西の方にあるトラナ公国でが活動を活発化させているらしくてね。不穏分子を取り締まるようにとの命がキミに下っている」

 トラナ公国。かつてレギンドの大戦において帝国からの裏切りの誘いを断固として跳ね退け、最後まで連合国側として戦い抜いた小国である。帝国に対する反抗心は未だに健在で帝国の諜報機関の調べによるとここ最近武器や魔兵器が大量に集められており、不穏な兆候有り、とのことであった。

「トラナ公国なら貴様の方が近いではないか。何故私に」

「きっとキミが最適だと思ったからじゃないかな?反乱しようなんて気を起こせなくなるぐらいに痛め付けるなら、ね。無論、反乱分子を匿う事も重罪だ」

「……」

 見せしめに反乱分子もろともトラナ公国をすり潰せ。帝国に歯向かおうという気が一切起きなくなるほどに残虐に痛め付けろ。つまりはそういう命令なのだ。そしてそういう事をやらせればソリアの右に出る者は居ない。

「あと、これはレッドデビルという強烈な不穏分子の象徴を生み出してしまったことの尻拭いとしても捉えておくべきだね。キミが余計な事をしてくれたおかげで大陸中で眠っていた反乱の灯が激しくなりかねない。その灯をきっちり鎮火させるのがキミの仕事だ」

「丁度良い。何でも良いから暴れたいと思っていたところだ。その命受けてやろう。ただし、私のやり方に口を出すなよ」

「もちろん、好きなようにしなよ。トラナ公国の国王も二度の忠告に対してそのような輩は匿っていないとシラを切っている。情状酌量の余地は無い。せいぜい蹂躙してきなよ。気が晴れるまでね」

「あぁ、そうさせてもらおう」




 ――後日、第三帝国の軍が突如としてトラナ公国に攻め込んだ。

 無抵抗の国民や兵士、官僚を蹂躙し尽くした後に生き残った反乱分子を捕え、生かしたまま苦痛を与え続けた後に惨たらしい方法で処刑した。その中には国王も含まれており、その後トラナ公国は帝国の息のかかった者が統治することになった。

 戦争が終結した今もこうして帝国の侵略は続き、少しずつ国が帝国の手に落ちて行く。

 肥大化した帝国の横暴を止められる勢力は最早この大陸には残っておらず、帝国以外の存在は悪と言わんばかりに蹂躙され続けた。

 帝国の為に働き税を収め常に生殺与奪の権利を握られ続ける諸国は最早帝国の奴隷と言っても差し支えない劣悪な状況であり、ほんの僅かな反乱の芽も欠かさず摘み取っていく徹底的な支配に人々の心は打ちのめされていた。

 
……しかし、それは今までの話。


 今、抑圧され続けてきた人々の中に微かではあるが一つの希望の灯が点ってきている。

 それは、ただ一人帝国に立ち向かい、そして生還せしめた男の逸話。

 無論、その真実の噂は帝国によって箝口令が敷かれている。その話を伝聞しているところを見つかれば酷い罰を受ける事になるだろう。それでも人々はその希望を伝えていく。

 その小さな灯がいずれ大火となり、大陸中を燃やし尽くすことを願いながら……。




 ―第1部・完―






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