吸血鬼は唇に紅を差す

駄犬

文字の大きさ
上 下
26 / 48
死なば諸共

変体

しおりを挟む
 思わず目を覆いたくなるような凄まじい鈍い音と共に、身じろぎ一つしなくなった身体の沈み込みは、肌に粟立つ寒気が帯びる。

「亀井さん。殺してしまったら」

 藍原が苦言を呈そうとした次の瞬間、神田の身体に異変が起きる。皮膚の下に蛇が這うかのように隆起を始め、歪な凸凹が全身に現れ出したのだ。

「変体だ! 離れろ」

 バーテンダーが藍原の腕を取って、神田から引き離す。

 身体が膨張し出し、見る間に全長が二メートルを超えた。体積を度外視するその変貌に、藍原は呆然と眺める。

「どうなってるんだ……」

「血を吸い過ぎた吸血鬼の成れの果て」

 バーテンダーは忌むべきモノとして睨み付ける。

「ああはなりたくないね」

 亀井も額に汗を流しながら忌避した。もはや自分が意図する動きをとれないのか、胎児を想起させる愚鈍な手足の動きを見た。

「これ以上デカくなられても困るな」

 取り付く島もない事柄に際しての身の処し方に、懐刀のカッターナイフで目下を切り開く算段が藍原にあった。身体を沈み込ませ、バネのように足を伸ばす。その跳躍により巻き起こる風の渦は傍らにいたバーテンダーの服と髪をなびかせる。

 藍原は、神田の頭部と思しき部位に取り付く。福笑いめいた顔の歪みに表情は伺えず、呼吸を繰り返すだけの肉塊そのものだ。

「醜いな、神田さん」

 馬脚を露わした物体にカッターナイフを突き立てる。

「う、ゅ」

 言葉を操ることもろくに出来なくなった頭に慰めの眠りを。散逸する黒目から微かに神田の意思を垣間見れば、目蓋の裏に隠れて死を意味する白目が鎮座した。

「にしたって、これはどうすんだ?」

 亀井が迷惑だといわんばかりに肉塊へ嘆息する。藍原もまた、即物的に神田を確認すると苦虫を潰すように苦い顔をした。

「面白いことしてるじゃないか、君ら」

 その声は、三人の肝を潰す。第三者に見られたことによる薄暗さはなく、眼前で起きている奇々怪界について一切の動揺も抱かない二人組の男の不気味さを感じ取っていた。

「山岸、やるぞ」

 金井と山岸、この二人の判断は著しく早かった。亀井にバーテンダーを相手取る即時の決断は攻勢に出るための始まりであり、文字通り面食らった二人は身を守ることに傾倒する。

 藍原はとっさに亀井の方へ加勢に入った。神田の回し蹴りをまともにもらった姿を見て、自衛の判断に甘さがあると見識を得たからだ。

「逃げろ!」

 山岸の身体に抱き付いて、藍原は亀井にそう促す。逡巡が掠めたものの、直ぐに亀井は踵を返してこの場を脱する。それを横目に見ていたバーテンダーは、顔を目掛けた金井の蹴りを受け流し、亀井と同じように背中を向けて逃げ出す。

「山岸、そっちも追いかけろ!」

 しかし、藍原の尋常ならざる力によって抱き付かれた山岸は動けなかった。

「……」

 前述の通り、アルファ隊という組織に属する二人だ。この程度の困難はお手のもの。山岸は藍原を巻き込んで前転し、腰に回る腕を簡単に振り解く。

「行かさないぞ」

 それでも、藍原は山岸の目の前に立ちはだかる。先手を取ってどう立ち回るかの教示はされた。返事の間隙も与えない藍原が殴り掛かる。だが、山岸は流れるように藍原の打撃をやり過ごすと、簡単に左腕の関節をとる。左膝の裏に足を掛けて片膝を強いれば、制圧といって差し支えない体勢を作った。

「大人しくしたほうがいいよ」

「そうですか……!」

 すると藍原は、余った右腕を背中に勢いよく引き寄せて、行きずりの遠心力を拵える。それは、固められた左半身を崩すのに充分であった。山岸はとっさに藍原の背中を押さえようとするが、前進するだけで逃れられる程度の付け焼き刃に終わる。

「仕切り直そうか」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

冀望島

クランキー
ホラー
この世の楽園とされるものの、良い噂と悪い噂が混在する正体不明の島「冀望島(きぼうじま)」。 そんな奇異な存在に興味を持った新人記者が、冀望島の正体を探るために潜入取材を試みるが・・・。

復讐の偶像

武州人也
ホラー
小学五年生の頃からいじめを受け続けていた中学一年生の秋野翼は、要求された金を持って来られなかったことでいじめっ子に命を奪われてしまい、短い生涯を閉じた。 その三か月後、いじめに関わった生徒が鷲と人間を融合させたような怪人に襲われ、凄惨な暴力の果てに命を落としたのであった。それは、これから始める復讐の序章に過ぎなかった。 血と暴力の吹き荒れる、復讐劇+スプラッターホラー作品

ハンニバルの3分クッキング

アサシン工房
ホラー
アメリカの住宅街で住人たちが惨殺され、金品を奪われる事件が相次いでいた。 犯人は2人組のストリートギャングの少年少女だ。 事件の犯人を始末するために出向いた軍人、ハンニバル・クルーガー中将は少年少女を容赦なく殺害。 そして、少年少女の死体を持ち帰り、軍事基地の中で人肉料理を披露するのであった! 本作のハンニバルは同作者の作品「ワイルド・ソルジャー」の時よりも20歳以上歳食ってるおじさんです。 そして悪人には容赦無いカニバリズムおじさんです。

シキヨエヨキイ

春の夜
ホラー
突如として身寄り無しとなった私。 全てを失った私。 そんな私の元に友達からある一通のメールが届く。 「私達の通う大学には一つだけ噂があるんだよ」

日本隔離(ジャパン・オブ・デッド)

のんよる
ホラー
日本で原因不明のウィルス感染が起こり、日本が隔離された世界での生活を書き綴った物語りである。 感染してしまった人を気を違えた人と呼び、気を違えた人達から身を守って行く様を色んな人の視点から展開されるSFホラーでありヒューマンストーリーである。 ーーーーーーーーーーーーーーーーー キャラ情報 親父…松野 将大 38歳(隔離当初) 優しいパパであり明子さんを愛している。 明子さん…明子さん 35歳(隔離当初) 女性の魅力をフルに活用。親父を愛している? 長男…歴 16歳(隔離当初) ちょっとパパっ子過ぎる。大人しい系男子。 次男…塁 15歳(隔離当初) 落ち着きのない遊び盛り。元気いい系。 ゆり子さん31歳(隔離当初) 親父の元彼女。今でも? 加藤さん 32歳(隔離当初) 井川の彼女。頭の回転の早い出来る女性。 井川 38歳(隔離当初) 加藤さんの彼氏。力の強い大きな男性。 ママ 40歳(隔離当初) 鬼ママ。すぐ怒る。親父の元妻。 田中君 38歳(隔離当初) 親父の親友。臆病者。人に嫌われやすい。 優香さん 29歳(隔離当初) 田中君の妻?まだ彼女は謎に包まれている。 重屋 39歳(出会った当初) 何処からか逃げて来たグループの一員、ちゃんと戦える 朱里ちゃん 17歳(出会った当初) 重屋と共に逃げて来たグループの一員、塁と同じ歳 木林 30歳(再会時) かつて松野に助けらた若い男、松野に忠誠を誓っている 田山君 35歳(再会時) 松野、加藤さんと元同僚、気を違えた人を治す研究をしている。 田村さん 31歳(再会時) 田山君同様、松野を頼っている。 村田さん 30歳(再会時) 田山、田村同様、松野を大好きな元気いっぱいな女性。

彼ノ女人禁制地ニテ

フルーツパフェ
ホラー
古より日本に点在する女人禁制の地―― その理由は語られぬまま、時代は令和を迎える。 柏原鈴奈は本業のOLの片手間、動画配信者として活動していた。 今なお日本に根強く残る女性差別を忌み嫌う彼女は、動画配信の一環としてとある地方都市に存在する女人禁制地潜入の動画配信を企てる。 地元住民の監視を警告を無視し、勧誘した協力者達と共に神聖な土地で破廉恥な演出を続けた彼女達は視聴者たちから一定の反応を得た後、帰途に就こうとするが――

実話怪談 死相他

ホラー
 筆者が蒐集した怪談やネットで実しやかに囁かれる噂や体験談を基にした怪談短編集です。  なろう、アルファポリス、カクヨムで同時掲載。

実体験したオカルト話する

鳳月 眠人
ホラー
夏なのでちょっとしたオカルト話。 どれも、脚色なしの実話です。 ※期間限定再公開

処理中です...