ヒルガエル

駄犬

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ヨミガエル

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 それでも尚、彼の前であけすけに動作してしまうのは、初めて抱く違和感や不安を少しでも和らげようとする、精神の安定を図った俺なりの対処であった。

「レンタルボックスを借りるほどのことじゃないからさ。コインロッカーが丁度いいんだ」

 出来合いの理由を述べて、彼から納得を引き出そうとすれば、俺は見事に虚を突かれる。

「さっきの高価な物を置くため?」

 槍のように鋭利な指摘が、俺の背中から胸元にかけて貫通し、思わず足がふらついた。勿論、彼が節穴であると言っている訳ではない。出し抜けに舌鋒を披露されれば、誰だってたじろぎ、目を白黒させて当然だろう。

「流石だね。分かってて聞いた?」

 囃し立てるように言えば、不用意に軽さを伴い、浅瀬で水遊びに興じるかのように、深刻さから脱却しようとした。だがしかし、彼が次に口を開いた瞬間、俺は再び背筋を伸ばすことになる。

「人は嘘をつくとき、右肩が上がるんだ」

 前に向き直り、彼と相対することをやめた判断は、ここに来て生きてきた。不都合を絵に描いた今の顔を晒してしまえば、「嘘」を確定付け、情け容赦ない白眼視を向けられる。

「またそれか……担任教師からの受け売りか?」

 そぞろに溜まっていた精神的負荷は、彼を挑発するような口吻を招き、冷や汗が彗星の如く背中を走ったと思えば、追突事故による衝撃を想起させる遠慮会釈ない鈍痛と衝撃が身体を襲った。あまりに突飛な出来事に、身体は不自由に硬直し膝が折れると、防御姿勢を取れないまま前がかりに倒れ込む。傍目に見れば、救急車の出動が急務のはずだ。だが今ここにいるのは、俺と彼だけである。

「僕達もう、既に目を付けられているみたいだ」

 動けなくなった俺の耳元で彼はそう呟いた。

「……」

 俺は口も動かせず、ひとえに傾聴するしかなかった。

「いつとんでもない目に遭ってもおかしくない」

 それは今現在であると断言できる。

「なのに、君は太平楽だし、どうにかなると思っている節がある。それは自分に充分な蓄えと、有事の際は僕を切り捨てる前提でいるからだ」

 彼を置いてトイレへ駆け込んだあの時の行動が人知れず脳裏をよぎった。

「……あ」

 身体に自由をもたらせるほど、回復の時間はまだまだ足りない。それでも、言葉を話せる程度には辛うじて口は動作しそうだ。

「僕は僕の為に、これからの為に動かせてもらう」

 俺達は謂わば、共依存のような関係性にあり、彼が自ら自立を意味する仲違いを起こすとは。偶さか再会した担任教師の入れ知恵によって、これまで積み重ねてきた時間が砂上の楼閣と化したのだ。驚くばかりだ。

「鍵、もらうよ」

 右ポケットに伸びる地面の影の動きに釣られて、俺は唐突に尋ねる。

「どっちに入ってると思う?」

 そう、彼と関係を築こうと始めた簡単な手品だ。
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