ヒルガエル

駄犬

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見えざる影響

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「突然なんだよ。藪から棒に」

 このまま背中越しに会話を続けていると、彼の機微を見逃してしまい、あらぬ地雷を踏み抜きかねない。俺はやおら振り向き、面と向かって彼を座視すれば、眉間を走る稲妻さながらの皺が照り返しのように目に入り、思わず視線が泳いでしまった。

「気になってたんだよ。単純に」

 知的好奇心を理由にこのような質問が彼の口から飛び出すとは到底思えず、担任教師の入れ知恵を考えなければならない。それは謂わば、“濁り”であり、俺達が付き合っていく上で撥ね付けなければならない、剪定すべき枝葉である。

「いっしょに買い物行ったりしてるだろう?」

 あくまでも消費は変わらないと足並みを揃えに行く。しかし、彼の表情は訝しさに満ち満ちて、俺の行う発言一つ一つに疑義を抱いているかのような身構えが目の前に鎮座している。何を言っても斜に構えられ、その背景には仄暗い意図があるはずだと、食って掛かられている。こうなると、人付き合いは難しい。いくら皮相なる関係であったとしても、信頼があってこそ対話は成立し、疑心暗鬼を抱えたまま言葉を投げ合えば、不安定な氷上につるりと足元を掬われる。

「それは日用品とか、いつも身に付ける物に限るでしょう」

 金に関わる事柄の中に、浪費家に貯蓄家という言葉がある。その名の通り、金の使い方に由来し、彼が求めてやまない答えと間接的に繋がっているはずだ。彼の性格を慮れば、必要に応じて金を引き出して後は貯蓄に回す思慮深さがあるように思う。だが、いつもと変わらぬ金の動かし方に嫌気が差し、俺の動向を参考にしたいという知的好奇心が芽を出した。そう考えるのが妥当だろう。

「俺は、貴金属を好んで買っているかな」

 そう言って袖を捲り、右手首に巻いたブレスレットを披露する。

「それは?」

 彼は興味深そうに首を伸ばし、キラリと光るブレスレットを値踏みするかのように炯々と注視した。

「これはルビーが施されたブレスレット」

 鼻に掛けて見せびらかす気はさらさらなかったが、彼が熱視線を送るものだから期せずしてそのような格好となった。

「なるほどね」

 身持ちを飾り付ける趣味趣向を持ち合わせていない彼にとって、あまり参考にならない意見をとなるはずだ。だがしかし、今にもポケットからメモを取り出し、俺の一語一句を記録するかのような熱心な姿勢を取る。ひいては、彼は首を縦に振り、合点がいったと両手を叩き合わせるのであった。知見を得たと言わんばかりの所作は、俺からすれば身の丈に合わない、きわめて不自然な振る舞いにしか見えなかった。つまりこれも、担任教師の影響だと言わざるを得ない。ただ、俺がトイレに行っている少ない時間で、これほどまでに人に影響を与えられるものなのか。甚だ疑問だ。あまつさえ、嫌悪感をあけすけにしがちな彼が、担任教師の話に対して恭順に耳を傾け、それを実践するとは思えない。
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