ヒルガエル

駄犬

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またいつか

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 彼の機嫌がより悪化することを見越し、拙速ながら撤退の意思を伝えた。すると、彼はやおら首を回し始め、遍く感情を剥落させた無気力なる顔が向けられた上、ビー玉のような目で釘付けにされた。

「それは本当……?」

 今まで感じたことがない彼の形容し難い不安が直裁に伝わってきて、俺は思わず肩に腕を回す。俺達が如何に懇ろであるかを知覚してもらえるように、べったりと身体を寄せ合った。

「当然だろう。こんな状況じゃ、俺達も形なしだ」

 人格形成に於いて最も影響を受ける時期に、俺達のクラスを受け持った教師の前でイカサマの存在を目敏く見つけようとするのは、あまりに無節操で危機感に欠ける。即時の退散を判断し、「カナイ」とは別れを告げるべきだ。

「おい、言うなよ」

 担任教師がやや怒気のこもった眼差しで俺を牽制してくる。傍目に見れば、担任教師の手札を漏らしているように見えても仕方ない。俺は潔白を証明するように、すかさず彼から離れて手を上げる。

「そんなことしませんよ」

 思いもしない指摘を受けたことによる血の気が引いた俺を見て、担任教師は悪戯っぽく笑い冗談めかした。年の功と間に受けて担任教師の振る舞いをメメあげるより、その飄々とした態度からある種の人生観が窺え、気の置けない関係を築く前に猜疑心を誘引される。

「かぁー、今日は駄目だな」

 俺は、彼のフォールドを受けた際に大仰に叫び、運の巡りを悲観するギャンブル依存症ならではの常套句を口走った。それは、「カナイ」を退店する為のきわめて粗野な理由づけである。

「辛抱がないな」

 担任教師はポツリと溢す。全くその通りである。たった数回の試行回数で運の良し悪しを語ろうとするのは、堪え性がなさすぎる。ましてや、頻繁にカジノに出入りしていると思われている俺達が、こんなにも早く根を上げるのは甚だ奇妙としか言いようがない。

「幸先が悪い中でギャンブルを続けるのは精神衛生上、あまり好ましくないと思っているので」

 刻一刻と金銭の増減が目の前で繰り広げられていくギャンブルという性質は、感情に強く紐付き、それに囚われているとあっという間に財布の中身がすっからかんになる。分が悪い勝負に身を投じるほど、刹那的な生き方を所望しているわけではない。その意図を上記の台詞に込めて言ったつもりだった。

「引き際を弁えているということか」

 担任教師は実に冷静沈着であり、理解があった。また精緻な観察眼を有し、俺の行動を一つ一つ理解しているかのような恐ろしさがあった。所謂、ギャンブルに傾倒して破滅するような性質の持ち主ではない。だからこそ、俺達が背中を見せて敗走しようとすれば、間もなく自分の中の価値基準と照らし合わせて納得する。

「またどこかで会いましょう」
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