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エネプシゴス
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彼は男子生徒を直裁に侮辱し、忌々しく睨み付けた。機知に富んだ言い回しではなかったが、着火剤として申し分ない舌鋒となり、男子生徒の猪突猛進を誘引する。彼は恐れを知らないようだ。刃物を角に見立てて走り出す勢いに対して、軽微な表情の変化さえ見せず、超然と仁王立つ。男子生徒もそんな彼の異様な立ち姿へ、思うところがあったのだろう。一気呵成に近付こうとした足が幾ばくか緩まり、額から光る一筋が流れ落ちる。男子生徒が“神”と呼んで敬拝する者に背中を押された手前、簡単に踵を返すような真似は許されず、地雷原に飛び込む兵士さながらに声を上げた。
それは、精一杯の威嚇に他ならなかったが、彼はまるで意に介さず、直ぐそばにあった机の椅子に手を伸ばす。刃物を相手に素手で応戦するのは部が悪い。周囲の環境を最大限に活かそうと、とっさに椅子を選んだようである。椅子を小石として扱うには少々無理があるものの、男子生徒の頭部に目掛けて投擲すれば、脅威となって襲う。男子生徒はとっさに両腕を盾に変えて、亀のように顔を引っ込める。
鈍痛は椅子の直撃を意味し、風を切って走る勢いは失われた。守勢に回った姿を見るや否や、彼は陸上選手さながらの姿勢の低さを保ち、男子生徒の懐に飛び込む。両腕を盾とした視界の狭さにより、流麗なる身のこなしを眼下の床で激しく動作する影から把捉する。両腕に隙間を作り、直接彼を拝もうとした次の瞬間、椅子とは比べ物にならない質量の衝撃が両腕に与えられ、男子生徒の上半身が大きく揺らぎ、下半身にあたる足もまた、それによってもつれた。
飛び蹴りに比肩する彼の勢いをつけた前蹴りは、貝のように閉じこもる男子生徒の体勢を崩した。左手に持った刃物はもはや飾りに等しく、畳み掛ける殴打の連続にあえなく手放すと、床の上に直立した。彼は硬く握り締められた拳を男子生徒の顔面に問答無用に浴びせ続け、ひしゃげた鼻から大量の血液がボタボタと落下する。情け容赦ない暴力の圧に足は後退を続け、教室の壁まで横断した。教室に混乱をもたらす存在として男子生徒は先刻まで耳目を集めていたが、剥落した戦意の喪失から、腰砕けになって崩れ落ちる。だが、彼は攻撃の手を緩めない。頭、肘、膝と人体に於ける硬質な部分を使って、男子生徒を痛めつけた。
口内に砂利を含んだような違和感を覚えた男子生徒は、反射的に“何か”を吐き出そうと唇を二つに割った。だが、異物が飛び出すような勢いは伴わず、血液が糸のように伸び、顎に張り付いて終わる。首の据わらない赤児のように左右に揺れる頭を白旗代わりにしてもいいぐらいの、脱力加減に男子生徒はあった。過剰防衛を証言されてもおかしくない、クラスメイトの視線が集まり、彼はバツが悪そうに頭を掻く。
「布があれば、頭をそれで強く押さえて。あと、救急車と警察を呼んで欲しい」
事が起こって収束するまでの淀みない状況の変化を見届けたクラスメイトらに、女子生徒が負った怪我の対処に的確な指示を出し、失念しがちな公的機関への連絡を怠るなと注意喚起した。まるで事前に男子生徒が凶行に走ることを察知していたかのような冷静さを誇り、背後と呼んでも差し支えない、視界の端で素早く動く白い影すら捉えた。
「エネプシゴスか」
彼はそう言うと、嘲笑するように口角を持ち上げた。
それは、精一杯の威嚇に他ならなかったが、彼はまるで意に介さず、直ぐそばにあった机の椅子に手を伸ばす。刃物を相手に素手で応戦するのは部が悪い。周囲の環境を最大限に活かそうと、とっさに椅子を選んだようである。椅子を小石として扱うには少々無理があるものの、男子生徒の頭部に目掛けて投擲すれば、脅威となって襲う。男子生徒はとっさに両腕を盾に変えて、亀のように顔を引っ込める。
鈍痛は椅子の直撃を意味し、風を切って走る勢いは失われた。守勢に回った姿を見るや否や、彼は陸上選手さながらの姿勢の低さを保ち、男子生徒の懐に飛び込む。両腕を盾とした視界の狭さにより、流麗なる身のこなしを眼下の床で激しく動作する影から把捉する。両腕に隙間を作り、直接彼を拝もうとした次の瞬間、椅子とは比べ物にならない質量の衝撃が両腕に与えられ、男子生徒の上半身が大きく揺らぎ、下半身にあたる足もまた、それによってもつれた。
飛び蹴りに比肩する彼の勢いをつけた前蹴りは、貝のように閉じこもる男子生徒の体勢を崩した。左手に持った刃物はもはや飾りに等しく、畳み掛ける殴打の連続にあえなく手放すと、床の上に直立した。彼は硬く握り締められた拳を男子生徒の顔面に問答無用に浴びせ続け、ひしゃげた鼻から大量の血液がボタボタと落下する。情け容赦ない暴力の圧に足は後退を続け、教室の壁まで横断した。教室に混乱をもたらす存在として男子生徒は先刻まで耳目を集めていたが、剥落した戦意の喪失から、腰砕けになって崩れ落ちる。だが、彼は攻撃の手を緩めない。頭、肘、膝と人体に於ける硬質な部分を使って、男子生徒を痛めつけた。
口内に砂利を含んだような違和感を覚えた男子生徒は、反射的に“何か”を吐き出そうと唇を二つに割った。だが、異物が飛び出すような勢いは伴わず、血液が糸のように伸び、顎に張り付いて終わる。首の据わらない赤児のように左右に揺れる頭を白旗代わりにしてもいいぐらいの、脱力加減に男子生徒はあった。過剰防衛を証言されてもおかしくない、クラスメイトの視線が集まり、彼はバツが悪そうに頭を掻く。
「布があれば、頭をそれで強く押さえて。あと、救急車と警察を呼んで欲しい」
事が起こって収束するまでの淀みない状況の変化を見届けたクラスメイトらに、女子生徒が負った怪我の対処に的確な指示を出し、失念しがちな公的機関への連絡を怠るなと注意喚起した。まるで事前に男子生徒が凶行に走ることを察知していたかのような冷静さを誇り、背後と呼んでも差し支えない、視界の端で素早く動く白い影すら捉えた。
「エネプシゴスか」
彼はそう言うと、嘲笑するように口角を持ち上げた。
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