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最終章
最後の……
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「さぁ、片付けるか」
レラジェは光の矢を放つ為の弓を用意し、感慨深げに賢しら顔をぶら下げた。最後の一体に向かって風を穿つ鋭利な突端を放てば、百発百中を想起させる、綺麗な軌道を描く。定めた的の真ん中に突き刺さると、毒のように腐敗が回り始める。瞬く間に元の形状を失い、物見高い山の尾根の一部として残骸に成り果てた。世界を襲う凶兆が、地面と懇ろになる光景は、地を均す不吉な振動から解放されたことを意味した。
バエルから半ば、強制的に課された命題を無事にやり遂げると、霧で満ちていた結界内の不明瞭な視界が晴々とし、舐めるように景色を見渡した。ひたすら一心不乱に目の前の障害を取り払う為に邁進した九名の感慨を黙殺するバエルによって、「神通力」を語らねば納得できない瞬間移動が引き起こされ、瞬く間に翻る景色の変化に目を白黒させるしかなかった。
「?!」
バエルに振り回される九名の顔つきは一様に驚きを湛えたあと、憮然と眉間にシワを作る。朴念仁を地で行くバエルはそれでも、どのようにもてなし、労いの言葉を掛けるべきかを考えていた。
「実に鮮やかだった」
「これで君達はこの世の救世主だ」
「僕の観察眼はやはり、正しかったようだね」
自分が持ち得る巧言令色の引き出しを列挙した結果、バエルは結局こう言った。
「お疲れ様」
拙速に間に合わせた言葉のような仕上がりとなり、汗水を垂らす必死の掃討作戦に身を投じた九名へ口走ったとなれば、あまりに軽薄で取るに足らない。
「うっせぇな」
イルマリンがこの場の代表者として悪態をつく。他の者たちは閉口しながらも、小さく縦に首を振った。同調圧力と呼んで差し支えない無言の抵抗を前に、バエルは少しだけ苦笑する。それはこれまで見せてこなかった人間らしい反応と言え、レラジェは目を丸くした。直後、自身の脇の甘さを誤魔化すようにバエルは咳払いを一つし、九名を呼び寄せた理由を述懐し始める。
「最後の仕上げだ。レラジェ、ベレト、ウァサゴ。そして……アイ」
まるで昔馴染みに語りかけるように柔和な語気を操り、悲願の達成に向けて召喚に際して必要になる人間を見繕った。ベレトはバエルの肩越しに、一枚一枚の紙を隙間なく繋ぎ合わせた、不自然な書割が空中に浮く様子を覗き見た。
「アレか」
あらますよりも早く理解を示したベレトの言葉は、召喚によって世界を乗り換えた者達に気付きを促し、絵空事のような腹積りに対して今一度、思案させた。
「……」
レラジェは、能動的にバエルの企みに賛同することを自ら“選択”した手前、事も無げに反対を支持するだけの厚顔無恥な真似は憚られた。とはいえ、無闇矢鱈にバエルの言動を肯定するような盲信的な信仰を抱いている訳でもない為、猜疑心を発露させ、ベレトの立ち回りに習って身軽でいる必要があった。
「駄目なら、また次のやり方を考えればいい」
バエルがそう口にし、レラジェは安心する。たった一回の挑戦で世界を救う挑戦を諦めるような薄弱な意志の持ち主ではないことに安心する。
「……」
そんなレラジェの横で、ベレトは無気力な脱力を見せていた。夕暮れ時の黄昏を謳歌するつもりであったベレトの身の上では、バエルが趣向する目的に対して常に退廃的な面構えをしなければならず、それは水と油を想起させた。
「さぁ、並んで」
バエルの誘導に従い、四人はきわめて奇妙な紙で出来た壁の前に立った。そしてそれぞれの利き手で紙に触れる。
「頭の中で強くイメージするんだ。君達がついさっきまで戦っていたあの生物の姿を」
ほぼ同時に四人は目蓋を下ろし、雑念の一切を寄せ付けない厳かな雰囲気を醸成する。先刻までの地響きが嘘のような静けさが帳の如く下りて、“召喚”という儀式に齟齬がない神聖さを帯びる。ただ、ウァサゴは魔が差して、レラジェの横顔を盗み見てしまう。その真剣な面差しに、自分がどうして病室を抜け出せたかを理解する。
(ありがとう)
しっかりと自立した両足の健脚の有り難みを噛み締め、ウァサゴは目を閉じた。
レラジェは光の矢を放つ為の弓を用意し、感慨深げに賢しら顔をぶら下げた。最後の一体に向かって風を穿つ鋭利な突端を放てば、百発百中を想起させる、綺麗な軌道を描く。定めた的の真ん中に突き刺さると、毒のように腐敗が回り始める。瞬く間に元の形状を失い、物見高い山の尾根の一部として残骸に成り果てた。世界を襲う凶兆が、地面と懇ろになる光景は、地を均す不吉な振動から解放されたことを意味した。
バエルから半ば、強制的に課された命題を無事にやり遂げると、霧で満ちていた結界内の不明瞭な視界が晴々とし、舐めるように景色を見渡した。ひたすら一心不乱に目の前の障害を取り払う為に邁進した九名の感慨を黙殺するバエルによって、「神通力」を語らねば納得できない瞬間移動が引き起こされ、瞬く間に翻る景色の変化に目を白黒させるしかなかった。
「?!」
バエルに振り回される九名の顔つきは一様に驚きを湛えたあと、憮然と眉間にシワを作る。朴念仁を地で行くバエルはそれでも、どのようにもてなし、労いの言葉を掛けるべきかを考えていた。
「実に鮮やかだった」
「これで君達はこの世の救世主だ」
「僕の観察眼はやはり、正しかったようだね」
自分が持ち得る巧言令色の引き出しを列挙した結果、バエルは結局こう言った。
「お疲れ様」
拙速に間に合わせた言葉のような仕上がりとなり、汗水を垂らす必死の掃討作戦に身を投じた九名へ口走ったとなれば、あまりに軽薄で取るに足らない。
「うっせぇな」
イルマリンがこの場の代表者として悪態をつく。他の者たちは閉口しながらも、小さく縦に首を振った。同調圧力と呼んで差し支えない無言の抵抗を前に、バエルは少しだけ苦笑する。それはこれまで見せてこなかった人間らしい反応と言え、レラジェは目を丸くした。直後、自身の脇の甘さを誤魔化すようにバエルは咳払いを一つし、九名を呼び寄せた理由を述懐し始める。
「最後の仕上げだ。レラジェ、ベレト、ウァサゴ。そして……アイ」
まるで昔馴染みに語りかけるように柔和な語気を操り、悲願の達成に向けて召喚に際して必要になる人間を見繕った。ベレトはバエルの肩越しに、一枚一枚の紙を隙間なく繋ぎ合わせた、不自然な書割が空中に浮く様子を覗き見た。
「アレか」
あらますよりも早く理解を示したベレトの言葉は、召喚によって世界を乗り換えた者達に気付きを促し、絵空事のような腹積りに対して今一度、思案させた。
「……」
レラジェは、能動的にバエルの企みに賛同することを自ら“選択”した手前、事も無げに反対を支持するだけの厚顔無恥な真似は憚られた。とはいえ、無闇矢鱈にバエルの言動を肯定するような盲信的な信仰を抱いている訳でもない為、猜疑心を発露させ、ベレトの立ち回りに習って身軽でいる必要があった。
「駄目なら、また次のやり方を考えればいい」
バエルがそう口にし、レラジェは安心する。たった一回の挑戦で世界を救う挑戦を諦めるような薄弱な意志の持ち主ではないことに安心する。
「……」
そんなレラジェの横で、ベレトは無気力な脱力を見せていた。夕暮れ時の黄昏を謳歌するつもりであったベレトの身の上では、バエルが趣向する目的に対して常に退廃的な面構えをしなければならず、それは水と油を想起させた。
「さぁ、並んで」
バエルの誘導に従い、四人はきわめて奇妙な紙で出来た壁の前に立った。そしてそれぞれの利き手で紙に触れる。
「頭の中で強くイメージするんだ。君達がついさっきまで戦っていたあの生物の姿を」
ほぼ同時に四人は目蓋を下ろし、雑念の一切を寄せ付けない厳かな雰囲気を醸成する。先刻までの地響きが嘘のような静けさが帳の如く下りて、“召喚”という儀式に齟齬がない神聖さを帯びる。ただ、ウァサゴは魔が差して、レラジェの横顔を盗み見てしまう。その真剣な面差しに、自分がどうして病室を抜け出せたかを理解する。
(ありがとう)
しっかりと自立した両足の健脚の有り難みを噛み締め、ウァサゴは目を閉じた。
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