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第六部

攻防

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 複雑に入り組んだ裏道で、ヒソヒソと地面に陣を描いていたスミスは肝を潰す。自分が作り出した炎を引き連れて、血眼になりながら街中を駆け回る光景は、想定をはるかに超えた行動であった。中座していたスミスは尻に火を付けたように立ち上がる。書き置きにもならない、手遊びに興じる稚気な心模様として、書き損じた陣は置き去りにされた。何故なら、大通りを滑走するビーマンと偶さか目が合い、嬉々として動く口を見たからだ。

「見つけた……!」

 横道に入ったビーマンの後を追う炎は、せめぎ合うように密集した建物の間に挟まれて、息苦しさのあまり空に助けを求めれば、吹きさらす風の煽りを受けた赤いスカートのようにひらめく。寝静まった街を飲み込まんとする、あられもない火の手の勢いは、対岸の火事を気取って眺めるような安閑は全くない。たった二人の小競り合いが、多大なる影響を街に及ぼし、地獄を見るより簡単に業火を見ることができた。

「チッ!」

 スミスが舌打ちしたのも無理はない。腹を痛めて生んだ炎が、ビーマンの尻をひたすら追いかけて、よもや自分まで喰らい尽くそうとする本末転倒な道化を演じるなど、耐え難い末路だろう。重度な火傷を負ったばかりのスミスが、意趣返しのように炎を作り出し、同じ目に遭わそうと考えた稚拙な感情は回り回って、再び自分の首を絞めようとしているのだから。

「スミス……!」

 神話になぞらえた武器は、別世界の人間に悪魔の名をあてがい、それに即した力を与えるという特異な召喚の構造と遜色なく、どこにでもあるようなナイフが世界を跨ぐことにより、業物として生まれ変わる。ナイフを持ったビーマンは今まさに、世界の命運を握る悪魔の力に比類したものを有しており、標的の背中に迫ることなど造作もなかった。スミス自身、少しでも蹴躓くようなことがあれば、肩に手を掛けられる予感をヒシヒシと感じており、背中越しに眼前の暗闇が炎の明かりによって掻き分けられる光景に怖気を覚えていた。

 腕を振って走力を維持する大切さに年甲斐もなく気付くスミスは、喉の渇きを度外視して口を回す。魔術の詠唱によって、儚げな雫がひとつ、地面の上で弾けた。すると、魔術という体裁を借りなければ説明が付かない、顎を伝って落ちた汗にも劣る雫は、泡立つ白波のように広がった。足止めを睨んだ罠だとしたら、それはあまりにも心許ない障害である。びちゃびちゃと足音を立てるだけの軽微な影響を引き起こすたけだ。だが、真意はそこにあった。振り返る余裕すらないスミスは、ビーマンとの距離感を正確に把握する為にわざと水溜りと呼んで差し支えない小さな水鏡を作ったのだ。

(そうか。この距離なら……)

 外敵に対して威嚇する際に用いる、身体を膨張させて追い払うやり方を踏襲するスミスは、大きく胸を膨らませて口を尖らせた。
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