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第六部

追いかけっこ

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「炎?!」

 高みの見物から当事者に翻ったビーマンの虚を突く為の燃料である、大気の空気を取り込みながら、炎の体躯で空を駆けるドラゴンは、アイが仕込んだ小細工とは比べ物にならない。ビーマンは、慌ただしくナイフを振り回すものの、風は流動的な炎の体躯をさらに肥大させ、眼前に迫った惨事を忌避するように、広大な夜空へ逃げ出す。息が詰まる危機から抜け出したばかりのビーマンの額には、汗がいくつも結露し、陶酔気味だった先刻の立ち振る舞いは砂上の楼閣さながらに崩れ去った。

「おいおい。どういうことだ。あんな規模の魔術がたった一人の人間に……」

 これまでの蓄積や含蓄、無数の見聞に支えられる魔術の真価は、よちよち歩きを始めたばかりの背信者では到底、理解できるものではなかった。個人の力量から逸脱したその炎の塊を咀嚼しようとすれば、目を回して混乱して当たり前だ。ビーマンは、宙を遊泳する炎の動きを注視しつつ、切り札として顕現させたナイフとの相性の悪さを嘆く。

「あの野郎……」

 炎にばかり気を取られていると、背後からの奇襲に遭うかもしれない。ビーマンは遍く気配を捉えようと感覚を尖らせる。すると、視界の端を横切る影を見た。それは、炎の傀儡にくびったけなビーマンを出し抜こうと動く、スミスの悪知恵から生じた怪しげな影の動きのようだ。だが、ビーマンは目敏くその影を追うような厳格な態度は見せない。同じ轍を踏むかのように、脇の甘さを再現した。自己の評価を低く見積り、スミスが嬉々として背後から襲ってくるのを睨んだのである。それは、後ろ向きな目論見ではあったものの、決して的外れな計算ではないだろう。

 ビーマンは、ナイフが持つ性質を利用して空中を身軽に移動しながら、大きな口を広げて飲み込もうとする炎との追いかけっこに精を出す。

「……」

 地上から闇夜の礫が飛んでくる気配はない。それどころか、目前にある炎だけが健在にビーマンへ襲いかかるだけの時間が多くを占めた。ビーマンは考える。よしんば、この脅威的な炎の塊すら陽動であり、次なる一手を打つ為に虎視眈々と何食わぬ顔で事を進めているのならば、まさに手の平の上で踊る道化だ。かかって来いと言わんばかりに炎と戯れあっているのが馬鹿馬鹿しく、今すぐにスミスを探し出そうと奔走すべきである。

「クソが」

 ビーマンは地上に目を配り、見て見ぬフリをした影の行方の後を追おうと、急転直下の速度で硬い石畳に向かって頭から落ちていく。ナイフに纏った風がそれを後押しし、二目と見られない事故の瞬間が頭を過ぎった。だが、腰に巻かれた紐が伸び切ったかのように、ビーマンは静止し、宙吊り状態になる。死を凝然と待ち受ける地面に息を垂らしていると、感傷に耽る猶予を与えてくれない炎との追いかけっこが再開された。ビーマンは石畳の上を滑るように移動し、街の砂埃を巻き上げる。その背後には炎が並々ならぬ執念でもって追跡を続けており、街に跋扈していた暗闇が蜘蛛の子を散らすように逃げ出す。輪郭も朧げであった街の形がハッキリと出現し、スミスの影を捉える際の手助けになった。

「!」
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