121 / 149
第六部
追いかけっこ
しおりを挟む
「炎?!」
高みの見物から当事者に翻ったビーマンの虚を突く為の燃料である、大気の空気を取り込みながら、炎の体躯で空を駆けるドラゴンは、アイが仕込んだ小細工とは比べ物にならない。ビーマンは、慌ただしくナイフを振り回すものの、風は流動的な炎の体躯をさらに肥大させ、眼前に迫った惨事を忌避するように、広大な夜空へ逃げ出す。息が詰まる危機から抜け出したばかりのビーマンの額には、汗がいくつも結露し、陶酔気味だった先刻の立ち振る舞いは砂上の楼閣さながらに崩れ去った。
「おいおい。どういうことだ。あんな規模の魔術がたった一人の人間に……」
これまでの蓄積や含蓄、無数の見聞に支えられる魔術の真価は、よちよち歩きを始めたばかりの背信者では到底、理解できるものではなかった。個人の力量から逸脱したその炎の塊を咀嚼しようとすれば、目を回して混乱して当たり前だ。ビーマンは、宙を遊泳する炎の動きを注視しつつ、切り札として顕現させたナイフとの相性の悪さを嘆く。
「あの野郎……」
炎にばかり気を取られていると、背後からの奇襲に遭うかもしれない。ビーマンは遍く気配を捉えようと感覚を尖らせる。すると、視界の端を横切る影を見た。それは、炎の傀儡にくびったけなビーマンを出し抜こうと動く、スミスの悪知恵から生じた怪しげな影の動きのようだ。だが、ビーマンは目敏くその影を追うような厳格な態度は見せない。同じ轍を踏むかのように、脇の甘さを再現した。自己の評価を低く見積り、スミスが嬉々として背後から襲ってくるのを睨んだのである。それは、後ろ向きな目論見ではあったものの、決して的外れな計算ではないだろう。
ビーマンは、ナイフが持つ性質を利用して空中を身軽に移動しながら、大きな口を広げて飲み込もうとする炎との追いかけっこに精を出す。
「……」
地上から闇夜の礫が飛んでくる気配はない。それどころか、目前にある炎だけが健在にビーマンへ襲いかかるだけの時間が多くを占めた。ビーマンは考える。よしんば、この脅威的な炎の塊すら陽動であり、次なる一手を打つ為に虎視眈々と何食わぬ顔で事を進めているのならば、まさに手の平の上で踊る道化だ。かかって来いと言わんばかりに炎と戯れあっているのが馬鹿馬鹿しく、今すぐにスミスを探し出そうと奔走すべきである。
「クソが」
ビーマンは地上に目を配り、見て見ぬフリをした影の行方の後を追おうと、急転直下の速度で硬い石畳に向かって頭から落ちていく。ナイフに纏った風がそれを後押しし、二目と見られない事故の瞬間が頭を過ぎった。だが、腰に巻かれた紐が伸び切ったかのように、ビーマンは静止し、宙吊り状態になる。死を凝然と待ち受ける地面に息を垂らしていると、感傷に耽る猶予を与えてくれない炎との追いかけっこが再開された。ビーマンは石畳の上を滑るように移動し、街の砂埃を巻き上げる。その背後には炎が並々ならぬ執念でもって追跡を続けており、街に跋扈していた暗闇が蜘蛛の子を散らすように逃げ出す。輪郭も朧げであった街の形がハッキリと出現し、スミスの影を捉える際の手助けになった。
「!」
高みの見物から当事者に翻ったビーマンの虚を突く為の燃料である、大気の空気を取り込みながら、炎の体躯で空を駆けるドラゴンは、アイが仕込んだ小細工とは比べ物にならない。ビーマンは、慌ただしくナイフを振り回すものの、風は流動的な炎の体躯をさらに肥大させ、眼前に迫った惨事を忌避するように、広大な夜空へ逃げ出す。息が詰まる危機から抜け出したばかりのビーマンの額には、汗がいくつも結露し、陶酔気味だった先刻の立ち振る舞いは砂上の楼閣さながらに崩れ去った。
「おいおい。どういうことだ。あんな規模の魔術がたった一人の人間に……」
これまでの蓄積や含蓄、無数の見聞に支えられる魔術の真価は、よちよち歩きを始めたばかりの背信者では到底、理解できるものではなかった。個人の力量から逸脱したその炎の塊を咀嚼しようとすれば、目を回して混乱して当たり前だ。ビーマンは、宙を遊泳する炎の動きを注視しつつ、切り札として顕現させたナイフとの相性の悪さを嘆く。
「あの野郎……」
炎にばかり気を取られていると、背後からの奇襲に遭うかもしれない。ビーマンは遍く気配を捉えようと感覚を尖らせる。すると、視界の端を横切る影を見た。それは、炎の傀儡にくびったけなビーマンを出し抜こうと動く、スミスの悪知恵から生じた怪しげな影の動きのようだ。だが、ビーマンは目敏くその影を追うような厳格な態度は見せない。同じ轍を踏むかのように、脇の甘さを再現した。自己の評価を低く見積り、スミスが嬉々として背後から襲ってくるのを睨んだのである。それは、後ろ向きな目論見ではあったものの、決して的外れな計算ではないだろう。
ビーマンは、ナイフが持つ性質を利用して空中を身軽に移動しながら、大きな口を広げて飲み込もうとする炎との追いかけっこに精を出す。
「……」
地上から闇夜の礫が飛んでくる気配はない。それどころか、目前にある炎だけが健在にビーマンへ襲いかかるだけの時間が多くを占めた。ビーマンは考える。よしんば、この脅威的な炎の塊すら陽動であり、次なる一手を打つ為に虎視眈々と何食わぬ顔で事を進めているのならば、まさに手の平の上で踊る道化だ。かかって来いと言わんばかりに炎と戯れあっているのが馬鹿馬鹿しく、今すぐにスミスを探し出そうと奔走すべきである。
「クソが」
ビーマンは地上に目を配り、見て見ぬフリをした影の行方の後を追おうと、急転直下の速度で硬い石畳に向かって頭から落ちていく。ナイフに纏った風がそれを後押しし、二目と見られない事故の瞬間が頭を過ぎった。だが、腰に巻かれた紐が伸び切ったかのように、ビーマンは静止し、宙吊り状態になる。死を凝然と待ち受ける地面に息を垂らしていると、感傷に耽る猶予を与えてくれない炎との追いかけっこが再開された。ビーマンは石畳の上を滑るように移動し、街の砂埃を巻き上げる。その背後には炎が並々ならぬ執念でもって追跡を続けており、街に跋扈していた暗闇が蜘蛛の子を散らすように逃げ出す。輪郭も朧げであった街の形がハッキリと出現し、スミスの影を捉える際の手助けになった。
「!」
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活
XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
男女比がおかしい世界に来たのでVtuberになろうかと思う
月乃糸
大衆娯楽
男女比が1:720という世界に転生主人公、都道幸一改め天野大知。 男に生まれたという事で悠々自適な生活を送ろうとしていたが、ふとVtuberを思い出しVtuberになろうと考えだす。 ブラコンの姉妹に囲まれながら楽しく活動!
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
俺だけ毎日チュートリアルで報酬無双だけどもしかしたら世界の敵になったかもしれない
亮亮
ファンタジー
朝起きたら『チュートリアル 起床』という謎の画面が出現。怪訝に思いながらもチュートリアルをクリアしていき、報酬を貰う。そして近い未来、世界が一新する出来事が起こり、主人公・花房 萌(はなぶさ はじめ)の人生の歯車が狂いだす。
不意に開かれるダンジョンへのゲート。その奥には常人では決して踏破できない存在が待ち受け、萌の体は凶刃によって裂かれた。
そしてチュートリアルが発動し、復活。殺される。復活。殺される。気が狂いそうになる輪廻の果て、萌は光明を見出し、存在を継承する事になった。
帰還した後、急速に馴染んでいく新世界。新しい学園への編入。試験。新たなダンジョン。
そして邂逅する謎の組織。
萌の物語が始まる。
スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
昼寝部
ファンタジー
この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる