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第六部

フラガラッハ剣

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 原色である青と赤を混ぜることにより生まれる二次色、つまり「紫」は、高貴な色として人々から認知され、如何なる粗悪品であろうと所持するだけの価値を生む。しかしそんな色も、妙に強張った顔をするビーマンが背負えば、忽ち怪しげに映った。スミスが目を細めてその正体について見定めようとした矢先、頬に違和感を覚える。虫が飛来したかのような軽微な違和感だ。徐に手を伸ばし、指で確認しようとすれば、ぬるりと頬の上を滑った。汗を拭うようにして指先を扱ったつもりが、その違和感の正体に目を向けざるを得なかった。

 一目で「血」であることを認識できる量の赤色が指先に付着しており、スミスの額に一筋の汗が走った。

「ハハッ」

 驚嘆気味に目を見開くスミスに対して、ビーマンは乾いた笑い声を上げた。それは貶めるというより、起きた事象についての確実な手応えと自信を覗かせる。スミスの舌先三寸で骨抜きになっていた先刻のしおらしさは霧散し、一騎打ちの機会を手ぐすねを引いて待っていたことを証明する態度の豹変の仕方であった。

 ビーマンの背中越しに見た紫色の光を鑑みれば、スミスが頬に負った傷と照らし合わせることは出来た。だが、あまりに慮外な出来事ゆえに、未来に負うはずだった怪我が顕現したかのような、不審さに満ちていた。スミスは己の知見を駆除して必死に魔術の概要を読み解こうとするが、雲を掴むような手応えのなさを感じていた。

「当然だ。その驚き方は」

 スミスの疑問について、ビーマンは衒学的な口吻と仔細顔で応える。力量差に怯えて魔術による治癒を拒んでいたビーマンの姿はそこにはなく、ひたすら相手を凌駕する算段があるように見えた。

「何をした」

 スミスは疑問の答えを求めつつ、生唾をやおら飲み込んだ。額面通りの警戒を隠すことなく露わにする眼前の敵役を前にして、ビーマンは八重歯を剥き出しにする。その口角の上がり方は、満面の笑みと言って差し支えない。命を脅かされる危険から一歩引いたような、一言で言えば「余裕」が、全身から漂っている。

 屋敷で行った派手な大立ち回りの影響を即物的に捉え、自分の落ち度をしずしずと受け入れていたスミスの自省は消え去り、立場が変わったことを雄弁に語るビーマンへ、はらわたが煮えくり返りそうな怒りが、間欠泉さながらに噴き上がっていた。

「フラガラッハ剣」

 ビーマンは出し抜けにとある固有名詞を口にした。そして、背中に回していた右手を手品のタネを明かすかのように差し出す。すると右手には、短刀に分類される刃渡りのナイフが握られていたが、スミスとの距離を鑑みると決して刃先が届くような代物ではない。

「これは、あらゆる鎧を切り裂き、風をも支配すると言われる、神話上の武器だ」

 陥落しつつあったビーマンを屈服させるつもりで風を起こしたスミスの魔術は、自身を絡め取る脅威に翻った。

「召喚は素晴らしいね。魔術師さん」
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