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第六部

願いとは

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 国家に於ける魔術師は、十三の公爵に比肩する特別な立場に位置しており、背信者と呼称する魔術の使い手を心の底から侮蔑していた。その中でも、公爵の屋敷を守護する役目を仰せ付かったスミスは、殊更に背信者を忌み嫌い、塵にも劣ると蔑んでいた。だが、盗人猛々しいビーマンとカムラの闇夜の礫によって、いとも簡単に立場を瓦解させ、公爵から直々に落第者として守護の任を下ろされる。それからというもの、魔術師からの白眼視も相まって、背信者および街で悪事を働く不届き者に目を光らせた。時には、魔が差した市民の手を切り落とすかのような非道さを見せ、後ろ暗い感情の捌け口にした。

 道義心を試すかのように、無防備な人間を演じ、作為的に悪意を目の前に炙り出そうとした。しかし、そのような小賢しい真似は、アイの実力行使を前にねじ伏せられた。魔術師を笠に着る高慢稚気なスミスは悪罵を浴びるのに相応しい、内面を映す鏡のように醜悪な外聞が露わになった。自らを形なしと卑下し、命の裁量も預けるスミスの自戒すれば、背信者であるビーマンから悪罵を貰っても心は痛まなかった。そんな慎ましい姿をまるで望んでいなかったビーマンは、にわかに膨れ上がる鬱憤を口から吐き出す。

「畜生」

 スミスの動向に四六時中、注意を払い、今か今かと一騎討ちの機会を窺っていたビーマンにとって、スミスとアイの争いはお誂え向きであったものの、よもや復讐の機会を失いかねない展開に発展するとは夢にも思わなかっただろう。アイがバエルの息の掛かった存在とは知る術はなかったし、公爵の屋敷で相見えたスミスの実力を把握していたビーマンからすれば、目眩のするような成り行きだったに違いない。

「私もアンタも、自惚れ過ぎた。魔術を扱えることに過信して、一人で何でも出来ると勘違いしちまったんだな」

 スミスは互いの脛を蹴るかのように、小言を立て続けに吐き、このような末路に至った過程をひたすら憂いた。ビーマンは未だに現状を直視できずにいて、自戒を繰り返す言葉の数々は蜃気楼のように取り止めもなく雲散霧消と化す。

(本当に命への頓着がない。この世に留まる気概がないんだ)

「ゴホッ! ゴホッ!」

 咳に混じる血が、床に散らばった。

「後悔はないが、この世界がどんな風に壊れていくのかは、見ておきたかった」

 今も尚、大勢の魔術師が防波堤となる結界を湖に張っていることを知っておきながら、いずれそれが決壊し、世界に崩壊の種子が飛ぶ様をスミスは想像する。

「逆だろう。そんな風景を見ずに死にたい」

 唾棄するようにビーマンはスミスの戯言を一蹴し、

「そうか? 平和に身を落とし、寿命をまっとうに消費するのは時間が勿体ない。何かが壊れる瞬間はいつだって創造性を生むんだ。そこに価値があるはずだ」

 街に平和と秩序をもたらす魔術師の努力が水疱に帰す。それを待ち望むかのような発言は、刹那的な感情の倒錯を感じさせつつも、以前から魔術師という街の屋台骨となって支える現状に不満が仄かにあったものが肥大化し、死の瀬戸際で明確な形として現れた。こう言うのが適当だろうか。
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