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第六部

とある因縁

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「たった一人の女に後れを取るなんて、見損なったぞ。スミス」

 焼け爛れた皮膚は赤黒く変色し、指で掬い取れそうな熟した果実の柔らかさを見目から感じ取れた。そんな脆い人間の姿を前にして、情け容赦ない鋭い視線を向ける男がここにいる。敵意を包み隠さない強い口調も駆使する男の名は、ビーマン。世間からは背信者と定義付けられる反社会的な人物として成り立ちを持ち、壮絶な火炙りに遭ったスミスに対して、個人的な恨みを募らせる。その起源は、公爵の屋敷に盗みに入ったことを契機に始まっており、因縁と呼ぶには些か一方通行な私怨であった。

「……」

 家主の手を離れ、本分を失った家の老朽化は凄まじい。天涯孤独な人間の老け込み方とよく似て、瞬く間に見窄らしく姿なりを変え、歴史的資料の一頁を埋めるのに相応しい経年を湛えた。とはいえ、今を生きる人々にとってみれば、一瞥も向ける価値もない只々、汚らしい外観をした空き家に変わりない。だからこそ、ビーマンはそこを根城に選び、まともに言葉を利くことも難しそうなスミスを太平楽にも連れ込めた。蝋燭一本を明かりにし、椅子を一脚用意する周到な準備を整えたビーマンからすると、スミスが置かれた状況はまことに如何ともし難く、滝のような汗が流れ出す前の一筋の雫が額から頬にかけて流星の如く走った。

「おい、返事もできないか?」

 それは懇願であった。スミスに投げかけるつもりでいた恨み辛みを、正しく耳から脳に伝達する力が残っているかどうかを確認しようとしたが、まるで反応が窺えない。湧き水のように腹の底からふつふつと焦燥が膨れ出し、口の端にアブクを作る。円を描く指の悪戯に目を回したかのように、頭がそぞろに横倒しになり、苦悶の表情がにわかに浮かんだ。それは、“アニラ”に対して顔向けできないといった、体裁も多分に含まれた悔恨である。挙句の果てには、部屋の壁を何度も蹴り出し、思うように物事が進まないことへの鬱憤をぶつけた。

「ククッ」

 如何にも冷笑を気取った笑い声は、身じろぎ一つしていなかったスミスのだらしなく開いた口から漏れ聞こえてきた。子どものように駄々をこねるビーマンの振る舞いをひとえに嘲笑う声であったが、まるで生き別れた肉親に顔を合わせたかのように目を見開いて、興奮気味に発する。

「なんだよ、おい。聞こえてるじゃないか。驚かせやがって」

 最悪な末路を辿ると思われた展開を回避したことへの安堵感から、ビーマンは汗を拭い、口角を持ち上げた。これから始まるかもしれない仕打ちを想像すれば、決して太平楽ではいられない。だがしかし、先刻と変わらぬ笑い声が再び漏れ聞こえてくる。

「ククッ」

 理解し難い挑発的なスミスの振る舞いに、煙を疎んずる訝しいが扇情され、酷く引き攣った顔をビーマンはぶら下げた。
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