104 / 149
第五部
とある一件
しおりを挟む
「そういえば、ビーマンはまた来てないのか」
公爵の屋敷で魔術師とやり合ったと聞かされてから、ぼくらの前にピタリと姿を現さなくなった。もはや“アニラ”を抜けたと言っても差し支えないほどの日数が経っている。
「魔術師さんにこっぴどくやられて、ショックだったんだろうよ。それも、大事に扱ってきたカムラには逃げられる始末。そりゃあ顔も出しづらいだろうよ」
ビーマンの心理的状態を慮り、どれだけ居た堪れない気持ちを抱いているかを推測した仲間の見解に、ぼくは全くもって同意しかねた。著しく気骨の欠けた人間が、“アニラ”に属するなど言語道断である。寸暇に糾弾し、ビーマンが如何に器量に欠けた人間かを口端に泡を溜めて語るのは、些か見苦しく、ひいては白い目を向けられる機運すらあった為、ぼくはなるべく静観することに決めた。
「まぁ、目利きがなかった。ということだろう」
仲間からの評価を落としたビーマンに関して、首を振って同意する。ぼくは初めから懐疑的であったし、よしんば“アニラ”に不利益をもたらすような失敗を犯した際には、それに乗じて追い出す腹積りがあった。だからこそ、件の出来事は晴天の霹靂ながら、ぼくは嬉々として受け入れていた。朗らかな気分そのままに先刻に起きた、とある事象について四方山話の机上に置く。
「さっきの地響きには驚かされたよな? まさかここまで大きいものとは……魔術師もさぞかし頭が痛いだろう」
多くの魔術師は自分の庭を放棄し、突如出現した湖の巨人にてんてこ舞いであることは既知の事実であったものの、まるでそこにいるかのような地響きは今まで聞いた覚えがなかった。
「いや、ちょっと待てよ。まさかあの破壊音を湖の巨人の仕業だと思っているのかよ」
ぼくの考えがまるで見当違いかのような指摘を受ける。改めて回顧したものの、それ以外にはあのような音は立てられないと確信している。
「だったら、誰があんな音を出せるんだよ」
「……魔術以外にあるか?」
皆が顔を見合わせて閉口した。今この場に於いて、“アニラ”のメンバーは全員揃っている。不可解極まりない結論に思案は尽きず、愚鈍さも垣間見えた瞬間、とある考えがテーブルの上に落とされた。
「ビーマン……かもな。魔術師を恨んでいてもおかしくないだろうし」
それは極めて合理的な答えである。公爵の屋敷で盗みを働こうとしたビーマンの失敗は、魔術師という邪魔立てがあって成立し、逆恨みに近い感情を抱いても不思議ではない。目下に男の生殖機能を奪う物騒な事件なども起きており、魔術師の監視の目が緩んだことに合わせて、治安は確実に悪くなっている。
「いいじゃないか。これはこれで」
ぼくは見誤っていた。仮にビーマンの仕業だと仮定するならば、喜んで然るべき反骨精神だ。見習ってもいい。“アニラ”に顔も出さずに行うその情動的な姿勢に乾杯を捧げよう。
公爵の屋敷で魔術師とやり合ったと聞かされてから、ぼくらの前にピタリと姿を現さなくなった。もはや“アニラ”を抜けたと言っても差し支えないほどの日数が経っている。
「魔術師さんにこっぴどくやられて、ショックだったんだろうよ。それも、大事に扱ってきたカムラには逃げられる始末。そりゃあ顔も出しづらいだろうよ」
ビーマンの心理的状態を慮り、どれだけ居た堪れない気持ちを抱いているかを推測した仲間の見解に、ぼくは全くもって同意しかねた。著しく気骨の欠けた人間が、“アニラ”に属するなど言語道断である。寸暇に糾弾し、ビーマンが如何に器量に欠けた人間かを口端に泡を溜めて語るのは、些か見苦しく、ひいては白い目を向けられる機運すらあった為、ぼくはなるべく静観することに決めた。
「まぁ、目利きがなかった。ということだろう」
仲間からの評価を落としたビーマンに関して、首を振って同意する。ぼくは初めから懐疑的であったし、よしんば“アニラ”に不利益をもたらすような失敗を犯した際には、それに乗じて追い出す腹積りがあった。だからこそ、件の出来事は晴天の霹靂ながら、ぼくは嬉々として受け入れていた。朗らかな気分そのままに先刻に起きた、とある事象について四方山話の机上に置く。
「さっきの地響きには驚かされたよな? まさかここまで大きいものとは……魔術師もさぞかし頭が痛いだろう」
多くの魔術師は自分の庭を放棄し、突如出現した湖の巨人にてんてこ舞いであることは既知の事実であったものの、まるでそこにいるかのような地響きは今まで聞いた覚えがなかった。
「いや、ちょっと待てよ。まさかあの破壊音を湖の巨人の仕業だと思っているのかよ」
ぼくの考えがまるで見当違いかのような指摘を受ける。改めて回顧したものの、それ以外にはあのような音は立てられないと確信している。
「だったら、誰があんな音を出せるんだよ」
「……魔術以外にあるか?」
皆が顔を見合わせて閉口した。今この場に於いて、“アニラ”のメンバーは全員揃っている。不可解極まりない結論に思案は尽きず、愚鈍さも垣間見えた瞬間、とある考えがテーブルの上に落とされた。
「ビーマン……かもな。魔術師を恨んでいてもおかしくないだろうし」
それは極めて合理的な答えである。公爵の屋敷で盗みを働こうとしたビーマンの失敗は、魔術師という邪魔立てがあって成立し、逆恨みに近い感情を抱いても不思議ではない。目下に男の生殖機能を奪う物騒な事件なども起きており、魔術師の監視の目が緩んだことに合わせて、治安は確実に悪くなっている。
「いいじゃないか。これはこれで」
ぼくは見誤っていた。仮にビーマンの仕業だと仮定するならば、喜んで然るべき反骨精神だ。見習ってもいい。“アニラ”に顔も出さずに行うその情動的な姿勢に乾杯を捧げよう。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活
XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
男女比がおかしい世界に来たのでVtuberになろうかと思う
月乃糸
大衆娯楽
男女比が1:720という世界に転生主人公、都道幸一改め天野大知。 男に生まれたという事で悠々自適な生活を送ろうとしていたが、ふとVtuberを思い出しVtuberになろうと考えだす。 ブラコンの姉妹に囲まれながら楽しく活動!
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
俺だけ毎日チュートリアルで報酬無双だけどもしかしたら世界の敵になったかもしれない
亮亮
ファンタジー
朝起きたら『チュートリアル 起床』という謎の画面が出現。怪訝に思いながらもチュートリアルをクリアしていき、報酬を貰う。そして近い未来、世界が一新する出来事が起こり、主人公・花房 萌(はなぶさ はじめ)の人生の歯車が狂いだす。
不意に開かれるダンジョンへのゲート。その奥には常人では決して踏破できない存在が待ち受け、萌の体は凶刃によって裂かれた。
そしてチュートリアルが発動し、復活。殺される。復活。殺される。気が狂いそうになる輪廻の果て、萌は光明を見出し、存在を継承する事になった。
帰還した後、急速に馴染んでいく新世界。新しい学園への編入。試験。新たなダンジョン。
そして邂逅する謎の組織。
萌の物語が始まる。
スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
昼寝部
ファンタジー
この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる