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第四部
これは邂逅か? それとも
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「ッぁ!」
頭を殴られたような衝撃に膝が折れて尻は落ちる。額の鈍痛は確かに、壁と衝突した際の間抜けな顛末として間違いないだろう。おれは老生による腰の痛みに手を添えるように何度も額を擦った。ただ、それ以上に壁が目の前に現れたことによる喜びが勝ち、背骨が立つ上で必要な足腰の自立をすぐさまに起こし、仁王立つ。ジンジンと痛む額を棚に上げて、おれは壁をまんじりと睨んだ。
「もう一回」
なりふり構わず生み出される瓦礫の山で、奥屋が一つ作れても驚きはない。ひいては、それが屋敷にとってほんの一部分であることを考えれば、壁をいくら粉々にしても、取るに足らない矮小な行為に思えてならず、躊躇なく壁に両手を置けた。ガラス細工さながらに割れる壁の先から、新鮮な空気の束が吹き込み頬を撫でる。まるで母の産道から顔を出したような解放感に胸は大きく膨らんで、吐いた息の長さから察する知らぬ間に行った深呼吸は生への実感を生む。おれはそのまま庭を走り抜け、飾り付けられた装飾品のように軽々と鉄格子を飛び越える。後ろ暗い思いはさらさらない。選択に於ける思案はあったが、あくまでもビーマンの言葉に聴従した結果といえ、誰からも非難されるべきではないし、後悔の念が残ることは決してない。“アニラ”の本質が、理由と手段に託けた「暴力」を原動力にした集団であると知ったのだ。それは、手痛い叱責を呼んだ鉱石の窃盗に因み、切っても切り離せない人間の本能といえるだろう。おれが迎合しようと考えた物の見方や価値、全てと相反し、“アニラ”に属する意味を失った。
夜空に浮かぶ寄る辺がない黒い雲の行方に、今日は一段と目を奪われる。月明かりに薄ぼんやりと輪郭を縁取られた黒い雲は、一体どこに流れていき、そして流れ着くのか。他愛もない上、何一つ役立つことがない思索だったが、おいそれと唾棄して眼下の地面を眺める気にはなれなかった。これを感傷と形容して慰めれば、自己嫌悪に襲われる機運もあり、おれは夜目をあやなし街並み眺める。
「?」
妙な形に出っ張った建物の影が右斜め前方に異物感として忽然と現れる。近付くにつれて、建物との境目がハッキリとしだし、間もなくそれが人間の影法師であると認識した。男であれば納得する外套を可愛げのある女が着ているものだから、そぞろに足が止まった。
「……」
目はしっかりと開いており、おれを視界の端に捉えていても無理がない距離にあったが、一寸先を凝然と見つめたまま動かない。壁際に追い詰められた人間の仄暗い無関心さは、価値がないと塵芥のように捨てられたからか? 誰からも必要とされず、一生を終えるのか? 誰にも見出されなかったその価値を、よしんばおれが拾い上げたなら、必然に女はこの世に生を受けた者として再び成り立つのではないか?
頭を殴られたような衝撃に膝が折れて尻は落ちる。額の鈍痛は確かに、壁と衝突した際の間抜けな顛末として間違いないだろう。おれは老生による腰の痛みに手を添えるように何度も額を擦った。ただ、それ以上に壁が目の前に現れたことによる喜びが勝ち、背骨が立つ上で必要な足腰の自立をすぐさまに起こし、仁王立つ。ジンジンと痛む額を棚に上げて、おれは壁をまんじりと睨んだ。
「もう一回」
なりふり構わず生み出される瓦礫の山で、奥屋が一つ作れても驚きはない。ひいては、それが屋敷にとってほんの一部分であることを考えれば、壁をいくら粉々にしても、取るに足らない矮小な行為に思えてならず、躊躇なく壁に両手を置けた。ガラス細工さながらに割れる壁の先から、新鮮な空気の束が吹き込み頬を撫でる。まるで母の産道から顔を出したような解放感に胸は大きく膨らんで、吐いた息の長さから察する知らぬ間に行った深呼吸は生への実感を生む。おれはそのまま庭を走り抜け、飾り付けられた装飾品のように軽々と鉄格子を飛び越える。後ろ暗い思いはさらさらない。選択に於ける思案はあったが、あくまでもビーマンの言葉に聴従した結果といえ、誰からも非難されるべきではないし、後悔の念が残ることは決してない。“アニラ”の本質が、理由と手段に託けた「暴力」を原動力にした集団であると知ったのだ。それは、手痛い叱責を呼んだ鉱石の窃盗に因み、切っても切り離せない人間の本能といえるだろう。おれが迎合しようと考えた物の見方や価値、全てと相反し、“アニラ”に属する意味を失った。
夜空に浮かぶ寄る辺がない黒い雲の行方に、今日は一段と目を奪われる。月明かりに薄ぼんやりと輪郭を縁取られた黒い雲は、一体どこに流れていき、そして流れ着くのか。他愛もない上、何一つ役立つことがない思索だったが、おいそれと唾棄して眼下の地面を眺める気にはなれなかった。これを感傷と形容して慰めれば、自己嫌悪に襲われる機運もあり、おれは夜目をあやなし街並み眺める。
「?」
妙な形に出っ張った建物の影が右斜め前方に異物感として忽然と現れる。近付くにつれて、建物との境目がハッキリとしだし、間もなくそれが人間の影法師であると認識した。男であれば納得する外套を可愛げのある女が着ているものだから、そぞろに足が止まった。
「……」
目はしっかりと開いており、おれを視界の端に捉えていても無理がない距離にあったが、一寸先を凝然と見つめたまま動かない。壁際に追い詰められた人間の仄暗い無関心さは、価値がないと塵芥のように捨てられたからか? 誰からも必要とされず、一生を終えるのか? 誰にも見出されなかったその価値を、よしんばおれが拾い上げたなら、必然に女はこの世に生を受けた者として再び成り立つのではないか?
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