上 下
67 / 149
第三部

欝勃と猛然に

しおりを挟む
 疾しさなどまるで感じさせないイシュの後ろ姿に掴み所はなく、不平不満を吐き損ねたスミスが足元の宙を蹴った。惰眠に蝕められた身体は外部の刺激にとりわけ弱く、あの手この手で面倒事を避けるきらいがあり、称賛などの評価を受ける土台は出来ていなかった。回転草とさして変わらぬ風来坊の軽々しさと妙に心が跳ねる感覚を覚えたイシュは、目の前に現れる障害を飛び越える準備があった。

 滞りなく自宅に戻れば、絵に描いた怠慢を眼下の床に捉える。イシュは堰を切ったように腰を屈め、齷齪と手を動かし始めた。眠て起きるだけの部屋を快適に過ごそうなどと考える頭の使い方をしてしていない人間が、突如として強迫観念に襲われ、汗を垂らして環境を変えようと励む様は、どこか発作的にも見え、手放しに囃し立てるより不安が先立つ。

「はぁはぁ」

 形容し難い高揚感をガソリンに部屋の掃除を貫徹しようと気炎を吐き、手を動かす。正味三十分ほどだろうか。紙に占領されて久しかった床は顔を出すと、鼻先をくすぐる埃の臭いが舞い上がった。イシュは、全ての窓を開けて換気を図る。集めた紙を折り畳んで重ねると、腰の高さまで積み上がり、置き場に困ったイシュは、邪魔にならない隅を選んで清潔感を確保した。

「よしよし」

 身の回りの家事など気にも留めず、部屋全体を揺り籠のように扱ってきたイシュが、目障りだからといって没我した掃除は、変調を来したと言っても過言ではない。しかし、良いか悪いかを語るには時期尚早の段階にあり、断言は避けるべきだろう。だがあえて、イシュの状態を言及するならば、「躁鬱」としか言えない。

 泥のように寝るには些か、疲労感が足りないように思えたが、イシュはベッドの上でこんこんと思い詰めることなく眠りに入った。街の喧騒をきっかけに起床する目覚めの悪さは、寝入りが遅いイシュの悪癖から来ており、鳥の囀りによって自然と自立し、片付いた部屋の様子を横目にすれば、眠気が瞬く間に尾を引いて、低血圧ぎみな青白い顔は窓から差し込む太陽の光に霧散する。澱みない血の巡りにより、ベッドから跳ね起きることなど造作もなかった。

「……」

 とはいえ、有り余る時間を研鑽にあてる殊勝な心掛けとは袂を分かったイシュからすれば、朝のこの時間はただひたすら、漫然と過ごすしかなかった。イシュはふいに、ベッドの下にある隙間へ手を伸ばす。底冷えの冷気が指先に触れ、まるで昆虫の外骨格に触れたかのような驚き加減で手を引いた。それが見知ったローブの感触にも関わらず。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活

XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

男女比がおかしい世界に来たのでVtuberになろうかと思う

月乃糸
大衆娯楽
男女比が1:720という世界に転生主人公、都道幸一改め天野大知。 男に生まれたという事で悠々自適な生活を送ろうとしていたが、ふとVtuberを思い出しVtuberになろうと考えだす。 ブラコンの姉妹に囲まれながら楽しく活動!

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

俺だけ毎日チュートリアルで報酬無双だけどもしかしたら世界の敵になったかもしれない

亮亮
ファンタジー
朝起きたら『チュートリアル 起床』という謎の画面が出現。怪訝に思いながらもチュートリアルをクリアしていき、報酬を貰う。そして近い未来、世界が一新する出来事が起こり、主人公・花房 萌(はなぶさ はじめ)の人生の歯車が狂いだす。 不意に開かれるダンジョンへのゲート。その奥には常人では決して踏破できない存在が待ち受け、萌の体は凶刃によって裂かれた。 そしてチュートリアルが発動し、復活。殺される。復活。殺される。気が狂いそうになる輪廻の果て、萌は光明を見出し、存在を継承する事になった。 帰還した後、急速に馴染んでいく新世界。新しい学園への編入。試験。新たなダンジョン。 そして邂逅する謎の組織。 萌の物語が始まる。

前世で八十年。今世で二十年。合わせて百年分の人生経験を基に二週目の人生を頑張ります

京衛武百十
ファンタジー
俺の名前は阿久津安斗仁王(あくつあんとにお)。いわゆるキラキラした名前のおかげで散々苦労もしたが、それでも人並みに幸せな家庭を築こうと仕事に精を出して精を出して精を出して頑張ってまあそんなに経済的に困るようなことはなかったはずだった。なのに、女房も娘も俺のことなんかちっとも敬ってくれなくて、俺が出張中に娘は結婚式を上げるわ、定年を迎えたら離婚を切り出されれるわで、一人寂しく老後を過ごし、2086年4月、俺は施設で職員だけに看取られながら人生を終えた。本当に空しい人生だった。 なのに俺は、気付いたら五歳の子供になっていた。いや、正確に言うと、五歳の時に危うく死に掛けて、その弾みで思い出したんだ。<前世の記憶>ってやつを。 今世の名前も<アントニオ>だったものの、幸い、そこは中世ヨーロッパ風の世界だったこともあって、アントニオという名もそんなに突拍子もないものじゃなかったことで、俺は今度こそ<普通の幸せ>を掴もうと心に決めたんだ。 しかし、二週目の人生も取り敢えず平穏無事に二十歳になるまで過ごせたものの、何の因果か俺の暮らしていた村が戦争に巻き込まれて家族とは離れ離れ。俺は難民として流浪の身に。しかも、俺と同じ難民として戦火を逃れてきた八歳の女の子<リーネ>と行動を共にすることに。 今世では結婚はまだだったものの、一応、前世では結婚もして子供もいたから何とかなるかと思ったら、俺は育児を女房に任せっきりでほとんど何も知らなかったことに愕然とする。 とは言え、前世で八十年。今世で二十年。合わせて百年分の人生経験を基に、何とかしようと思ったのだった。

処理中です...