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第三部
背信者
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「はぁ」
傾き始めた太陽の位置にどれだけ時間を長く潰したかを把捉し、イシュは殊更に大きく息を吐いて飛び降りる。予定は大きくズレ込み、パン屋に立ち寄った際には白髪混じりの店主から頭を下げられた。
「ごめんなぁ。もう売れ切れちまったんだよ」
贔屓の客が肩を落とす姿は忍びなく、礼を尽くして長々と頭を下げ続けた。代わりとなるパンの販売に繋げようと店主は営業を掛けようとするが、イシュはあからさまな不平を湛えて店を後にする。他人の干渉を嫌い、ひたすら自由気ままに過ごすことをもっとうにしていたイシュは、図らずもハーキッシュを計算に入れて日常の一部としていたことが明らかになり、形容し難い苛立ちを覚えていた。唇を噛み締め、その歩行は荒々しさに満ちる。獰猛な犬が牙を剥いているかのように通りすがる人々は尽く恐ろしげに道を開けていく。
腫れ物さながらに扱われる当の本人は、そんな周囲の反応などお構いなしに闊歩し、向かうべき場所を逸した迷子の気分で石畳の硬さを踏みしめている。息を吸って吐く呼吸は退廃を帯び、今を生きる魔術師らしい輝度に即した。
「ソイツを捕まえてくれ!」
助けを呼ぶ声は衆目の視線を束ねて集め、見目なき階段を駆け上がる男の姿を捉えた。それは明らかに一般市民ではなし得ない動作の仕方といえ、簡単に結論付けられた。魔術に関して綴られる貴重な文献は、歯抜けの状態で見つかることが多い。何箇所にも渡って千切られた頁があり、それらの切れ端は回し読みされ、善性を前提に伝承されてきた魔術は時として、人々に牙を剥く。魔術師はそれらの存在と一線を引く為に、「背信者」と呼んで敵対した。
聴衆の頭を足蹴にするかのような足癖の悪い抜き手の切り方で宙を渡る「背信者」は、魔術師の不在を狙った火事場泥棒そのものであった。虫の居所が悪いイシュの目に止まれば、荒野のガンマンよろしく、拳銃代わりに陣が書かれた紙を勇ましく取り出す。そして、「背信者」に向かって紙を定めた所作はまさに照準となり、煌々と発光する陣が緑色の渦を形成すると、直線上に伸びていく。
「?!」
異変に気付いたのも束の間、「背信者」は緑色の渦に手足を絡め取られ、有無を合わせぬ強制力を前に泡を食った。そんな間抜けな姿に万雷の拍手が起き、花盛る民衆の賑わいを掻き分けて、退魔人の被害に遭った者がイシュの前に顔を出す。
「貴方は……魔術師だったんですね」
本来は人を導くべき魔術が、負い目に追い立てられた者によって凶器へと変貌する様を見て、イシュは道を閉ざす壁のように立ちはだかる。極めて気分屋な好悪に従った結果、贔屓にしている貴金属屋の主人の損益に関わってしまった。
「まことにありがとうございます!」
傾き始めた太陽の位置にどれだけ時間を長く潰したかを把捉し、イシュは殊更に大きく息を吐いて飛び降りる。予定は大きくズレ込み、パン屋に立ち寄った際には白髪混じりの店主から頭を下げられた。
「ごめんなぁ。もう売れ切れちまったんだよ」
贔屓の客が肩を落とす姿は忍びなく、礼を尽くして長々と頭を下げ続けた。代わりとなるパンの販売に繋げようと店主は営業を掛けようとするが、イシュはあからさまな不平を湛えて店を後にする。他人の干渉を嫌い、ひたすら自由気ままに過ごすことをもっとうにしていたイシュは、図らずもハーキッシュを計算に入れて日常の一部としていたことが明らかになり、形容し難い苛立ちを覚えていた。唇を噛み締め、その歩行は荒々しさに満ちる。獰猛な犬が牙を剥いているかのように通りすがる人々は尽く恐ろしげに道を開けていく。
腫れ物さながらに扱われる当の本人は、そんな周囲の反応などお構いなしに闊歩し、向かうべき場所を逸した迷子の気分で石畳の硬さを踏みしめている。息を吸って吐く呼吸は退廃を帯び、今を生きる魔術師らしい輝度に即した。
「ソイツを捕まえてくれ!」
助けを呼ぶ声は衆目の視線を束ねて集め、見目なき階段を駆け上がる男の姿を捉えた。それは明らかに一般市民ではなし得ない動作の仕方といえ、簡単に結論付けられた。魔術に関して綴られる貴重な文献は、歯抜けの状態で見つかることが多い。何箇所にも渡って千切られた頁があり、それらの切れ端は回し読みされ、善性を前提に伝承されてきた魔術は時として、人々に牙を剥く。魔術師はそれらの存在と一線を引く為に、「背信者」と呼んで敵対した。
聴衆の頭を足蹴にするかのような足癖の悪い抜き手の切り方で宙を渡る「背信者」は、魔術師の不在を狙った火事場泥棒そのものであった。虫の居所が悪いイシュの目に止まれば、荒野のガンマンよろしく、拳銃代わりに陣が書かれた紙を勇ましく取り出す。そして、「背信者」に向かって紙を定めた所作はまさに照準となり、煌々と発光する陣が緑色の渦を形成すると、直線上に伸びていく。
「?!」
異変に気付いたのも束の間、「背信者」は緑色の渦に手足を絡め取られ、有無を合わせぬ強制力を前に泡を食った。そんな間抜けな姿に万雷の拍手が起き、花盛る民衆の賑わいを掻き分けて、退魔人の被害に遭った者がイシュの前に顔を出す。
「貴方は……魔術師だったんですね」
本来は人を導くべき魔術が、負い目に追い立てられた者によって凶器へと変貌する様を見て、イシュは道を閉ざす壁のように立ちはだかる。極めて気分屋な好悪に従った結果、贔屓にしている貴金属屋の主人の損益に関わってしまった。
「まことにありがとうございます!」
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