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第三部

乗り掛かった船

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 ハーキッシュは指摘された問題に対する答えを薄ら笑いで有耶無耶にしたが、それは半ば語るに落ちていた。仄めかすような言い回しでこの関係を繋ぎ止めているのは、魔術師としての義務を放棄するイシュの怠慢さに違いない。

「やっぱり、同じ穴の狢だ。この街でどう振る舞うべきかをわかってる」

 人口五万人からなる大都市「ウォード」は、日用品や嗜好品、工業用品の生産に力を入れ、手に職を持つには格好の働き場であった。その一方で、食料自給率は著しく低い割合となっており、輸入頼りと言っていい。ウォードは関所となる正門にて、貿易の為に足を踏み入れる者を厳格に見定め、不利益の排斥に力を入れている。常駐する魔術師の数は他の大都市と比べて、二番目に多い。それは単純な人口の密度に起因していて、治安の維持に魔術師は気炎を吐いている。

「建前は大事だぞ」

 ハーキッシュは自嘲ぎみに笑って、取り繕うことを嫌うイシュの慧眼を持ち上げ、柔軟な身持ちが如何に事の対処に役立つかを説く。

「オレはそれが嫌だから、いつもあそこに居るんだよ。なのにお前が……」

 イシュは嫌悪感をあけすけにするが、ハーキッシュに省みる様子はなく、肩を掴んでしおらしく呟く。

「まぁまぁ。付き合わせてくれ」

 子どもの駄々を宥める柔和な言葉遣いでハーキッシュはひたすら阿るばかりだが、不貞腐れたような態度に終始するだけで、にべもなく遠ざかる真似をしないイシュを見ると、二人の仲は「腐れ縁」と呼んで過不足ない。足並みは不揃いながらも、付かず離れずの距離感を保ち、互いの居心地に注意を払う。夕映えに浸かった街が刻一刻と、野鼠が目を光らせる暗がりを吐き出す。

 イシュはゆくりなくズボンのポケットから一枚の紙切れを取り出した。頬を撫でる程度の風にも揺れる薄い紙切れには、模様らしきものが描かれており、イシュが手の平で覆うと光りを帯び始めた。

「灯りをどうも」

 紙切れは人体発火に比肩する突飛さで炎がつき、手元を照らすだけに留まらず、周囲一帯の暗闇を掃く。太陽を神とし崇め、月明かりが如何に有毒なものかを戒律に定めたような人気のなさは、二人が街中を悠然と歩けば歩くほど色濃くなり、枠に収まらない魔術師が異世界の象徴として君臨する訳を知る。

「ほら、シッシッ」

 イシュはハーキッシュを煙のように手で仰ぎ、追い払う素振りを見せた。それは、帰路の終着点を意味し、横幅を大きく取って鎮座する二階建ての建物が日々の営みの地盤となる場所だと暗に言った。寄生虫さながらにこき下ろされているハーキッシュは、自分の立場をよく理解しているようで、憮然と機嫌を損ねてイシュとの付き合いを蔑ろにすることを悪手とし、ひたすら軽佻浮薄な態度に終始する。そしてそれは、明くる日の付き合いを約束することにより、露悪さすら帯びた。

「また明日」
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