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第三部
諍い
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この一連の言動と行動は、著しく理解に欠ける。僕が起こしたものとはいえ、生来の気質から乖離しているように思えてならなかったのだ。それでも不思議と、態度を翻して脱兎の如く逃げ出そうとする、肩透かしに走る気分は微塵もなかった。男は心底面倒そうに輪を掛けて大きく嘆息を吐いた。
「私はね、バエルを壁へ突き飛ばす君を賞して、あの場から脱する為の手を貸したんだぞ」
その声色は明らかに勃然と色を成し、差し出がましい恩のやりとりを説明してきたが、全くもって釈然としない。
「僕が言ったか? 助けてくれと」
舌打ちの悪態は、間もなく手を出そうとする前兆に違いない。男の一挙手一投足に仔細な視線の動きを手引きされ、凝然と固まってしまった。すると、寝間着の裾を掴む気配を感じ、形容し難い「力」のようなものが熱となってこんこんと湧き上がり、僕は男との殴り合いすら厭わない勇気をもらった。
「厄介だな。柱というのは」
排熱を想起させる男の息遣いに、頭を冷やす意図が汲み取れた。
「?」
そして、女に向けて込めた敵意の突端となる右手を下ろし、軟化に相応しい柔和な雰囲気を拵える。
「やめだ、やめだ。争うだけ時間の無駄だ」
連綿と繰り返す揺り籠のような安らぎを、葉の隙間を塗って落ちる地面の影法師から享受する。
「ただ、女の扱いに関して私達は折衝する必要がある」
粗野と言わざるを得ない僕が咄嗟に取った行動の尻拭いに、男は侃侃諤諤と議論を交わす必要があると言うが、喧嘩腰に飛び交った女とのやりとりを鑑みると、そう易々と事が運ぶとは思えなかった。
「ねぇ、貴方達」
当然のことながら、僕と男の手前勝手な会話に女は割って入ってくる。
「わたしの為に言い合っているみたいだけど、はっきり言うわ」
僕と男を交互に睨み付け、不満に歪んだ唇が二つに割れる。
「わたしをいいように扱う器じゃない」
ちゃぶ台をひっくり返す気の強さを表明する女の背後に、中村の姿が見え隠れし、僕は一段と興奮を覚えた。
「第三柱のウァサゴを前にしてまだ言うか」
飽きもせずに男と女の睨み合いが再び始まって、振り出しに戻ったような煩わしさに眉間が隆起する。青臭い風が鼻腔を濡らすたびに、森の中ですったもんだの争いに勤しむ馬鹿らしさが露見した。見ているだけで胸焼けしてくる二人の熱気に首を突っ込めば、火中の栗を拾うのと一緒で痛い目に遭うのが想像に難くない。だからといって、無為に振る舞い素知らぬ顔をすれば、僕がどうしてこの女の手を掴んだかを根こそぎなかったことにする愚行に繋がる。
「試してみる?」
女の茶色い髪が逆立ち始め、大気が歪むような「力」の迸りを感じた。致命的な一撃を打ち込み、紙一重の同士討ちも頭をよぎり、胸騒ぎに相応しい鼓動の激しさに揉まれる。交通量の多い道路に飛び出すような心構えに苛まれるものの、躊躇いに足をもつれさす、悔恨の影に後ろ髪を引かれることはなかった。血気盛んな二人の間に衝立を立てるように僕は身体を投げ出して、鼻息を荒くする。
「僕を差し置いて勝手に喧嘩を始めるなよ」
「私はね、バエルを壁へ突き飛ばす君を賞して、あの場から脱する為の手を貸したんだぞ」
その声色は明らかに勃然と色を成し、差し出がましい恩のやりとりを説明してきたが、全くもって釈然としない。
「僕が言ったか? 助けてくれと」
舌打ちの悪態は、間もなく手を出そうとする前兆に違いない。男の一挙手一投足に仔細な視線の動きを手引きされ、凝然と固まってしまった。すると、寝間着の裾を掴む気配を感じ、形容し難い「力」のようなものが熱となってこんこんと湧き上がり、僕は男との殴り合いすら厭わない勇気をもらった。
「厄介だな。柱というのは」
排熱を想起させる男の息遣いに、頭を冷やす意図が汲み取れた。
「?」
そして、女に向けて込めた敵意の突端となる右手を下ろし、軟化に相応しい柔和な雰囲気を拵える。
「やめだ、やめだ。争うだけ時間の無駄だ」
連綿と繰り返す揺り籠のような安らぎを、葉の隙間を塗って落ちる地面の影法師から享受する。
「ただ、女の扱いに関して私達は折衝する必要がある」
粗野と言わざるを得ない僕が咄嗟に取った行動の尻拭いに、男は侃侃諤諤と議論を交わす必要があると言うが、喧嘩腰に飛び交った女とのやりとりを鑑みると、そう易々と事が運ぶとは思えなかった。
「ねぇ、貴方達」
当然のことながら、僕と男の手前勝手な会話に女は割って入ってくる。
「わたしの為に言い合っているみたいだけど、はっきり言うわ」
僕と男を交互に睨み付け、不満に歪んだ唇が二つに割れる。
「わたしをいいように扱う器じゃない」
ちゃぶ台をひっくり返す気の強さを表明する女の背後に、中村の姿が見え隠れし、僕は一段と興奮を覚えた。
「第三柱のウァサゴを前にしてまだ言うか」
飽きもせずに男と女の睨み合いが再び始まって、振り出しに戻ったような煩わしさに眉間が隆起する。青臭い風が鼻腔を濡らすたびに、森の中ですったもんだの争いに勤しむ馬鹿らしさが露見した。見ているだけで胸焼けしてくる二人の熱気に首を突っ込めば、火中の栗を拾うのと一緒で痛い目に遭うのが想像に難くない。だからといって、無為に振る舞い素知らぬ顔をすれば、僕がどうしてこの女の手を掴んだかを根こそぎなかったことにする愚行に繋がる。
「試してみる?」
女の茶色い髪が逆立ち始め、大気が歪むような「力」の迸りを感じた。致命的な一撃を打ち込み、紙一重の同士討ちも頭をよぎり、胸騒ぎに相応しい鼓動の激しさに揉まれる。交通量の多い道路に飛び出すような心構えに苛まれるものの、躊躇いに足をもつれさす、悔恨の影に後ろ髪を引かれることはなかった。血気盛んな二人の間に衝立を立てるように僕は身体を投げ出して、鼻息を荒くする。
「僕を差し置いて勝手に喧嘩を始めるなよ」
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