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第一部
風雲急を告げる
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冷笑を感じざるを得ないトラビスの顔が視界の端にある中で、俺は遂に肉を片付ける。
「ご馳走様でした」
異国の顔立ちをした人間の言葉がさも日本語であるかのように聞こえているのは、俺が知らず知らずのうちに読解し、理解しているからだろう。故に礼儀作法まで貫徹してしまった。
「ご、ちそうさま?」
トラビスが摩訶不思議な抑揚で俺に訪ねてくる。
「あー……。これは命を食べる尊さに捧げる言葉の一つだ」
俺は再び、手を合わせて繰り返す。
「ご馳走様」
この異世界で育まれた文化の違いは、諸外国に足を踏み入れるのと大差ない。トラビスは言葉の意図を咀嚼して、手を叩く代わりに首を縦に振った。
「なるほど」
これほど流麗に交流を図っているのが自分自身、信じられない。右も左も分からない今の状況で表に出るこの性質こそ、元来持って生まれてきたものなのかもしれない。俺達は肩を並べて大食堂を出ようとすると、黒いローブに身を包む二人の人間とすれ違った。眼差しは蔑視を多く含んでおり、俺の一挙手一投足に嫌悪感を見せる。
「まぁ、気にするな」
トラビスがすかさず、俺の心情を慮って声を掛けてきた。気の回る男だ。
「こんなに注目されるのは初めてだから、なかなか楽しいよ」
俺は率直な感想を述べて、立場の変化を甘んじて受け入れた。いや、受け入れざるを得なかった。
「前向きな奴だ」
トラビスの言う通り、友人と過ごした病室での日々が、期せずして異世界に於いて花開いたようだ。存在しない不機嫌を頬に吹き溜めて、常日頃から倦怠感を拵えていた教室での態度が今は懐かしい。
「ベレトとの関係は良好かい?」
トラビスが不意に訊ねてきたが、異世界に召喚されて一日も立っていないはずだ。そんな状態で築く人間関係に良し悪しを語るものはない。
「まぁまぁ」
大広間を抜けて階段を登っていく。自室まではあと数階、階段を使っていくはずだった。しかし、二階に上がった直後、俺達は見慣れぬ光景を目にした。
「なんだあれ」
階段からほど近い廊下で、わらわらと人集りが出来ている。まるで見世物小屋に集まる物見違い好奇心の鈴生りであった。俺達はそぞろに吸い込まれるようにして、その集まりに加わろうとすると、海が割れるように人垣が道を開け、俺達の視線を誘導した。
「なんだよ、これ」
キリストを想起させる両手に打ち込まれた杭は、尋常ならざる力で石の壁を穿ち、両足が地面から浮く人間業とは著しく乖離した所業でもって、一人の人間が壁に磔にされていた。間もなく、周囲の視線が目の前の死体を差し置き、俺へ集まっている事に気付く。胡乱な存在なのは確かだが、些か承伏しかねる。犯人に向けるべき忌み嫌った白眼視を甘んじて受け入れるつもりはない。
「俺はやってないぞ」
「ご馳走様でした」
異国の顔立ちをした人間の言葉がさも日本語であるかのように聞こえているのは、俺が知らず知らずのうちに読解し、理解しているからだろう。故に礼儀作法まで貫徹してしまった。
「ご、ちそうさま?」
トラビスが摩訶不思議な抑揚で俺に訪ねてくる。
「あー……。これは命を食べる尊さに捧げる言葉の一つだ」
俺は再び、手を合わせて繰り返す。
「ご馳走様」
この異世界で育まれた文化の違いは、諸外国に足を踏み入れるのと大差ない。トラビスは言葉の意図を咀嚼して、手を叩く代わりに首を縦に振った。
「なるほど」
これほど流麗に交流を図っているのが自分自身、信じられない。右も左も分からない今の状況で表に出るこの性質こそ、元来持って生まれてきたものなのかもしれない。俺達は肩を並べて大食堂を出ようとすると、黒いローブに身を包む二人の人間とすれ違った。眼差しは蔑視を多く含んでおり、俺の一挙手一投足に嫌悪感を見せる。
「まぁ、気にするな」
トラビスがすかさず、俺の心情を慮って声を掛けてきた。気の回る男だ。
「こんなに注目されるのは初めてだから、なかなか楽しいよ」
俺は率直な感想を述べて、立場の変化を甘んじて受け入れた。いや、受け入れざるを得なかった。
「前向きな奴だ」
トラビスの言う通り、友人と過ごした病室での日々が、期せずして異世界に於いて花開いたようだ。存在しない不機嫌を頬に吹き溜めて、常日頃から倦怠感を拵えていた教室での態度が今は懐かしい。
「ベレトとの関係は良好かい?」
トラビスが不意に訊ねてきたが、異世界に召喚されて一日も立っていないはずだ。そんな状態で築く人間関係に良し悪しを語るものはない。
「まぁまぁ」
大広間を抜けて階段を登っていく。自室まではあと数階、階段を使っていくはずだった。しかし、二階に上がった直後、俺達は見慣れぬ光景を目にした。
「なんだあれ」
階段からほど近い廊下で、わらわらと人集りが出来ている。まるで見世物小屋に集まる物見違い好奇心の鈴生りであった。俺達はそぞろに吸い込まれるようにして、その集まりに加わろうとすると、海が割れるように人垣が道を開け、俺達の視線を誘導した。
「なんだよ、これ」
キリストを想起させる両手に打ち込まれた杭は、尋常ならざる力で石の壁を穿ち、両足が地面から浮く人間業とは著しく乖離した所業でもって、一人の人間が壁に磔にされていた。間もなく、周囲の視線が目の前の死体を差し置き、俺へ集まっている事に気付く。胡乱な存在なのは確かだが、些か承伏しかねる。犯人に向けるべき忌み嫌った白眼視を甘んじて受け入れるつもりはない。
「俺はやってないぞ」
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