6 / 149
第一部
藍鼠色
しおりを挟む
「軽はずみな言動は避けた方がいい」
ベレトの厳しさに潮騒も黙るはずだ。俺はそれを肌で感じ、目で見て思い、頭で理解した。
「すみません。でもベレトさん、元の世界に戻りたいと考えた事はないんですか?」
「あっちの世界に魔法使いはいないだろう。それが答えだ」
「……」
腰は抜けかけ、膝の震えが止まらず、残りの人生を出生地も欠落した世界で生きていく事に呆然とした。
「レラジェ、君の望みを口にしろ」
ランプの魔神を想起する腕組みが、どんな世迷言を言ってもその望みを叶える用意があるようだった。しかし、何も浮かばない。誕生日プレゼントの注文を承る両親の愛に無関心を装い、「なんでもいい」と無愛想に答えた日の思い出が去来する。無欲という訳ではないし、人並みの喜怒哀楽はある。ただ、想像力に欠けていた。美術の授業では常に頭を悩ませ、挙げ句の果てには隣の席のクラスメイトから着想を得て、鉛筆を動かすほどの愚鈍さを帯びる。その受け身の過程には、便秘を患う事にも繋がった。
人間関係に於いてもそれは変わらず、自ら親しき仲を築こうとはしてこなかった。それ故に、如何にも辛気臭い雰囲気が身体から立ち込め、殻のような分厚い壁となり、無名の生徒の一人として教室の一角を埋めた。しかしそんな俺にも、友人と呼べる人間がたった一人だけいた。真新しい学生服に袖を通す初々しい中学の入学式で顔を合わせてから、同じ高校へ進学すると、互いに言葉にせずとも友人関係にある事は目を見て話せば判った。学び舎を飛び出して社会人へ衣替えした時、果たして俺達はこの関係を続けているのか。それとも所謂、過去を振り返った際の思い出の一部となるのか。形而下でしか認知できぬ先々の未来を、とある一台の自動車が引き裂いた。
七十歳という節目を迎えた老齢は、車の運転に影響を及ぼすであろう身体機能の衰えを度外視して運転席に乗り込んだらしい。そして見事、アクセルとブレーキを踏み間違えて、歩道に突っ込んだ。そこに偶さか歩いていたのが彼であった。対岸の火事のようにニュース映像を眺めていた今までの俺はそこにはいなかったし、一命を取り留めたと親を伝って知ると、涙が自然と溢れて止まらなかった。
ただ、悪い報告は続いた。首から下が麻痺を起こし、指一本も動かせない状態にあって、加害者への賠償責任を問う為に彼の両親が動いていると聞かされる。病室に軽々しく顔を出せなかった。どんな言葉を掛ければいいのか、わからなかった。それでも俺は、容体が安定して見舞いを許されれば、直ぐにでも病院へ向かっていた。
「やあ、中村。元気か?」
首だけを動かして俺を歓迎する彼の姿に、動揺の一切を悟られぬように顔を取り繕った。
「俺はボチボチかな」
普段と変わらない語気を心掛けながら、細心の注意を払って所作も気遣う。ネジを目一杯に締めた関節はどこかぎこちなく、丸椅子をベッドの横に持って行こうとした際には、気負った指が刹那に緩み、盛大な物音を招く。
「ごめん!」
ベレトの厳しさに潮騒も黙るはずだ。俺はそれを肌で感じ、目で見て思い、頭で理解した。
「すみません。でもベレトさん、元の世界に戻りたいと考えた事はないんですか?」
「あっちの世界に魔法使いはいないだろう。それが答えだ」
「……」
腰は抜けかけ、膝の震えが止まらず、残りの人生を出生地も欠落した世界で生きていく事に呆然とした。
「レラジェ、君の望みを口にしろ」
ランプの魔神を想起する腕組みが、どんな世迷言を言ってもその望みを叶える用意があるようだった。しかし、何も浮かばない。誕生日プレゼントの注文を承る両親の愛に無関心を装い、「なんでもいい」と無愛想に答えた日の思い出が去来する。無欲という訳ではないし、人並みの喜怒哀楽はある。ただ、想像力に欠けていた。美術の授業では常に頭を悩ませ、挙げ句の果てには隣の席のクラスメイトから着想を得て、鉛筆を動かすほどの愚鈍さを帯びる。その受け身の過程には、便秘を患う事にも繋がった。
人間関係に於いてもそれは変わらず、自ら親しき仲を築こうとはしてこなかった。それ故に、如何にも辛気臭い雰囲気が身体から立ち込め、殻のような分厚い壁となり、無名の生徒の一人として教室の一角を埋めた。しかしそんな俺にも、友人と呼べる人間がたった一人だけいた。真新しい学生服に袖を通す初々しい中学の入学式で顔を合わせてから、同じ高校へ進学すると、互いに言葉にせずとも友人関係にある事は目を見て話せば判った。学び舎を飛び出して社会人へ衣替えした時、果たして俺達はこの関係を続けているのか。それとも所謂、過去を振り返った際の思い出の一部となるのか。形而下でしか認知できぬ先々の未来を、とある一台の自動車が引き裂いた。
七十歳という節目を迎えた老齢は、車の運転に影響を及ぼすであろう身体機能の衰えを度外視して運転席に乗り込んだらしい。そして見事、アクセルとブレーキを踏み間違えて、歩道に突っ込んだ。そこに偶さか歩いていたのが彼であった。対岸の火事のようにニュース映像を眺めていた今までの俺はそこにはいなかったし、一命を取り留めたと親を伝って知ると、涙が自然と溢れて止まらなかった。
ただ、悪い報告は続いた。首から下が麻痺を起こし、指一本も動かせない状態にあって、加害者への賠償責任を問う為に彼の両親が動いていると聞かされる。病室に軽々しく顔を出せなかった。どんな言葉を掛ければいいのか、わからなかった。それでも俺は、容体が安定して見舞いを許されれば、直ぐにでも病院へ向かっていた。
「やあ、中村。元気か?」
首だけを動かして俺を歓迎する彼の姿に、動揺の一切を悟られぬように顔を取り繕った。
「俺はボチボチかな」
普段と変わらない語気を心掛けながら、細心の注意を払って所作も気遣う。ネジを目一杯に締めた関節はどこかぎこちなく、丸椅子をベッドの横に持って行こうとした際には、気負った指が刹那に緩み、盛大な物音を招く。
「ごめん!」
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活
XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
男女比がおかしい世界に来たのでVtuberになろうかと思う
月乃糸
大衆娯楽
男女比が1:720という世界に転生主人公、都道幸一改め天野大知。 男に生まれたという事で悠々自適な生活を送ろうとしていたが、ふとVtuberを思い出しVtuberになろうと考えだす。 ブラコンの姉妹に囲まれながら楽しく活動!
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
俺だけ毎日チュートリアルで報酬無双だけどもしかしたら世界の敵になったかもしれない
亮亮
ファンタジー
朝起きたら『チュートリアル 起床』という謎の画面が出現。怪訝に思いながらもチュートリアルをクリアしていき、報酬を貰う。そして近い未来、世界が一新する出来事が起こり、主人公・花房 萌(はなぶさ はじめ)の人生の歯車が狂いだす。
不意に開かれるダンジョンへのゲート。その奥には常人では決して踏破できない存在が待ち受け、萌の体は凶刃によって裂かれた。
そしてチュートリアルが発動し、復活。殺される。復活。殺される。気が狂いそうになる輪廻の果て、萌は光明を見出し、存在を継承する事になった。
帰還した後、急速に馴染んでいく新世界。新しい学園への編入。試験。新たなダンジョン。
そして邂逅する謎の組織。
萌の物語が始まる。
スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
昼寝部
ファンタジー
この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる