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第一部
号令
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「助けてくれ! ひ、人が倒れて……」
猿芝居もいいところだ。だが、迫真に迫った俺の所作は、相手を丸め込むだけの力強さがあったようだ。
「どこに?」
俺はすかさず半身になって、後ろを振り返りつつ指差した。蝋燭灯の薄弱さは人が倒れている姿を有耶無耶にしかけ、それを捉えるには殊更に目を凝らす必要があった。眉間にシワを寄せ、瞬きを一つしたのち、二度目の注視によって漸く、第一発見者を装った甲斐が生まれる。
「何があった?!」
俺は花開きそうな笑みを必死に噛み砕きながら、次の言葉を探そうとした瞬間、
(皆、大広間に集まるんだ)
耳を介さず頭の中に低い男の声が響き渡った。それは思考に割って入り、先刻の立ち振る舞いを忘れて、思わず疑問を溢す。
「なんだこれ」
俺はどこを見るべきなのかも定まらず、キョロキョロと視線を四方八方に飛ばした。
「号令だよ」
起きた現象との距離感を測りかねていた俺とは相反し、あくまでも平静な男の態度こそ見習うべきもので、襟を正すように身持ちを顧みた。
「行こうか」
偶さか鉢合わせた男の背中は頼もしく、お門違いな方角を向いて歩き出さずに済む。しずしずと施しを受けるようにへつらい、舎弟さながらの小賢しさを拵えれば、不意に声を掛けられてバツが悪くなる機会を遠ざけるはずだ。
身体がやけに軽くなり、視野も広がった。すると、およそ日本で見る事がない石造りの厳かな内装に気付く。職人一人一人が真心を込めた壁の仔細な模様は、蝋燭灯によって僅かに甘受できるものの、その垂らした汗水に見合わぬ軽々しさでもって見送った。何故なら、目に映る全てが新鮮で、まじまじと一点を見つめるより、気もそぞろにあらゆる場所に視線を飛ばす方が遥かに有意義だったからだ。山の一角を切り取って荘厳に鎮座する立派な城郭が頭に浮かぶほど、足音がこだまする。
「凄いな……」
俺はなるべく声を落とし、目の前の水先案内人に届かぬようにしながら、感嘆の言葉を捧げる。海外の旅行ツアーに組み込まれた城郭の見学めいた雰囲気が醸成され、先刻に起きた事など度外視して目の前の光景を楽む。歩き出してから正味、五分程度だろうか。螺旋に形作られた階段にたどり着いて、俺は手摺の補助を借りて下っていく。
「ほら、もう集まってる」
鏡開きのように反対側にも螺旋階段が備えられており、ぞろぞろと人が下りてくる姿がそこにはあった。左右の螺旋階段の合流先として、大広間と呼んで差し支えない息を呑む空間が横たわる。等間隔に並んだ樹木のような太い柱が、天井を奥へと押しやり、欠点になりがちな光源の問題を自発的に発光する事で穴を埋めている。大気の悠然とした動きは、奥行きと高さに伴って重々しさが横たわり、伺いを立てるように空目した。
「集まったね」
地を這うような低く艶のある声は、まさしく頭の中で聞いた声そのものであり、列を成す群衆に俺は足並みを揃える。
「君達、気付いていないとは言わせないぞ」
高圧的な物言いに誰もが口をつぐんだ。意思の疎通を図るまでもなく、皆一様に脇を締め、顎を引き、背筋をピンと張った。集団を率いる顔役の威圧感が、周囲の人間を介して伝わってくる。
猿芝居もいいところだ。だが、迫真に迫った俺の所作は、相手を丸め込むだけの力強さがあったようだ。
「どこに?」
俺はすかさず半身になって、後ろを振り返りつつ指差した。蝋燭灯の薄弱さは人が倒れている姿を有耶無耶にしかけ、それを捉えるには殊更に目を凝らす必要があった。眉間にシワを寄せ、瞬きを一つしたのち、二度目の注視によって漸く、第一発見者を装った甲斐が生まれる。
「何があった?!」
俺は花開きそうな笑みを必死に噛み砕きながら、次の言葉を探そうとした瞬間、
(皆、大広間に集まるんだ)
耳を介さず頭の中に低い男の声が響き渡った。それは思考に割って入り、先刻の立ち振る舞いを忘れて、思わず疑問を溢す。
「なんだこれ」
俺はどこを見るべきなのかも定まらず、キョロキョロと視線を四方八方に飛ばした。
「号令だよ」
起きた現象との距離感を測りかねていた俺とは相反し、あくまでも平静な男の態度こそ見習うべきもので、襟を正すように身持ちを顧みた。
「行こうか」
偶さか鉢合わせた男の背中は頼もしく、お門違いな方角を向いて歩き出さずに済む。しずしずと施しを受けるようにへつらい、舎弟さながらの小賢しさを拵えれば、不意に声を掛けられてバツが悪くなる機会を遠ざけるはずだ。
身体がやけに軽くなり、視野も広がった。すると、およそ日本で見る事がない石造りの厳かな内装に気付く。職人一人一人が真心を込めた壁の仔細な模様は、蝋燭灯によって僅かに甘受できるものの、その垂らした汗水に見合わぬ軽々しさでもって見送った。何故なら、目に映る全てが新鮮で、まじまじと一点を見つめるより、気もそぞろにあらゆる場所に視線を飛ばす方が遥かに有意義だったからだ。山の一角を切り取って荘厳に鎮座する立派な城郭が頭に浮かぶほど、足音がこだまする。
「凄いな……」
俺はなるべく声を落とし、目の前の水先案内人に届かぬようにしながら、感嘆の言葉を捧げる。海外の旅行ツアーに組み込まれた城郭の見学めいた雰囲気が醸成され、先刻に起きた事など度外視して目の前の光景を楽む。歩き出してから正味、五分程度だろうか。螺旋に形作られた階段にたどり着いて、俺は手摺の補助を借りて下っていく。
「ほら、もう集まってる」
鏡開きのように反対側にも螺旋階段が備えられており、ぞろぞろと人が下りてくる姿がそこにはあった。左右の螺旋階段の合流先として、大広間と呼んで差し支えない息を呑む空間が横たわる。等間隔に並んだ樹木のような太い柱が、天井を奥へと押しやり、欠点になりがちな光源の問題を自発的に発光する事で穴を埋めている。大気の悠然とした動きは、奥行きと高さに伴って重々しさが横たわり、伺いを立てるように空目した。
「集まったね」
地を這うような低く艶のある声は、まさしく頭の中で聞いた声そのものであり、列を成す群衆に俺は足並みを揃える。
「君達、気付いていないとは言わせないぞ」
高圧的な物言いに誰もが口をつぐんだ。意思の疎通を図るまでもなく、皆一様に脇を締め、顎を引き、背筋をピンと張った。集団を率いる顔役の威圧感が、周囲の人間を介して伝わってくる。
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