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いじめられっ子同盟
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「おはようございまっすー!!」
さわやかな快晴の朝。
小さく、こざっぱりとしたアパートの一室にて。
その明るい声は家中に響き渡った。まあ、たった一つしか部屋がないのだから当然だ。
「朝ですよっ朝朝!起きて下さーいレナードさーん!!」
そうやって声をかけられたのは、床に敷かれた毛布の上で小さくうずくまる一匹の黒猫。ゆさゆさと身体を揺さぶられるが、眠そうにもぞもぞと動くばかりでなかなか頭を上げようとはしない。
「……」
声の主は
背の高い一人の少年。
一時揺さぶるのをやめてぽりぽりと頭をかいた。眉を寄せてしばらく考えると…
「あ!」
少年はとってもナイスなアイデアを思いついた。
「えーと…こうだったかな…」
ぶつぶつと独り言を呟きながら、少年はひとつ咳払いをし、大きく息を吸い込んだ。
そして
「起きろモヤシ猫ぉぉぉぉぉお!!!!」
「は、はいいぃぃい!!」
お見事。
豪快に響き渡ったその声に、黒猫は力の限り飛び上がり思わず返事を返した。
そして、しばし沈黙。
目の前で少年が小さくガッツポーズをしている。
「……あれ…レイウィック君…?何で、今…エリさんの声が……」
猫は目を何度もこすりながら目前の少年と室内を交互に見回した。
「いえーい驚きました?最近覚えた魔法っす!その名も『声真似』!!大成功!!」
してやったり、という顔でニィと笑う少年に、猫はがっくりと肩を落として脱力した。それはまさにこの猫の性格と習慣をうまいこと利用した、実に効果的な目覚まし作戦であった。
「…そうか…今日はレイウィック君、うちにお泊りだったっけ…」
「あ!忘れてました!?ひどいなぁひどいよひどいひどい!!ひどいですよレナードさーん!!」
嘆きのあまりその小さな猫を掴みあげガックガクと前後に揺さぶり始める少年。
「あぁぁごめんごめん許し…目っ目ぇ回るっ首とれるー!!」
「ひどいひどい今日は一日デートしてくれるって約束なのにぃぃぃい!!」
「何だ君は女の子かぁああ苦しい苦しい本当っやめてっ離してぇぇぇぇ!」
響き渡る少年の嘆き声と猫…いや青年の激しい絶叫。
時刻は日曜の朝
9時30分。
たった今ようやく、
セットされていた目覚まし時計が始動した。
「…すいません…つい…猫の姿だったの忘れてました…」
「……いや…うん……だよ」
数分後、
ようやく少年の暴走は止まった。
が。
よたよたと歩き、小さな手で目覚まし時計のスイッチを切る黒猫。
…人型だったとしてもあれは致命的だよ…
と、口にした返答も言葉になりきらず誰にも伝わらない。
頭の中をヒヨコが楽しそうに走り回ってる…あ、花畑が見えた。何か川も見えるなぁ……
猫の意識はもはやここではない、空の彼方へと消え去ろうとしていた。
…と、思いきや
「レナードさーん!!!!」
「えっあ!はいっ!?」
寸前でそれは死の淵から救い出された。
「早く用意して下さい!!」
「え…まだ猫だし」
「早く人型になって下さいよー!!」
「そんな事言われても…」
「あ、もしかして猫型から人型になる時って真っ裸とかですか?大丈夫ですよ俺別に気にしませんから」
「いやそれを気にするのはこっちだと思うけどね?…って、いやそういう問題じゃなくてね……とにかく、静かにしててくれないかな…」
魔界を代表する最強の魔女エルフィーリア様。に、仕える執事の黒猫レナード君20歳。
生後まもなく人間界へおとされ、人の子として育てられた…身体は魔族で心は人間の小さな黒猫君。
彼は、魔族の猫として覚醒した10歳の頃から始まり…今の今まで自分の魔力をうまく使いこなす事ができずに悪戦苦闘をしている。
そんな彼が暮らす現在のお住まいは人間界の、お日さまに本と書く小さな島国の中間地点。国自体も住んでいる街も小さいが、これでなかなか栄えている賑やかな所だ。
どちらかと言えばお隣りにある東の京という街の方が栄えているが、ここ、横に浜と書いて海の見える街だってなかなか頑張っている。
そんな、明るい街の閑静な住宅街。
…に住んでいるのは主の魔女様。
一方のレナード君はと言うと……
『あははやだもー!朝からやめてよーきゃ~』
『いいじゃん~日曜だしぃ~』
と、右隣りの壁から聞こえる男女の声。
『よっしゃー!!また俺の勝ちーうおー!!』
『げー!!んな裏技ありかよー!!』
と、左隣りの壁からは男達のはしゃぐ声と機械的な銃撃音。
『ちょっと煩いわよ二階ー!!寝れないじゃないっっいい加減にしてよー!!』
今度は真下の家から甲高い女の声…。
「……レナードさん、ここ…壁、薄いんすね」
「…うん。だから静かにね…。今はまだマシだよ。いつもなら更に下から激しいロックな音楽が聞こえてくるし…あんまりうまくない歌声とかも聞こえてくる。あと電車が通る音もするし車も…」
彼の住むお屋敷。
それは、壁は薄く、家賃は安く、騒音はひどい…決して住みやすいとは言えないボロアパートだった。
「ま…楽しいっすよね…こういうのも!右隣りはいつもイチャついてばっかりの若いカップルって感じっすか?」
思わず、レイウィックの笑いもひきつっている。
「だろうねぇ会ったことはないけど。左はいつも家でゲームとか宴会とかする学生さん。真下は夜のお仕事してるお姉さんで昼間はいつも寝てる。その右隣りはいつも爆音でロックばっかり聴いてる人で、左隣りは確かミュージシャン目指して田舎から出てきたっていう男の子だよ。ここ最近で覚えた…」
顔を合わせた住人もいるが、だいたいは音だけで解ってしまう人間性…。
「あー…俺もだいたい解りましたよ!解りやすい人ばっかりだなー!…そうだ、レナードさんは何て言われてるんですかね!」
もちろんそうだ。レナードだって何かしら噂をされているに違いない。それは?
「………危ない外人」
「え!!!……何で…ですか」
まあ、そんなものだろう…。
「いつも黒い服で夜にだけ出掛けて、朝帰ってきたら静かに物音ひとつたてずにしてるから…かな。いつだか隣りの学生さんと擦れ違った時に言われたんだ…『あれ絶対マフィアもんだって!』って。ははは映画の見すぎだよね~」
「……成程」
おそらく、そう言った彼等はレナードがここの言葉を聞き取れないとでも思ったのだろう。
だが、レナードはただの外人ではない。
魔界人(猫)なのだ。
よって、どこの国の言葉だろうと聞き取る事もできるし話す事もできる。どこに行こうが対応する事ができる優れた人種なのだ。
つまり。
日本語で陰口を言われようが、思いっきり理解できている。
だがとりあえず。
夜行性の魔女様の所で働いているレナードは大抵昼間は寝ている。よって真下のお姉さんと同じ稼業だとも言われているらしい。
だが今日は違う。
先日ハロウィンパーティーを済ませた彼等。一夜限りの屋敷と言いつつ、実際にはもう一晩あの屋敷は存在していた。
遠方から招待した客人等を泊らせるためだ。
…と、言うわけでその一晩、それから昼間も…丸一日レナードは客人の持て成しやら何やらで大忙しだったのだ。
やっと解放されたのは翌々日の明け方3時。そして今はそれから5時間程が経過している。今日は魔女様の弟子であるレイウィックがレナードの家にお泊りする事になっていた。
前にも話したが、レナードは魔女様と暮らす事は常に断り続けている。そしてこの新しい住まいはここずっと隠し通している、とか。何故なら
見つかったらすぐにこんなボロ家なんて燃やされて強制的に彼女の元へ連れて行かれるのが目に見えているから。
絶対に、過労死はしたくない。
そのためにレナードは見つからないであろう遠く離れた安アパートで一人暮らしをしているのだった。
ボロすぎて、魔女様の眼中に入らない、この場所で。
「でもこのアパート、外観はきったないけど、部屋は綺麗ですね~」
「まあ一応ね…軽く魔法覚えたから使ってみたんだ。別にボロでも平気なんだけど」
何せ、育ちが貧乏ですから。
「…て、レナードさん!雑談はいいから早く人型になって下さいよー!早くデートしましょーよー」
「いやだからデートっておかしいから」
「だって2人だけで遊びに行くんすよ?立派なデートだ!」
「あー…うん…そうだね…君に彼女がいたら哀しむだろうね」
「いないっすよ!」
「知ってるよ…」
…とか言いながら、また雑談。何故にいつまでも猫型のままでいるのかって?それはもちろん……戻れないんです。そう簡単には。未熟者のレナード君ですから。
「あと20分待って…それでちょうど5時間だから」
「何でですか?」
「だから……」
まだ身体の変化は自在に操れていないのです。
一度猫化すると5時間が経たなければ元には戻れない。
レイウィックがいるからと、ベッドを彼に貸し自分は猫型になって床で寝ることにしたレナード。それがちょうど5時くらい。要は10時になれば変化は解ける…というわけだ。
「…成程!」
「ごめんね……未熟者で」
「何言ってんすか!俺の方が未熟者ですから安心して下さい!」
「いやそれあんまり胸張って言う事じゃないから…」
そして20分後。
念願の、
レナード復活。
「さー!!行きましょ!どこ行きます!?俺、横浜初めてだー!!」
「元気だねえ…俺は眠いよ」
「何言ってんすか!目覚ましより早く起きるのが魔界男子の常識っすよ!!」
「何それ初めて聞いた」
働き通しでようやく得た睡眠が5時間。本当ならこの後、昼間は自由な休みのはずだった。夜はまた仕事……だが、まあ…
「海!横浜と言えば海!まずは海行きましょう!何とか公園ー!!」
「山下公園ね」
「そうそれ!さー出発ー!!」
相手がこれだけ楽しそうにはしゃいでいるのだ、今日くらいはまあ良いか…と明るい少年を前にレナードは内心、父親か何かのような気分だった。
「よし山下公園の次は桜木町みなとみらい、かな!俺もあの大きなビルはまだよく見た事ないんだ」
「あ、知ってます!サンドバックタワーだ!!」
「え!?そんな名前だったっけ!?な、なんか格闘派なビルだったんだなー…」
いいえ、ランドマークタワーです。正確に覚えましょう。
まあ何にせよそんな具合に…2人はるんるん気分でいざ出発進行。
レイウィック曰く、楽しい横浜デート!!
の、はずが。
「あら、奇遇ねぇお二人さん」
「……」
「……」
何とも聞き覚えのある声、そして見覚えのある人物に捕まったのは出発から僅か10分後の事。
「エリさん…今日は早起きですね」
「ほほほ!魔女様は気まぐれですから!!え?なになにこれからデート?やあねデートっていうのは男女でするものよ?仕方ないわねえ私とソラーリエがお相手してあ・げ・るっ」
語尾にハートマークが飛んだ強烈な一言。
男2人は思わず顔を背けて苦笑した。
「あら何よこんな美女2人がお相手なのよ?何が不満よ!!」
「い、いいえとても光栄です…ね、レイウィック君」
「……せっかくのレナードさん救出作戦…失敗」
「え!なにそれ!!」
「俺はほらっ師匠がこっちに来て自由の身になったけどレナードさんはずっと大変じゃないっすか!だから気晴らしに外連れ出そうと…」
…成程。何故かやたらとレナードの苦労を哀れむレイウィック。同じ境遇である身同士の優しさだったのか…
「あらレイちゃん?やぁね私がいつ貴方を自由の身にした?」
「え…」
「ちょっと指導面倒くさかったから放ったらかしにしてみただけよ」
「うわっひど!ひどいや師匠!面倒くさいって…!」
「レイウィック君…エリさんはこういう人だから」
「レナードさーん…」
「ま、どうせレイは自分が遊びたかっただけでしょ。いいわよ?私がたのし~い所、連れてってあ・げ・る!」
一瞬、ぞわりと嫌な寒気を感じたのは気のせいだろうか。若者2人は思わず冷や汗をかいて顔を見合わせた。
「さーいきましょソラーリエ!」
「はいエルフィーリア様」
「ほら何してんの!来なさいよ下僕共!!」
「「下僕ぅう!?」」
こうして、本日もまた、楽しい一日が始まりそうな予感です…。
「そうだレナード。今日からレイがアンタん宅に居候するから」
「ああはい……はい!?」
「だってこっちには美女が2人もいるのよ?思春期の子供には刺激が強すぎるわ!」
「いや、あの…レナードさんの所はいいんすけど…てことはやっぱり…」
「ええそうよ、修行再開」
「ええええええぇえ!!」
いやはや…
またしても魔女様の周りは賑やかになりそうです―…。
[いじめられっ子同盟 終]
さわやかな快晴の朝。
小さく、こざっぱりとしたアパートの一室にて。
その明るい声は家中に響き渡った。まあ、たった一つしか部屋がないのだから当然だ。
「朝ですよっ朝朝!起きて下さーいレナードさーん!!」
そうやって声をかけられたのは、床に敷かれた毛布の上で小さくうずくまる一匹の黒猫。ゆさゆさと身体を揺さぶられるが、眠そうにもぞもぞと動くばかりでなかなか頭を上げようとはしない。
「……」
声の主は
背の高い一人の少年。
一時揺さぶるのをやめてぽりぽりと頭をかいた。眉を寄せてしばらく考えると…
「あ!」
少年はとってもナイスなアイデアを思いついた。
「えーと…こうだったかな…」
ぶつぶつと独り言を呟きながら、少年はひとつ咳払いをし、大きく息を吸い込んだ。
そして
「起きろモヤシ猫ぉぉぉぉぉお!!!!」
「は、はいいぃぃい!!」
お見事。
豪快に響き渡ったその声に、黒猫は力の限り飛び上がり思わず返事を返した。
そして、しばし沈黙。
目の前で少年が小さくガッツポーズをしている。
「……あれ…レイウィック君…?何で、今…エリさんの声が……」
猫は目を何度もこすりながら目前の少年と室内を交互に見回した。
「いえーい驚きました?最近覚えた魔法っす!その名も『声真似』!!大成功!!」
してやったり、という顔でニィと笑う少年に、猫はがっくりと肩を落として脱力した。それはまさにこの猫の性格と習慣をうまいこと利用した、実に効果的な目覚まし作戦であった。
「…そうか…今日はレイウィック君、うちにお泊りだったっけ…」
「あ!忘れてました!?ひどいなぁひどいよひどいひどい!!ひどいですよレナードさーん!!」
嘆きのあまりその小さな猫を掴みあげガックガクと前後に揺さぶり始める少年。
「あぁぁごめんごめん許し…目っ目ぇ回るっ首とれるー!!」
「ひどいひどい今日は一日デートしてくれるって約束なのにぃぃぃい!!」
「何だ君は女の子かぁああ苦しい苦しい本当っやめてっ離してぇぇぇぇ!」
響き渡る少年の嘆き声と猫…いや青年の激しい絶叫。
時刻は日曜の朝
9時30分。
たった今ようやく、
セットされていた目覚まし時計が始動した。
「…すいません…つい…猫の姿だったの忘れてました…」
「……いや…うん……だよ」
数分後、
ようやく少年の暴走は止まった。
が。
よたよたと歩き、小さな手で目覚まし時計のスイッチを切る黒猫。
…人型だったとしてもあれは致命的だよ…
と、口にした返答も言葉になりきらず誰にも伝わらない。
頭の中をヒヨコが楽しそうに走り回ってる…あ、花畑が見えた。何か川も見えるなぁ……
猫の意識はもはやここではない、空の彼方へと消え去ろうとしていた。
…と、思いきや
「レナードさーん!!!!」
「えっあ!はいっ!?」
寸前でそれは死の淵から救い出された。
「早く用意して下さい!!」
「え…まだ猫だし」
「早く人型になって下さいよー!!」
「そんな事言われても…」
「あ、もしかして猫型から人型になる時って真っ裸とかですか?大丈夫ですよ俺別に気にしませんから」
「いやそれを気にするのはこっちだと思うけどね?…って、いやそういう問題じゃなくてね……とにかく、静かにしててくれないかな…」
魔界を代表する最強の魔女エルフィーリア様。に、仕える執事の黒猫レナード君20歳。
生後まもなく人間界へおとされ、人の子として育てられた…身体は魔族で心は人間の小さな黒猫君。
彼は、魔族の猫として覚醒した10歳の頃から始まり…今の今まで自分の魔力をうまく使いこなす事ができずに悪戦苦闘をしている。
そんな彼が暮らす現在のお住まいは人間界の、お日さまに本と書く小さな島国の中間地点。国自体も住んでいる街も小さいが、これでなかなか栄えている賑やかな所だ。
どちらかと言えばお隣りにある東の京という街の方が栄えているが、ここ、横に浜と書いて海の見える街だってなかなか頑張っている。
そんな、明るい街の閑静な住宅街。
…に住んでいるのは主の魔女様。
一方のレナード君はと言うと……
『あははやだもー!朝からやめてよーきゃ~』
『いいじゃん~日曜だしぃ~』
と、右隣りの壁から聞こえる男女の声。
『よっしゃー!!また俺の勝ちーうおー!!』
『げー!!んな裏技ありかよー!!』
と、左隣りの壁からは男達のはしゃぐ声と機械的な銃撃音。
『ちょっと煩いわよ二階ー!!寝れないじゃないっっいい加減にしてよー!!』
今度は真下の家から甲高い女の声…。
「……レナードさん、ここ…壁、薄いんすね」
「…うん。だから静かにね…。今はまだマシだよ。いつもなら更に下から激しいロックな音楽が聞こえてくるし…あんまりうまくない歌声とかも聞こえてくる。あと電車が通る音もするし車も…」
彼の住むお屋敷。
それは、壁は薄く、家賃は安く、騒音はひどい…決して住みやすいとは言えないボロアパートだった。
「ま…楽しいっすよね…こういうのも!右隣りはいつもイチャついてばっかりの若いカップルって感じっすか?」
思わず、レイウィックの笑いもひきつっている。
「だろうねぇ会ったことはないけど。左はいつも家でゲームとか宴会とかする学生さん。真下は夜のお仕事してるお姉さんで昼間はいつも寝てる。その右隣りはいつも爆音でロックばっかり聴いてる人で、左隣りは確かミュージシャン目指して田舎から出てきたっていう男の子だよ。ここ最近で覚えた…」
顔を合わせた住人もいるが、だいたいは音だけで解ってしまう人間性…。
「あー…俺もだいたい解りましたよ!解りやすい人ばっかりだなー!…そうだ、レナードさんは何て言われてるんですかね!」
もちろんそうだ。レナードだって何かしら噂をされているに違いない。それは?
「………危ない外人」
「え!!!……何で…ですか」
まあ、そんなものだろう…。
「いつも黒い服で夜にだけ出掛けて、朝帰ってきたら静かに物音ひとつたてずにしてるから…かな。いつだか隣りの学生さんと擦れ違った時に言われたんだ…『あれ絶対マフィアもんだって!』って。ははは映画の見すぎだよね~」
「……成程」
おそらく、そう言った彼等はレナードがここの言葉を聞き取れないとでも思ったのだろう。
だが、レナードはただの外人ではない。
魔界人(猫)なのだ。
よって、どこの国の言葉だろうと聞き取る事もできるし話す事もできる。どこに行こうが対応する事ができる優れた人種なのだ。
つまり。
日本語で陰口を言われようが、思いっきり理解できている。
だがとりあえず。
夜行性の魔女様の所で働いているレナードは大抵昼間は寝ている。よって真下のお姉さんと同じ稼業だとも言われているらしい。
だが今日は違う。
先日ハロウィンパーティーを済ませた彼等。一夜限りの屋敷と言いつつ、実際にはもう一晩あの屋敷は存在していた。
遠方から招待した客人等を泊らせるためだ。
…と、言うわけでその一晩、それから昼間も…丸一日レナードは客人の持て成しやら何やらで大忙しだったのだ。
やっと解放されたのは翌々日の明け方3時。そして今はそれから5時間程が経過している。今日は魔女様の弟子であるレイウィックがレナードの家にお泊りする事になっていた。
前にも話したが、レナードは魔女様と暮らす事は常に断り続けている。そしてこの新しい住まいはここずっと隠し通している、とか。何故なら
見つかったらすぐにこんなボロ家なんて燃やされて強制的に彼女の元へ連れて行かれるのが目に見えているから。
絶対に、過労死はしたくない。
そのためにレナードは見つからないであろう遠く離れた安アパートで一人暮らしをしているのだった。
ボロすぎて、魔女様の眼中に入らない、この場所で。
「でもこのアパート、外観はきったないけど、部屋は綺麗ですね~」
「まあ一応ね…軽く魔法覚えたから使ってみたんだ。別にボロでも平気なんだけど」
何せ、育ちが貧乏ですから。
「…て、レナードさん!雑談はいいから早く人型になって下さいよー!早くデートしましょーよー」
「いやだからデートっておかしいから」
「だって2人だけで遊びに行くんすよ?立派なデートだ!」
「あー…うん…そうだね…君に彼女がいたら哀しむだろうね」
「いないっすよ!」
「知ってるよ…」
…とか言いながら、また雑談。何故にいつまでも猫型のままでいるのかって?それはもちろん……戻れないんです。そう簡単には。未熟者のレナード君ですから。
「あと20分待って…それでちょうど5時間だから」
「何でですか?」
「だから……」
まだ身体の変化は自在に操れていないのです。
一度猫化すると5時間が経たなければ元には戻れない。
レイウィックがいるからと、ベッドを彼に貸し自分は猫型になって床で寝ることにしたレナード。それがちょうど5時くらい。要は10時になれば変化は解ける…というわけだ。
「…成程!」
「ごめんね……未熟者で」
「何言ってんすか!俺の方が未熟者ですから安心して下さい!」
「いやそれあんまり胸張って言う事じゃないから…」
そして20分後。
念願の、
レナード復活。
「さー!!行きましょ!どこ行きます!?俺、横浜初めてだー!!」
「元気だねえ…俺は眠いよ」
「何言ってんすか!目覚ましより早く起きるのが魔界男子の常識っすよ!!」
「何それ初めて聞いた」
働き通しでようやく得た睡眠が5時間。本当ならこの後、昼間は自由な休みのはずだった。夜はまた仕事……だが、まあ…
「海!横浜と言えば海!まずは海行きましょう!何とか公園ー!!」
「山下公園ね」
「そうそれ!さー出発ー!!」
相手がこれだけ楽しそうにはしゃいでいるのだ、今日くらいはまあ良いか…と明るい少年を前にレナードは内心、父親か何かのような気分だった。
「よし山下公園の次は桜木町みなとみらい、かな!俺もあの大きなビルはまだよく見た事ないんだ」
「あ、知ってます!サンドバックタワーだ!!」
「え!?そんな名前だったっけ!?な、なんか格闘派なビルだったんだなー…」
いいえ、ランドマークタワーです。正確に覚えましょう。
まあ何にせよそんな具合に…2人はるんるん気分でいざ出発進行。
レイウィック曰く、楽しい横浜デート!!
の、はずが。
「あら、奇遇ねぇお二人さん」
「……」
「……」
何とも聞き覚えのある声、そして見覚えのある人物に捕まったのは出発から僅か10分後の事。
「エリさん…今日は早起きですね」
「ほほほ!魔女様は気まぐれですから!!え?なになにこれからデート?やあねデートっていうのは男女でするものよ?仕方ないわねえ私とソラーリエがお相手してあ・げ・るっ」
語尾にハートマークが飛んだ強烈な一言。
男2人は思わず顔を背けて苦笑した。
「あら何よこんな美女2人がお相手なのよ?何が不満よ!!」
「い、いいえとても光栄です…ね、レイウィック君」
「……せっかくのレナードさん救出作戦…失敗」
「え!なにそれ!!」
「俺はほらっ師匠がこっちに来て自由の身になったけどレナードさんはずっと大変じゃないっすか!だから気晴らしに外連れ出そうと…」
…成程。何故かやたらとレナードの苦労を哀れむレイウィック。同じ境遇である身同士の優しさだったのか…
「あらレイちゃん?やぁね私がいつ貴方を自由の身にした?」
「え…」
「ちょっと指導面倒くさかったから放ったらかしにしてみただけよ」
「うわっひど!ひどいや師匠!面倒くさいって…!」
「レイウィック君…エリさんはこういう人だから」
「レナードさーん…」
「ま、どうせレイは自分が遊びたかっただけでしょ。いいわよ?私がたのし~い所、連れてってあ・げ・る!」
一瞬、ぞわりと嫌な寒気を感じたのは気のせいだろうか。若者2人は思わず冷や汗をかいて顔を見合わせた。
「さーいきましょソラーリエ!」
「はいエルフィーリア様」
「ほら何してんの!来なさいよ下僕共!!」
「「下僕ぅう!?」」
こうして、本日もまた、楽しい一日が始まりそうな予感です…。
「そうだレナード。今日からレイがアンタん宅に居候するから」
「ああはい……はい!?」
「だってこっちには美女が2人もいるのよ?思春期の子供には刺激が強すぎるわ!」
「いや、あの…レナードさんの所はいいんすけど…てことはやっぱり…」
「ええそうよ、修行再開」
「ええええええぇえ!!」
いやはや…
またしても魔女様の周りは賑やかになりそうです―…。
[いじめられっ子同盟 終]
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