Blood Of Universe

さがみ十夜

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綺麗なものにはご用心

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「……ふう」

眠そうに目を擦りながら、ゆっくりと廊下を歩く影。
静かな艦内で、その靴音だけが大きく響いている。

1つ小さく欠伸をして、
その人影は部屋の電子扉を開けた。

「あら萌ちゃんいらっしゃい。萌ちゃんも休憩?」
「あ、紅蓮さん」

中には先客がいた。

別に予想していなかったわけではないのだが、
人がいた事にはっとして、眠気は吹き飛んだ。

「さ~入って入って」
「あはは紅蓮さんの部屋みたいじゃないですか」

扉の閉まる音を背後に聞きながら、
そうやって2人の雑談は始まった。







  Chapter.10:
        綺麗なものにはご用心






『 浅葱さんのゴーグルって…寝る時も着けてるんですか?』
『 は?着けてないけど』

そんな会話をしたのは三週間程前。
彼等チーム・ストームが此処フォメロスに降り立ってすぐ、休暇を与えられた一晩目の夜の事だった。

それから5日間という休暇はあっという間に終わり、以降、戦艦班は皆がライトニングストームの内外でそれぞれの仕事についていた。

「…数日間同じ部屋にいましたけど、見れませんでした」
「あら、そうなの?」

ライトニングストーム内、リフレッシュルームにて。
がっかりした様子でソファに身を填める萌葱と、それを見て相変わらず楽しそうに笑う紅蓮の2人がそこに居た。
彼等の話題は、"ゴーグルに隠された浅葱の素顔"、という特務隊内の鉄板ネタだった。

「本当に可愛くて絶対びっくりするのに~」
「…もう…紅蓮さんが何度もそう言うから…」
「気になって仕方がないってわけね~?」
「そりゃ気になりますよ…顔が見られたら少しは恐怖も和らぐかと…」

くすくすと笑いながら紅蓮は背中を向け、カウンターに備え付けられた液晶端末を慣れた手付きで操作している。小さく電子音が鳴り、その足元でカタンと何かが動いた。

「でも浅葱さんって…ホテルでも夜は遅くまでずっと何か作業してましたし…もう寝ろって怒られて先に寝ると翌朝どんなに早起きしても浅葱さんの方が先に起きてて、身支度も完璧に終わってるんですよ。LS内だと昼夜問わずずっとオペレーションルームに篭ってる事がほとんどだし…あの人ちゃんと寝てますか!?」

そう言って萌葱がソファから身体を起こすと、いつの間にかすぐ目の前に中型のアイボットが立っていた。
元々、愛くるしさを出すために目は大きく丸いのだが、何か言いたそうな様子で目を真ん丸にしていると何とも可愛らしくて、萌葱は思わずぐっと言葉に詰まった。

「そういう萌ちゃんも、ちゃんと休みなさいね?」
「え…」

よく見ると、アイボットは萌葱にそっと珈琲を差し出していた。紅蓮は自分もカップを片手に乾杯、というような仕草で目配せをしている。
どうやら彼女がアイボットへお茶出しの指示をしていたらしい。

「あ、ありがとうございます…っ」

湯気のたった銀色のカップを受け取ると、ふんわりと芳醇な香りが鼻先に広がった。自然とその香りに吸い寄せられ、気持ちがほっとする。

「全く、萌ちゃんたら浅葱に夢中すぎて自分がちゃんと休む事も忘れてるんだから」
「え!!」

しかし口へ運ぼうとしたところで、紅蓮の発言にうっかり手を滑らせ床に珈琲をぶちまけそうになった。

「…変な言い方しないでくださいよ…」

寸でのところで何とかぶちまけることは回避したが、僅かに零れた珈琲をアイボットが丁寧に拭き取っている。
その様子を少し申し訳なさそうに見下ろしてから、萌葱は小さく溜息をついた。
しかし紅蓮は何も気にする事なく話を続けた。

「あのね、浅葱は大丈夫なのよ、仕事の合間で実はちゃんと仮眠とってるから」
「え…そうなんですか!?」
「でも浅葱は他の人より断然睡眠時間少ないから、浅葱に合わせてたら駄目よ?萌ちゃんは自分でちゃんと考えてしっかり睡眠とらないと。まだLSの環境にも慣れてないんだから。休暇が終わってから、全然寝てないんでしょ」
「……あ…えっと…すいません…。いや、でも、浅葱さんや通信チームの皆さんと仕事をしてると、警務局の頃とは全然違くて勉強になりますし…ずっと見ていられるというか…」
「もー!真面目なんだから!!」

流石は先輩、といったところだろうか。
普段から冗談の多い紅蓮でも、言うべきところはしっかりと言う。特に仲間達の事をよく見ている彼女は、誰に対してもこういった気遣いのできる一面を持っているのだ。…まぁ、一部(白夜)を除いて、ではあるが。

「…まぁ通信チームの子達は皆そうよね。仕事が趣味みたいなものなんでしょ?それに艦の周りの異変には素早く気付いて他のチームへ指示を出さないといけないし、司令部からの通信にもいち早く反応しなきゃいけないから、皆寝る間も惜しんで働いてる内に短時間の睡眠でも身体がついてくるようになったって本人達は言うのよ…でもそんなの生活チームに言わせれば完全にアウトよアウト!」
「そ、そうなんですね…」

紅蓮は盛大に溜息をついてから、珈琲のカップをガタンとテーブルに置いた。

「限度を超えると生活チームから声がかかって順番に部屋へ強制連行されるわよ。通信チームの子達は皆仕事熱心過ぎなのよ~自分達にとっては日常だし当然の事過ぎて、萌ちゃんがずっと浅葱に付きっきりでろくに寝てない事にも気付いてないのね」

そういう事はまずチームメイトが教えてあげないと!と腕を組んで萌葱の隣りにどすんと腰を下ろす紅蓮。
4、5人が座れるサイズの大きなソファが、その衝撃で一瞬だけ大きく揺れた。

「私と萌ちゃんは戦闘チームのチームメイトだからね?言うことは言わせてもらうわよ」
「あはは…すいません……実はさっき生活チームの方からお声かかっちゃいました…」

そして、そう言って苦笑した萌葱の顔を『そうだと思った!!』と叱るようにじとりと睨む。
大柄な戦闘種族という威圧感を持ちつつも女性らしく妖艶な美しさを兼ね備えた"美女"、紅蓮。
目鼻立ちもくっきりとしているためか、目力も強い。そんな彼女に間近でじっと睨まれると、色々な意味で腰が引けた。
萌葱はカップを近くのサイドテーブルに置き、視線を逸らして僅かに紅蓮から身を離した。しかし。

「で?お声がかかったのに、どうして自室には戻ってないのかしら?」
「えっ…あー…それは……」
「ちょーっと休憩したらまたすぐ戻ろうとか思ってるんじゃないでしょうね?」
「えっと……いや、その」

距離をとられた事を分かってか、じりじりとその距離を詰めてくる紅蓮。仕方なくこちらもじりじりと横移動をして避けようとする萌葱。
だが、大きめのソファとは言っても当然移動距離には限界がある。

「これはもう私がどうにかしてあげないと駄目かしらぁ?」
「ちょっ…あの、近いです…紅蓮さん!」

攻防の末、立ち上がるタイミングを逃した萌葱はそのままソファの端に到達し、完全に逃げ場を失った。それでも身を寄せてくる紅蓮にもはや完全に捕獲されている。

「いいのよ?私が部屋に連れて行ってあげても」
「い、いえ!大丈夫です…!!」

覆い被さるように萌葱の動きを封じている紅蓮は何の躊躇いもなく身体を密着させて来る。顔が近い事は言うまでもないが、その豊満な身体を擦り寄せ、挙句の果てには…

「何なら私の部屋に行きましょうか?」
「ちょ…紅蓮さん!!!」

するりと、その右手が萌葱の腰に触れた。




「はいそこまで!!セクハラですよ!!!」




だが、そこで放たれたのは、
少々高めの、若い女の一声だった。

「そういうの、見逃せませんね!!」

ソファの上で重なり合う2人を前に、仁王立ちをして怒り心頭のその人物。
しかし完全に萌葱を押し倒している紅蓮が、その人にちらりと目線をやり…

「あらやぁね、やきもち?」

これ見よがしにそのまま萌葱に抱きつき、彼の脇腹を撫で回した。

「っっ!!!!」

萌葱は見事に全身硬直状態で、言葉にならない悲鳴をあげた。

「紅蓮さん!!!完全にアウトです!!!」

すかさず、その"アウト"な紅蓮を取り押さえにかかり、その人はまるで違反切符を切るかのように高々と警報音を鳴らした。
いや、正確にはその音は、彼女の傍らでクルクルと旋回しているアイボットから聞こえていた。

「あーはいはい!冗談よ冗談!」
「冗談では済まされませんよ!紅蓮さん!!」

しかしさすがは紅蓮、取り押さえられる前に素早く身体を起こし、両手をあげて萌葱を解放した。
降参ポーズのままいつものようにケラケラと笑う紅蓮だが、萌葱は解放されてもなお冷や汗をかいて身を硬くしている。

「特に恋愛は禁止されていませんが艦内での過度な触れ合いは風紀が乱れますのでやめてください!!無論、紅蓮さんのそういった行動は完全なるセクハラだと何度も警告している事ですが!!」
「も~やぁね!パナシェちゃんたら怒りすぎぃ~」

パナシェちゃん、と呼ばれた女は早口に捲し立てると、警報音を鳴らし続けるアイボットの頭を軽く撫で、その音を止めた。

「アイちゃん、今のは喧嘩じゃないのよ、悪い事をしようとした人を取り押さえたの」
「押さえられてはいないけどね?」
「悪い事というのは認めるんですね!!」

特務隊の白い制服を着用している彼女は、首元に緑色のスカーフを巻いている。その色は、生活チームのメンバーであることを示していた。

「萌葱さん大丈夫ですか?」
「え、あ……はい、大丈夫です……」

声をかけられ、ようやく平常心を取り戻した萌葱はゆっくりと態勢を戻し、額の汗を拭った。
これだけ人を翻弄しておきながら、紅蓮は既に何事もなかったかのように珈琲を啜っている。

「ちゃんとお話をするのは初めてですね?申し遅れました。私は生活チームのリーダーを務めています、パナシェ=グランダです。どうぞ宜しくお願いします」
「あ…えっと、宜しくお願いします」

ひとまず紅蓮の事は放っておく事にして、簡単な自己紹介を済ませたパナシェは先程までの気迫は何処へやら、にっこりと頬を緩めて笑顔を見せた。

「紅蓮さんには気をつけて下さいね?セクハラ大魔王ですから」

そして笑顔のまま、さらりと吐き捨てた。
分かってはいたが、身をもってそれを痛感した萌葱はただただ苦笑するしかなかった。

「萌ちゃんって隙だらけだから面白いのよね~もう可愛くて仕方ないわ~」
「などと供述しているので今後は特に!気をつけてくださいね萌葱さん」

悪びれもなく笑う紅蓮の発言に、パナシェのキレのある忠告が被せられる。

「いいですか紅蓮さん、美人だからって何をしていいわけではないんですよ?紅蓮さん?聞いてますか?」
「やぁね~パナシェちゃん怖いわ~。ね、アイちゃん」

どんなに注意しても紅蓮に響く様子はないもので、これがまた生活チームとしては日常の困り事として認定されている。面倒見の良い姉御である反面、最強のセクハラ大魔王である紅蓮にはほとほと手を焼かされているのだった。

話を聞く様子など微塵もなくアイボットと戯れ始める紅蓮にパナシェはやれやれと深い溜息をついた。

「アイちゃん、とりあえず萌葱さんを部屋までお送りして」

言いながら、腕に装着した小型の端末を操作しアイボットをくるりと振り向かせた。

"アイちゃん"と呼ばれているのは先程は珈琲を提供してくれたアイボットの事。LS内では皆から親しみを込めて、そう呼ばれている。

人口知能を持つアンドロイドは"アイボット"と総称され、その姿形・機能共に様々な種類があり、あらゆる方面で活躍している。中でも、これは一般的にも市販されている家事型のものだ。
機能はライトニングストーム用に少々改良されてはいるが、見た目は全体的に白く丸いフォルムで、足を動かすというよりはタイヤを使って滑るように移動をする、わりと旧型のタイプだった。

「ちゃんとベッドに入るところまで、見届けるのよ」
「えっそんな……大丈夫ですよ…」

アイは生活チームの補助的役割をするようインプットされており、主にこのリフレッシュルームを拠点に動いている。
簡単なことであれば自発的に考えて行動することもあるが、指示を出すことによって生活チームが予め用意している食事や飲み物を素早く提供してくれる等、身の回りの世話をしてくれる。加えて程良い癒し効果もあるが…先程のように"喧嘩"のような異変を察知すると警告音を鳴らすようにも設定されているのだ。

「はい?何ですか?聞こえませんね?」

そして、そんなアイを操るボスであるパナシェは

「萌葱さん?先程うちのチームの者がお声がけに向かったと思いますが、何のためのお声がけか、解りますよね?」
「え……っと」

笑顔が怖い。
人の良さそうな可愛らしい笑顔ではあるのだが…
隊員達の身体をとことん心配するが故に、言う事をきかないものには、容赦がない。例えそれが黒服相手であっても変わらない。

「はい!強制連行!!」
「え!!」

そしてその掛け声と共にアイの機体から勢いよく1本のアームが飛び出した。それは驚きすぎて逃げるタイミングを逃した萌葱の腕をがっしりと掴み、強固に離そうとしなかった。

「えー!何ですかこれ……っ痛たた!」

おまけに、ぐいぐいとその腕を引っ張ってくるため少々痛い。
アイ自体はちょうど萌葱の膝上少し位の大きさだが、その機体から伸びたアームは本体の2倍の長さはあり、機械とは思えない程に滑らかな動きをしていた。

正直、それ単体で生き物のように見えて、気持ちが悪い。

「あらま~萌ちゃんお疲れ~ゆっくり休んできてね~」

仕方なく抵抗を諦めた萌葱がしぶしぶ歩き始めると、視界の端でひらひらと紅蓮が手を振っているのが見えた。

「では萌葱さん、程良い時間でまたアイちゃんがお迎えにあがりますので、それまではゆっくり休んで下さい。短時間でお部屋から出て来たら駄目ですよ?私達生活チームはず~っと見てますからね~?」

そして、パナシェの最後の言葉に背筋が凍るような恐怖を覚え、萌葱は「はい…」と力無く答えると、リフレッシュルームを後にした。








そんな、彼の去った後の部屋で。

「あ~面白かった。ね、見てたんでしょ?萌ちゃんて可愛いわよね」
「…紅蓮さん。今回の件より、しばらくの間は萌葱さんへの接触を制限させていただきますね」
「え~!ひど~い!私達チームメイトなのに~!!接触しないとか無理ぃ~!」

じとりと睨んだところで、紅蓮は怯むことなく反論をしてくる。
当然パナシェも慣れているので、彼女が何と言おうが意見を曲げるつもりはない。

「駄目ですよ紅蓮さん。特にボディタッチは絶対に禁止ですからね」
「何よ~!浅葱やリーダーには何してもそんなに怒らないのに~あ、もしかしてパナシェちゃん、萌ちゃんの事気になるの?ああいうのがタイプなの?」

しかし、ここぞとばかりに面白そうなネタを掴むとそれはもう楽しそうにつつき始める紅蓮。

「違いますよ!浅葱さんや黒耀さんは紅蓮さんから身を守る方法をよく解っているのでいいんです。でも萌葱さんはまだ紅蓮さんの扱いに慣れていないんですよ、無理に振り払う事もできなくて困ってたじゃないですか!」
「え~そこが可愛くていいんじゃない~」
「ぐーれーんさーーん?」

これは、先が思いやられる。
パナシェは深い深い溜息をついて肩を竦めた。

「でも分かったわ、パナシェちゃんのタイプは萌ちゃんって事ね~」
「何が分かったんですか!萌葱さんは良い人そうですが、残念ながら私のタイプは白夜さんみたいな人ですよ!!」
「えーーー!!!やめておきなさいよあんな奴ー!!パナシェちゃん可愛いのに勿体無い!!」

だが、紅蓮への攻撃方法としては、白夜の名前を出しておくに限る。それも解っているので、パナシェはここぞとばかりに白夜の名前を連呼してみせた。

「白夜さんて素敵ですよね。白夜さん強いし頼り甲斐ありますし、寡黙なところも良いってLS内の女隊員はわりと皆好きですよ。何なら男隊員だって白夜さんに憧れてるって人多いですからね!白夜さんて本当…」
「あーもーいいわよ!白夜の話はもうやめてー!」

もう聞きたくないと耳を塞いでジタバタし始めた紅蓮を前に、勝った…!ばかりにパナシェは笑った。

「もう、どうしてそんなに嫌いなのか本当に疑問ですよ」

隊員の事をよく見ているパナシェ個人的には、わりとお似合いの2人なのでは、と見ているのだが…当の本人がこれなので何とも言えない。

「ああ…そういえば聞いていませんでしたが、休暇中は何もありませんでした?また何処かで誰かを誘惑なんてしてませんよね?」

まあ、あまりいじりすぎるのも可哀想なので、パナシェはさっさと話題を変える事にした…の、だが。

「休暇中?あ、そうそう、街中で1人好みの子見つけてね、思わず声掛けちゃったわ」
「はい!?もー!紅蓮さん!休暇中の事までとやかく言うつもりはありませんが、少しは黒服である自覚を持って下さいよ~」

また彼女の問題行動発覚に顔をしかめる事になった。

「やだ、自覚くらいあるわよ~!私だってそんな誰彼構わずってわけじゃないんだから!」
「へぇ?それは、どうでしょうね?」

"白夜以外、誰彼構わず"
ではないのか?と目を細めてまた深い溜息をつく。

「本当よ~!あの時は直感でね、びびっときたのよ。いつもみたいに、やだ可愛い~!!っていうより、何かこう…声をかけなきゃいけないような?ここで逃したら後悔するっていうような?」
「あーはいはい、運命的ですね」
「そう!運命を感じたんだわ!」

やれやれ運命というものはどこにでも落ちているものだ、とパナシェが呆れるのも気にせず、紅蓮は楽しそうにそのナンパ相手の事を語り始めた。

「何かちょっとツンツンしてるんだけど、これがなかなかのイケメンで~あ、あれは戦闘種族ね!身のこなしが軽かったし、程良い筋肉!ちょっと特殊な…ドギーなのかしら?今どき珍しい種族だったと思うわ」
「ドギー?フォメロスでよく見掛ける警備員の人達みたいな?」
「う~ん、それとは違うと思うけど、わりとすぐ逃げられちゃってそんなに長く居られなかったからはっきりとは……」

だが、その時。



「その話、もう少し詳しく聞かせていただけますか?」



背後から聞こえた声に、どきりと2人の肩が震えた。
そして視界がその姿をとらえ、その人物をはっきりと認識した瞬間に、彼女達の身体は硬直した。

「黒耀さん!!」
「リーダー!!」

声をあげたのはほぼ同時。
次の瞬間パナシェはびしりと姿勢を正して敬礼をし、紅蓮は僅かに冷や汗をかいていた。
それもそのはず、黒耀の顔に、いつもの笑顔がなかったから。

「紅蓮さん…」
「あ、あのねリーダー!別に何もなかったのよ?本当にすぐ逃げられちゃったし!別に報告する事でもないかな~と思って…」

静かに歩み寄る黒耀に、彼女にしては珍しく顔が強ばっている。これが、"絶対に怒らせてはいけないNo.1"人物の威力。
パナシェの方は、紅蓮に彼を怒らせるポイントがあった事は明らかなので私は何のフォローもできませんよと言わんばかりにぐっと口を閉じて事の次第を見守ることに徹していた。

「リーダー怒ってる…?あの…」
「怒ってませんよ?」

いや、絶対怒ってる!!
と言いたくなる気持ちをぐっと堪え、紅蓮はまずはどこから謝るべきかと思考を巡らせた。
この大事な時に、迂闊に見も知らぬ一般人と接触をした事?いや、まずは白夜を放置して逃げた事か?
それとももしや今日の、萌葱にちょっかいを出した件にも気が付いているのか?いやいやそれはない、だがしかし……

と、あれやこれやと悩んでいるうちに

「その人物について、詳しく教えていただきたいんです」
「…え?」

黒耀からの先手によって、紅蓮の思考はまっさらに吹き飛んだ。

「紅蓮さんが街で声を掛けたという人物の事ですよ」

拍子抜けしたようにきょとんとしている紅蓮を見て、意味が伝わらなかったかと判断した黒耀がもう一度繰り返す。そして

「その、"今どき珍しい種族"というところが、気になりまして」
「え…ああ……そう!」

そういう事か!!
と、ようやく話を理解した紅蓮は、一先ずほっと胸を撫で下ろした。

「紅蓮さんが"運命"を感じた、というのも気になりますね」
「え…?」
「何か……私には"因縁"のようなものを感じます」

そうやって黒耀が神妙な面持ちで考え込み始めた事で、空気が変わった。

「紅蓮さんの直感には特別なものがあると思うんです。何か、心当たりはありませんか?声とかに特徴は…」
「声……ああ…どうだったかしら…」
「……」

おそらく、黒耀の懸念は、

それが、その出会いが、
叛逆組織に繋がるものなのではないか…

というものだった。



「ごめんなさいリーダー…あんまり、参考にはならないかも」
「…そうですか」

残念そうに、だが少しほっとしたように、黒耀は笑った。

「紅蓮さんに何もなかったのなら、それでいいんです」

それはいつもの彼の、穏やかな笑顔だった。

「でも用心してくださいね?もしそれが、本当に叛逆組織に繋がる人物だったとしたら…敵も既に何か、情報を得てしまったかもしれません」

続いた忠告に、紅蓮は身の引き締まるものを感じた。

「…そうね、ちょっと迂闊すぎたかも。ごめんなさい」

素直に頭を下げる紅蓮を笑顔で見つめ、黒耀は

「いえ、休憩中にすいません。ゆっくり休んで下さい。パナシェさんも」

そう言って、パナシェにもそっと声をかけた。
ガチガチに固まっていた彼女の緊張も、その笑顔ですっかり解けた。

「あ、いえ!私は休憩のために来たわけではありませんので」
「あれ?そうなんですか?」
「はい、私は萌葱さんを……」
「あーーーー!パナシェちゃん、その話は今はちょっと、やめときましょう?」

私は萌葱さんをお迎えに来ただけなんです。
と、言おうとしたところだったが、おそらくそのまま会話を続ければきっと先程のセクハラ案件の報告にも発展するだろうと先読みした紅蓮が邪魔をして

「……紅蓮さん?何かありましたか?」

結局、無駄な事となった。

黒耀の綺麗な笑顔が、恐い。
そしてその隣りに立つパナシェの笑顔も、恐かった。

「……先に謝っておくわ。ごめんなさい」

こうして、紅蓮へ萌葱接触禁止令が発令された事は、言うまでもない――……。








To be continue……
**********



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