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Fomers
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Chapter.7:
Fomers
赤茶けた地表。
いくつもの深淵を覗かせるクレーター群。
他星系からの宙間艇受け入れ、及びアティウスへ向けての定期連絡便発着を一手に引き受けるターミナル。
ターミナル周辺だけは開発が進み、活気溢れる市場、不夜の大都市が形成されつつある、アティウスの第二衛星。
そこで動くのは大量の物資、高額な資本、そして…
街中のそこかしこから聴こえてくる笛の音。
肉の焼ける匂いと、上空にはためく色とりどりの連続旗。
ごったがえすような人々に、天幕の下威勢良く声をかける行商人達。
フォメロスは既にお祭りムード一色だった。
ショッピングモールは透明なフィルムに守られ、投影された空の映像で常に晴天状態。
軽く高めの温度に設定されたモール内では、飲料や食べ物がよく売れる。
ウィスタリアの気候に合わせた服装できた観光客たちは、まずここで涼しげな服を求めることになる。
分子レベルにした衣服を、改めて初夏使用に再構築…好きなデザインにしても良し、サンプルにあるような既存デザインを模倣しても良し。
いざアティウスに向かう段になれば、再度元の服に戻すために来店してくれるというのだから服屋は大繁盛だ。
無論、後に残らない為、従来の衣服よりは安く提供されている。
だが、観光中あまり無駄な荷物は増やしたくないのが人間の性だろう。
利用者が多いことで、十分すぎる利益を得ることができる商売だったりする。
「ドゥーテはこれにしなよ!ね、決まり!絶対可愛いもんっ」
そんな、人の絶えない服屋の一角で。
ルィラは楽しそうに店内を眺めていた。
「あ、でも見て!この赤いワンピースも可愛いよねぇ…どうしようかなぁ」
「る、ルィラ…?私はいつもどおりの服で構わないぞ、充分涼しいし…」
「ダメだよ!せっかく遊びに来たんだから、もっと休日ー!!!って感じのかっこしようよ!」
「……まるで女のようだぞルィラ…」
「ドゥーテは正真正銘女の子なんだから、もっと興味持ちなよね。えぇっとぉ、やっぱり最初のやつ!一番似合うと思う!」
背後で爆笑しているディッセに一蹴り入れてから、ドゥーテは渋々試着室へと向かう。
後に残らない服ではつまらない、どうせなら今後も可愛いかっこうをするべきだ、とのルィラの主張から、従来の服を購入するのだ。
「……着たぞ」
深くため息をつきながら出てきたドゥーテは彼女らしくない文明的な服装をしていて、ディッセは素直に賞賛の拍手を送った。
「いつもそういうカッコしてろっつぅぅの。あんな破廉恥なカッコじゃなくて」
「破廉恥なのは貴様の頭の中だ、バカ犬。何を着ようと私の勝手だ」
「ば…!?おっま、ホント口悪すぎだっつぅぅの!」
「本当のことだろう、色ボケ犬。勝手に妄想するほうが悪い」
「もー!!二人ともこんなとこで喧嘩しないの!ほら、次はディッセの番だからね?どんなのがいい?」
「え、俺も着替えんのかぁぁ?」
「当然!ドゥーテとおそろいのシャツとかにしちゃおっかな~」
「そ、それだけは勘弁だっつぅぅの!!」
どういう関係か見えない3人組、おまけに大騒ぎときて、はっきり言って悪目立ちしていた。
アンエスタが居たら怒られそうだなー、などと暢気に考えながら、ルィラは結局4人分の服を購入して服屋をあとにする。
元々着ていた服とアンエスタへのお土産が入った荷物は、もちろんディッセの手の中だ。
その後もルィラは気の向くまま、ジュース、アイス、バーベキュー串、フルーツサラダ、またジュース…と食べ歩きをしてはモール内を冷やかしていく。
合間に増えていく服や諸々のパーツ類、食料などは結構な量になり、ディッセの両手はかなりの重労働を強いられていた。
「も、もうドロップ戻らねぇかぁぁ?」
「えー、僕まだ戻りたくなぁい!」
疲れ果てた心情をよく表現できた声だったのだが、無邪気な暴君には効果なし。
が、予想外なところから助け舟が出された。
「別に1人で戻せばいいだろう。ルィラの護衛は私がいれば充分だ」
「言い方がむっかつくっつぅぅの。けど、正直それが懸命かもな、っと…!」
落としそうになったパーツの袋を抱え直し、ディッセはルィラの顔を覗き込む。
不満そうな顔をしていれば潔く諦めるしかない。
が、予想とはうらはらに、ルィラは至極明るい笑顔でそれを承諾した。
「じゃぁ気をつけてねディッセ!僕まだ遊んでくから!」
…どうやら、自分さえ帰らなくてすむのなら良いらしい。
滅多に地表に降りることのないルィラだ、浮かれる気持ちは理解できるのだが…
「わぁかった。けど…荷物おいたら迎えにくるっつぅうの。遊ぶのはそれまで。今日はちょっとはしゃぎすぎだっつぅぅ話だ」
「うん、わかった!じゃぁなるべくゆっくり帰ってね、ディッセ!」
「へーい。了解だっつぅぅの」
バイバーイ、と大きく手を振るルィラに、ディッセは筋肉を酷使して手を振り返す。
フォメロスへの発着はシルバードロップを使用している。
もちろん、叛逆組織『グレイブヤード』の艦として、人目につかぬよう街の外れに隠してある状態だ。
繁華街の中心である現在地からは、およそ一時間。
往復二時間もあれば、ルィラも充分遊び回ることができるだろう。
なるべくゆっくり歩いてやるか、と自分の歩が遅い言い訳を探しながら、ディッセは再び荷物を抱え直して歩き始めるのだった。
そして。
ディッセがルィラ達と分かれて、十分ほど経った頃。
嵐は、突然やってきた。
「ねぇ、お兄ぃさん♪」
その声は、雑踏の中おもむろに真正面に飛び出してきた。
「!!」
(…はっ!?なんだ、こいつ……今……!?)
街中で油断していたとはいえ、唐突すぎた。
思わず身を固くするが、意外なことにも躍り出てきたのは女性だった。
少々黒めの肌、頭頂部からのボリュームある巻き毛。体のラインを強調するようなピッタリした衣服は、そのうえ布地が少ないという二重の罠。
ディッセを見下ろすほど大柄な女性だが、その体格から想像されるような男らしさは一切なく、妖艶な色気だけが濃厚に漂っている。
敵とは思えなかった。
だが…はっきり言って、ディッセが最も苦手とするタイプの女性、であった。
「大変そうね、手伝ってあげようか?」
彼女は満面の笑みで意味不明な申し出をしてくる。
「いや、いい?つぅぅか、誰だよっ!?」
もちろん、どこの誰とも知らない相手に荷物を渡すわけには行かない。
機密事項など何もないただの買い物袋だが、それでもグレイブヤード、ひいてはルィラの所有物なのである。
…というような生真面目な理由など思い浮かぶはずもなく、咄嗟に断ったのはただの条件反射だった。
「私?通りすがりの優しいお姉さんよ♪ねぇお兄さん1人?」
どう考えても、『通りすがりの優しいお姉さん』とは思えない。
確かに親切ではあるのかもしれないが、何というか、そこはかとない『下心』感が漂っているのはなぜなのか。
だが、そう思いながらも混乱した状態では正しい対応を考えることもできず、口が先に動いてしまっていた。
「ひ、1人じゃ…ねぇっつぅぅか…」
赤い唇は笑んだ形のまま、彼女はゆっくりと円を描くように歩き始める。
実際には触れられてなどいないのに、ディッセはまるで体中を撫で回されているかのような感覚に陥り、総毛立つ。
「1人じゃないの?」
「い、いや、今は1人っつぅぅか…でもホントは1人じゃねぇぇっつぅぅか…」
敵…なのかもしれない、と思った。
そもそも、油断していたとはいえ、自分の正面に回り込んできた俊敏さ。
気配など感じなかった。完全に間合いに入られていた。
そして、今。
探りを入れるかのような粘着質な視線に、さりげなく行動を制限するような動き。
しかも、気がつけば円は徐々に狭まっているようにも感じられ、ディッセはどう動くべきか本気で焦り始めていた。
敵か、一般人か。
下手に動いて、相手が一般人だった場合が困る。ルィラ達の所在地は把握していない。
どうする、どうする、どうする……!!!?
と、焦りのあまり視野が狭まっていたところで。
「ね、だからこれは回収~♪」
ヒョイっ、と。
荷物を奪われた。
「…あ…………あぁぁ!!?」
「いいのいいの、気にしないで~!これくらい軽いし持ってあげるってば♪だからぁ、ちょこっとくらい付き合ってくれてもいいでしょ!?決まり☆」
「返せ!!」
「付き合ってくれたらね♪ほらほら、じゃぁ早速行きましょー☆」
「ふ…っざけんなっつぅぅのー!!!」
奪い返そうとするも、相手はやはり俊敏に身を躱しなかなか手が届かない。
挙句の果て、荷物を持ったままどこかへ歩き始めてしまった。
(やっぱ敵だ、敵に違いねぇっつぅぅの!!!)
このままどこへ連れ去られるのか…人目がなくなる瞬間を狙って攻撃すべきか…そんなことを考えていると、彼女は唐突に振り返り、赤い唇を尖らせてきた。
「ねーぇお兄さん、これ、ナンパってわかってる?」
「……っえ、は?」
「あ、やっぱりわかってないのー!!!?もー、なんっか変だと思ったのよねぇ。いーい?これ、ナーンーパ。別に変なことしようなんて思ってないわよー。お兄さんカッコイイから声かけたのー!!」
(ナン…パ……?)
予想外な角度から繰り出されたパンチに、ディッセの思考はフリーズした。
可愛い女子を見るのは好きだが、声をかけたことはない。
ちょっと大人向けな雑誌は極力視界に入らないよう避けて通っているし、戦闘服以外のドゥーテは正直目のやり場に困る…といった具合のディッセである。
逆立ったツンツンヘアーで粋がっているものの、実はかなり純情で健全な青少年だったりするのだ。
しかも、裏組織に所属している為、一般女子との触れ合いもないまま生きてきている。
それが、妖艶なダイナマイトバディの美女からの、唐突なナンパ。
(カッコイイ…って言われた……っ!!?)
カァァァァァァァァ!!!
フリーズが溶けた瞬間、赤面するのも無理はない…かもしれない。
が、ワンテンポもツーテンポも遅れたその反応に、相手はきょとんとした表情を見せる。
自分の発言に対する赤面だとは思わなかったのだろう。
得心したようににやりと笑うと、思いっきりディッセの肩を叩いてきた。
「やっだー!もう、お兄さんてばどこ見てるのよー!!」
「み、見てねぇっつぅぅの!!」
どうやら考えすぎだったらしいことにホッとするディッセだが、荷物を奪われていることに変わりはない。かといって、一般人ならば下手に手出しするわけにも行かない。
隙を見て荷物を奪い返し、逃げ出そう。
そう心に決めると、ディッセは仕方なく彼女の後ろを歩き始めるのだった…。
To be continue……
**********
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赤茶けた地表。
いくつもの深淵を覗かせるクレーター群。
他星系からの宙間艇受け入れ、及びアティウスへ向けての定期連絡便発着を一手に引き受けるターミナル。
ターミナル周辺だけは開発が進み、活気溢れる市場、不夜の大都市が形成されつつある、アティウスの第二衛星。
そこで動くのは大量の物資、高額な資本、そして…
街中のそこかしこから聴こえてくる笛の音。
肉の焼ける匂いと、上空にはためく色とりどりの連続旗。
ごったがえすような人々に、天幕の下威勢良く声をかける行商人達。
フォメロスは既にお祭りムード一色だった。
ショッピングモールは透明なフィルムに守られ、投影された空の映像で常に晴天状態。
軽く高めの温度に設定されたモール内では、飲料や食べ物がよく売れる。
ウィスタリアの気候に合わせた服装できた観光客たちは、まずここで涼しげな服を求めることになる。
分子レベルにした衣服を、改めて初夏使用に再構築…好きなデザインにしても良し、サンプルにあるような既存デザインを模倣しても良し。
いざアティウスに向かう段になれば、再度元の服に戻すために来店してくれるというのだから服屋は大繁盛だ。
無論、後に残らない為、従来の衣服よりは安く提供されている。
だが、観光中あまり無駄な荷物は増やしたくないのが人間の性だろう。
利用者が多いことで、十分すぎる利益を得ることができる商売だったりする。
「ドゥーテはこれにしなよ!ね、決まり!絶対可愛いもんっ」
そんな、人の絶えない服屋の一角で。
ルィラは楽しそうに店内を眺めていた。
「あ、でも見て!この赤いワンピースも可愛いよねぇ…どうしようかなぁ」
「る、ルィラ…?私はいつもどおりの服で構わないぞ、充分涼しいし…」
「ダメだよ!せっかく遊びに来たんだから、もっと休日ー!!!って感じのかっこしようよ!」
「……まるで女のようだぞルィラ…」
「ドゥーテは正真正銘女の子なんだから、もっと興味持ちなよね。えぇっとぉ、やっぱり最初のやつ!一番似合うと思う!」
背後で爆笑しているディッセに一蹴り入れてから、ドゥーテは渋々試着室へと向かう。
後に残らない服ではつまらない、どうせなら今後も可愛いかっこうをするべきだ、とのルィラの主張から、従来の服を購入するのだ。
「……着たぞ」
深くため息をつきながら出てきたドゥーテは彼女らしくない文明的な服装をしていて、ディッセは素直に賞賛の拍手を送った。
「いつもそういうカッコしてろっつぅぅの。あんな破廉恥なカッコじゃなくて」
「破廉恥なのは貴様の頭の中だ、バカ犬。何を着ようと私の勝手だ」
「ば…!?おっま、ホント口悪すぎだっつぅぅの!」
「本当のことだろう、色ボケ犬。勝手に妄想するほうが悪い」
「もー!!二人ともこんなとこで喧嘩しないの!ほら、次はディッセの番だからね?どんなのがいい?」
「え、俺も着替えんのかぁぁ?」
「当然!ドゥーテとおそろいのシャツとかにしちゃおっかな~」
「そ、それだけは勘弁だっつぅぅの!!」
どういう関係か見えない3人組、おまけに大騒ぎときて、はっきり言って悪目立ちしていた。
アンエスタが居たら怒られそうだなー、などと暢気に考えながら、ルィラは結局4人分の服を購入して服屋をあとにする。
元々着ていた服とアンエスタへのお土産が入った荷物は、もちろんディッセの手の中だ。
その後もルィラは気の向くまま、ジュース、アイス、バーベキュー串、フルーツサラダ、またジュース…と食べ歩きをしてはモール内を冷やかしていく。
合間に増えていく服や諸々のパーツ類、食料などは結構な量になり、ディッセの両手はかなりの重労働を強いられていた。
「も、もうドロップ戻らねぇかぁぁ?」
「えー、僕まだ戻りたくなぁい!」
疲れ果てた心情をよく表現できた声だったのだが、無邪気な暴君には効果なし。
が、予想外なところから助け舟が出された。
「別に1人で戻せばいいだろう。ルィラの護衛は私がいれば充分だ」
「言い方がむっかつくっつぅぅの。けど、正直それが懸命かもな、っと…!」
落としそうになったパーツの袋を抱え直し、ディッセはルィラの顔を覗き込む。
不満そうな顔をしていれば潔く諦めるしかない。
が、予想とはうらはらに、ルィラは至極明るい笑顔でそれを承諾した。
「じゃぁ気をつけてねディッセ!僕まだ遊んでくから!」
…どうやら、自分さえ帰らなくてすむのなら良いらしい。
滅多に地表に降りることのないルィラだ、浮かれる気持ちは理解できるのだが…
「わぁかった。けど…荷物おいたら迎えにくるっつぅうの。遊ぶのはそれまで。今日はちょっとはしゃぎすぎだっつぅぅ話だ」
「うん、わかった!じゃぁなるべくゆっくり帰ってね、ディッセ!」
「へーい。了解だっつぅぅの」
バイバーイ、と大きく手を振るルィラに、ディッセは筋肉を酷使して手を振り返す。
フォメロスへの発着はシルバードロップを使用している。
もちろん、叛逆組織『グレイブヤード』の艦として、人目につかぬよう街の外れに隠してある状態だ。
繁華街の中心である現在地からは、およそ一時間。
往復二時間もあれば、ルィラも充分遊び回ることができるだろう。
なるべくゆっくり歩いてやるか、と自分の歩が遅い言い訳を探しながら、ディッセは再び荷物を抱え直して歩き始めるのだった。
そして。
ディッセがルィラ達と分かれて、十分ほど経った頃。
嵐は、突然やってきた。
「ねぇ、お兄ぃさん♪」
その声は、雑踏の中おもむろに真正面に飛び出してきた。
「!!」
(…はっ!?なんだ、こいつ……今……!?)
街中で油断していたとはいえ、唐突すぎた。
思わず身を固くするが、意外なことにも躍り出てきたのは女性だった。
少々黒めの肌、頭頂部からのボリュームある巻き毛。体のラインを強調するようなピッタリした衣服は、そのうえ布地が少ないという二重の罠。
ディッセを見下ろすほど大柄な女性だが、その体格から想像されるような男らしさは一切なく、妖艶な色気だけが濃厚に漂っている。
敵とは思えなかった。
だが…はっきり言って、ディッセが最も苦手とするタイプの女性、であった。
「大変そうね、手伝ってあげようか?」
彼女は満面の笑みで意味不明な申し出をしてくる。
「いや、いい?つぅぅか、誰だよっ!?」
もちろん、どこの誰とも知らない相手に荷物を渡すわけには行かない。
機密事項など何もないただの買い物袋だが、それでもグレイブヤード、ひいてはルィラの所有物なのである。
…というような生真面目な理由など思い浮かぶはずもなく、咄嗟に断ったのはただの条件反射だった。
「私?通りすがりの優しいお姉さんよ♪ねぇお兄さん1人?」
どう考えても、『通りすがりの優しいお姉さん』とは思えない。
確かに親切ではあるのかもしれないが、何というか、そこはかとない『下心』感が漂っているのはなぜなのか。
だが、そう思いながらも混乱した状態では正しい対応を考えることもできず、口が先に動いてしまっていた。
「ひ、1人じゃ…ねぇっつぅぅか…」
赤い唇は笑んだ形のまま、彼女はゆっくりと円を描くように歩き始める。
実際には触れられてなどいないのに、ディッセはまるで体中を撫で回されているかのような感覚に陥り、総毛立つ。
「1人じゃないの?」
「い、いや、今は1人っつぅぅか…でもホントは1人じゃねぇぇっつぅぅか…」
敵…なのかもしれない、と思った。
そもそも、油断していたとはいえ、自分の正面に回り込んできた俊敏さ。
気配など感じなかった。完全に間合いに入られていた。
そして、今。
探りを入れるかのような粘着質な視線に、さりげなく行動を制限するような動き。
しかも、気がつけば円は徐々に狭まっているようにも感じられ、ディッセはどう動くべきか本気で焦り始めていた。
敵か、一般人か。
下手に動いて、相手が一般人だった場合が困る。ルィラ達の所在地は把握していない。
どうする、どうする、どうする……!!!?
と、焦りのあまり視野が狭まっていたところで。
「ね、だからこれは回収~♪」
ヒョイっ、と。
荷物を奪われた。
「…あ…………あぁぁ!!?」
「いいのいいの、気にしないで~!これくらい軽いし持ってあげるってば♪だからぁ、ちょこっとくらい付き合ってくれてもいいでしょ!?決まり☆」
「返せ!!」
「付き合ってくれたらね♪ほらほら、じゃぁ早速行きましょー☆」
「ふ…っざけんなっつぅぅのー!!!」
奪い返そうとするも、相手はやはり俊敏に身を躱しなかなか手が届かない。
挙句の果て、荷物を持ったままどこかへ歩き始めてしまった。
(やっぱ敵だ、敵に違いねぇっつぅぅの!!!)
このままどこへ連れ去られるのか…人目がなくなる瞬間を狙って攻撃すべきか…そんなことを考えていると、彼女は唐突に振り返り、赤い唇を尖らせてきた。
「ねーぇお兄さん、これ、ナンパってわかってる?」
「……っえ、は?」
「あ、やっぱりわかってないのー!!!?もー、なんっか変だと思ったのよねぇ。いーい?これ、ナーンーパ。別に変なことしようなんて思ってないわよー。お兄さんカッコイイから声かけたのー!!」
(ナン…パ……?)
予想外な角度から繰り出されたパンチに、ディッセの思考はフリーズした。
可愛い女子を見るのは好きだが、声をかけたことはない。
ちょっと大人向けな雑誌は極力視界に入らないよう避けて通っているし、戦闘服以外のドゥーテは正直目のやり場に困る…といった具合のディッセである。
逆立ったツンツンヘアーで粋がっているものの、実はかなり純情で健全な青少年だったりするのだ。
しかも、裏組織に所属している為、一般女子との触れ合いもないまま生きてきている。
それが、妖艶なダイナマイトバディの美女からの、唐突なナンパ。
(カッコイイ…って言われた……っ!!?)
カァァァァァァァァ!!!
フリーズが溶けた瞬間、赤面するのも無理はない…かもしれない。
が、ワンテンポもツーテンポも遅れたその反応に、相手はきょとんとした表情を見せる。
自分の発言に対する赤面だとは思わなかったのだろう。
得心したようににやりと笑うと、思いっきりディッセの肩を叩いてきた。
「やっだー!もう、お兄さんてばどこ見てるのよー!!」
「み、見てねぇっつぅぅの!!」
どうやら考えすぎだったらしいことにホッとするディッセだが、荷物を奪われていることに変わりはない。かといって、一般人ならば下手に手出しするわけにも行かない。
隙を見て荷物を奪い返し、逃げ出そう。
そう心に決めると、ディッセは仕方なく彼女の後ろを歩き始めるのだった…。
To be continue……
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