Blood Of Universe

さがみ十夜

文字の大きさ
上 下
15 / 18
[SIDE:G]static

Icxs

しおりを挟む
  Chapter.6:
                  Icxs






青のイクス。
フォメロスの開拓、商業開拓を請負う事業部ビル。
フォメロス全土の地図、土質から地形、アティウスやエスターとの位置関係…

フォメロスに進出した企業や各種商店の詳細データまで。

フォメロスに関わるすべてのデータが、おそらくこのビルには揃っている。

フォメロス開発事業部ビル、通称『イクス』上層階。
各部署のチーフクラスの居住区兼執務室として1フロアずつ分配するという贅沢ぶりは、フォメロスの発展にどれだけの利潤があるのかを表している。

フロアの使い方は人それぞれだ。
居住スペース重視で、仕事は下層の部署内でしか行わない者。
逆に、仕事が生きがいとばかりに、昼夜を問わず部下が自室に出入りしている者。

ウィッツは特に偏りなく、フロアの半分を居住用、半分を仕事用としていた。
無論、ウィッツはイクスの正社員ではない。下層に自分が所属する部署も机もないし、部下もいない。ただ設備と資金、必要があれば人材も自由に借り受けて、請け負った仕事をこなすだけだ。机が一つと倉庫用のスペースさえあれば、広い仕事部屋など必要ない。

スクルニーの趣味なのか、備え付けの執務机やクローゼットは機能的かつ黒一色のシンプルなデザインで、ビルの使い方は贅沢なくせに…と妙な違和感を与えていた。
おまけに、ウィッツ自身上下ダークスーツでまとめている。襟元が大きく開いているためチンピラ風にはなっているが、色彩としては部屋とマッチしてモノトーン一色だ。

つまりは、人も物もモノトーンな暗い部屋…のはずが、この部屋には色彩が溢れている。
キャビネット、机、ともすれば床にまで散りばめられたカラフルな包み紙やお菓子。
およそチンピラの仕事場には似つかわしくないものが、そこかしこに転がっているせいだ。

Rrrrrrr…

軽快な呼び出し音に応えて、サイドキャビネのボタンを押す。
モニタに映ったのはセレネ種の受付嬢と、大きな箱をいくつもカートに積んだ宅配業者だった。

『ロベラ様宛の荷物が32箱程届いておりますが、如何なさいますか?』

画面上に見える範囲で、カートには8箱しか載っていない。箱が大きいため1カートでもかなりのスペースを取っている。
4カート分、と思うと、一部屋倉庫に割り当てなければ入らない。

だが、イクス到着日に合わせて発注しておいたのは自分なのだから、もちろんスペースくらいは考えてある。

「搬入許可っすよ♪奥のリフトで直通設定、危険物なんで触っちゃだめっす」
『了解致しました』

モニタを切ると首をコキリと鳴らし、鼻歌を歌いながら隣室へ。
仕事用に開けておいたその部屋に、まもなく荷物が到着する。
それが届いてこそ、彼の仕事は本番と言える。今回の計画に必要な物品…通常であれば絶対に持ち込めないような危険物を、一部屋埋め尽くすほど大量に、堂々と運び入れることができるとは僥倖だ。

自分が責任者なら、絶対に聖誕祭期間は開発業務を凍結するものを。
商売人や企業人というのは、そういうところがダメなのだと思うと笑えてくる。
彼らが利潤に貪欲なおかげで、自分はこうして任務を遂行することができるのだ。
鮮やかなピンク色のマカロンを一つ口に含むと、外出着に着替えるためウィッツは居住スペースへと戻っていくのだった。






その夜。

暗闇の中、ウィッツは昼間撮った映像を見返していた。

ピアスに隠した小型カメラ。見ていると酔いそうな映像ではあったが、補正をかけてブレを整え、まともな映像に作り変えていた。
普段ならそんな手間をかけることもないが、おそらく繰り返し見ることになる映像であり、必要となれば「墓場の主」にも送らなければならないに違いないモノである。
この程度の手間は惜しくない。

イクスビル内の様々な部署、通路、働いている人々の顔は良い。自分の目でも見ているのだから、見直す必要はない程度に覚えた。

問題は終盤、そう、ここだ…。

『~♪よっし、俺完璧』

ザァァァァ……

耳につく水音と共に、聞こえるのは自分の鼻歌。
映っているのは左右反転の自分の顔と頭、その背後にそこそこ綺麗な個室の扉達。
社員の休憩時間になれば賑わうこのフロアも、絶賛仕事中の時間では無人となる。
応接室が埋まっている場合には休憩所が待合室となるらしいから、社員が使用する時間をくっきりと分けているのだろう。おかげでフロア内を堂々と歩き回ることができた。

もちろん、監視カメラを避けた上での堂々と、だが。

まだ回っていないのは、その休憩所だけ。
楽勝だなと思いながら、軽く前髪を整え直した、その瞬間…

『…っ…わぁ!!!』

ドサァ…ッ!!

『…いたたた』

薄い金髪の青年が、突如転がり込んできた。
背中から突っ込んできたらしく、よたよたと手をついて起き上がろうとしている。

突然の闖入者にさすがに驚きを隠せなかったが、ざっと見た感じ本当に『うっかり』入り込んできてしまったのだなとウィッツは判断した。

いかにも育ちの良さそうな顔立ち、言葉は生粋のウィスタリア語で、変な訛りもない綺麗な発音。服装からして、かなり有力なウィスタリア貴族に仕えている身分だろう…
少々間の抜けた登場からも、平和な世界で生きている人種だと思われたのだ。

『お兄さん、大丈夫?』

軽く声をかけてみると、こちらに気づいていなかったのか瞬時に身を固くする。
この様子ではもしやと思い、念のためもう一言。

『ここ…女子トイレだけど』

一瞬の、静寂のあとに。

『っ……うわぁぁあああ!!!』

化物にでも会ったかのような勢いで一気に立ち上がった青年は、その勢いのまま壁に激突した。

『痛!!!』

激しくぶつけた額に手をやりながら、またも勢いよくこちらを振り返る青年。
だが、ふらついた足元や歪んだ表情から、頭部へのダメージはかなり大きいと思われた。

『あらら…まじで、大丈夫っすか?』

思わず素の状態で声をかけると、青年はふらついたまま一歩後ずさった。

『ご、ごごごめんなさい!!!』

必死に頭を下げたまま、後ろ手に壁を叩く青年。
おそらく開閉スイッチを探しているのだろうが、かなり見当違いな場所を叩き続けている。

『あああのっすいません!本当にごめんなさい!!!』

狼狽しきった様子がさすがに可哀想になり、努めて軽快に笑いかける。

『いや、別にいいし~。まぁ落ち着きなよお兄さん』

そんな努力が功を奏したのか、青年が顔をあげようとした時だった。

パシッ!と開閉スイッチにようやく手が当たり、青年の背後が大きく開く。

『ごめんなさい!!!!』

折角あげかけた顔を再び下げると、青年は叫びながら勢いよく逃げ出してしまった。

『あ、ちょっとお兄さーん?』

鈍くさい登場とは相反して、かなりの速度で走り去られてしまった。

意外と侮れない。

どうしたものかね、と思いつつ目をやったのは、入口に一番近い手洗い場。
使用者がいなかったおかげで乾ききったその場所に、青年が持っていたのだろうと思われる大きな地図がかぶさっていた。

何だこりゃと思いながら手に取れば、描かれているのは館内の詳細な地図。
配管や通気口、おおよその家具の配置まで描かれたような、異常なまでに詳細な地図だった。

『…まじっすか…マジで、何だこりゃ…』

自分が今日見て回った情報と照合しても、かなり正確な地図であることがわかる。
およそ一般人が持っているものではない。


これは、何かある…


思いがけない収穫に思わず笑うと、ウィッツは青年を追うべく通路へと飛び出した。












…見渡す範囲にいないことなど想定済みだった。

あらかじめ調べてあった通路と、先ほどの青年の様子から行き先を推測する。
何も考えず、道なりに走り抜けているだろう。
彼の速度、必死だった様子、そして道なりに進んだ場合の道順と距離…

ランデブーポイントをある程度仮定し、そこまでの近道となる通路を走り抜ける。
わりと苦もなく距離を詰め、仮定したポイントに出ると予想通り青年の姿が見えた。
さすがに落ち着いたのか、キョロキョロと周りを見回しながら歩いている。

『ねぇちょっと、お兄さん』

ぽん、と。
軽く肩を叩いただけなのに、青年はそれこそ化物にあったかのように硬直した。

『!!!は、はははいっ!!!?』

またも勢いよく振り返った彼にこちらが軽く驚きながら、表面上は軽快に笑いかける。

『こーれ。忘れ物』

言いながら件の地図をヒラヒラ見せつけると、青年はザァァ!!と青ざめて手を伸ばしてくる。
だがあえて寸前でかわし、地図を目の前で広げてみせた。

『これすごいね、何?このビルの館内マップ?』

『あ、いえあああのぅ、か、返してくださいっ』

『もちろん。そのために追いかけてきたんだし』

はい、どーぞ。
笑顔で返せば、青年は心底安堵した様子で地図を懐にしまいこんだ。

はっきり言って、アヤシイ以外の何者でもない。
イクスビルに館内マップなるものは存在しないし、社員であればそんなものは必要ない。
社員という風情ではないから外部のものかもしれないが、外部のものであれば尚の事。
何のために迷いやすいビルなのか…考えればわかることだ。
このビルが所有するあらゆる資料は、フォメロスでの破壊工作に有用すぎる。
わざわざこんなにもご親切なマップなど、外部のものに提供するはずもないのだ。

『あ、あの、ありがとうございました。わざわざ…』

『いーのいーの。もう落ち着いたみたいだね?じゃ、次は気をつけてね、お兄さん』

無邪気に笑って、振り返って手を振りながら目の前の階段へと駆け出す。
青年も笑顔で手を振り返してくれたが、その顔は急激に角度の変わった視界から消え失せた。

振り返って手を振っていた為、距離を見誤った。

…という風情で、もちろんわざと、階段を、踏み外した。




……そこからの映像は、どう補正しても見づらい、ごちゃごちゃしたものになってしまった。

だが騒音が消えたあと、映っていたのは。

踊り場に片膝をついて着地した、青年の姿。

「ありえねぇっつか…うん、ありえねぇえっすよねぇ…」

小声でぽつりと溢すと、自分の声が漏れたことに軽い驚きを感じて口をつぐむ。
無音。何をするにも、無音でなければならない。自分は潜入中なのだから。

だが…らしくない事をしたのは、やはり僅かにでも動揺しているからだろう。

カメラには映らなかったが、あの時の青年は人間離れした動きを披露してくれたのだ。

階段を踏み外した自分。
咄嗟に手を伸ばしてくれた青年は。

小走り5歩分の距離を瞬時に詰め、自分の腕をつかみ、階段上に投げ戻し…
代わりに落ちていく自分の体を、壁を蹴ることで安定させ、空中で一回転し体制を整え、怪我なく着地してみせた…。



自分には不可能な動きだった。

自分の敬愛する兄ならばおそらく可能だ。
だが、自分には無理。そしておそらく、大多数の人間には無理な動き。

宇宙空間、もしくは無重力状態ならいざしらず、イクスビルには重力が存在しているというのに。





…ちょっとした、力試しのつもりだったのだ。

奇妙な地図を所有する、一見優男な青年の正体を見極めようと。
あんな地図、警務局か帝国軍でなければ手に入れられない。
ならば青年は警務官ではないのか?警務官ならば、あそこで必ずこう動くだろう…という予測をたてて。

だが彼は、予測をはるかに上回る動きを見せてくれた。

警務官でも、帝国軍でも、咄嗟にあの動きができる人間は多くはない。

ならば彼は。

“ハロハロ~☆あんたの甘党な蛇は相変わらず元気っすよ!今日も自由に散歩させてたら、なーんか変なもん拾い食いして困ったっす。一応食べちゃったもの送るんで、そっちで解析自由にどうぞー。まぁ健康には害ないと思うっすけどね。念のためってことで”

適当なメッセージをいれて、映像を送信。

映像自体にも、もちろんカモフラージュはいれてある。
開けばまず、蛇の腹内が映し出されるグロテスク映像だ。

たとえ横取りされたとしても、そんな映像をじっくり見て解析するような奴はまずいない。

ひとまず本日のお仕事は終了、とばかりにPCを閉じると、ウィッツは暗闇の中目を閉じた。

眠るわけじゃない。計画を頭に思い起こし、明日の仕事を確認するだけだ。






こんな場所では安心して眠れない。










自分は、潜入中なのだから――……。





To be continue……
**********
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

ビキニに恋した男

廣瀬純一
SF
ビキニを着たい男がビキニが似合う女性の体になる話

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

戦争と平和

澤村 通雄
SF
世界が戦争に。 私はたちの日本もズルズルと巻き込まれていく。 あってはならない未来。 平和とは何か。 戦争は。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

海を見ていたソランジュ

夢織人
SF
アンジーは火星のパラダイス・シティーが運営するエリート養成学校の生徒。修業カリキュラムの一環で地球に来ていた。その頃、太陽系の星を統治していたのは、人間ではなく、人間の知能を遙かに越えたAIアンドロイドたちだった。

忘却の艦隊

KeyBow
SF
新設された超弩級砲艦を旗艦とし新造艦と老朽艦の入れ替え任務に就いていたが、駐留基地に入るには数が多く、月の1つにて物資と人員の入れ替えを行っていた。 大型輸送艦は工作艦を兼ねた。 総勢250艦の航宙艦は退役艦が110艦、入れ替え用が同数。 残り30艦は増強に伴い新規配備される艦だった。 輸送任務の最先任士官は大佐。 新造砲艦の設計にも関わり、旗艦の引き渡しのついでに他の艦の指揮も執り行っていた。 本来艦隊の指揮は少将以上だが、輸送任務の為、設計に関わった大佐が任命された。    他に星系防衛の指揮官として少将と、退役間近の大将とその副官や副長が視察の為便乗していた。 公安に近い監査だった。 しかし、この2名とその側近はこの艦隊及び駐留艦隊の指揮系統から外れている。 そんな人員の載せ替えが半分ほど行われた時に中緊急警報が鳴り、ライナン星系第3惑星より緊急の救援要請が入る。 機転を利かせ砲艦で敵の大半を仕留めるも、苦し紛れに敵は主系列星を人口ブラックホールにしてしまった。 完全にブラックホールに成長し、その重力から逃れられないようになるまで数分しか猶予が無かった。 意図しない戦闘の影響から士気はだだ下がり。そのブラックホールから逃れる為、禁止されている重力ジャンプを敢行する。 恒星から近い距離では禁止されているし、システム的にも不可だった。 なんとか制限内に解除し、重力ジャンプを敢行した。 しかし、禁止されているその理由通りの状況に陥った。 艦隊ごとセットした座標からズレ、恒星から数光年離れた所にジャンプし【ワープのような架空の移動方法】、再び重力ジャンプ可能な所まで移動するのに33年程掛かる。 そんな中忘れ去られた艦隊が33年の月日の後、本星へと帰還を目指す。 果たして彼らは帰還できるのか? 帰還出来たとして彼らに待ち受ける運命は?

【本格ハードSF】人類は孤独ではなかった――タイタン探査が明らかにした新たな知性との邂逅

シャーロット
SF
土星の謎めいた衛星タイタン。その氷と液体メタンに覆われた湖の底で、独自の知性体「エリディアン」が進化を遂げていた。透き通った体を持つ彼らは、精緻な振動を通じてコミュニケーションを取り、環境を形作ることで「共鳴」という文化を育んできた。しかし、その平穏な世界に、人類の探査機が到着したことで大きな転機が訪れる。 探査機が発するリズミカルな振動はエリディアンたちの関心を引き、慎重なやり取りが始まる。これが、異なる文明同士の架け橋となる最初の一歩だった。「エンデュランスII号」の探査チームはエリディアンの振動信号を解読し、応答を送り返すことで対話を試みる。エリディアンたちは興味を抱きつつも警戒を続けながら、人類との画期的な知識交換を進める。 その後、人類は振動を光のパターンに変換できる「光の道具」をエリディアンに提供する。この装置は、彼らのコミュニケーション方法を再定義し、文化の可能性を飛躍的に拡大させるものだった。エリディアンたちはこの道具を受け入れ、新たな形でネットワークを調和させながら、光と振動の新しい次元を発見していく。 エリディアンがこうした革新を適応し、統合していく中で、人類はその変化を見守り、知識の共有がもたらす可能性の大きさに驚嘆する。同時に、彼らが自然現象を調和させる能力、たとえばタイタン地震を振動によって抑える力は、人類の理解を超えた生物学的・文化的な深みを示している。 この「ファーストコンタクト」の物語は、共存や進化、そして異なる知性体がもたらす無限の可能性を探るものだ。光と振動の共鳴が、2つの文明が未知へ挑む新たな時代の幕開けを象徴し、互いの好奇心と尊敬、希望に満ちた未来を切り開いていく。 -- プロモーション用の動画を作成しました。 オリジナルの画像をオリジナルの音楽で紹介しています。 https://www.youtube.com/watch?v=G_FW_nUXZiQ

処理中です...