Blood Of Universe

さがみ十夜

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NELGAL

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  Chapter.5:
                 NELGAL






ネルガル内部にある、居住区画…小さな体には不釣り合いなほど広い部屋の中、モニターの明かりが絶え間なく瞬いている。

変わり続ける画像を忙しなく見ていたルィラは、疲れたのか不意に寝返りを打ちモニターを遠ざけた。

ネルガルの人工知能が、主の意思を読み取って急速にモニターの電源を落としていく。

ひどく眠かったし、先ほど一仕事終えた体は疲れきっていた。
けれど、今しがた見た映像がルィラの眠りを妨げる。

それは潜入中の『ウィッツ』からの報告映像だった。

現在、フォメロス開拓事業部『イクス』に潜入中のウィッツ。
皇帝陛下の聖誕祭に向けて帝国中が動く中、もっとも人の出入りの多いだろうフォメロスに敢えて彼を送り込んだ。
もちろん、目的は簡単だ。
聖誕祭を、本当の聖誕祭にするのだ。新しく生まれ変わる日。
その日を迎えることができれば、楽しく自由な、新たな人生を手に入れることができる。
そう信じている。

その為に、ウィッツは重要なのだ。
けれど帝国だって馬鹿ではない。軍事国家なのだから、戦略に長けているのは当然だ。
聖誕祭の舞台ではないものの、重要な役目を果たすフォメロス…常に警戒は厳しいだろうと予想していたが、その警戒レベルはルィラの予想から少し外れていた。

軍人がいない。
普段から警備員は多く置かれているものの、帝国軍も要所要所に軍人を配備するだろうと思っていたのに、全くいない。
通常通りの警備員しかいないのだ。
油断させるために警備員の服を着ているだけなのかとも思ったが、それも違った。
本当に、正規の警備員がいつも通り警備しているだけだ。

そして、一見一般人のように見えて、少し気になる「イレギュラー」な存在…

作戦の詳細を少し軌道修正しなければいけないかもしれない。
ルィラは聖誕祭当日の行動を考えながら、再び寝がえりを打った。

すると、思考を遮るように、突如明るい少女の声が割り込んできた。

『マスター、入り口にホットチョコ!!』

「え…?なぁにネル、意味分かんないよ」

『うふふ、ママンは優しいわ!誰が持ってきてくれたかわっかるぅ?』

「今自分で言ったじゃないか!ドゥーテでしょ?開けていいよ」

『はぁい♪いらっしゃいママン』

部屋のどこからともなく響き渡る声に応じるように、部屋のロックが解除される。
静かに開いた扉の向こうには、確かにドゥーテが呆れた顔で立っていた。

「相変わらずうるさいな、ネルガルは」

視線はルィラに向けたまま、ドゥーテはトレーを手にゆっくりと歩いてきた。

「あはは、まぁいいじゃない。こんなに自由にお喋りするのは、僕の部屋かコントロールルームくらいなんだし」
『そうよぅ!それに、みぃんなすぐお出かけしちゃうから、いっつもお留守番してるもん!たまには良いじゃない!』
「留守番なのは当然だ、ここがお前の本体なのだから」

溜息をついて壁を指ではじくと、ネルガルから『いったぁい!』と悲鳴があがる。

そう…少女の声の正体は、グレイヴヤードの母艦『ネルガル』の『人工知能』だ。
ルィラが幼い頃に組んだプログラムであり、明るく活発な少女の性格を与えられている。
大人に囲まれた世界で、ルィラにとっては唯一同年代の話し相手であった為、ひたすら会話を繰り返していたら妙に発達してしまった、という代物だ。

「明かりが点いていたからな、寝られないのかと思って。ほら…これを飲んで、今日はもう寝なさい」

ベッドに腰掛けてカップを差し出してくるドゥーテに、上半身を起こしたルィラは恥ずかしそうに口をとがらせた。

「もう子供じゃないんだから、こんな時間に寝たりしないよ」
「そうだな。だが、今無理をして熱が出たら嫌だろう?」

ぐっと言葉に詰まったルィラは、大人しくカップを受け取ってうつむいた。
体の弱さは、ルィラのコンプレックスだ。その異常さといえば、一日外ではしゃいだ後、半月寝込むほどの体力のなさである。
運動をすれば体力がつくかと、努力した時期もあった。
けれど、そもそもの運動をすると熱を出して倒れるのだから、体力は落ちるばかりだ。
熱にうなされ寝込んでばかりの身体は、結果としてなかなか成長できず、実年齢よりもはるかに幼く見える状態になってしまった。

落ち込んでしまったルィラの頭を優しく撫で、ドゥーテは微笑んだ。

「大丈夫、もうすぐ元気に走り回れるようになる。だから、今はちゃんと身体を休ませなさい」
「うん……」
『やぁだもう二人ともしんみりしてて暗ぁい!マスターはそのちっちゃい感じが可愛いんだからいいのよぅそのままで!』
「ちっちゃいとか!可愛いとか言われても嬉しくないよ!ネルの馬鹿!」
『え~?でもでもぉ、パパンも番犬(ワンコ)もそう思ってると思うけどな☆ね?二人とも』
「え…?二人ともって」
「入口に来ているな、二人とも。どうせ私と同じ理由だろう。追い返すか?」
「えー!全然気付かなかったぁ。まだ眠くならないし、みんなでおしゃべりしようよ!」
『りょうかぁい!』
「まったく…」

シュン、と軽い音がして、扉が開いた先にはやはりディッセとアンエスタが立っていた。

「開けるのおせぇっつぅぅの!」

とネルガルを小突きながら、ディッセは抱えていた荷物をテーブルにぶちまける。

「二人して揃ってくるなんて珍しいね。どうしたの?」

小首を傾げて尋ねると、アンエスタも一瞬小首を傾げてから静かに口を開いた。

「揃って、ではない」
「部屋の前でばったり会ったんだよ!なんかルィ坊が寝れねぇみてぇだっつぅぅからさ、腹でも減ってんのかと思っておやつ持ってきたのもかぶっちまったってぇぇわけだ!」

ほらな!と引き寄せられたテーブルには、たしかにごっちゃりと食べ物が乗っていた。

ビーフジャーキー、サラミ、ベーコンの塊、チョコバー、ポップキャンディ、マシマロバー、スティックゼリー…

「どれをどちらが持ってきたのか、なんとも判別しやすいな」

ドゥーテが呆れたように溜息をつく。
ルィラに至っては一目見た瞬間に噴き出し、ベッドの上でお腹を抱えて転がっていた。

「あは、あはははは!こ、こんな時間に持ってくるおやつじゃないよね、ベーコンの塊って!!!ぷ、ぷははははは!ていうかそもそも、おやつですらないっ!!」
「え!?だ、ダメだってぇぇのか!?」
「ルィラのおやつには…ならないな」
「というか、お前以外はそれをおやつとは言わないだろう」
「えぇぇぇぇ!?」
『火も通してないしね、さすが番犬って感じぃ??』
「くっ…ネルにまで馬鹿にされるとむかつきが半端ねぇっつぅぅの!」
『あー、ひっどぉい!だいた……』

結局ゼリーに手を伸ばしていたルィラが、ふと途切れた声に視線をあげる。
コントロールルーム以外で姿を現すことはないものの、何となく天井あたりにいるような扱いをしてしまうのはもはや癖だ。

「どうしたの、ネル?」
『近くの航路を帝国の巡洋艦が航行中。艦内照明ダウン、ステルスモードに移行するね』

口早に告げられた言葉に、わずかながら空気が引き締まる。
ネルガルが停泊しているのは、破棄された資源衛星だ。一般航路から外れているとなれば、間違いなく宇宙海賊の類と思われてしまう。
航路に入りこむまでは、艦自体が見つからないよう身を隠すしかないのだ。

元々艦内の明りが外に漏れないよう設計されているが、それでも注意するに越したことはない。電気を使う僅かな駆動音、人の靴音。それらが艦の床や壁に与えるわずかな響きでさえ、感知されてはいけないのだ。
部屋を出ることもままならなくなった4人は、溜息をついて各々くつろぎ始める。

「まぁ仕方ないよね、別に動き回ったって大丈夫ってわかってはいるけど」
「警戒はいくらしてもいい。しすぎるということはない。丁度いいタイミングだ、ルィラはもう寝なさい」
「えー!ちょうど良くない、ずるい!」
「ずるくない。ほら、皆そばにいるから安心して寝なさい」

問答無用でベッドに押し込まれたルィラが顔を出した時には、すでに羅紗の天蓋に覆われた状態だった。

何かとパソコンをいじり始めてしまうルィラを強制的にモニタから遠ざけるために、ドゥーテが設置したものだ。

目の動き一つ必要とせず、ただルィラの意思によって動く様々な画像たち。
それらは、この天蓋をすりぬけてまではきてくれない。

…実際には、すりぬけることが不可能なわけではない。物理的にモニタの核となるものが動いているわけではないのだから、透けるような薄布一枚、遮蔽物にはならない。
ただ、ルィラの意識に働きかけるだけだ。「天蓋をかけられたら眠るように」と。
それは一種の洗脳にも似ていた。
幼い頃から、体の弱いルィラを守るために、ドゥーテは様々な制限を与えてきた。
それはもはや意識の奥底に根を張り、無意識に従わせる力を持つ。

今も、薄布に隔てられたシルエットを眺めながら、ルィラの意識は急速に落ちていく。

「おやすみ…なさ、い…ドゥーテ…」
「おやすみ、ルィラ。良い夢を」

小さな声で返せば、聞こえてくるのは穏やかな寝息。

「相変わらずひっでぇぇっつぅぅの、ソレ」

苦虫を噛み潰したような顔でディッセが呟くが、ドゥーテは眉一つ動かすことなく応じる。

「ルィラの為だ。睡眠薬よりは良いだろう」
「似たようなもんだっつぅぅの。ルィ坊はお前の人形じゃねぇぞ」
「当然だ。私の可愛い息子であり、ただ一人従うべきリーダーだ…大切にして何が悪い」

ぎり、と握り締められた拳を目にして、ディッセは興味なさそうに立ち上がった。
結局食べてもらえなかったベーコンその他肉類を手にすると、空中に放りあげて遊びながら扉の方へ歩いていく。

「へぇへぇ。過保護は嫌われんぞ、っと。まぁ今は良いとして、ルィ坊も成長していくっつぅぅの。そのへん、考えてやれよってぇぇの」

静かに扉が閉まり、瞬間扉にはポップキャンディの白い棒が立て続けに傷跡を刻んだ。
床に落ちた瞬間パギン、と嫌な音がしたので、本体である飴は粉々になっているだろう。

散らばったそれらを切なげに見てから、アンエスタは静かにドゥーテの方を見た。
すると、怒りに燃えたドゥーテ“視線で殺す気か”という形相で睨み返してくる。

「顔が怖いぞ」

ボソリと言えば腹を蹴られた。

「少し、落ち着け。敵艦の近くだ」

リアルな危険を言えば途端に目から剣呑さが消える。
戦いに関するプロフェッショナルだからこそ、意識の切り替えは早いのだろう。

一つ深呼吸をすると、先ほど蹴り飛ばした腹を軽く叩いてきた。
汚れを落とそうとでもしているのだろうが、別に土まみれの足で蹴られたわけではない。片手で制すると、ドゥーテは視線も合わせずぶっきらぼうに謝罪をしてきた。

「すまなかったな、当たった。どうせお前は痛くないんだろうがな!」
「あぁ…痛くはない。いい」

チッ、と舌打ちが短く響く。戦闘民族であるヴィダルとして、殺意を抱いていないまでも手加減したわけではない蹴りを「痛くない」と評されることは気に食わないらしい。
しかし、種族の相性の問題でもある。こんな反応にも慣れっこなアンエスタは特に気にすることもなく、再び腰掛けた。

「ルィラは、大切だ。お前にとっては、特に」
「……なにを当たり前のことを」
「ルィラも、理解している。きちんと。だから、大丈夫だ」

今度はドゥーテの反応はない。薄暗い中、さらにサングラスをかけたアンエスタの目には黒い肌のドゥーテは非常に見えづらい。

だが、恐らく唇を噛み締めているのだろうと予想がついた。
アンエスタの言葉を、きちんと聞いていることも。

「大丈夫。ディッセも、ルィラが大切。方法が、違うだけ」
「…ふん。お前に言われなくてもわかってる!」

乱暴な足取りでドゥーテが出て行く。
相変わらず苛烈な性格だ、とため息をつくと、アンエスタもまた部屋を後にした。
起きている人間のいなくなった部屋で、自動的に照明が落ちる。


あとに残るのはただ、すぐ近くの航路を帝国軍が通過しているとは思えないほど、穏やかな時間だった。





To be continue……
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