Blood Of Universe

さがみ十夜

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GRAVEYARD

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【帝国歴二○五八年
いと猛りし我らが皇帝陛下は全ての国家星域を統一された。
圧倒的な軍事力により128年という歳月をかけて銀河を統一たらしめた陛下は、一月後の20日に171歳の御誕生日を迎えられる。】

【聖誕祭はテウマーテスにて開かれる。
前後2日間はアティウス周辺の首都特別宙域が解放されるため、警備用巡視船が配備される予定。一般参賀が行われるのは帝国設立以来初めてであり、国としての基盤が固まってきた証といえるー】
〈the universe news〉
〈1/15〉




「ふぅん…」

暗い室内。
窓の外と全く同じ黒さを纏い、深く沈み込んだ闇の中。
唯一の光源は青白く点滅を繰り返すモニターのみ。
光は、自身が設置されているカウンターと椅子、そして小柄な人影だけをぼんやりと浮かび上がらせていた。

細い指が、画面に触れる。
左下にあった数値はすぐに2/15となり、画面いっぱいに、第二衛星から撮影された主惑星アティウスの写真が表示された。
興味が無さそうに指は画面へ。
次に映し出されたのは、初老の男性の写真だった。
深い藍色の正装姿で、豪奢な椅子に座る様は堂々たるものだ。
金色の瞳は強い光を湛え、煌々と輝いている。

前方を睨み付けるように厳しい顔をした彼は、13年前から全銀河の頂点に君臨する神聖ウィスタリア帝国皇帝…ヴェレスラグナ・フォン・ウィスタリアその人だった。

「オメデトウ、皇帝陛下♪」

声変わり前のソプラノが暗闇に消える。
くすくす…と笑い声が続き、すぐにやんだ。
代わりに微かな物音が聞こえ、人影が増える。

「楽しいことでもあったのか?ルィラ」

張りのある、女性にしては低音な…けれど優しげな声がかけられて、室内に光が満ちた。

「わっドゥーテ、眩しいよ!」

白い光により、小柄な少年と大柄な女性の姿が露わになった。
少年は手を翳して、目を守っている。
暗闇でモニターを見続けていたのだから当然だ。

「ルィラ…?明るい所で観るようにといつも言っている」

ドゥーテは眉間に皺を寄せたが、ルィラは目を隠しているので意味がない。

「ごめん。癖で」
「悪癖だな。直しなさい」
「はぁい、気をつけるよ」

やっと慣れてきたのか手を下ろすと、ルィラは恥ずかしそうに笑った。
チュニックに白いパンツという軽装の彼は、服に負けないほど白い肌をしている。
バンダナから覗く髪は、瞳と同じ金色。
強い光のなか、溶けて消えてしまいそうな姿だ。
対するドゥーテは浅黒い肌に白銀の髪という強烈な容姿で、鍛えあげられ引き締まった筋肉質な体をしている。切れ長な瞳は黒く、見るものを威圧するようだった。

「…それで?何を見て笑っていたんだ?」
「んー…皇帝陛下の写真を見て…かな」
「…ルィラは変態か」
「失礼だな!…『我らが皇帝陛下』は何歳になっても元気そうだなぁって思って」

ルィラは顔を俯けた。ドゥーテはそんなルィラを哀しげに見つめて、やがて呟いた。

「すぐにルィラのものになる力だ」

その声は密やかで、けれど力強くルィラの耳に届いた。
だからルィラは顔を上げて、再び微笑む。

「そうだね…もうすぐだ。」

白い手を振ってモニターを消すと、ルィラは立ち上がった。
すぐさま、椅子にかけてあったフード付のマントが肩にかけられる。
だがそれに振り返ることもせず数歩進み、静かに扉の滑る音がして………

通路の闇に埋もれながら、ルィラはようやく振り返って笑みを浮かべた。

「行こうドゥーテ」

その、どこか艶めかしい笑みにドゥーテは無言で付従い、王者の如くマントを翻したルィラの声だけがぽつりと聞こえる。

「新しいゲーム…思い付いちゃった…♪」

禍々しい響きを持って通路を渡ったその言葉は
二人以外の誰に届くこともなく、闇の中へと消えていった。






  Chapter.1:
            GRAVEYARD




【グレイブヤード】

クレーターだらけの涸れた地表に、13個の十字架と人一人分の骨が散りばめられた図柄のタペストリには、赤く大きな字でそう銘打たれていた。
無機質な銀灰の小型飛宙艇の中、一際大きな部屋の入り口にかけられている、大きなタペストリだ。
ドゥーテはそれを丁寧に捲り上げ、ルィラの道を作った。

ルィラはゆったりと中に入り、足を地に着けながら目を見開いた。

「…ディッセ?」

視線の先にはミーティングデスクと椅子、ミネラルウォーターのボトルとローストポークサンドイッチ。
それから、黒髪を針山のように逆立てた青年が一人。
藍黒のタートルネックに、同色のパンツ。
虹光石のベルトと加圧ブーツを身に着け、ノースリーブからむき出しの肩に白いエイドスティックを張り付けている。
彼は、忌々しげに肩を抑えながら、土砂まみれのブーツを…つまりは両足を、デスクの上にどかりと乗せた。

「ディッセ、怪我したの…?」
「あぁ、ちょっとしくった。…ルィ坊は心配症だなぁ!へぇぇきだっつの、こんくらい!」
「………でも」

哀しげに顔を伏せたルィラを横目で見やり、針山の男ーディッセは大きく溜め息をついた。

「へぇぇき!ホレ、このとぉぉり」

言いながら肩をぐるぐると回すディッセに驚いたのか、ルィラは慌てて

「ダメだよ、傷が…!」

と腕を抑えにかかる。

小さな体をいっぱいに使ってしがみついてきたところを、狙っていたかのように捕まえてディッセはルィラを抱え上げた。
自分の足の、汚れていない部分を選んで座らせる。
この部屋だけは小物や機密ファイルの保護のために重力がかかっている。
そのため、ルィラの体は慣性に飛ばされることもなく、ディッセの膝に負担をかけた。

人一人分の体重は、かなりの負担になるはずだ。
だがディッセは気にするつもりがないようだった。
自分で乗せたのだから当然だが、下ろすつもりは限りなくなさそうだ。
いつものことなのでルィラも気にせず、ただ脚を滑りおりてしまわないように気をつけて座った。

「ほぉぉらな、大丈夫だろ?」
「うん、わかった」
「ルィ坊が泣きそうな顔しなくていぃぃんだよ」
「うん、わかってる。泣いてない。でも」
「でも、怪我には気をつけて…だろ?甘えん坊だな~!俺が死んだら困るってぇぇぇか!」

自信に満ちた顔で、八重歯を見せて笑うディッセにルィラは頬を膨らませた。

「バカ言うな!」

パンパンに膨らんだ頬は朱色に染まっていて、強い語調も照れ隠しだと知れる。
ドゥーテは二人のやり取りを穏やかに眺めていた。
いや…正確に言えば、穏やかにとはいかない。
片眉を吊り上げている。
それもそのはず、ドゥーテにとっては最近頭を悩ませている事柄が目の前で繰り広げられているからだ。

今の、他愛もないやり取りが。

ルィラを膝の上に乗せていることが気に食わない。
…ずるい、と思うのだ。
長々と独占して、抱えているのはずるい。
最近ルィラは、ドゥーテには抱えられたりしないのに。
恥ずかしいと言って逃げるのに。
小さい頃から慈しんで育ててきたのは自分なのに、なぜディッセに抱えられることを良しとするのか。
一見無表情なドゥーテの、最近の悩みはそこに尽きる。
そんな理由から、ドゥーテはディッセに対する攻撃方法を検討し始めた。

数瞬後、膝に手刀でも叩き込もうかと考えた矢先、まるで危険を察知したかのように大きな手がルィラを抱き上げた。
ただし、その手はディッセのものではない。
気がきく誰かさんのおかげで、ディッセは命拾いだ。

もちろん本人は危険が迫っていたことも知らず、不満そうな顔を上へ向けた。

「なんだよアンエスタ、邪魔すんなっつぅぅの」

玩具を取られた子供のように牙をむくディッセに対して、ルィラを床におろしながら溜息をついたのはドゥーテよりさらに大柄な男だった。

つるりとした頭皮は眩しいほどに灯艇管の明りを跳ね返していて、睨むように見上げたディッセはすぐさま視線を下に戻した。

それでも目が痛むのか、高速で瞬きをしながらなおも言い募ろうとするディッセだったが、口を開けた瞬間に・・・

「足を下ろせ」

低い、不思議と耳に残る声が命じた。

感情の一切こもっていないような、淡々とした口調で。

途端、

「わぁぁかった。悪かったっつぅぅの!」

と大仰に肩をすくめて泥だらけの足が下ろされる。
ドゥーテは自分的懸案事項が解決したことでスッキリしたのか、珍しく口元に笑顔を浮かべてディッセをからかった。

「相変わらずアンエスタに弱いな、ディッセ?」
「けっ。んなことねぇっつぅうの」

照れ隠しなのか無造作にサンドイッチへ手を伸ばすディッセ。
その光景を見て、ルィラは満面の笑顔でアンエスタの手を引いた。

「アンエスタ、かっこいいね!さっすがボス!!」

面白そうに笑うルィラを見やり、アンエスタはサングラスの奥の目を静かに細める。

「贋者です」
「あはは、いいじゃない。アンエスタのほうがボスらしいと思うけどな」

なおも屈託なく笑うルィラに、溜息をつくとアンエスタは膝をつき視線を合わせる。

「我らのボスは一人だけ」

サングラスの奥の目は真っ直ぐにルィラの目を覗きこみ、大きな右手がルィラの左頬を包み込む。

「『墓場の支配者』は・・・ルィラ。貴方です」

明らかに、年若の。
自分の腰ほどまでしかない子供に対するには、不自然な態度だった。

けれど、そんな疑問を抱くものはこの場にいない。

むしろ、くすぐったそうに笑ったルィラが一人窓に近づいたところで、残る2名もアンエスタに倣い膝をついた。

小さなルィラの目線より、上には誰もいない。

示された敬意を、ルィラは当然のように受け入れる。

窓の外へ広がる闇を見つめていると、背後から口々に声がかけられた。

「さぁ、新しいゲームを教えろっつぅぅの」
「そうだな、思いついたのだろう?」
「是非」

三人の声に、ルィラは振り返らず外を見つめ続けている。

そこに広がるのは無明の闇だった。
漠然と死の色に包まれた宇宙空間と、その中に小さく光る星々。

今、目に映る全てのものは帝国の所有物だ。
誰よりも長寿で、誰よりも崇高なる、いと猛りし皇帝陛下の所有物だ。

呼吸することすら、皇帝陛下の許しがなければままならないこの世界…

ルィラにとって、これほどまでにつまらないものはない。

だからこそ、彼は笑った。

艶やかに。
鮮やかに。
夢見るように。

「そうだね…」

翻るマント、僅かに響く靴音。

大きな窓の向こう、広大な宇宙を背景に、ルィラは両手を広げて宣言する。

「宇宙という名の遊技場で、命のbetを支払おう!」

ディッセが満足げに嗤う。

ドゥーテの瞳には静かな炎が

アンエスタは表情を変えず

ただ、彼らを束ねる王者に首を垂れる。

「さぁ………新しいゲームの始まりだ」






漆黒の宇宙の中、闇に紛れる宇宙艇。
ゆったりと進むそれは、イルティオ宙域を抜け

やがて、静かに姿を消した……………。





To be continue……
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