6 / 18
[SIDE:L]出発
秘密のお話
しおりを挟む
「やあそこのアリスちゃん★ひとり?」
ストームの待機場所を離れ、観光客に紛れて一般のシャトルターミナル内を巡回中の事。
背後から放たれた男の声に、浅葱はぴたりと足を停めた。
Chapter.6:
秘密のお話
「ああ、ごめんね~悪いけど俺オジサンには興味ないんだよねぇ」
そして振り返ると同時に皮肉を込めた言葉でざっくりと相手を斬り捨てた。
「オジサン!?僕まだそんな歳じゃないけど!?酷いな浅葱君!!」
もちろん、相手がそう返してくると解っていてのものだった。
予想通りの反応を見せてくれた男を前に、浅葱はやれやれと肩を竦めて笑う。
「え?そうだっけ?もうそろそろいい歳でしょ、ドクター?」
対する"ドクター"と呼ばれた男は眼鏡の縁を僅かに持ち上げて目を細めた。
「失礼な。心は永遠の二十歳ですが?」
「ほら、そういう発言がオッサンなんだよ」
だが、やはり浅葱はきっぱりだった。
「ガーン!!オジサンならまだしも、オッサンはもっと嫌!!相変わらず毒吐く子だねユーリは!!」
「あはは今は仕事中だからその呼び方はやめて欲しいんだけどなドクター?」
「あはは僕はお休みだから気軽にワグたん★て呼んでくれていいんだよ?」
「ああうん、遠慮しとく」
仲が良いのか悪いのか解らない二人。
だが、互いにそれぞれの立場を理解している仲だ。
浅葱のコードネーム、ましてや本名からとられた愛称まで知っているだけではなく、制服を着用していない彼をこの人混みの中で彼だと見分けた男は、『ただの知り合い』程度ではない。
二人はゆっくりとターミナル内を歩き始め、周囲の目を避けるように声のトーンを落とした。
「仕事って?こんな目立つ場所で、わざわざ君達が?」
「ま、黒服自ら私服警備なんてね、なかなかある事じゃないけど」
「…ああ、"お祭り"か」
「そ、色々面倒でね。今日は皆各所に散らばって巡回してるよ」
日頃からライトニングストームを離れる事の少ない彼等が、こうして街中に姿を見せるのは非常に稀の事だ。
このフォメロス滞在には休暇も含まれているが、やはり警戒体制を解く事はできない彼等は常に『仕事』を抱えている。
「大変だねぇ。アリスは戦闘タイプじゃないのに、一人でいきなり恐~い人達に囲まれたらどうする気?」
「あはは何それ俺のこと馬鹿にしてんの?」
「やだなぁ心配してあげてるんだよ。また大怪我されたら僕が大変だし?」
「あーやっぱり馬鹿にしてるねムカつくこのヤブ医者」
「あーそういう事言うともう診てあげませんよー?」
『アリス』とは、トロセリウス星系の主惑星ヴィレッツで特に歴史の深い種族の名だ。
雪と氷に覆われた極寒の星であるヴィレッツは、地上での生命維持が難しく、アリスを始めとする殆どの種族が地下深くに造られた地下都市で暮らしている。
外敵からの攻撃に怯える事のない暮らしからか、ヴィレッツに住む種族にはあまり戦闘能力はなく、変わりに発達したものが知能だった。
大半の種族が知能に長け、独自の思考と知識、様々な方面で活躍できる高度な技術をもっている。小柄な体格をしている事も特徴だ。
まさに、浅葱は典型的なアリス族の純血種だった。
「いいよ別に~LSにもドクターいるし」
「あ、そういう事言う!彼は僕の弟子だよ!?全くっわざわざ僕の方から君の為に出向いてあげてるっていうのに!可愛くない子だね」
「あ、何?何でこんなとこに居るのかと思ったら。ストーカー?」
対する男、ドクターもまたヴィレッツの出身だ。
「あのねぇ浅葱君!エスターに戻ったら必ず診せに来なさいって言ってあったはずだけど!?色々調整もあるんだから!!それを完全にスルーしてフォメロスで仕事中ってどういう事かな!?これまで弟のように可愛がってあげてきたお兄さんに対してそれはないよね!!お兄ちゃん哀しい!!涙が出ちゃう!!」
アリスとは違う種族の彼は浅葱よりも断然背は高く一般的な体型をしている。年齢は一回り近く上だ。
緩やかなウェーブのかかった銀の髪は首の横で一つに束ねられ肩に乗る程に長く、細い銀縁の眼鏡とかっちりと着込んだスーツからは知的な印象を思わせる。
が、中身は見ての通りの男だった。
「解った解った、ごめんねオニーチャン。とりあえず変わりはないから安心してよ」
浅葱はまたやれやれと肩を竦めて笑った。
「変わりないかどうかはね、医者が判断する事だよ。いいかい、お祭りまでには一度診療所まで来る事!」
「あーはい、解ってる解ってる」
故郷を同じくする二人。
進んだ道は違えど、今でも関わりは深い。
彼、Dr.アンネリスことワグナー=アンネリスは、こう見えて帝国の要人や軍関係者が信頼をおく、知る人ぞ知る名医なのだ。
「全く…いつも皆の事心配してるんだから、たまには顔見せてくれないと」
「LSは皆元気だよ。それはもう"最狂なドクター"の下で勉強した"最恐のドクター"がついてるし?」
「…なに、彼、未だにあの性格治ってないの?」
「相変わらず良い性格してるよ」
特務隊もまた、ワグナーには大変世話になっている。
現在、全7チームで構成されている特務隊戦艦班ライトニングストームの中で『医療チーム』のリーダーを務めているその『彼』とは、ワグナーの下で勉強を積んだ医師なのだ。特務隊の中では泣く子も黙る最恐のドS医師だと恐れられている、らしい。
「師匠から何とか言ってよ。隊員が怖がっちゃってもう大変大変」
「同じドS族の君が言う?アリスって皆そうなんだからー」
「やだなぁ俺のは優しさだよ優しさ。新人も可愛がってるし」
その医師もまた、二人と同じくヴィレッツの出身で、浅葱とは種族も同じだという。
「あ!そうだ新人くん!!どう?イイ子入った?」
「ああうんイイ子だよー腹立つくらい」
「それ本当に可愛がってる?」
「超可愛がってる」
どうやら、アリス族とはとにかく恐ろしい種族…らしい。じとりと目を細めたワグナーがそう語っている。
だが、その時。
「大丈夫ですよ、私がついてますから」
唐突に背後から聞こえた声に、ワグナーは細めた目を正反対に丸くした。
「!!あれ…黒耀君?」
振り返ると、そこにあったのは穏やかな笑顔。私服で出歩いているとそれはまぁ見事に一般観光客の中に溶け込んでいて、ただ『人の好さそうなお兄さん』辺りにしか見えない黒耀だった。
「お久しぶりですアンネリス先生」
「久しぶり~!あ、浅葱君の今日の相棒は黒耀君だったんだね!」
一目では解らなかった、などとは黙っておくことにして、ワグナーは納得した様子でポンと手を叩いて笑った。
「そうそう、リーダーとデート中なのにね、変なオジサンに絡まれて困った困った」
そこへ、浅葱が再び冗談を言って肩を竦める。だが
「変なオジサン!?何があったんですか浅葱さん!?大丈夫ですか!?」
冗談の通じない男が、ここに。
「…ああ、大丈夫だから黒耀君。それ僕の事だからたぶん」
「え!!!?」
当然、面白がって笑っている浅葱から訂正が入ることもないので…不本意ながら、ワグナーが自らそうやって溜め息をつくはめになるのは必然だった。
「先生…浅葱さんに何を」
「うわぁちょっと!?黒耀君にそんな疑いの目を向けられると傷つくなぁ!!何もしてないよ!!」
残念ながら、黒耀はどこまでも冗談の通じない相手だった。
「ああそうだ黒耀君!ちょうど良かった!君に渡さなきゃいけないものがあるんだ」
「え?」
ここはさっさと話題を変えるが早い。ワグナーはそう言ってがさがさと鞄の中を漁り始めた。
「…はいコレ!少し前に届いたから、また預かっといたよ」
「あ…!」
彼が鞄から取り出したものは、美しい装丁の、手紙と思われる封筒。そして
「これから届けに行こうと思ってたんだよね」
「っ…ありがとうございます!!」
狙い通り、それを受け取ると途端に、黒耀の顔は満面の笑みに変わった。それ程までに、その封筒には強い力があるらしい。
「わ、見た?この喜びよう!」
「あはは良かったねリーダー。久しぶりの手紙じゃない?」
「はい!ありがとうございます!」
受け取った封筒を手に、心から喜ぶ姿はまるで幼い子供のようだ。
「いいねぇこいつぅ!そんなに大切な人なの?その"椿"さんて人」
「ええ、遠い故郷に残して来てしまって、もう十年以上会えていないので」
冷やかすように小突いてくるワグナーにも、黒耀は満面の笑みを崩さない。
『親愛なる若君へ 椿より』
そう美しい文字で綴られている、封筒。
それは故郷からの手紙。ただそれだけでも大きな力をもつものが、"大切な人"からのものであれば尚更だ。
特に、黒耀の故郷はこの神聖ウィスタリア帝国の中では最も遠い、辺境の星系と呼ばれるタイヨウ系の主惑星・地球。未だに全ては知られていない謎の多き惑星で、近付く者は少なく、そう簡単に行ける場所でもなかった。
「え!?十年以上!?そんなに!」
「…まあ…職業柄、ですかね」
目を見開いて驚くワグナーに、黒耀は笑顔のまま仕方がないのだと返すが…やはりその表情の中にどこか曇りが見えた事は確かだった。
「いつもありがとうございます、先生」
「いやいや、これも可愛い弟とそのお友達の頼みだからね!」
彼が故郷からの手紙をワグナーに預けている理由は、定住する事のない秘密組織である現職が関係しているのはもちろんだが、それだけではないのだ。黒耀には何か複雑な事情があるのだと、何も語らずとも、浅葱は出会った頃から察していた。
だからこそ、気の知れた相手であるワグナーを紹介し、代わりに手紙を受け取ってもらうよう手配したのだ。
「それにさ、地球から手紙が届くっていうのも奇跡に近いからねぇ。それも特務隊宛てって。かなりの極秘ルートだからさ、何かこう、僕も楽しいし?」
まあ、ワグナー自身は何かと楽しんでいるようなので、あえて、事情を追求する事もしない。
「ドクター好きだよね~"裏で"とか"極秘"とか。まさか裏で何か悪い事に手ぇ出してないよね?」
「ははは!してたらどうする?」
「今すぐ逮捕して監獄送りにするわ」
「うっわ!お兄ちゃん相手に容赦ないね!」
「情けは無用のお仕事だからね」
このご時世、秘密のない者などいないのだ。特に、極秘を要する特務隊には色々な事情が付きまとう。
「全く!まあ、裏での仕事って言ったら…こういうの、くらいかな?」
そうやってワグナーが軽くつついたのは、浅葱のゴーグル。決して人前で外す事のないそれに、浅葱の秘密が隠されている。
「ああ…お陰様で助かってるよ。まあ、こんな技術持ってるせいでドクターが変な所から狙われないかどうか、俺だって心配してるんだから、気を付けてよねー」
「やだ~心配してくれてるの?やっさし~い」
その秘密を知っている人間は、数少ない。まあ秘密とは、そういうものだろう。
「そうですよ先生、気を付けて下さいね?テロ組織に目をつけられたりしたら…」
「あははっないない!大丈夫だって~君達がいれば安全でしょ?さ、お仕事お仕事!邪魔して悪かったね」
そうやってワグナーは軽く笑い、二人の背中を押した。そして
「ね、帝国の平和はこの背中にかかってるんだから。二人とも、身体は大事にするんだよ?帰りを待ってる人も、いるんだから」
振り返った二人にそう優しく笑いかけ、黒耀の手にした手紙へちらりと目を移す。
「その人を大切にね、若君?」
次に彼が見せたのは、悪戯な微笑だった。
しかし、冷やかされてるとは気付かぬ様子の黒耀は相変わらずの笑顔を見せた。
「ありがとうございます。機会があれば、先生にもご紹介しますね」
「うっそ本当に!?会ってみたいなー!」
「きっと喜びますよ。先生の事もお話しているので」
「わ、変な事話してないといいけど。あ、返事出すなら、また飛ぶ前に言ってね?出しとくよ!」
「ありがとうございます」
彼の笑顔にはどうにもつられてしまうのは不思議なものだ。
「じゃ、黒耀君。うちの弟の事、宜しくね?弟子の事も!」
冷やかしてみた事など忘れて、ワグナーはまた笑顔で黒耀の背中を叩いた。
「はい、任せてください」
「じゃ、またね!ユーリも!無理するんじゃないよー!?」
「あーはいはい。じゃあねー」
そうやって去って行くワグナーの背中を見送りながら、黒耀は笑顔で、浅葱はやれやれと、揃って肩を竦めた。
「全く、自分のことはいつも二の次だからな、あの人は」
「優しいんですよ。特務隊の結成時、医療チームのリーダーにって声がかかったのを断った理由、知ってますか?」
「さあ…」
「“いつでも帰れる場所があれば、安心だから”って。…良いお兄さんですね」
「……ただの、近所のお兄ちゃん、だけどね」
だが、そう言って見せた浅葱の笑顔は、ゴーグルの上からでも分かる程、穏やかだった。
「……でも、一度に弟さんを二人も送り出すなんて…どんな気持ちでしょうね」
しかし、続いた黒耀の言葉は意味深く、彼の顔からは笑顔が消えていた。
「……リーダー。手紙、ちゃんと返事してあげなよ」
その、深い理由を知っている浅葱はただ静かに、黒耀の肩に手をやった。
「……もちろんです」
それは隠された、秘密の話。
「そういえばさ、リーダー。ドクターに言ってないの?」
「何をですか?」
「椿さんが、“実のお姉さん”だって」
「…あれ?言ってない、かもしれません」
「あー…やっぱり」
それはまた、別のお話で―…。
To be continue...
********************
ストームの待機場所を離れ、観光客に紛れて一般のシャトルターミナル内を巡回中の事。
背後から放たれた男の声に、浅葱はぴたりと足を停めた。
Chapter.6:
秘密のお話
「ああ、ごめんね~悪いけど俺オジサンには興味ないんだよねぇ」
そして振り返ると同時に皮肉を込めた言葉でざっくりと相手を斬り捨てた。
「オジサン!?僕まだそんな歳じゃないけど!?酷いな浅葱君!!」
もちろん、相手がそう返してくると解っていてのものだった。
予想通りの反応を見せてくれた男を前に、浅葱はやれやれと肩を竦めて笑う。
「え?そうだっけ?もうそろそろいい歳でしょ、ドクター?」
対する"ドクター"と呼ばれた男は眼鏡の縁を僅かに持ち上げて目を細めた。
「失礼な。心は永遠の二十歳ですが?」
「ほら、そういう発言がオッサンなんだよ」
だが、やはり浅葱はきっぱりだった。
「ガーン!!オジサンならまだしも、オッサンはもっと嫌!!相変わらず毒吐く子だねユーリは!!」
「あはは今は仕事中だからその呼び方はやめて欲しいんだけどなドクター?」
「あはは僕はお休みだから気軽にワグたん★て呼んでくれていいんだよ?」
「ああうん、遠慮しとく」
仲が良いのか悪いのか解らない二人。
だが、互いにそれぞれの立場を理解している仲だ。
浅葱のコードネーム、ましてや本名からとられた愛称まで知っているだけではなく、制服を着用していない彼をこの人混みの中で彼だと見分けた男は、『ただの知り合い』程度ではない。
二人はゆっくりとターミナル内を歩き始め、周囲の目を避けるように声のトーンを落とした。
「仕事って?こんな目立つ場所で、わざわざ君達が?」
「ま、黒服自ら私服警備なんてね、なかなかある事じゃないけど」
「…ああ、"お祭り"か」
「そ、色々面倒でね。今日は皆各所に散らばって巡回してるよ」
日頃からライトニングストームを離れる事の少ない彼等が、こうして街中に姿を見せるのは非常に稀の事だ。
このフォメロス滞在には休暇も含まれているが、やはり警戒体制を解く事はできない彼等は常に『仕事』を抱えている。
「大変だねぇ。アリスは戦闘タイプじゃないのに、一人でいきなり恐~い人達に囲まれたらどうする気?」
「あはは何それ俺のこと馬鹿にしてんの?」
「やだなぁ心配してあげてるんだよ。また大怪我されたら僕が大変だし?」
「あーやっぱり馬鹿にしてるねムカつくこのヤブ医者」
「あーそういう事言うともう診てあげませんよー?」
『アリス』とは、トロセリウス星系の主惑星ヴィレッツで特に歴史の深い種族の名だ。
雪と氷に覆われた極寒の星であるヴィレッツは、地上での生命維持が難しく、アリスを始めとする殆どの種族が地下深くに造られた地下都市で暮らしている。
外敵からの攻撃に怯える事のない暮らしからか、ヴィレッツに住む種族にはあまり戦闘能力はなく、変わりに発達したものが知能だった。
大半の種族が知能に長け、独自の思考と知識、様々な方面で活躍できる高度な技術をもっている。小柄な体格をしている事も特徴だ。
まさに、浅葱は典型的なアリス族の純血種だった。
「いいよ別に~LSにもドクターいるし」
「あ、そういう事言う!彼は僕の弟子だよ!?全くっわざわざ僕の方から君の為に出向いてあげてるっていうのに!可愛くない子だね」
「あ、何?何でこんなとこに居るのかと思ったら。ストーカー?」
対する男、ドクターもまたヴィレッツの出身だ。
「あのねぇ浅葱君!エスターに戻ったら必ず診せに来なさいって言ってあったはずだけど!?色々調整もあるんだから!!それを完全にスルーしてフォメロスで仕事中ってどういう事かな!?これまで弟のように可愛がってあげてきたお兄さんに対してそれはないよね!!お兄ちゃん哀しい!!涙が出ちゃう!!」
アリスとは違う種族の彼は浅葱よりも断然背は高く一般的な体型をしている。年齢は一回り近く上だ。
緩やかなウェーブのかかった銀の髪は首の横で一つに束ねられ肩に乗る程に長く、細い銀縁の眼鏡とかっちりと着込んだスーツからは知的な印象を思わせる。
が、中身は見ての通りの男だった。
「解った解った、ごめんねオニーチャン。とりあえず変わりはないから安心してよ」
浅葱はまたやれやれと肩を竦めて笑った。
「変わりないかどうかはね、医者が判断する事だよ。いいかい、お祭りまでには一度診療所まで来る事!」
「あーはい、解ってる解ってる」
故郷を同じくする二人。
進んだ道は違えど、今でも関わりは深い。
彼、Dr.アンネリスことワグナー=アンネリスは、こう見えて帝国の要人や軍関係者が信頼をおく、知る人ぞ知る名医なのだ。
「全く…いつも皆の事心配してるんだから、たまには顔見せてくれないと」
「LSは皆元気だよ。それはもう"最狂なドクター"の下で勉強した"最恐のドクター"がついてるし?」
「…なに、彼、未だにあの性格治ってないの?」
「相変わらず良い性格してるよ」
特務隊もまた、ワグナーには大変世話になっている。
現在、全7チームで構成されている特務隊戦艦班ライトニングストームの中で『医療チーム』のリーダーを務めているその『彼』とは、ワグナーの下で勉強を積んだ医師なのだ。特務隊の中では泣く子も黙る最恐のドS医師だと恐れられている、らしい。
「師匠から何とか言ってよ。隊員が怖がっちゃってもう大変大変」
「同じドS族の君が言う?アリスって皆そうなんだからー」
「やだなぁ俺のは優しさだよ優しさ。新人も可愛がってるし」
その医師もまた、二人と同じくヴィレッツの出身で、浅葱とは種族も同じだという。
「あ!そうだ新人くん!!どう?イイ子入った?」
「ああうんイイ子だよー腹立つくらい」
「それ本当に可愛がってる?」
「超可愛がってる」
どうやら、アリス族とはとにかく恐ろしい種族…らしい。じとりと目を細めたワグナーがそう語っている。
だが、その時。
「大丈夫ですよ、私がついてますから」
唐突に背後から聞こえた声に、ワグナーは細めた目を正反対に丸くした。
「!!あれ…黒耀君?」
振り返ると、そこにあったのは穏やかな笑顔。私服で出歩いているとそれはまぁ見事に一般観光客の中に溶け込んでいて、ただ『人の好さそうなお兄さん』辺りにしか見えない黒耀だった。
「お久しぶりですアンネリス先生」
「久しぶり~!あ、浅葱君の今日の相棒は黒耀君だったんだね!」
一目では解らなかった、などとは黙っておくことにして、ワグナーは納得した様子でポンと手を叩いて笑った。
「そうそう、リーダーとデート中なのにね、変なオジサンに絡まれて困った困った」
そこへ、浅葱が再び冗談を言って肩を竦める。だが
「変なオジサン!?何があったんですか浅葱さん!?大丈夫ですか!?」
冗談の通じない男が、ここに。
「…ああ、大丈夫だから黒耀君。それ僕の事だからたぶん」
「え!!!?」
当然、面白がって笑っている浅葱から訂正が入ることもないので…不本意ながら、ワグナーが自らそうやって溜め息をつくはめになるのは必然だった。
「先生…浅葱さんに何を」
「うわぁちょっと!?黒耀君にそんな疑いの目を向けられると傷つくなぁ!!何もしてないよ!!」
残念ながら、黒耀はどこまでも冗談の通じない相手だった。
「ああそうだ黒耀君!ちょうど良かった!君に渡さなきゃいけないものがあるんだ」
「え?」
ここはさっさと話題を変えるが早い。ワグナーはそう言ってがさがさと鞄の中を漁り始めた。
「…はいコレ!少し前に届いたから、また預かっといたよ」
「あ…!」
彼が鞄から取り出したものは、美しい装丁の、手紙と思われる封筒。そして
「これから届けに行こうと思ってたんだよね」
「っ…ありがとうございます!!」
狙い通り、それを受け取ると途端に、黒耀の顔は満面の笑みに変わった。それ程までに、その封筒には強い力があるらしい。
「わ、見た?この喜びよう!」
「あはは良かったねリーダー。久しぶりの手紙じゃない?」
「はい!ありがとうございます!」
受け取った封筒を手に、心から喜ぶ姿はまるで幼い子供のようだ。
「いいねぇこいつぅ!そんなに大切な人なの?その"椿"さんて人」
「ええ、遠い故郷に残して来てしまって、もう十年以上会えていないので」
冷やかすように小突いてくるワグナーにも、黒耀は満面の笑みを崩さない。
『親愛なる若君へ 椿より』
そう美しい文字で綴られている、封筒。
それは故郷からの手紙。ただそれだけでも大きな力をもつものが、"大切な人"からのものであれば尚更だ。
特に、黒耀の故郷はこの神聖ウィスタリア帝国の中では最も遠い、辺境の星系と呼ばれるタイヨウ系の主惑星・地球。未だに全ては知られていない謎の多き惑星で、近付く者は少なく、そう簡単に行ける場所でもなかった。
「え!?十年以上!?そんなに!」
「…まあ…職業柄、ですかね」
目を見開いて驚くワグナーに、黒耀は笑顔のまま仕方がないのだと返すが…やはりその表情の中にどこか曇りが見えた事は確かだった。
「いつもありがとうございます、先生」
「いやいや、これも可愛い弟とそのお友達の頼みだからね!」
彼が故郷からの手紙をワグナーに預けている理由は、定住する事のない秘密組織である現職が関係しているのはもちろんだが、それだけではないのだ。黒耀には何か複雑な事情があるのだと、何も語らずとも、浅葱は出会った頃から察していた。
だからこそ、気の知れた相手であるワグナーを紹介し、代わりに手紙を受け取ってもらうよう手配したのだ。
「それにさ、地球から手紙が届くっていうのも奇跡に近いからねぇ。それも特務隊宛てって。かなりの極秘ルートだからさ、何かこう、僕も楽しいし?」
まあ、ワグナー自身は何かと楽しんでいるようなので、あえて、事情を追求する事もしない。
「ドクター好きだよね~"裏で"とか"極秘"とか。まさか裏で何か悪い事に手ぇ出してないよね?」
「ははは!してたらどうする?」
「今すぐ逮捕して監獄送りにするわ」
「うっわ!お兄ちゃん相手に容赦ないね!」
「情けは無用のお仕事だからね」
このご時世、秘密のない者などいないのだ。特に、極秘を要する特務隊には色々な事情が付きまとう。
「全く!まあ、裏での仕事って言ったら…こういうの、くらいかな?」
そうやってワグナーが軽くつついたのは、浅葱のゴーグル。決して人前で外す事のないそれに、浅葱の秘密が隠されている。
「ああ…お陰様で助かってるよ。まあ、こんな技術持ってるせいでドクターが変な所から狙われないかどうか、俺だって心配してるんだから、気を付けてよねー」
「やだ~心配してくれてるの?やっさし~い」
その秘密を知っている人間は、数少ない。まあ秘密とは、そういうものだろう。
「そうですよ先生、気を付けて下さいね?テロ組織に目をつけられたりしたら…」
「あははっないない!大丈夫だって~君達がいれば安全でしょ?さ、お仕事お仕事!邪魔して悪かったね」
そうやってワグナーは軽く笑い、二人の背中を押した。そして
「ね、帝国の平和はこの背中にかかってるんだから。二人とも、身体は大事にするんだよ?帰りを待ってる人も、いるんだから」
振り返った二人にそう優しく笑いかけ、黒耀の手にした手紙へちらりと目を移す。
「その人を大切にね、若君?」
次に彼が見せたのは、悪戯な微笑だった。
しかし、冷やかされてるとは気付かぬ様子の黒耀は相変わらずの笑顔を見せた。
「ありがとうございます。機会があれば、先生にもご紹介しますね」
「うっそ本当に!?会ってみたいなー!」
「きっと喜びますよ。先生の事もお話しているので」
「わ、変な事話してないといいけど。あ、返事出すなら、また飛ぶ前に言ってね?出しとくよ!」
「ありがとうございます」
彼の笑顔にはどうにもつられてしまうのは不思議なものだ。
「じゃ、黒耀君。うちの弟の事、宜しくね?弟子の事も!」
冷やかしてみた事など忘れて、ワグナーはまた笑顔で黒耀の背中を叩いた。
「はい、任せてください」
「じゃ、またね!ユーリも!無理するんじゃないよー!?」
「あーはいはい。じゃあねー」
そうやって去って行くワグナーの背中を見送りながら、黒耀は笑顔で、浅葱はやれやれと、揃って肩を竦めた。
「全く、自分のことはいつも二の次だからな、あの人は」
「優しいんですよ。特務隊の結成時、医療チームのリーダーにって声がかかったのを断った理由、知ってますか?」
「さあ…」
「“いつでも帰れる場所があれば、安心だから”って。…良いお兄さんですね」
「……ただの、近所のお兄ちゃん、だけどね」
だが、そう言って見せた浅葱の笑顔は、ゴーグルの上からでも分かる程、穏やかだった。
「……でも、一度に弟さんを二人も送り出すなんて…どんな気持ちでしょうね」
しかし、続いた黒耀の言葉は意味深く、彼の顔からは笑顔が消えていた。
「……リーダー。手紙、ちゃんと返事してあげなよ」
その、深い理由を知っている浅葱はただ静かに、黒耀の肩に手をやった。
「……もちろんです」
それは隠された、秘密の話。
「そういえばさ、リーダー。ドクターに言ってないの?」
「何をですか?」
「椿さんが、“実のお姉さん”だって」
「…あれ?言ってない、かもしれません」
「あー…やっぱり」
それはまた、別のお話で―…。
To be continue...
********************
0
お気に入りに追加
10
あなたにおすすめの小説

ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。


海を見ていたソランジュ
夢織人
SF
アンジーは火星のパラダイス・シティーが運営するエリート養成学校の生徒。修業カリキュラムの一環で地球に来ていた。その頃、太陽系の星を統治していたのは、人間ではなく、人間の知能を遙かに越えたAIアンドロイドたちだった。
忘却の艦隊
KeyBow
SF
新設された超弩級砲艦を旗艦とし新造艦と老朽艦の入れ替え任務に就いていたが、駐留基地に入るには数が多く、月の1つにて物資と人員の入れ替えを行っていた。
大型輸送艦は工作艦を兼ねた。
総勢250艦の航宙艦は退役艦が110艦、入れ替え用が同数。
残り30艦は増強に伴い新規配備される艦だった。
輸送任務の最先任士官は大佐。
新造砲艦の設計にも関わり、旗艦の引き渡しのついでに他の艦の指揮も執り行っていた。
本来艦隊の指揮は少将以上だが、輸送任務の為、設計に関わった大佐が任命された。
他に星系防衛の指揮官として少将と、退役間近の大将とその副官や副長が視察の為便乗していた。
公安に近い監査だった。
しかし、この2名とその側近はこの艦隊及び駐留艦隊の指揮系統から外れている。
そんな人員の載せ替えが半分ほど行われた時に中緊急警報が鳴り、ライナン星系第3惑星より緊急の救援要請が入る。
機転を利かせ砲艦で敵の大半を仕留めるも、苦し紛れに敵は主系列星を人口ブラックホールにしてしまった。
完全にブラックホールに成長し、その重力から逃れられないようになるまで数分しか猶予が無かった。
意図しない戦闘の影響から士気はだだ下がり。そのブラックホールから逃れる為、禁止されている重力ジャンプを敢行する。
恒星から近い距離では禁止されているし、システム的にも不可だった。
なんとか制限内に解除し、重力ジャンプを敢行した。
しかし、禁止されているその理由通りの状況に陥った。
艦隊ごとセットした座標からズレ、恒星から数光年離れた所にジャンプし【ワープのような架空の移動方法】、再び重力ジャンプ可能な所まで移動するのに33年程掛かる。
そんな中忘れ去られた艦隊が33年の月日の後、本星へと帰還を目指す。
果たして彼らは帰還できるのか?
帰還出来たとして彼らに待ち受ける運命は?
【本格ハードSF】人類は孤独ではなかった――タイタン探査が明らかにした新たな知性との邂逅
シャーロット
SF
土星の謎めいた衛星タイタン。その氷と液体メタンに覆われた湖の底で、独自の知性体「エリディアン」が進化を遂げていた。透き通った体を持つ彼らは、精緻な振動を通じてコミュニケーションを取り、環境を形作ることで「共鳴」という文化を育んできた。しかし、その平穏な世界に、人類の探査機が到着したことで大きな転機が訪れる。
探査機が発するリズミカルな振動はエリディアンたちの関心を引き、慎重なやり取りが始まる。これが、異なる文明同士の架け橋となる最初の一歩だった。「エンデュランスII号」の探査チームはエリディアンの振動信号を解読し、応答を送り返すことで対話を試みる。エリディアンたちは興味を抱きつつも警戒を続けながら、人類との画期的な知識交換を進める。
その後、人類は振動を光のパターンに変換できる「光の道具」をエリディアンに提供する。この装置は、彼らのコミュニケーション方法を再定義し、文化の可能性を飛躍的に拡大させるものだった。エリディアンたちはこの道具を受け入れ、新たな形でネットワークを調和させながら、光と振動の新しい次元を発見していく。
エリディアンがこうした革新を適応し、統合していく中で、人類はその変化を見守り、知識の共有がもたらす可能性の大きさに驚嘆する。同時に、彼らが自然現象を調和させる能力、たとえばタイタン地震を振動によって抑える力は、人類の理解を超えた生物学的・文化的な深みを示している。
この「ファーストコンタクト」の物語は、共存や進化、そして異なる知性体がもたらす無限の可能性を探るものだ。光と振動の共鳴が、2つの文明が未知へ挑む新たな時代の幕開けを象徴し、互いの好奇心と尊敬、希望に満ちた未来を切り開いていく。
--
プロモーション用の動画を作成しました。
オリジナルの画像をオリジナルの音楽で紹介しています。
https://www.youtube.com/watch?v=G_FW_nUXZiQ
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる