Blood Of Universe

さがみ十夜

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[SIDE:L]出発

宿敵の黒い影

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「もうすぐか…」

薄暗い格納庫の中。

ひっそりと息を潜めるように佇む巨大な戦艦。白く輝く壮大なその機体も、暗闇と静寂の中では曖昧な姿でそこに在った。

戦艦の前で静かに呟かれた声もまた闇に溶け、誰の耳に届く事なく静寂に消えた。




  Chapter.4:
  宿敵の黒い影



ここは帝国の主惑星アティウスを囲む衛星、その一つである第二衛星フォメロス。
アティウスへ向かう途中経路となるこの星には、商船や観光客船などの一般船が山程やって来る。

【首都特別宙域】と呼ばれる、アティウスを起点とした周囲二十光年。ウィスタリア帝国が、全銀河を統一し神聖ウィスタリア帝国と名を改めてからというもの、この宙域は自由航路からも定期航路からも外され、一般船はフォメロスからの連絡便以外航行禁止となっているからだ。

一般船はフォメロスを利用し、その他軍事関係の船は第一衛星のエスターを経由しなければならない掟が定められている。

無論、理由は帝国へ近付く武装船排除のためだ。

警務局や帝国軍の武装船すら、首都特別宙域への立入り及び滞在行為は許されていない。

船が所属する組織が味方であろうとも、操縦者が叛逆を目論んだ時、もしくは叛逆者に艦を奪われた時。その武装は、皇帝にとって危険物となり得るからだ。

例外として、皇帝の発行する許可証をもった者に限り首都特別宙域への立ち入りが許されているが…それすらも極稀に見る例外であり、その許可証が力を成す期間は限られている。

この度、"来る日"に合わせ、特務隊所属の戦闘母艦ライトニングストームに発行された許可証も、かなりの稀少物だ。
【聖誕祭】の開催期間のみ有効とされるそれは、この準備期間すらその力を成してはくれなかった。

帝国を守る為に作られた組織である特務隊だが…帝国きっての精鋭部隊であるが故に、最大の凶器ともなり得る。

何者も、心から信用してはいない。

それがこの銀河を制圧した暴君。ヴェレスラグナ=フォン=ウィスタリア、いと猛き皇帝陛下なのだ。

それほどまでに用心深い皇帝が、何故この度【聖誕祭】の開催及び一般参賀など…短時間ながら首都特別宙域の解放を行おうとしているのか。
テロ活動が活発化しているこの時に自殺行為だと、帝国民…主に貴族からの非難も浴びている。

普段は帝都に近付く事すら叶わない一介の民衆や他惑星の者達が物珍しさでここぞとばかりに押し寄せ、祭場はパンク状態になる事も目に見えている。

何事も起こらぬとは…言い難い。

よって当日の警備には、帝国軍を始めとし、警務局からも多大な人員が導入される。言わば、帝国のもつ守護陣営全てが、その日、アティウス星へ集結する事になるのだ。

その他の星系における警備が手薄になる事も、問題の一つだった。

だが当然の事ながら、彼等、特務隊の戦艦班ライトニングストームもまた、その陣営の一つとして出動が要請されている。

そして現在、その日を一月程先に控え、彼等は直前の休暇に偵察を兼ねて、ここフォメロスに滞在していた。

「ああリーダー。こんな所に居た。探したよ?」
「…浅葱さん」

眠るように息を潜める戦艦から、小さく足音が響いた。共に聞こえた声に、今まで艦の前で一人佇んでいた人物がそっと振り返る。

「仕事はもう終わりですか?」
「そうだね、一応」

薄暗い格納庫の中で、浅葱と黒耀、二人だけの声が僅かにこだまする。

「リーダーは?何か気になる事でも?」
「いえ…ただ、もうすぐだと思うと…ストームの傍から離れられなくて」

彼等の搭乗するライトニングストームは極秘に開発された最新鋭の戦闘艦だ。帝国のもつ秘密兵器であるが故に、そう簡単にその姿を晒す事はできない。

アティウスへの連絡便として使われるシャトルの待機場所となる格納庫の一つを借り、今はただ静かに、身を潜めている。

艦内では整備チームが休む事なく各種機体の整備に追われ、通信チームが司令部からの通信に追われているが…外から見れば静かなものだ。

「仕事熱心だね、さすが」
「そんなんじゃありませんよ。ただ…心配で、落ち着かないだけです」

おそらく、祝祭のその日、初めてライトニングストームが一般の目に堂々と晒される事になるだろう。

有事に備え、ライトニングストームはアティウスの帝都テウマーテスを真下に見下ろせる位置での待機命令が出されている。
陣営の中でも、特務隊の任務は極めて重大なものだ。司令官である黒耀に不安が付きまとうのも、無理はない。

「珍しく弱気だねぇ」
「…胸騒ぎがするんです。聖誕祭で、何かが…」
「ま、起こるだろうね。皇帝が自ら姿を晒すんだ、敵が動かないわけがない」

皇帝自らが、右腕である帝国軍を差し置いてまで彼等を指名したという任務。

「でもそこを何としても、奴等から守るのが俺等の任務でしょ」

彼等、特務隊の戦闘チーム【STORM】に課せられた任務は、皇帝と、その娘ティラ=ディース=ウィスタリア皇女の、護衛任務なのだ。
帝都の護衛を任された警務局より、皇宮の護衛を任された帝国軍よりも、責任は重大だ。

「わかってます。ただ、何故この任務が我々に回ってきたのか…」

「ま、腕を買われたって、思いたいけどね。リーダーは違うって?」
「…いえ。そう信じています。だからこそ、心配なんです」

黒耀の表情からは不安の色が消えない。任務において常に冷静沈着な彼がこれ程までに思い悩むとは、それだけ圧力のかかった任務だと言える。

「…あんまり思い詰めない方が良いと思うよ。リーダーは責任感が強すぎて駄目だね。少しは肩の力を抜く事を覚えないと、いつか自分が怪我する事になるよ」
「責任感、ですか…そんな立派なもの、私にはありませんよ」

浅葱と黒耀はチーム・ストームの中では一番付き合いが長い。そんな浅葱だからこそ、彼の様子は異様に思えた。だから。

「あーもう、やめやめ!リーダーが暗いと皆暗くなるって!うじうじするのは萌だけで十分っ!!」

浅葱はどうにか暗さを吹き飛ばそうと、豪快に黒耀の背中を叩いて喝を入れた。

「い…った!!浅葱さん…!今のは、痛いですよ…っ」
「あはは!萌と同じ反応!!」
「……浅葱さん?萌葱さんにいつも何をしているんですか」
「え?やさしい教育?」

あまりの痛さに背中を丸めながら、黒耀はじとりと目を細めて浅葱を見た。

「あはは!本当だって!別にいつもひっぱたいてるわけじゃないよ。ただアイツうじうじ面倒臭いからさー」
「…萌葱さんはしっかりした方ですよ。先程、三軒目までの報告がありました。無事に、何事もなく、任務を遂行されてます」
「うーん、でないと困っちゃうよね~。あ、そうだリーダー。報告と言えば」

だが、全く…と溜め息をつく黒耀をよそに浅葱はさっさと話題を変えた。

「この間の一戦、覚えてる?【墓場】の連中とやり合った、あれ」

そして、その言葉に、黒耀の目付きもがらりと変わった。

【墓場】【墓場の亡霊】【死者の葬列】…その通称は様々だが、その旗を翳す者達こそ、彼等の追う最大の敵。

「【GRAVEYARD(グレイブヤード)】との一戦ですね」

険しい表情の黒耀が吐き出した、その名をもつ者が、帝国叛逆組織を統括する存在。帝国が最も恐れている最大の武装テロ集団なのだ。

「白夜からの情報とファルコンに残ってた戦闘データで、相手が相当の力を持ってる事が解ったよ」

先日の一戦。
ライトニングストームがエスターへ帰還する数日前の話だ。

違法航行をする武装船を追跡中、突如現れた小型の戦闘機。黒く、見たこともない流線型のフォルムをした未確認の機体だった。

「最新型の追撃ミサイルだよ。あれに背後をとられたら、並のパイロットじゃ命はないな」
「データが取れたんですか?」
「一応ね。追われる前に白夜が撃ち落としたらしい。おかげで敵の機体と、ファルコンの一部が吹き飛んだ」
「成程、あの爆発はそれで…」

相手をしたのは、戦闘機戦のスペシャリストである白夜だった。彼の専用機であるファルコンは、速さと攻撃性の双方を備えた対武装船用の小型戦闘機だ。

「発射直後の僅かなデータを何とか解析して、詳細を調べた。おそらく、敵もこっちが情報を得た事は解ってるだろうからね。きっと、次はもっと上のものを搭載してくる」
「それで…戦闘プログラムの再構築をしたわけですね」
「そう。それからファルコン自体も強化して復元した。まあ、これで相手のレベルを上回ってるかどうかは解らない。あとは、パイロットの腕次第かな」

特務隊が誇る凄腕の戦闘要員である白夜…その彼に傷を負わせた一戦に、ライトニングストーム内は一時騒然とした。

そして、敵は好戦的で、挑発的だった。

「凄いのはミサイルだけじゃない、あの機体と、あのパイロットもだ」

浅葱の言葉に、戦線離脱の際に敵が残した

『俺は墓場最強の死神だ!!次にあったら全員まとめて首を狩り捕ってやるよカラス共!!』

という挑戦的にこちらを嘲った男の声が、黒耀の耳に蘇った。

「グレイブヤードの、死神…ですか」
「一瞬とはいえアイツはファルコンの背後をとった。あの爆発に巻き込まれながら、互いに機体の一部損傷で済んだのは奇跡じゃない。あの白夜と対等にやり合った奴だ。白夜だって、あの瞬発力と視力が無ければ、確実に死んでたよ」
「…機体損傷、だけで済んで良かったという事ですね」

機体が損傷する打撃を負わせてしまった事、敵をやすやすと逃してしまった事、どちらも黒耀としては悔やしくて仕方がない。
だが、白夜が無事に戻った事はそれだけで何にも変えられない事だった。

「まあ、相手もあの損傷でどこまで飛べたか判らない。もしかしたら、次に出会える事はないかもね」

ははは、と軽く笑う浅葱を前に、黒耀は深い溜め息をつき眉間に手を当てた。

「いえ…死神は、必ず現れます。我々の手で、確実に仕留めなければ」

そのまま睨み付けた空間に、電流のような緊張感が走る。

「わお、リーダーにしては物騒だね。なに?次は、"伝説"が出撃しますか」

だが、浅葱がそう言ってにやりと笑った時には、黒耀の表情はいつも通りの穏やかさを取り戻していた。

「…いえ。皆さんが居れば、私の出る幕はありませんよ。ただ…ストームがここに在る限り、敵の思うようにはさせません」

ライトニングストームをじっと見上げて呟いた彼の言葉には、仲間への信頼と、絶対的な自信が含まれていた。そう簡単に、"墓場の死神"などに負けるようなチームではない、と。

「まーそうだよね、ボスには最後まででーんと構えていていただかないと」

そして浅葱は"それでこそリーダーだ!"と付け足し、再び黒耀の背中を叩いた…

「…っそうはいきませんよ!」
「おおー!さすがリーダー」

が、寸でのところで見事に交わされ、浅葱はパチパチと手を叩いて笑った。

「萌にも見習わせないとー」
「浅葱さん?萌葱さんに意地悪ばかりするのは駄目ですよ?」
「意地悪じゃないよ~教育!まあアイツ見てると苛めたくなるのは事実だけど」
「浅葱さん!!!」
「もうリーダー何でそんな萌に優しいの?妬いちゃうなー」
「浅葱さんがいけないんじゃないですか」
「そうかリーダーは俺の事嫌いなんだ」
「違いますよ!好きですよ!!」
「わお、熱烈ぅ~」
「特務隊の皆さん大好きですよ!!」
「解った解った。あ、ほらそろそろお嬢様と執事くんから新しい報告来てるんじゃない?」
「あっちょっと浅葱さん!!」



墓場の死神、そしてグレイブヤード…。

彼等との再会の時は、そう遠くない。予期せぬ所で、その運命は既に、動き始めていた―。













To be continue...
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