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[SIDE:L]出発
初任務に向けて
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【帝国歴 二○五八年
いと猛りし我らが皇帝陛下は全ての国家星域を統一された。圧倒的な軍事力により128年という歳月をかけて銀河を統一たらしめた陛下は、一月後の20日に171歳の御誕生日を迎えられる】
【聖誕祭はテウマーテスにて開かれる。前後2日間はアティウス周辺の首都特別宙域が開放されるため、警備用巡視船が配備される予定。一般参賀が行われるのは帝国設立以来初めてであり……】
<the universe news>
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Chapter 3:
初任務に向けて
コンピュータの画面上に目をやりながら、男は小さく溜め息をついた。開かれたデータは、数日前に配信されたニュース速報だ。
それを読みながら吐き出された溜め息には、重い不安が詰まっていた。彼はノート型のコンピュータをぱたりと閉じ、机に頬をつけて目を細めた。
目の先には大きな硝子窓。硝子越しに見えるものは広大な空、賑やかな街の風景。
見晴らしの良い部屋。ここは民間の宿泊所にしては高級と呼ばれるホテルの一室だった。
場所はアティウスの第二衛星フォメロス。軍事衛星として警務局本部や軍施設が表立つ第一衛星エスターに対し、ここは民間企業の栄えたエンターテイメント性溢れる市場的な衛星だ。
先日就任したばかりの特務隊という名をひっそりと胸に、彼…萌葱は初めてこの地を訪れた。
彼にとってライトニングストームで飛んだ宇宙旅行は快適だった。
過去に故郷を離れエスターで警務官となる事を決めた時わずかながら星間飛行は経験しているが、それは宇宙旅行と呼ぶには程遠かった。
家柄や親に頼る事を嫌う彼は、十代のうちから自立し、わずかな資金で故郷を発った。小さな個人業者の出す船に同乗させてもらった航海はひどいもので、外を眺める事は愚か、最初から最後まで船酔いに倒れていた嫌な思い出しかない。
それ以来エスターを離れた事もなければ帰省など考えたことすらないのだ、今回が初めての宇宙旅行と呼ぶにふさわしい。
帝国の最新技術が全て注ぎ込まれたライトニングストームは彼にとって夢の塊だった。
だが。
もう一度溜め息をつき、萌葱はゆっくりと椅子を立った。今度は窓に寄り掛かり、楽しそうな街並みを眼下に見下す。それは生まれ故郷であるアティウスの帝都とはまた違った華やかさをもつ街並み。
「もーえちゃん。何一人で黄昏てるの?」
複雑な思いでじっと眺めていると、そこへ大柄な影が目に入った。そして窓に映ったそれがよく見知った女の姿であると、彼はすぐに認識した。
「…紅蓮さん。おはようございます」
振り返ると、座り心地の良さそうな黒皮のソファーにくねりと身を寄せる紅蓮の姿があった。そんな彼女は、覇気のないトーンで紡がれた萌葱の挨拶につまらなさそうな顔を見せる。
「やぁね朝から男の部屋にこんなイイ女が出入りしてるのよ?もっと良い反応はないものかしら」
「…良い反応ってなんですか」
やれやれというように組んだ腕の上に、彼女自慢の巨乳がどんと乗る。
呆れながら目を細めようともやはり目についてしまうそれに、萌葱は無理矢理目を逸して咳払いをした。
「寝起きに裸で添い寝でもしててくれたらもっと良い反応してくれるってよ」
そこへ顔を出したのは小柄な男。居心地の悪そうな萌葱に助け船を出してくれるわけでもなく、むしろはははと笑いながら冷やかしにやって来た。
「あら、良い案ね。次はそうしようかしら」
「やめて下さい!!浅葱さんも変な事言わないで下さいよ!!」
そんな彼、浅葱の冷やかしに乗っかる紅蓮。そこへ萌葱の力強い一言が放たれた。その反応にようやく覇気を感じたのか、紅蓮はにやりと笑い満足そうにソファーから離れた。
「おはよう浅葱。今日も可愛いわね」
そしてそのまま浅葱の側へ寄ると、すれ違い様に彼の頭へぽんと手を置く。
「なにそれ俺の事?それとも萌の事?」
「どっちも」
「わお、そりゃ光栄だね」
二人のやり取りを前に、萌葱はまた目を細めて小さな溜め息をついた。
特務隊に配属されてからまだ二週間。何となく慣れては来たが、まだまだ萌葱にとっては不安要素ばかりだった。そして何よりも今は…
「…萌ちゃん。初任務は誰だって緊張するものよ。だけどね、あんまり力みすぎちゃ駄目」
一月程先に控えている、初任務の事が気にかかって仕方がない。それはただ単に初任務が不安なわけではなく、今回のものは格別…新入りの初任務としては考えられない程の重大任務なのだ。
「そうそう、何度読み返したってね、聖誕祭が中止だなんて書かれてないんだから」
そう言ってふぅと息を吐いた浅葱は、いつの間にかコンピュータの前に座っていた。
先程閉じたはずのディスプレイは既に開かれており、ニュース速報画面が再び映し出されている。
やる気なさそうに欠伸をかきながら、ページをおくればそこにはアティウス星の画像と、立派な衣装に身を包んだ初老の男性が現われた。
「171歳ねぇ…見えませんけどー」
片手で頬杖をつき、もう片方の手でかつんと画面上を叩く。浅葱の黒いゴーグルのレンズには液晶の青白い光が反射している。
「皇族は特別。立派なものよね、それであとどれだけ長生きされるのかしら」
部屋の入口辺りで、壁に寄り掛かった紅蓮が皮肉に笑った。だが
「俺らがヘマさえしなければどこまでも長生きだろうよ」
そんな彼女の近くで、室内の三人よりもワントーン高めの声がぶっきらぼうにそう口を出した。
「あら紫苑ちゃん。おはよ」
紅蓮の挨拶に返事を返す事はなく、ずかずかと部屋に入ってきた紫苑はそのまま一直線に浅葱の前へ歩み出た。
「浅葱、外に出る。車出せ」
たったそれだけの、淡白な言葉。浅葱は頬杖のまま特に彼女と目を合わせようとはしなかった。
「なに?俺とデートしたいの?」
「いいから出せ」
「…白夜は」
「アイツは黒耀とペアで整備室から出て来ない。紅蓮と行くと女子のショッピングがなんだって色々面倒臭いから嫌だ」
「…ああ、そう」
二人の会話はそれだけだった。だが本人が同じ空間にいるというのに面倒臭い等とあしらわれた紅蓮は、心外そうに息を吐いた。
「あら失礼しちゃう。ショッピングは普通の女の子の生き甲斐よ?」
「普通の女の子なんて柄かよ、俺等が」
「やぁね、たまの休日くらい職業柄なんて忘れなさいよ」
確かに、紅蓮が楽しむようなショッピングを紫苑が楽しむようには見えない。それに紅蓮とのショッピングだなんて…確かに色々と面倒臭そうだ。二人の会話を聞きながら、萌葱は一人苦笑していた。
「たまの休み、か。いいね~久々の市場巡り」
ようやく頬杖をやめた浅葱はそう言ってカタンとコンピュータを閉じた。
「でも残念。俺もちょっと行く所あるんだよね」
「どこに」
「紫苑ちゃんにはつまんないとこ」
しかし浅葱の返事は紫苑にとって不満そのもので、彼女は目を棒のように細めて眉間の皺を一本二本と増やしていった。
「ああそれ…昨晩までずっと作ってたものですね」
だがそれとは裏腹に、萌葱はすぐに納得した様子で浅葱の手元に視線を落としていた。
「そ。重大任務の前に、うちの子達にはもっと頭良くなってもらわないと」
彼がひらりと翳した手元には小さなマイクロチップが光っている。
「子機用の戦闘プログラムですね」
「まあ、色々」
「それを整備班に届けるなら自分も…」
「だーめ。萌は休みでも楽しんで緊張ほぐして来なさい」
同じオペレーターとして、艦の整備には立ち会う必要がある。だが
「え…でも」
「でも、はない。お前の直属の上司はこの俺だよ」
上の言う事は絶対、とでも言いたげに浅葱は強引に萌葱の発言を遮断した。
「浅葱さん…」
「まだ、新人のお前には早い」
「……」
妙に、冷たい一言だった。
心外だ…萌葱は正直にそう思った。
だが、はっきりと言われてしまえば、反論の余地はない。彼は確かに新人だ。しかしだからこそ、早い段階から全てを見せて欲しいと思う事は間違っているのか…萌葱は一人、どこか釈然としないものを感じていた。
「なら、浅葱さんは私の指示に従ってもらいましょうか。貴方の上司は私ですから」
だが、そこに聞こえてきたものは、先程の浅葱と同等に冷気を帯びた一言…
「…なんてね。こういうの、よくありませんよ、浅葱さん」
に感じたのは一瞬のみで、振り返った先にあったのはいつものように穏やかに笑う黒耀の姿だった。
「あ~失礼しました、リーダー」
だが相変わらず気怠い様子で手をひらひらと振った浅葱は、そのままやる気なく席を立った。
「…で、指示って?」
そしてばさりとジャケットを羽織りながら黒耀を見た。
「ええ、浅葱さんは私と一緒に整備室へ行きましょう。紫苑さんは萌葱さんと外へ。紅蓮さんは…」
「ちょ…待って!!」
だが、黒耀が淡々と指示を出す途中、自分の名前があがったところで浅葱は訝しげに腕を組み、紫苑が「は!?」と声をあげ、最終的に紅蓮が彼の言葉を遮って止めた。
「…問題ありますか?」
きょとんとする黒耀。だが、女子二人にとっては問題大ありの様子だ。
「何で俺のペアが新…!」
「萌葱さんも免許をお持ちですよ。車があれば外は回れますよね?それからお二人には行っていただきたい所があります」
「……」
しかしすかさず抗議に出ようとした紫苑はあっさりと黒耀の切り返しで打ち負かされた。
そういえば、萌葱の事はただ単に数に入れていなかっただけで、言われてみれば紫苑にとっては別段彼がペアでも害はない。
はあと溜め息をつき、まあいいかと引き下がった紫苑は「分かった」と頷いた。だがそんな彼女とは裏腹に、
「いくらリーダーの指示でも私は絶対にお断りよ!どうして私がアイツと組まなきゃならないのよ!!」
そうやって扉の向こうをびしりと指差して反発に出たのは紅蓮だった。
「紅蓮さん。白夜さんも同じストームの一員です。もう子供じゃないんですから、いい加減仲良くして下さい」
そう、扉の向こうに白夜がいると解っていながらの抗議だった。しかし、黒耀はそれすら淡々と切り捨てた。まるで母親の如く。
「…嫌よ!私が萌ちゃんと組むわ!紫苑と白夜でも問題…」
「あるんです。紫苑さんと萌葱さんには事業開発ビルにテロリストの手が伸びていないか偵察に行っていただきます。解りますよね?敵側に怪しまれないために、お二人にお任せするのが妥当です」
「…っ!」
さすがはリーダー黒耀。穏やかな性格の彼でも言う時は言う。リーダーとしての素質は持っているのだ。激しい抗議に乗り出した紅蓮もさらりと交わされてしまった。
「…どうして俺と紫苑さんじゃないと駄目なんですか?」
こそりと、萌葱が浅葱に耳打ちする。
「白夜の外見。解るだろ?明らかにただの一般人とは思いにくい。紅蓮姉さんも同じく。戦闘種族って、案外すぐにバレるもんなんだぜ」
「…なるほど」
確かに、二人の雰囲気はあまり普通とは言えないところがある。加えて
「それに、二人はストームの斬り込み役だからな。テロリスト相手に肉弾戦に入った事もある。敵側に顔が割れてる可能性が高いんだよ」
そう、白夜と紅蓮はとにかく先陣をきって戦闘に出る役を負っている。マスクやフード、スコープ等の顔を隠す装備をしていようとも、敵側には何かしらの情報が流れていてもおかしくはない。
敵もまた、最新技術を手にした頭のきれる戦闘組織なのだ。油断はならない。
「紫苑さんと萌葱さんには、一般の学生さんとして、この事業開発施設、現場をいくつか回っていただきます」
黒耀がばさりと広げたのは、開拓者用に作られたフォメロスの工業開拓施設全体が解る地図。
「この地図に誤りがないかどうか、そして施設に怪しい人物がいないかどうか、調べて下さい。学生の企業見学、として怪しまれない程度に」
いくつか印の付けられている場所が、今回偵察に向かう場所なのだろう。
それから、施設の内部まで詳細に記された図解も付いている。
「この地図は我々、警察組織でなければ正規のルートで手に入れる事のできないものです。裏ルートを使わない限り、ね。…解りますか?」
意味深く問いかける黒耀に、紫苑は腕を組み、目を細めた。
「これを見られたら警務局の人間だってバレる、って事だな」
「そういう事です。あるいは、同じくテロリスト側と思われるか、ですが…まずそれはないでしょう」
敵は用心深い。安易に仲間側であると判断するわけがない、と続けてから、黒耀は小さく息を吐いた。
「…お休みの日にこのような仕事をお任せするのは心苦しいのですが…動きによっては特務隊であると感づかれる可能性もあります。十分に用心して下さい。何より、何があっても"黒服"である事だけは、絶対に隠し通して下さい。お二人の、身の安全の為に」
身の安全の為に。
その言葉の意味を理解した時、萌葱の中でどくりと何かが跳ねた。
特務隊、そしてチーム・ストームにいる以上、常に死と隣り合わせの生活をしているのだと…解ってはいても、未だ実感が湧かない。だが、重々しく語る黒耀の言葉に、自然と身体が強張った。
「良かったな萌。聖誕祭の前に、これがお前の初任務だぜ。ここでいきなりヤられたら超ウケるわ」
「え…!!」
そして追い討ちをかけるかのような浅葱の一言に、萌葱の顔が青ざめた。
「…浅葱さん」
「ははは冗談だって」
黒耀から無言のお叱りを受け浅葱は一先ず口を控えたが、萌葱の顔からは今にも汗が噴き出しそうだ。
「萌葱さん、大丈夫ですよ。こちらで色々と手は考えてあります。あくまでも、最悪の場合、の話です」
だが、相変わらず黒耀は穏やかだった。浅葱とは正反対の優しい言葉に、萌葱にとっては涙が出る思いだ。
「心配はいりませんよ。何かあればすぐに駆けつけます。何より、お二人を信じています」
「黒耀さん…」
有り難く思うばかりにそのまま彼の手をとり握り締めそうになるのをこらえ、萌葱はきりっと顔を引き締めた。
「大丈夫です!!任せて下さい!!」
そして、びしりと姿勢を正しそう言い放った。
「ま、俺がヘマする事はないけどな」
しかし、満足そうに笑う黒耀の前で自信満々に紫苑が一言。だが…
「そうですか、では紫苑さん。何も問題ありませんね」
そう言って黒耀が差し出したものを手に、紫苑の表情が歪んだ。
「…何だこれ」
「紫苑さんの学生証です」
黒耀の言う通り、彼女の手の平に乗っているものは紛れもなく一般の学生がもつ『学生証』だ。もちろん、特務隊が任務のために作った偽造の代物ではあるが…紫苑が表情を歪めた理由は、その学校名にあった。
「これ…帝国がバックの超金持ち学校じゃねえか…」
「ええそうです。これ位身元がしっかりしている方が何かと怪しまれにくいので」
そう、それはアティウス星の帝都に校舎を構える超一級の名門校。
「ようは、今回の紫苑さんは"お嬢様"という事になります。帝国貴族のご令嬢として、美しく、女性らしく振る舞って下さいね」
にこにこにこにこ…と、きらきら輝く笑顔で、紫苑にとって何よりも難題な任務を言い渡す黒耀。
彼等の背後で『お嬢様』という言葉にぴくりと紅蓮が反応した事は一先ず無視をして、
何を隠そう、紫苑は『女らしさ』の欠片もないのがたまに傷の17歳女子なのだ。
「ふ…ざけんなよオイ!よりによって何だその無駄な設定!!んな学校の事なんざ何聞かれたって答えられねえぞ!?」
当然の如く、紫苑は黒耀に楯突いた。だが
「それは問題ありませんよ。ね?萌葱さん」
「…は?」
怯む事のない黒耀の言葉に、ぽかんと口を開け放して萌葱を見る。
「あ…えーと…そうですね。自分は、だいたい答えられます」
「…お前…まさか」
次に、萌葱の返事にぷるぷると首を震わせて後退った。
「お前!!あれ出身かぁ!!?」
そして、盛大なリアクションを見せてくれた事に、萌葱の口元が引きつった。
「こいつ、こう見えて坊っちゃんだから。な?萌さま」
くくく、と笑う浅葱の皮肉にも、さらに表情が歪む。
「…いいです、見えなくて。家の事でうまく話せる事はありませんから」
「でも、学校は首席で卒業されてますね。立派ですよ」
「いや…それは」
しかし、尚も穏やかにフォローをいれてくれる黒耀には悪いが、ただ単にそれは卒業後に家を出るための条件として出されたものを意地でクリアしただけの事だと苦笑した。
「それでも、首席なんてそう簡単にとれるものじゃありませんよ!私もリーダーとして鼻が高いです」
「いや…ありがとうございます」
それでも誉めてくれる彼に、地獄のように過酷な勉強の日々で学園生活に楽しさの欠片も感じなかった等と、言えるはずもなかった。
「しかし…そんな萌葱さんには申し訳ないのですが…今回、萌葱さんには"お嬢様の付き人"役をしていただきたいんです…」
だが、次に出た黒耀の言葉には覇気がなかった。
本来ならば『仕えさせる』側の萌葱にあえて『仕える』側を演じさせるのだ、これ程の屈辱はないだろうと思っての事だろう。
「付き人…ですか?」
「はいリーダー。萌じゃボディーガードって柄じゃないんでただの使用人にして下さい」
しかし、相変わらず黒耀とは正反対の浅葱は丁寧に挙手までして毒を吐く。
さすがに、萌葱もここまで言われっぱなしは納得がいかない。
「ちょっと浅葱さん!?俺だってチーム・ストームの一員ですよ!?ちゃんと戦えますけど!!」
と、つっかかってはみたが
「あれ?戦えないなんて誰が言った?俺はただ柄じゃないって言っただけなんだけどー」
「…そういう意味に聞こえましたけど」
「まあぶっちゃけそう思ってるけど」
「…っ!!ほらっ思ってるんじゃないですかぁ!!」
「なに?じゃあお前、紫苑より強いの?」
「そ、そんな事…っ」
どこまでも人を小馬鹿にする性格の浅葱を相手に、残念ながら萌葱が敵うはずもなく、結局自分の方が泣きをみるはめになった。
「まあまあ萌葱さん。貴方が立派に戦える事は皆さん解ってますよ」
それをまた優しくフォローしてくれたのは黒耀だが…横目で周りを見やれば、浅葱はもちろんのこと、紫苑や紅蓮まであまり良い反応を見せてはくれなかったことにがっくりと肩を落とす萌葱。
しかしそんな彼の様子が目に入っていないのか、黒耀はさっさと話を進めた。
「今回は萌葱さんの外見や内面性も考慮して、"執事"という設定でお願いしようと思います」
また、今度は『執事』という言葉に紅蓮が動いたような気がするがとりあえず気にせず、
黒耀は『こちらに着替えて下さい』と、萌葱、紫苑へそれぞれ別の袋を手渡した。
中身を引っ張り出せば、萌葱の方には言わずもがな立派な黒スーツ。紫苑の方は…
「……ふざけんな。こんなの着ねぇよ」
ぽいっと、軽く投げ捨てられてしまったが…当然、"お嬢様"用の可愛らしいフリッフリのお洋服が入っていた。
「…紫苑ちゃんコレ……今すぐ着てみせて!!!」
だが、そこへ変態が現れた。
「ざけんな紅蓮。ならテメェが着ろ」
「駄目よ紫苑サイズじゃない。ほら!早く着て!!」
それは、床に投げ捨てられた袋をすかさず拾い上げた紅蓮。今まで黙りこんでいたくせに、いきなり目の色を変えて立ち上がっていた。
…とは言うものの、少し前から過剰な反応は見せていたのだが。
「萌ちゃんも早く!!早く見たい!!紫苑と萌ちゃんの"お嬢様と執事"!!」
「え…っと…」
当然、萌葱は冷や汗をかき口元を引きつらせ、紫苑は心底嫌そうに顔を歪める。
「ははは紅蓮姉さん変態みたいだよ」
浅葱が最もな言葉をぶつけるが、紅蓮は全く怯まない。それどころか…
「えっ?浅葱も着る?どっちがいい?私的にはお嬢様がイ…」
「あはは勘弁してー」
むしろ更なる変態を呼び覚ましてしまった。
「浅葱なら何でもイイわよ!!」
「いや何がイイのかさっぱり解らないから」
浅葱はただ淡白に軽くかわしているが、『小さくて可愛いもの大好き』が基本要素の紅蓮にとって、紫苑と浅葱はとにかく彼女のストライクゾーンにハマっているのだ。可愛い二人が見られるのならばと、紅蓮の中の極めて変質的な部分が完全に覚醒していた。
「萌ちゃん知ってる?浅葱ってね、ゴーグル外すととびっきり可愛いのよ」
「え!…そうなんですか?」
「そう!あれは美少女」
「ちょっとやめてくれる?俺の上司としての威厳がなくなるでしょ」
そんな紅蓮曰く、通常装備である浅葱のゴーグルは折角の可愛らしさを半減している!!らしい。紫苑の男勝りな性格も然り。
…まあ、全てにおいて紅蓮フィルターがかかっているので当てにはならないが。
「はいはい、もういいからこの変態姉さんどっか連れてってー」
いい加減、相手をするのが面倒になったのか、浅葱は気怠い様子で紅蓮の背中を押した。
そこへ、ぬっと現れたのは巨大な影。いつの間に室内へ入って来たのか、外で待機していたはずの白夜だった。
「ほら、早く二人でデートしてきなよ」
「ちょ…!酷い浅葱!やめてよ!誰がこいつとデートなんか」
「そうですね。お二人には街の様子を見て頂きたいので、自由にデートを楽しみながらで構いませんよ」
「やだ!!リーダーまで何て事言うの!?」
「……行くぞ」
「ちょっと!!アンタも否定しなさいよ!!」
浅葱と黒耀二人から、はいはい行ってらっしゃい、と背中を押され、最終的には面倒くさくなった白夜に腕を掴まれ、
「せめてお嬢様と執事を見てから!!」
「いいから早く行けよ変態」
紫苑からも冷たくあしらわれた紅蓮は泣く泣く"お嬢様と執事"を諦め外へ出る事となった。
…白夜とデート、という部分を大人しく諦めるのかどうかは、いまいち怪しいところではあるが…。
とりあえず静かになった室内で、黒耀は改めて紫苑と萌葱に視線を向けた。
「では、お二人も準備をお願いします」
「嫌だね。俺はこんなの着ねぇし」
だが、紫苑はやはり頑なだった。
「紫苑さん、これは任務ですよ?」
「普段通りでいいだろ」
「紫苑さんのいつもの私服は特徴的です。種族や出身がすぐに解ってしまいますよ」
「…ならこの辺りの服でいいからもっと別なのがいい!」
「紫苑さん…私個人の意見としても…」
最早完全に紫苑の我が儘となっているが、黒耀は引かなかった。そして
「絶対、似合うと思いますよ」
するりと彼の口から滑り出た言葉。
「誰よりも似合うと思ったので、特務隊の中でも我々ストームが動く事、そして紫苑さんにお願いする事を決めたんです」
恥ずかしげもなくさらさらと言葉を繋ぐ黒耀はとにかく真剣だ。
「紫苑さんは元々、可憐な女の子ですから」
紫苑の動きが、完全に止まった。
「正直、私も見たいです。紫苑さんの"お嬢様"姿」
極めつけに、お得意のキラキラ笑顔が追加効果を発揮し
「絶対、可愛いと思います」
紫苑は完全に撃破された。
「……も、もういい!…黒耀がそこまで言うなら……着替えて来る…っ」
逃げるように別室へ走り去った紫苑の顔は、完全に紅潮していた。
これぞ、天然の色男が繰り出す最強の技。悪意がないから、質が悪い。
「…黒耀さんって……」
何か言いたそうに口元を引きつらせた萌葱の、"言いたい事"は言葉にしなくとも解る。
「…ま、紫苑が特別リーダーに弱いってのもあるけど。あれは強者だぜ」
浅葱は肩を竦めて笑った。
「…な!リーダー★」
「はい?」
そして暫くの間、きょとんと首を傾げる黒耀とは裏腹に、浅葱の楽しそうな笑い声が響いていた―。
To be continue...
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いと猛りし我らが皇帝陛下は全ての国家星域を統一された。圧倒的な軍事力により128年という歳月をかけて銀河を統一たらしめた陛下は、一月後の20日に171歳の御誕生日を迎えられる】
【聖誕祭はテウマーテスにて開かれる。前後2日間はアティウス周辺の首都特別宙域が開放されるため、警備用巡視船が配備される予定。一般参賀が行われるのは帝国設立以来初めてであり……】
<the universe news>
<1/15>
Chapter 3:
初任務に向けて
コンピュータの画面上に目をやりながら、男は小さく溜め息をついた。開かれたデータは、数日前に配信されたニュース速報だ。
それを読みながら吐き出された溜め息には、重い不安が詰まっていた。彼はノート型のコンピュータをぱたりと閉じ、机に頬をつけて目を細めた。
目の先には大きな硝子窓。硝子越しに見えるものは広大な空、賑やかな街の風景。
見晴らしの良い部屋。ここは民間の宿泊所にしては高級と呼ばれるホテルの一室だった。
場所はアティウスの第二衛星フォメロス。軍事衛星として警務局本部や軍施設が表立つ第一衛星エスターに対し、ここは民間企業の栄えたエンターテイメント性溢れる市場的な衛星だ。
先日就任したばかりの特務隊という名をひっそりと胸に、彼…萌葱は初めてこの地を訪れた。
彼にとってライトニングストームで飛んだ宇宙旅行は快適だった。
過去に故郷を離れエスターで警務官となる事を決めた時わずかながら星間飛行は経験しているが、それは宇宙旅行と呼ぶには程遠かった。
家柄や親に頼る事を嫌う彼は、十代のうちから自立し、わずかな資金で故郷を発った。小さな個人業者の出す船に同乗させてもらった航海はひどいもので、外を眺める事は愚か、最初から最後まで船酔いに倒れていた嫌な思い出しかない。
それ以来エスターを離れた事もなければ帰省など考えたことすらないのだ、今回が初めての宇宙旅行と呼ぶにふさわしい。
帝国の最新技術が全て注ぎ込まれたライトニングストームは彼にとって夢の塊だった。
だが。
もう一度溜め息をつき、萌葱はゆっくりと椅子を立った。今度は窓に寄り掛かり、楽しそうな街並みを眼下に見下す。それは生まれ故郷であるアティウスの帝都とはまた違った華やかさをもつ街並み。
「もーえちゃん。何一人で黄昏てるの?」
複雑な思いでじっと眺めていると、そこへ大柄な影が目に入った。そして窓に映ったそれがよく見知った女の姿であると、彼はすぐに認識した。
「…紅蓮さん。おはようございます」
振り返ると、座り心地の良さそうな黒皮のソファーにくねりと身を寄せる紅蓮の姿があった。そんな彼女は、覇気のないトーンで紡がれた萌葱の挨拶につまらなさそうな顔を見せる。
「やぁね朝から男の部屋にこんなイイ女が出入りしてるのよ?もっと良い反応はないものかしら」
「…良い反応ってなんですか」
やれやれというように組んだ腕の上に、彼女自慢の巨乳がどんと乗る。
呆れながら目を細めようともやはり目についてしまうそれに、萌葱は無理矢理目を逸して咳払いをした。
「寝起きに裸で添い寝でもしててくれたらもっと良い反応してくれるってよ」
そこへ顔を出したのは小柄な男。居心地の悪そうな萌葱に助け船を出してくれるわけでもなく、むしろはははと笑いながら冷やかしにやって来た。
「あら、良い案ね。次はそうしようかしら」
「やめて下さい!!浅葱さんも変な事言わないで下さいよ!!」
そんな彼、浅葱の冷やかしに乗っかる紅蓮。そこへ萌葱の力強い一言が放たれた。その反応にようやく覇気を感じたのか、紅蓮はにやりと笑い満足そうにソファーから離れた。
「おはよう浅葱。今日も可愛いわね」
そしてそのまま浅葱の側へ寄ると、すれ違い様に彼の頭へぽんと手を置く。
「なにそれ俺の事?それとも萌の事?」
「どっちも」
「わお、そりゃ光栄だね」
二人のやり取りを前に、萌葱はまた目を細めて小さな溜め息をついた。
特務隊に配属されてからまだ二週間。何となく慣れては来たが、まだまだ萌葱にとっては不安要素ばかりだった。そして何よりも今は…
「…萌ちゃん。初任務は誰だって緊張するものよ。だけどね、あんまり力みすぎちゃ駄目」
一月程先に控えている、初任務の事が気にかかって仕方がない。それはただ単に初任務が不安なわけではなく、今回のものは格別…新入りの初任務としては考えられない程の重大任務なのだ。
「そうそう、何度読み返したってね、聖誕祭が中止だなんて書かれてないんだから」
そう言ってふぅと息を吐いた浅葱は、いつの間にかコンピュータの前に座っていた。
先程閉じたはずのディスプレイは既に開かれており、ニュース速報画面が再び映し出されている。
やる気なさそうに欠伸をかきながら、ページをおくればそこにはアティウス星の画像と、立派な衣装に身を包んだ初老の男性が現われた。
「171歳ねぇ…見えませんけどー」
片手で頬杖をつき、もう片方の手でかつんと画面上を叩く。浅葱の黒いゴーグルのレンズには液晶の青白い光が反射している。
「皇族は特別。立派なものよね、それであとどれだけ長生きされるのかしら」
部屋の入口辺りで、壁に寄り掛かった紅蓮が皮肉に笑った。だが
「俺らがヘマさえしなければどこまでも長生きだろうよ」
そんな彼女の近くで、室内の三人よりもワントーン高めの声がぶっきらぼうにそう口を出した。
「あら紫苑ちゃん。おはよ」
紅蓮の挨拶に返事を返す事はなく、ずかずかと部屋に入ってきた紫苑はそのまま一直線に浅葱の前へ歩み出た。
「浅葱、外に出る。車出せ」
たったそれだけの、淡白な言葉。浅葱は頬杖のまま特に彼女と目を合わせようとはしなかった。
「なに?俺とデートしたいの?」
「いいから出せ」
「…白夜は」
「アイツは黒耀とペアで整備室から出て来ない。紅蓮と行くと女子のショッピングがなんだって色々面倒臭いから嫌だ」
「…ああ、そう」
二人の会話はそれだけだった。だが本人が同じ空間にいるというのに面倒臭い等とあしらわれた紅蓮は、心外そうに息を吐いた。
「あら失礼しちゃう。ショッピングは普通の女の子の生き甲斐よ?」
「普通の女の子なんて柄かよ、俺等が」
「やぁね、たまの休日くらい職業柄なんて忘れなさいよ」
確かに、紅蓮が楽しむようなショッピングを紫苑が楽しむようには見えない。それに紅蓮とのショッピングだなんて…確かに色々と面倒臭そうだ。二人の会話を聞きながら、萌葱は一人苦笑していた。
「たまの休み、か。いいね~久々の市場巡り」
ようやく頬杖をやめた浅葱はそう言ってカタンとコンピュータを閉じた。
「でも残念。俺もちょっと行く所あるんだよね」
「どこに」
「紫苑ちゃんにはつまんないとこ」
しかし浅葱の返事は紫苑にとって不満そのもので、彼女は目を棒のように細めて眉間の皺を一本二本と増やしていった。
「ああそれ…昨晩までずっと作ってたものですね」
だがそれとは裏腹に、萌葱はすぐに納得した様子で浅葱の手元に視線を落としていた。
「そ。重大任務の前に、うちの子達にはもっと頭良くなってもらわないと」
彼がひらりと翳した手元には小さなマイクロチップが光っている。
「子機用の戦闘プログラムですね」
「まあ、色々」
「それを整備班に届けるなら自分も…」
「だーめ。萌は休みでも楽しんで緊張ほぐして来なさい」
同じオペレーターとして、艦の整備には立ち会う必要がある。だが
「え…でも」
「でも、はない。お前の直属の上司はこの俺だよ」
上の言う事は絶対、とでも言いたげに浅葱は強引に萌葱の発言を遮断した。
「浅葱さん…」
「まだ、新人のお前には早い」
「……」
妙に、冷たい一言だった。
心外だ…萌葱は正直にそう思った。
だが、はっきりと言われてしまえば、反論の余地はない。彼は確かに新人だ。しかしだからこそ、早い段階から全てを見せて欲しいと思う事は間違っているのか…萌葱は一人、どこか釈然としないものを感じていた。
「なら、浅葱さんは私の指示に従ってもらいましょうか。貴方の上司は私ですから」
だが、そこに聞こえてきたものは、先程の浅葱と同等に冷気を帯びた一言…
「…なんてね。こういうの、よくありませんよ、浅葱さん」
に感じたのは一瞬のみで、振り返った先にあったのはいつものように穏やかに笑う黒耀の姿だった。
「あ~失礼しました、リーダー」
だが相変わらず気怠い様子で手をひらひらと振った浅葱は、そのままやる気なく席を立った。
「…で、指示って?」
そしてばさりとジャケットを羽織りながら黒耀を見た。
「ええ、浅葱さんは私と一緒に整備室へ行きましょう。紫苑さんは萌葱さんと外へ。紅蓮さんは…」
「ちょ…待って!!」
だが、黒耀が淡々と指示を出す途中、自分の名前があがったところで浅葱は訝しげに腕を組み、紫苑が「は!?」と声をあげ、最終的に紅蓮が彼の言葉を遮って止めた。
「…問題ありますか?」
きょとんとする黒耀。だが、女子二人にとっては問題大ありの様子だ。
「何で俺のペアが新…!」
「萌葱さんも免許をお持ちですよ。車があれば外は回れますよね?それからお二人には行っていただきたい所があります」
「……」
しかしすかさず抗議に出ようとした紫苑はあっさりと黒耀の切り返しで打ち負かされた。
そういえば、萌葱の事はただ単に数に入れていなかっただけで、言われてみれば紫苑にとっては別段彼がペアでも害はない。
はあと溜め息をつき、まあいいかと引き下がった紫苑は「分かった」と頷いた。だがそんな彼女とは裏腹に、
「いくらリーダーの指示でも私は絶対にお断りよ!どうして私がアイツと組まなきゃならないのよ!!」
そうやって扉の向こうをびしりと指差して反発に出たのは紅蓮だった。
「紅蓮さん。白夜さんも同じストームの一員です。もう子供じゃないんですから、いい加減仲良くして下さい」
そう、扉の向こうに白夜がいると解っていながらの抗議だった。しかし、黒耀はそれすら淡々と切り捨てた。まるで母親の如く。
「…嫌よ!私が萌ちゃんと組むわ!紫苑と白夜でも問題…」
「あるんです。紫苑さんと萌葱さんには事業開発ビルにテロリストの手が伸びていないか偵察に行っていただきます。解りますよね?敵側に怪しまれないために、お二人にお任せするのが妥当です」
「…っ!」
さすがはリーダー黒耀。穏やかな性格の彼でも言う時は言う。リーダーとしての素質は持っているのだ。激しい抗議に乗り出した紅蓮もさらりと交わされてしまった。
「…どうして俺と紫苑さんじゃないと駄目なんですか?」
こそりと、萌葱が浅葱に耳打ちする。
「白夜の外見。解るだろ?明らかにただの一般人とは思いにくい。紅蓮姉さんも同じく。戦闘種族って、案外すぐにバレるもんなんだぜ」
「…なるほど」
確かに、二人の雰囲気はあまり普通とは言えないところがある。加えて
「それに、二人はストームの斬り込み役だからな。テロリスト相手に肉弾戦に入った事もある。敵側に顔が割れてる可能性が高いんだよ」
そう、白夜と紅蓮はとにかく先陣をきって戦闘に出る役を負っている。マスクやフード、スコープ等の顔を隠す装備をしていようとも、敵側には何かしらの情報が流れていてもおかしくはない。
敵もまた、最新技術を手にした頭のきれる戦闘組織なのだ。油断はならない。
「紫苑さんと萌葱さんには、一般の学生さんとして、この事業開発施設、現場をいくつか回っていただきます」
黒耀がばさりと広げたのは、開拓者用に作られたフォメロスの工業開拓施設全体が解る地図。
「この地図に誤りがないかどうか、そして施設に怪しい人物がいないかどうか、調べて下さい。学生の企業見学、として怪しまれない程度に」
いくつか印の付けられている場所が、今回偵察に向かう場所なのだろう。
それから、施設の内部まで詳細に記された図解も付いている。
「この地図は我々、警察組織でなければ正規のルートで手に入れる事のできないものです。裏ルートを使わない限り、ね。…解りますか?」
意味深く問いかける黒耀に、紫苑は腕を組み、目を細めた。
「これを見られたら警務局の人間だってバレる、って事だな」
「そういう事です。あるいは、同じくテロリスト側と思われるか、ですが…まずそれはないでしょう」
敵は用心深い。安易に仲間側であると判断するわけがない、と続けてから、黒耀は小さく息を吐いた。
「…お休みの日にこのような仕事をお任せするのは心苦しいのですが…動きによっては特務隊であると感づかれる可能性もあります。十分に用心して下さい。何より、何があっても"黒服"である事だけは、絶対に隠し通して下さい。お二人の、身の安全の為に」
身の安全の為に。
その言葉の意味を理解した時、萌葱の中でどくりと何かが跳ねた。
特務隊、そしてチーム・ストームにいる以上、常に死と隣り合わせの生活をしているのだと…解ってはいても、未だ実感が湧かない。だが、重々しく語る黒耀の言葉に、自然と身体が強張った。
「良かったな萌。聖誕祭の前に、これがお前の初任務だぜ。ここでいきなりヤられたら超ウケるわ」
「え…!!」
そして追い討ちをかけるかのような浅葱の一言に、萌葱の顔が青ざめた。
「…浅葱さん」
「ははは冗談だって」
黒耀から無言のお叱りを受け浅葱は一先ず口を控えたが、萌葱の顔からは今にも汗が噴き出しそうだ。
「萌葱さん、大丈夫ですよ。こちらで色々と手は考えてあります。あくまでも、最悪の場合、の話です」
だが、相変わらず黒耀は穏やかだった。浅葱とは正反対の優しい言葉に、萌葱にとっては涙が出る思いだ。
「心配はいりませんよ。何かあればすぐに駆けつけます。何より、お二人を信じています」
「黒耀さん…」
有り難く思うばかりにそのまま彼の手をとり握り締めそうになるのをこらえ、萌葱はきりっと顔を引き締めた。
「大丈夫です!!任せて下さい!!」
そして、びしりと姿勢を正しそう言い放った。
「ま、俺がヘマする事はないけどな」
しかし、満足そうに笑う黒耀の前で自信満々に紫苑が一言。だが…
「そうですか、では紫苑さん。何も問題ありませんね」
そう言って黒耀が差し出したものを手に、紫苑の表情が歪んだ。
「…何だこれ」
「紫苑さんの学生証です」
黒耀の言う通り、彼女の手の平に乗っているものは紛れもなく一般の学生がもつ『学生証』だ。もちろん、特務隊が任務のために作った偽造の代物ではあるが…紫苑が表情を歪めた理由は、その学校名にあった。
「これ…帝国がバックの超金持ち学校じゃねえか…」
「ええそうです。これ位身元がしっかりしている方が何かと怪しまれにくいので」
そう、それはアティウス星の帝都に校舎を構える超一級の名門校。
「ようは、今回の紫苑さんは"お嬢様"という事になります。帝国貴族のご令嬢として、美しく、女性らしく振る舞って下さいね」
にこにこにこにこ…と、きらきら輝く笑顔で、紫苑にとって何よりも難題な任務を言い渡す黒耀。
彼等の背後で『お嬢様』という言葉にぴくりと紅蓮が反応した事は一先ず無視をして、
何を隠そう、紫苑は『女らしさ』の欠片もないのがたまに傷の17歳女子なのだ。
「ふ…ざけんなよオイ!よりによって何だその無駄な設定!!んな学校の事なんざ何聞かれたって答えられねえぞ!?」
当然の如く、紫苑は黒耀に楯突いた。だが
「それは問題ありませんよ。ね?萌葱さん」
「…は?」
怯む事のない黒耀の言葉に、ぽかんと口を開け放して萌葱を見る。
「あ…えーと…そうですね。自分は、だいたい答えられます」
「…お前…まさか」
次に、萌葱の返事にぷるぷると首を震わせて後退った。
「お前!!あれ出身かぁ!!?」
そして、盛大なリアクションを見せてくれた事に、萌葱の口元が引きつった。
「こいつ、こう見えて坊っちゃんだから。な?萌さま」
くくく、と笑う浅葱の皮肉にも、さらに表情が歪む。
「…いいです、見えなくて。家の事でうまく話せる事はありませんから」
「でも、学校は首席で卒業されてますね。立派ですよ」
「いや…それは」
しかし、尚も穏やかにフォローをいれてくれる黒耀には悪いが、ただ単にそれは卒業後に家を出るための条件として出されたものを意地でクリアしただけの事だと苦笑した。
「それでも、首席なんてそう簡単にとれるものじゃありませんよ!私もリーダーとして鼻が高いです」
「いや…ありがとうございます」
それでも誉めてくれる彼に、地獄のように過酷な勉強の日々で学園生活に楽しさの欠片も感じなかった等と、言えるはずもなかった。
「しかし…そんな萌葱さんには申し訳ないのですが…今回、萌葱さんには"お嬢様の付き人"役をしていただきたいんです…」
だが、次に出た黒耀の言葉には覇気がなかった。
本来ならば『仕えさせる』側の萌葱にあえて『仕える』側を演じさせるのだ、これ程の屈辱はないだろうと思っての事だろう。
「付き人…ですか?」
「はいリーダー。萌じゃボディーガードって柄じゃないんでただの使用人にして下さい」
しかし、相変わらず黒耀とは正反対の浅葱は丁寧に挙手までして毒を吐く。
さすがに、萌葱もここまで言われっぱなしは納得がいかない。
「ちょっと浅葱さん!?俺だってチーム・ストームの一員ですよ!?ちゃんと戦えますけど!!」
と、つっかかってはみたが
「あれ?戦えないなんて誰が言った?俺はただ柄じゃないって言っただけなんだけどー」
「…そういう意味に聞こえましたけど」
「まあぶっちゃけそう思ってるけど」
「…っ!!ほらっ思ってるんじゃないですかぁ!!」
「なに?じゃあお前、紫苑より強いの?」
「そ、そんな事…っ」
どこまでも人を小馬鹿にする性格の浅葱を相手に、残念ながら萌葱が敵うはずもなく、結局自分の方が泣きをみるはめになった。
「まあまあ萌葱さん。貴方が立派に戦える事は皆さん解ってますよ」
それをまた優しくフォローしてくれたのは黒耀だが…横目で周りを見やれば、浅葱はもちろんのこと、紫苑や紅蓮まであまり良い反応を見せてはくれなかったことにがっくりと肩を落とす萌葱。
しかしそんな彼の様子が目に入っていないのか、黒耀はさっさと話を進めた。
「今回は萌葱さんの外見や内面性も考慮して、"執事"という設定でお願いしようと思います」
また、今度は『執事』という言葉に紅蓮が動いたような気がするがとりあえず気にせず、
黒耀は『こちらに着替えて下さい』と、萌葱、紫苑へそれぞれ別の袋を手渡した。
中身を引っ張り出せば、萌葱の方には言わずもがな立派な黒スーツ。紫苑の方は…
「……ふざけんな。こんなの着ねぇよ」
ぽいっと、軽く投げ捨てられてしまったが…当然、"お嬢様"用の可愛らしいフリッフリのお洋服が入っていた。
「…紫苑ちゃんコレ……今すぐ着てみせて!!!」
だが、そこへ変態が現れた。
「ざけんな紅蓮。ならテメェが着ろ」
「駄目よ紫苑サイズじゃない。ほら!早く着て!!」
それは、床に投げ捨てられた袋をすかさず拾い上げた紅蓮。今まで黙りこんでいたくせに、いきなり目の色を変えて立ち上がっていた。
…とは言うものの、少し前から過剰な反応は見せていたのだが。
「萌ちゃんも早く!!早く見たい!!紫苑と萌ちゃんの"お嬢様と執事"!!」
「え…っと…」
当然、萌葱は冷や汗をかき口元を引きつらせ、紫苑は心底嫌そうに顔を歪める。
「ははは紅蓮姉さん変態みたいだよ」
浅葱が最もな言葉をぶつけるが、紅蓮は全く怯まない。それどころか…
「えっ?浅葱も着る?どっちがいい?私的にはお嬢様がイ…」
「あはは勘弁してー」
むしろ更なる変態を呼び覚ましてしまった。
「浅葱なら何でもイイわよ!!」
「いや何がイイのかさっぱり解らないから」
浅葱はただ淡白に軽くかわしているが、『小さくて可愛いもの大好き』が基本要素の紅蓮にとって、紫苑と浅葱はとにかく彼女のストライクゾーンにハマっているのだ。可愛い二人が見られるのならばと、紅蓮の中の極めて変質的な部分が完全に覚醒していた。
「萌ちゃん知ってる?浅葱ってね、ゴーグル外すととびっきり可愛いのよ」
「え!…そうなんですか?」
「そう!あれは美少女」
「ちょっとやめてくれる?俺の上司としての威厳がなくなるでしょ」
そんな紅蓮曰く、通常装備である浅葱のゴーグルは折角の可愛らしさを半減している!!らしい。紫苑の男勝りな性格も然り。
…まあ、全てにおいて紅蓮フィルターがかかっているので当てにはならないが。
「はいはい、もういいからこの変態姉さんどっか連れてってー」
いい加減、相手をするのが面倒になったのか、浅葱は気怠い様子で紅蓮の背中を押した。
そこへ、ぬっと現れたのは巨大な影。いつの間に室内へ入って来たのか、外で待機していたはずの白夜だった。
「ほら、早く二人でデートしてきなよ」
「ちょ…!酷い浅葱!やめてよ!誰がこいつとデートなんか」
「そうですね。お二人には街の様子を見て頂きたいので、自由にデートを楽しみながらで構いませんよ」
「やだ!!リーダーまで何て事言うの!?」
「……行くぞ」
「ちょっと!!アンタも否定しなさいよ!!」
浅葱と黒耀二人から、はいはい行ってらっしゃい、と背中を押され、最終的には面倒くさくなった白夜に腕を掴まれ、
「せめてお嬢様と執事を見てから!!」
「いいから早く行けよ変態」
紫苑からも冷たくあしらわれた紅蓮は泣く泣く"お嬢様と執事"を諦め外へ出る事となった。
…白夜とデート、という部分を大人しく諦めるのかどうかは、いまいち怪しいところではあるが…。
とりあえず静かになった室内で、黒耀は改めて紫苑と萌葱に視線を向けた。
「では、お二人も準備をお願いします」
「嫌だね。俺はこんなの着ねぇし」
だが、紫苑はやはり頑なだった。
「紫苑さん、これは任務ですよ?」
「普段通りでいいだろ」
「紫苑さんのいつもの私服は特徴的です。種族や出身がすぐに解ってしまいますよ」
「…ならこの辺りの服でいいからもっと別なのがいい!」
「紫苑さん…私個人の意見としても…」
最早完全に紫苑の我が儘となっているが、黒耀は引かなかった。そして
「絶対、似合うと思いますよ」
するりと彼の口から滑り出た言葉。
「誰よりも似合うと思ったので、特務隊の中でも我々ストームが動く事、そして紫苑さんにお願いする事を決めたんです」
恥ずかしげもなくさらさらと言葉を繋ぐ黒耀はとにかく真剣だ。
「紫苑さんは元々、可憐な女の子ですから」
紫苑の動きが、完全に止まった。
「正直、私も見たいです。紫苑さんの"お嬢様"姿」
極めつけに、お得意のキラキラ笑顔が追加効果を発揮し
「絶対、可愛いと思います」
紫苑は完全に撃破された。
「……も、もういい!…黒耀がそこまで言うなら……着替えて来る…っ」
逃げるように別室へ走り去った紫苑の顔は、完全に紅潮していた。
これぞ、天然の色男が繰り出す最強の技。悪意がないから、質が悪い。
「…黒耀さんって……」
何か言いたそうに口元を引きつらせた萌葱の、"言いたい事"は言葉にしなくとも解る。
「…ま、紫苑が特別リーダーに弱いってのもあるけど。あれは強者だぜ」
浅葱は肩を竦めて笑った。
「…な!リーダー★」
「はい?」
そして暫くの間、きょとんと首を傾げる黒耀とは裏腹に、浅葱の楽しそうな笑い声が響いていた―。
To be continue...
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