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[SIDE:L]出発
叛逆組織討伐特殊機動部隊
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こちらオペレーター…
全隊員に告ぐ。
これより先は電波状況が悪い…
おそらくこれが最後の通信になるだろう。
小型の戦闘艦だがあれには最新型の追撃ミサイルが搭載されている。
背後につかれたら命はないと思え。
いいか、油断はするな。
…敵の妨害電波を受信した。
傍受されている恐れがある。
以上、通信を切る。
それでは
健闘を祈る―…。
Chapter.1:
叛逆組織討伐特殊機動部隊
「こちらが資料になります」
手渡されたものは、数ミリ程度の小さなマイクロチップ。
それを手放した女は手元の液晶画面だけを見つめ、相手の顔を見ようともしない。
「チップには機密情報が含まれているため特殊機動部隊司令部のオペレーションルームでしか閲覧できません。そちらへの入室許可は既に出ていますので警備の者に隊記章と指紋の確認をさせて下さい」
返事をさせる間もなく淡々と話を進める女を前に、対する男はどこか不満そうに息を吐く。
「既読すると自動でデータが消去される仕組みになっているので一度でよく確認して下さい。艦の到着予定時刻は14時48分です。30分前には必ず警務艦発着ステーション内で待機していて下さい」
だが、相手が溜め息をついていようとも気にする事のない彼女は淡々と用件だけを述べると画面を切り替えた。
「……以上です、何か質問でも?」
ようやく顔をあげたと思えば、感じの悪い視線。
男は口元がひくりと引きつるのを感じた。
「…いいえ何も。ご丁寧な説明をどうもありがとうございました」
相手がそうならこちらだって愛想を振りまく必要はない。
初めて口を開いた男は皮肉をたっぷり込めた声色で言葉を返した。もちろん、笑顔など作ってやるわけがない。
「では。オペレーションルームはあちらです」
しかしそれが彼女にダメージを与える事もない。
次に言葉を発した後には既に彼女の視線はまた手元の液晶画面に戻され、さっさと次の仕事を始めていた。
男はぐっと目を細めて眉を寄せるが、彼女には全く見えていない事は解っている。
すぐに表情を元に戻して、床に置いていた荷物を手にとった。
「…みんなこうなのかなぁ」
ぼそりと呟いた言葉は溜め息と共に小さく消え、忙しそうに画面を叩く彼女には届かなかった。
【帝国機動警務捜査局】
それは、全銀河系を統一する【神聖ウィスタリア帝国】において皇帝の直下に属する警察部隊の総称だ。
皇帝が拠点として住うはイシュチェル星系の主惑星アティウス。全八星系ある銀河の中で最も繁栄した巨大な惑星であり多大なる権力と軍事力を誇っている。
皇帝に従う力は
【帝国機動防衛軍】と
【帝国機動警務捜査局】の二つ。
これ等の違いは、
軍は第一に帝都の防衛。そして全星系に圧力をかける攻撃手であり皇帝の右腕に属する。
対する警務局は星々にはびこる犯罪事件の捜査から科学的解明、容疑者捕獲に務める警備組織である、という事。
この宇宙にはまだまだ犯罪が絶える事はなく、それ等は軍の力だけで抑えきれるものではない。
そして何より、現在皇帝が最も警戒している存在…それは単なる犯罪者の集まりではなく、
【帝国叛逆組織】
と呼ばれるテロリスト達だ。
その実態はまだ明らかにはされておらず、星系各地で様々なテロ事件を起こし帝国に反旗を掲げている。
そこで対抗策としてたてられたものはそれ等の討伐にのみ務める特殊部隊の編成。
それは警務局内部に司令部を設け、全てを極秘に行なうシークレット部隊として設立された。
その名は
【叛逆組織討伐特殊機動部隊】
選び抜かれた逸材のみを集めたスペシャリスト集団である。
一口に”特務隊”と呼ばれるそれは警務局の中でも異質な存在として敬遠視され、その一員に選抜された者には称賛と共に同情の目を向ける者も多い。
その理由は簡単。
特務隊は、常に死と隣り合わせの生活を余儀なくされる。
人員の入れ替わりが早い事がその事実を裏付け、恐怖を感じさせるのだった。
そして本日。
ここにまた一人の特務隊員が増員された。
警務官歴はまだ五年と短いが、オペレーターとしての成績は優秀、身体能力にも長ける肉体派の秀才とされる一人の青年。
彼の名はデリッシュ=カトラス。
生まれも育ちもアティウス星の首都テウマーテス…いわゆる”帝都”である彼は家柄にも文句はない。
だが
「はぁ…」
彼は憂鬱そうだった。
受け取ったばかりの資料を片手に、見据えたものは厳重な警備体制に守られた特殊機動部隊司令部の中枢・オペレーションルームへの扉。
先程通過した場所も司令部の内部だがあれはただの受付窓口に過ぎない。
そこまではまだ良かった。だが、ここに立てば自然と身体が強張り始める。ここへ足を踏み入れたら最後、もう後戻りはできないのだ。
そう、機密を重視するがために中途脱退は許されない。どうしてもやむを得ない場合は科学班により記憶を操作され二度と警務官の道へは戻れなくなる。特務隊員だけではない、警務官としての生き方も失うのだ。
ここへ入隊するからには人生を全て捧げるという程の決意が必要とされる。ここに属する全ての特務隊員にはそれがあった。
デリッシュもまた同じ。
特務隊入隊試験の話を持ち掛けられた時、彼はその決意を固めた。
そして試験を通過し、合格通知を受けた時、喜んでその称号を貰い受けたのだ。
しかし。
司令部の門を潜った辺りで彼の気持ちには憂鬱な靄が立ち込め始めている。
見渡す限りに広がる静かで重々しい空間。銀色の壁面をよく見れば至る所に小さな赤い光…それは全て小型の監視カメラであり隊員の行動全てを一時も逃す事なく見張っている。
特務隊特有の真っ白な制服を着た寡黙な者達がせかせかと周囲を行き来しては電子的な扉の開閉音だけが響く。
あの感じの悪い受付嬢も特務隊員の隊記章を胸元に付けていた。
無駄な会話、無駄な行動は極力省きただ一心に任務に従事する事だけを考える。
覚悟はしていたが…これはなかなかにハードルが高そうだ。
「…息が詰まりそうだ」
深く溜め息をつき、周囲を見渡していた視線を再び扉へ戻す。
エントランスのど真ん中で立ち止まっている彼は正直通行の邪魔だろう。
だが、特務隊員達は迷惑がるどころか軽く頭を下げては道をあけるように避けていく。中には立ち止まって敬礼をする者も見られる。
「それにしても…制服の違いってすごいな」
そう、彼の纏った制服は周りとは違う。
周りが上から下まで白で統一された爽やかな制服である中、彼の着ているものは形は同じでありながら色は正反対に重々しい黒一色。
一見、白の方が派手なようにも思えるが、大量の白の中に黒…当然のごとく目立つ。
色素の薄い金の髪をしたデリッシュが纏えばより一層派手なものとなって際立つ。
そう、言うまでもなく、彼の位は通常の特務隊員よりも高い。
黒を纏う者は現在五人。これからデリッシュが加わり六人となるそれは、特務隊の中でも更なる上をいく者達の証だった。
「…これはもっとシャキっとしてないと駄目か…」
もう一度言うが彼の家柄は悪くない。だが、幼い頃から身分の高い扱いを受けていた彼はどうもその事に対してあまり良い感情を抱いてはいなかった。
ちやほやされるのは正直苦手だ。
家柄のせいで敬遠され、生まれてこのかた心から友と呼べる者もいない。
警務官となり、特務隊という危険な道をゆく決断をした事は、本当は両親への反発もあったのかもしれない。
特務隊入隊は大変な名誉でもあるが、同時に家族との別れを意味するものでもある。
「…艦の到着は14時48分の予定だったな…あと三時間弱か」
艦が到着すれば、彼はその艦に乗り込み特務隊員としての初任務につく。
彼が配属された役職は、特務隊が誇る逞しき戦艦班のオペレーション副チーフだ。
それは次に控えている一大任務に備え、優秀な人材の増員が求められたために急募された重役要員。
『任命されれば名誉ある黒の制服が授与され、有名な”あの戦闘チーム”に入れる』
それは昇進を目指す者達にとっては一大チャンスと言えた。
基本的に特務隊への志願は認められていない。上層部からの推薦を受け、了承した者だけが規定の試験を受け選抜されるのだ。
また、今回のように黒服隊員の増員に関しては特例で、一般の警務官から数名とすでに所属中の特務隊員から数名が狩り出され、試験が行われる。
だが、定められたラインをクリアする者がいなければ、合格者がないまま試験は終了。増員の話はなかったものとされる。
そのため、ここ数年で黒服隊員のメンバーは変動する事なく五人のみで構成されている。
その五人とは、戦艦班の基盤となる
【特殊機動部隊専用戦闘母艦・ライトニングストーム】
の戦闘チームとして活躍する逸材の中の逸材。結成から今に至るまでに数々のテロ活動を暴き、阻止し、叛逆者達の捕獲や撃退に多大なる力を発揮している。
戦艦班には他に操縦チーム、整備チーム、補佐チーム等があるが、その中でも彼ら黒服が所属する戦闘チームは別格だ。
【チーム・ストーム】
と呼ばれるその存在は警務局、テロ組織の中では知らぬ者などいない。
彼等のもつ桁外れの身体能力と戦闘技術、何事にも動じない精神力の強さ、ミスのない完璧な任務遂行歴…全てにおいて誰もが一目を置く存在。
何よりも犯人に接近し事件現場を駆け回る戦闘要員、それが彼等戦闘チーム、黒服の五人なのだ。
補佐チームはその名の通り主に五人の補佐任務にあたり、宇宙間での合戦時には戦闘機を操縦し彼等の援護をする等の任を担当する。
「……それから、テロ組織側に私的情報等が漏れる事を防ぐため、チーム・ストームの隊員達には各人一つのコードネームがあてられている…か」
任務の邪魔にならないよう隅の予備端末で開いたデータ。
そこには、デリッシュがこれから搭乗するライトニングストームのクルーに関する詳細が詰められていた。
データを念入りに読みながらちらりと周りに目を向けるが、誰とも目が合う事はない。
彼がようやく意を決して入室したオペレーションルームは薄暗く、部屋の外よりも断然重い緊張感に包まれていた。
見渡す限りに広がる巨大なコンピュータとモニター画面。この二つが放つ独特の光だけがだだっ広い室内を照らし、忙しなく指先を動かすオペレーター達はそれぞれの席でそれぞれのコンピュータに向い一心に液晶画面だけを見つめている。
正面のメインモニターでは様々な星系や惑星の様子が数秒毎に切り替わり、一部では”WANTED”と書かれた人物写真も映し出されていた。
インカムを口に当て、はきはきと言葉を発する通信班の声が四方八方から飛び交い、部屋の薄暗さとは反対に耳には騒々しさを感じさせる。
「…これが特務隊司令部の核…すごいな」
率直な感想はただそれだけだった。
彼等が追跡するテロリスト達は今もどこかで新たな計画を企てているかもしれない。
特務隊は休む事など許されない…常に気を張り詰めていなければならないのだ。
「…戦闘チームはもっと緊迫してるんだろうな…」
任命されたからには、後戻りはできない。
特務隊の中で最も重大な責任を背負い、最も危険な状況下へ身を投じる戦闘チーム。
人間的な感情など、捨てなければならないのかもしれない。
デリッシュはただ不安だった。
自分の今の力で、チームについていけるだろうか。
自分は本当に、これで良かったのだろうか…。
だが、悩んでなどはいられない。
彼はこれから新たな名前を授かり、”雷光の嵐”(ライトニングストーム)と共に銀河へ飛び立つのだ。
そうこれが、彼にとって新たなる出発の時なのである。
「デリッシュ=カトラスさんですね?」
その声がかけられたのは突然だった。
コンピュータの前に座りデータを開いてからもうどれくらいが経っただろう。
声は真直ぐに彼へ向けられていたが、一心不乱に画面を凝視しているデリッシュの注意はすぐに声の主へと向く事はなかった。
「…お取り込み中、失礼します」
それは、控え目な女の声。その彼女が傍らに立ち、手元が暗くなったところでようやくデリッシュの視線が画面から離れた。
始めにその影へ視線を移し、そのまま顔を上げた時…
「……え、あ…え!?わぁ!すいませんっ!!」
それが自分に声をかけている人間だと初めて気がつき、彼は慌てて席を立った。
「初めまして。私はミシェリー=ロウです」
彼のそんな様子に相手は軽く笑い、右手をそっと差し出した。
「え、あ…えと…」
状況が把握できず、デリッシュは視線を泳がせたまま頬をかく。
だが相手が同じ特務隊の司令部要員である事は彼女の制服を見れば一目瞭然だった。真っ白で、身体にフィットしたスーツタイプの上下に膝までの白いロングブーツを重ね、襟元からは藤色のスカーフが覗いている。
先程まで食い入るように眺めていたデータによれば、藤色のスカーフは司令部の通信班を表しているという。
「ライトニングストームからの伝達を主に担当している者です」
「あ、あぁ!…えっと、どうも、宜しくお願いします」
ミシェリーの言葉でようやく意味を理解したデリッシュは慌てて彼女の右手をとった。
「宜しくお願い致します。同じ部屋にいながら挨拶が遅れてしまい申し訳ありません」
「あ、いえ」
彼女はにこりと綺麗に笑う。ここへ来て初めて見た人の笑顔だろう。
デリッシュはようやく気持ちが楽になったような、そんな安心感を感じた。
「ストームのオペレーションチーフから連絡がありました。もうじき到着予定時刻となります」
「はあ…って、え!?」
到着予定時刻。
そう聞いてデリッシュは慌てて辺りを見回した。
時計を探してみるが、どこにあるのかは解らない。
まさか、もうそんな時間になってしまっていたのか…
「…ただ今の時刻は14時20分です」
落着きなく辺りを見回しているデリッシュに、ミシェリーは目前のコンピュータ画面を指差し苦笑した。
確かに、そこには14:20と表示されている。
まずい。やってしまった…このまま彼女が挨拶に来なければ到着時刻にも完全に遅刻をしていただろう。
「…あの…ありがとうございますっ助かりました…!」
夢中になっていて時間を忘れていた。あの受付嬢が一度でしっかり確認しろとか言うからだ!!…などと内心で勝手に人を責めてみるが、自分の不注意であった事には変わりない。
「30分前にはステーションで待機って言われてたのに…すいません急ぎます!!」
「いえ、その必要はありませんよ」
「え?」
デリッシュは椅子をガタンとならしながら荷物を拾いあげた。だがミシェリーは穏やかにそれを制止する。
「それは別の者が警務艦発着ステーションへお迎えにあがる場合の話なので、私がご案内させていただく場合はこの時間で問題ありません」
何だかよく解らないが…とりあえず助かったようだ。
「あぁ…そうなんですか…」
デリッシュははぁと小さく溜め息をつき、端末からマイクロチップを取り出した。
「…廃棄チップですか?もし宜しければ、こちらで処分させていただきますが」
「あ、じゃあお願いします」
既読すれば中身が消去されると言われたこのチップ。おそらくもう必要はないだろう。
デリッシュは迷う事なくそれをミシェリーに手渡した。
「それでは特務艦発着ステーションまでご案内させていただきます。どうぞ」
「あ、はい」
そして彼女の後ろへ続き、オペレーションルームを後にした。
「あまり固くなられなくて大丈夫ですよ」
「…え?」
ステーションへ向かう途中、隣りを歩く彼女へデリッシュはきょとんと顔を向けた。
「自然と、警務官や新入隊員の方からは敬遠視されがちですが…ストームの方々は皆良い方です」
「えっそうなんですか?…って、あ、いや…」
失礼な話かもしれないが、実際そう思っていた。
黒服隊員達は怖い。
きっと取っ付きづらい人種に違いないと…会った事もないのに勝手に思い込んでいた。
「何も怖くありませんよ。現に貴方も同じ黒服を着ているじゃありませんか。皆、その制服に威圧されているだけです」
「あ…」
確かに。
もし彼等が特別な制服などない、同じ特務隊員だとしたら?それほど恐怖など感じなかったかもしれない。
実際に今、デリッシュもその黒を纏っているのだ。
自分が彼等に恐怖を感じているように、周りの特務隊員達は自分の事を怖いと思っているのかもしれない。
「ですが、やはり黒は黒。貴方は我々よりも位が高いのです。私に敬語は不要です」
「え!あ…すいません!って、あっえーと…」
なんて、言われたそばからまた敬語を使ってしまった…デリッシュは恥ずかしそうに頭をかき視線を落とした。
ミシェリーは横で静かに笑っている。
「…いや、でも自分はまだまだ新人ですから。慣れるまでは、無理です」
笑われた事が余計に恥ずかしかったのか、デリッシュはもごもごと言葉を籠らせて誤魔化した。
「…着きました。警務艦発着ステーションです」
と、そんな事をしている内に、気がつけばそこは既に巨大なステーションの内部だった。
「早っ!!」
「ええ、特務隊の司令部からは直通の通路が通っていますから」
背後を振り返ると、そこには真直ぐに伸びる銀色の通路があった。やはり壁には紅い光が埋め込まれているが…さすがは特務隊。何かと便利に出来ているものだ。
ステーション内に入りまず初めに見えたものは警務局の小型武装船や巡視船が数隻。
多くの整備班員が忙しなく動き回り金属音やエンジン音を響かせている。
その向こうにはドームを大きく切り取ったような巨大扉があり、今は開け放されたそこから真っ青な昼間の空が見えた。
「こちらは御覧になった事はありますね?」
「あ、はい」
そうだ。これは普通の光景。
今までは警務局のオペレーターとしてこの警務艦達を送り出し、地上から様々な指示を出していた身なのだ、初見であるはずがない。
「我々が使用するのはここではなく、”特務艦”発着ステーションです。どうぞこちらへ」
警務艦発着ステーションと特務艦発着ステーションは言うまでもなく違う存在だ。
シークレット部隊として機密を重視する特務隊がまさか、たった一つしかない大切な艦を表立った場所に着陸させ、格納するはずなどはない。
デリッシュが案内された場所は巡視船格納庫の隅に作られた隠し扉。壁の前にミシェリーが数秒立ち止まっただけで開いた扉の向こうには細い通路が続き、数メートル進んだ先にはまた大きな扉があった。
そこでもまた軽く立ち止まった彼女の前でガタンとロックが外れるような音が響く。円形の扉はぐるりと一回転するとまた音をたて振動した。
「案外簡単に開くんですね」
「そうですね、通行証があればここまでは簡単です」
「通行証?」
「ええ、貴方にも発行されているはずです。この中に」
彼女が指し示したのは、左の胸元で光る隊記章。
一見ただの小さなバッジのように見えるがそうではない。これはれっきとした小型通信機器だ。
特務隊員としての身分を証明するだけでなく、機密場所への通行証等のデータも予めインプットされている優れ物。
もちろん隊員達の所在や移動が確認できる追跡機能も搭載だ。
身分証明と言えばバッジの他にカードキーやら手帳やら何だか色々なものを持たされていた警務官時代とは打って変わったようなハイテクぶり…
デリッシュは自分の胸元にも光る小さな金属に科学の進歩と待遇の違いを垣間見た。
「ここからはリフトに乗っていただきます」
「あ、え?はいっ」
だが、しみじみとそんな事を考えている暇などはない。振動と同時に上下へ開かれた扉の向こうは…
「わ…すごい…」
思わず感嘆の言葉が漏れる程の異空間だった。
ここはアティウス星の第一衛星エスター。帝国機動警務捜査局の本部がおかれるこの惑星は主惑星の衛星ともあり科学的な発展は進んでいる。
だが、デリッシュは今目の前に広がる…これほどまでの最新科学は見た事がなかった。
隠し通路から繋がった巨大な一室は筒状の空間となっており、見たところまだ床等というものは見えず、深く地下へと続いているようだ。
二人が乗ったリフトは硝子張りの小さなもので、それはゆっくりと下降を始めると青い光の輪をいくつも潜り抜けた。
小さな小型ロボットが頭上を旋回し、途中銀色の壁面には監視室のような部屋の窓を見つけ、中に数人の特務隊員を見た。
「この光は識別光です。これを潜る事により我々の人物データが司令部に転送され、識別された結果にて発着ホームへの扉が開かれます」
「…なるほど」
ミシェリーの説明は簡単だった。ようはここが最終関門という事になる。もし何者かに隊記章を奪われ、このステーションへ侵入されたとしても、この識別光を欺く事はできない。
「これが帝国の最新技術ですか」
「そうですね…警務局から直接の異動では驚かれるのも無理はないでしょう」
”ピピッ”という電子音を最後に識別光の輪は見えなくなった。そして『識別されました。入室を許可します』という機械音声を耳にすると、リフトはふわりと動きを止め、静止した。
「ですが、おそらく驚かれるのはこれだけではありませんよ」
「え?」
「ライトニングストームに搭乗されれば解る事です」
含みを帯びた微笑で、ミシェリーはくすりと笑った。
これから彼が搭乗する戦闘母艦・ライトニングストーム。機密機関だけにその実態は未だ明らかにされてはいないが…ただ解る事は、あれはただの武装船ではない、計り知れない力を持っているという事。
「そんなにすごいのか…」
緊張と同時に、自然と膨らむ期待。戦闘チームへの入隊に対する恐怖の半面、早くその艦を見てみたいという逸る気持ちもある事は確かだった。
「どうぞ、中へ」
「はい」
上で見たものと同じような円形の扉はぐるりと一回転し、ゆっくりとその口を開いた。その際に生じた先程よりも重量を感じさせる大きな重低音と振動が、この先に置かれるものの重要さを物語っているようだ。
「ライトニングストームは特殊滑走宙域を抜け先程の監視塔最上部に帰投します。搭内で更に速度を落し下降した後、この通路の下層を通ってホームへ格納される仕組みです」
足音の響く薄暗い通路はやけに肌寒い。先程の監視塔とやらもそうだったが、やはりここは異空間と呼ぶに相応しい場所だ。
ここのシステムを丁寧に説明するミシェリーの声が足音に重なって響き渡る中、デリッシュはそれを聞きながらもどこかそわそわと辺りを見回していた。
「…あの、時間は大丈夫ですか?」
「ええ、現在14時40分です」
「え!もうギリギリじゃないですか!」
「ご安心下さい。ホームはもう目の前です」
「え…」
焦って冷や汗をかくデリッシュとは裏腹に、ミシェリーはにこりと笑い、大きな扉の前に立った。
センサーが二人を感知し、小さな電子音を発する。
「彼等は必ず時刻通りに帰還します」
そして、彼女の言葉と同時にその重い扉は開かれた。
To be continue...
全隊員に告ぐ。
これより先は電波状況が悪い…
おそらくこれが最後の通信になるだろう。
小型の戦闘艦だがあれには最新型の追撃ミサイルが搭載されている。
背後につかれたら命はないと思え。
いいか、油断はするな。
…敵の妨害電波を受信した。
傍受されている恐れがある。
以上、通信を切る。
それでは
健闘を祈る―…。
Chapter.1:
叛逆組織討伐特殊機動部隊
「こちらが資料になります」
手渡されたものは、数ミリ程度の小さなマイクロチップ。
それを手放した女は手元の液晶画面だけを見つめ、相手の顔を見ようともしない。
「チップには機密情報が含まれているため特殊機動部隊司令部のオペレーションルームでしか閲覧できません。そちらへの入室許可は既に出ていますので警備の者に隊記章と指紋の確認をさせて下さい」
返事をさせる間もなく淡々と話を進める女を前に、対する男はどこか不満そうに息を吐く。
「既読すると自動でデータが消去される仕組みになっているので一度でよく確認して下さい。艦の到着予定時刻は14時48分です。30分前には必ず警務艦発着ステーション内で待機していて下さい」
だが、相手が溜め息をついていようとも気にする事のない彼女は淡々と用件だけを述べると画面を切り替えた。
「……以上です、何か質問でも?」
ようやく顔をあげたと思えば、感じの悪い視線。
男は口元がひくりと引きつるのを感じた。
「…いいえ何も。ご丁寧な説明をどうもありがとうございました」
相手がそうならこちらだって愛想を振りまく必要はない。
初めて口を開いた男は皮肉をたっぷり込めた声色で言葉を返した。もちろん、笑顔など作ってやるわけがない。
「では。オペレーションルームはあちらです」
しかしそれが彼女にダメージを与える事もない。
次に言葉を発した後には既に彼女の視線はまた手元の液晶画面に戻され、さっさと次の仕事を始めていた。
男はぐっと目を細めて眉を寄せるが、彼女には全く見えていない事は解っている。
すぐに表情を元に戻して、床に置いていた荷物を手にとった。
「…みんなこうなのかなぁ」
ぼそりと呟いた言葉は溜め息と共に小さく消え、忙しそうに画面を叩く彼女には届かなかった。
【帝国機動警務捜査局】
それは、全銀河系を統一する【神聖ウィスタリア帝国】において皇帝の直下に属する警察部隊の総称だ。
皇帝が拠点として住うはイシュチェル星系の主惑星アティウス。全八星系ある銀河の中で最も繁栄した巨大な惑星であり多大なる権力と軍事力を誇っている。
皇帝に従う力は
【帝国機動防衛軍】と
【帝国機動警務捜査局】の二つ。
これ等の違いは、
軍は第一に帝都の防衛。そして全星系に圧力をかける攻撃手であり皇帝の右腕に属する。
対する警務局は星々にはびこる犯罪事件の捜査から科学的解明、容疑者捕獲に務める警備組織である、という事。
この宇宙にはまだまだ犯罪が絶える事はなく、それ等は軍の力だけで抑えきれるものではない。
そして何より、現在皇帝が最も警戒している存在…それは単なる犯罪者の集まりではなく、
【帝国叛逆組織】
と呼ばれるテロリスト達だ。
その実態はまだ明らかにはされておらず、星系各地で様々なテロ事件を起こし帝国に反旗を掲げている。
そこで対抗策としてたてられたものはそれ等の討伐にのみ務める特殊部隊の編成。
それは警務局内部に司令部を設け、全てを極秘に行なうシークレット部隊として設立された。
その名は
【叛逆組織討伐特殊機動部隊】
選び抜かれた逸材のみを集めたスペシャリスト集団である。
一口に”特務隊”と呼ばれるそれは警務局の中でも異質な存在として敬遠視され、その一員に選抜された者には称賛と共に同情の目を向ける者も多い。
その理由は簡単。
特務隊は、常に死と隣り合わせの生活を余儀なくされる。
人員の入れ替わりが早い事がその事実を裏付け、恐怖を感じさせるのだった。
そして本日。
ここにまた一人の特務隊員が増員された。
警務官歴はまだ五年と短いが、オペレーターとしての成績は優秀、身体能力にも長ける肉体派の秀才とされる一人の青年。
彼の名はデリッシュ=カトラス。
生まれも育ちもアティウス星の首都テウマーテス…いわゆる”帝都”である彼は家柄にも文句はない。
だが
「はぁ…」
彼は憂鬱そうだった。
受け取ったばかりの資料を片手に、見据えたものは厳重な警備体制に守られた特殊機動部隊司令部の中枢・オペレーションルームへの扉。
先程通過した場所も司令部の内部だがあれはただの受付窓口に過ぎない。
そこまではまだ良かった。だが、ここに立てば自然と身体が強張り始める。ここへ足を踏み入れたら最後、もう後戻りはできないのだ。
そう、機密を重視するがために中途脱退は許されない。どうしてもやむを得ない場合は科学班により記憶を操作され二度と警務官の道へは戻れなくなる。特務隊員だけではない、警務官としての生き方も失うのだ。
ここへ入隊するからには人生を全て捧げるという程の決意が必要とされる。ここに属する全ての特務隊員にはそれがあった。
デリッシュもまた同じ。
特務隊入隊試験の話を持ち掛けられた時、彼はその決意を固めた。
そして試験を通過し、合格通知を受けた時、喜んでその称号を貰い受けたのだ。
しかし。
司令部の門を潜った辺りで彼の気持ちには憂鬱な靄が立ち込め始めている。
見渡す限りに広がる静かで重々しい空間。銀色の壁面をよく見れば至る所に小さな赤い光…それは全て小型の監視カメラであり隊員の行動全てを一時も逃す事なく見張っている。
特務隊特有の真っ白な制服を着た寡黙な者達がせかせかと周囲を行き来しては電子的な扉の開閉音だけが響く。
あの感じの悪い受付嬢も特務隊員の隊記章を胸元に付けていた。
無駄な会話、無駄な行動は極力省きただ一心に任務に従事する事だけを考える。
覚悟はしていたが…これはなかなかにハードルが高そうだ。
「…息が詰まりそうだ」
深く溜め息をつき、周囲を見渡していた視線を再び扉へ戻す。
エントランスのど真ん中で立ち止まっている彼は正直通行の邪魔だろう。
だが、特務隊員達は迷惑がるどころか軽く頭を下げては道をあけるように避けていく。中には立ち止まって敬礼をする者も見られる。
「それにしても…制服の違いってすごいな」
そう、彼の纏った制服は周りとは違う。
周りが上から下まで白で統一された爽やかな制服である中、彼の着ているものは形は同じでありながら色は正反対に重々しい黒一色。
一見、白の方が派手なようにも思えるが、大量の白の中に黒…当然のごとく目立つ。
色素の薄い金の髪をしたデリッシュが纏えばより一層派手なものとなって際立つ。
そう、言うまでもなく、彼の位は通常の特務隊員よりも高い。
黒を纏う者は現在五人。これからデリッシュが加わり六人となるそれは、特務隊の中でも更なる上をいく者達の証だった。
「…これはもっとシャキっとしてないと駄目か…」
もう一度言うが彼の家柄は悪くない。だが、幼い頃から身分の高い扱いを受けていた彼はどうもその事に対してあまり良い感情を抱いてはいなかった。
ちやほやされるのは正直苦手だ。
家柄のせいで敬遠され、生まれてこのかた心から友と呼べる者もいない。
警務官となり、特務隊という危険な道をゆく決断をした事は、本当は両親への反発もあったのかもしれない。
特務隊入隊は大変な名誉でもあるが、同時に家族との別れを意味するものでもある。
「…艦の到着は14時48分の予定だったな…あと三時間弱か」
艦が到着すれば、彼はその艦に乗り込み特務隊員としての初任務につく。
彼が配属された役職は、特務隊が誇る逞しき戦艦班のオペレーション副チーフだ。
それは次に控えている一大任務に備え、優秀な人材の増員が求められたために急募された重役要員。
『任命されれば名誉ある黒の制服が授与され、有名な”あの戦闘チーム”に入れる』
それは昇進を目指す者達にとっては一大チャンスと言えた。
基本的に特務隊への志願は認められていない。上層部からの推薦を受け、了承した者だけが規定の試験を受け選抜されるのだ。
また、今回のように黒服隊員の増員に関しては特例で、一般の警務官から数名とすでに所属中の特務隊員から数名が狩り出され、試験が行われる。
だが、定められたラインをクリアする者がいなければ、合格者がないまま試験は終了。増員の話はなかったものとされる。
そのため、ここ数年で黒服隊員のメンバーは変動する事なく五人のみで構成されている。
その五人とは、戦艦班の基盤となる
【特殊機動部隊専用戦闘母艦・ライトニングストーム】
の戦闘チームとして活躍する逸材の中の逸材。結成から今に至るまでに数々のテロ活動を暴き、阻止し、叛逆者達の捕獲や撃退に多大なる力を発揮している。
戦艦班には他に操縦チーム、整備チーム、補佐チーム等があるが、その中でも彼ら黒服が所属する戦闘チームは別格だ。
【チーム・ストーム】
と呼ばれるその存在は警務局、テロ組織の中では知らぬ者などいない。
彼等のもつ桁外れの身体能力と戦闘技術、何事にも動じない精神力の強さ、ミスのない完璧な任務遂行歴…全てにおいて誰もが一目を置く存在。
何よりも犯人に接近し事件現場を駆け回る戦闘要員、それが彼等戦闘チーム、黒服の五人なのだ。
補佐チームはその名の通り主に五人の補佐任務にあたり、宇宙間での合戦時には戦闘機を操縦し彼等の援護をする等の任を担当する。
「……それから、テロ組織側に私的情報等が漏れる事を防ぐため、チーム・ストームの隊員達には各人一つのコードネームがあてられている…か」
任務の邪魔にならないよう隅の予備端末で開いたデータ。
そこには、デリッシュがこれから搭乗するライトニングストームのクルーに関する詳細が詰められていた。
データを念入りに読みながらちらりと周りに目を向けるが、誰とも目が合う事はない。
彼がようやく意を決して入室したオペレーションルームは薄暗く、部屋の外よりも断然重い緊張感に包まれていた。
見渡す限りに広がる巨大なコンピュータとモニター画面。この二つが放つ独特の光だけがだだっ広い室内を照らし、忙しなく指先を動かすオペレーター達はそれぞれの席でそれぞれのコンピュータに向い一心に液晶画面だけを見つめている。
正面のメインモニターでは様々な星系や惑星の様子が数秒毎に切り替わり、一部では”WANTED”と書かれた人物写真も映し出されていた。
インカムを口に当て、はきはきと言葉を発する通信班の声が四方八方から飛び交い、部屋の薄暗さとは反対に耳には騒々しさを感じさせる。
「…これが特務隊司令部の核…すごいな」
率直な感想はただそれだけだった。
彼等が追跡するテロリスト達は今もどこかで新たな計画を企てているかもしれない。
特務隊は休む事など許されない…常に気を張り詰めていなければならないのだ。
「…戦闘チームはもっと緊迫してるんだろうな…」
任命されたからには、後戻りはできない。
特務隊の中で最も重大な責任を背負い、最も危険な状況下へ身を投じる戦闘チーム。
人間的な感情など、捨てなければならないのかもしれない。
デリッシュはただ不安だった。
自分の今の力で、チームについていけるだろうか。
自分は本当に、これで良かったのだろうか…。
だが、悩んでなどはいられない。
彼はこれから新たな名前を授かり、”雷光の嵐”(ライトニングストーム)と共に銀河へ飛び立つのだ。
そうこれが、彼にとって新たなる出発の時なのである。
「デリッシュ=カトラスさんですね?」
その声がかけられたのは突然だった。
コンピュータの前に座りデータを開いてからもうどれくらいが経っただろう。
声は真直ぐに彼へ向けられていたが、一心不乱に画面を凝視しているデリッシュの注意はすぐに声の主へと向く事はなかった。
「…お取り込み中、失礼します」
それは、控え目な女の声。その彼女が傍らに立ち、手元が暗くなったところでようやくデリッシュの視線が画面から離れた。
始めにその影へ視線を移し、そのまま顔を上げた時…
「……え、あ…え!?わぁ!すいませんっ!!」
それが自分に声をかけている人間だと初めて気がつき、彼は慌てて席を立った。
「初めまして。私はミシェリー=ロウです」
彼のそんな様子に相手は軽く笑い、右手をそっと差し出した。
「え、あ…えと…」
状況が把握できず、デリッシュは視線を泳がせたまま頬をかく。
だが相手が同じ特務隊の司令部要員である事は彼女の制服を見れば一目瞭然だった。真っ白で、身体にフィットしたスーツタイプの上下に膝までの白いロングブーツを重ね、襟元からは藤色のスカーフが覗いている。
先程まで食い入るように眺めていたデータによれば、藤色のスカーフは司令部の通信班を表しているという。
「ライトニングストームからの伝達を主に担当している者です」
「あ、あぁ!…えっと、どうも、宜しくお願いします」
ミシェリーの言葉でようやく意味を理解したデリッシュは慌てて彼女の右手をとった。
「宜しくお願い致します。同じ部屋にいながら挨拶が遅れてしまい申し訳ありません」
「あ、いえ」
彼女はにこりと綺麗に笑う。ここへ来て初めて見た人の笑顔だろう。
デリッシュはようやく気持ちが楽になったような、そんな安心感を感じた。
「ストームのオペレーションチーフから連絡がありました。もうじき到着予定時刻となります」
「はあ…って、え!?」
到着予定時刻。
そう聞いてデリッシュは慌てて辺りを見回した。
時計を探してみるが、どこにあるのかは解らない。
まさか、もうそんな時間になってしまっていたのか…
「…ただ今の時刻は14時20分です」
落着きなく辺りを見回しているデリッシュに、ミシェリーは目前のコンピュータ画面を指差し苦笑した。
確かに、そこには14:20と表示されている。
まずい。やってしまった…このまま彼女が挨拶に来なければ到着時刻にも完全に遅刻をしていただろう。
「…あの…ありがとうございますっ助かりました…!」
夢中になっていて時間を忘れていた。あの受付嬢が一度でしっかり確認しろとか言うからだ!!…などと内心で勝手に人を責めてみるが、自分の不注意であった事には変わりない。
「30分前にはステーションで待機って言われてたのに…すいません急ぎます!!」
「いえ、その必要はありませんよ」
「え?」
デリッシュは椅子をガタンとならしながら荷物を拾いあげた。だがミシェリーは穏やかにそれを制止する。
「それは別の者が警務艦発着ステーションへお迎えにあがる場合の話なので、私がご案内させていただく場合はこの時間で問題ありません」
何だかよく解らないが…とりあえず助かったようだ。
「あぁ…そうなんですか…」
デリッシュははぁと小さく溜め息をつき、端末からマイクロチップを取り出した。
「…廃棄チップですか?もし宜しければ、こちらで処分させていただきますが」
「あ、じゃあお願いします」
既読すれば中身が消去されると言われたこのチップ。おそらくもう必要はないだろう。
デリッシュは迷う事なくそれをミシェリーに手渡した。
「それでは特務艦発着ステーションまでご案内させていただきます。どうぞ」
「あ、はい」
そして彼女の後ろへ続き、オペレーションルームを後にした。
「あまり固くなられなくて大丈夫ですよ」
「…え?」
ステーションへ向かう途中、隣りを歩く彼女へデリッシュはきょとんと顔を向けた。
「自然と、警務官や新入隊員の方からは敬遠視されがちですが…ストームの方々は皆良い方です」
「えっそうなんですか?…って、あ、いや…」
失礼な話かもしれないが、実際そう思っていた。
黒服隊員達は怖い。
きっと取っ付きづらい人種に違いないと…会った事もないのに勝手に思い込んでいた。
「何も怖くありませんよ。現に貴方も同じ黒服を着ているじゃありませんか。皆、その制服に威圧されているだけです」
「あ…」
確かに。
もし彼等が特別な制服などない、同じ特務隊員だとしたら?それほど恐怖など感じなかったかもしれない。
実際に今、デリッシュもその黒を纏っているのだ。
自分が彼等に恐怖を感じているように、周りの特務隊員達は自分の事を怖いと思っているのかもしれない。
「ですが、やはり黒は黒。貴方は我々よりも位が高いのです。私に敬語は不要です」
「え!あ…すいません!って、あっえーと…」
なんて、言われたそばからまた敬語を使ってしまった…デリッシュは恥ずかしそうに頭をかき視線を落とした。
ミシェリーは横で静かに笑っている。
「…いや、でも自分はまだまだ新人ですから。慣れるまでは、無理です」
笑われた事が余計に恥ずかしかったのか、デリッシュはもごもごと言葉を籠らせて誤魔化した。
「…着きました。警務艦発着ステーションです」
と、そんな事をしている内に、気がつけばそこは既に巨大なステーションの内部だった。
「早っ!!」
「ええ、特務隊の司令部からは直通の通路が通っていますから」
背後を振り返ると、そこには真直ぐに伸びる銀色の通路があった。やはり壁には紅い光が埋め込まれているが…さすがは特務隊。何かと便利に出来ているものだ。
ステーション内に入りまず初めに見えたものは警務局の小型武装船や巡視船が数隻。
多くの整備班員が忙しなく動き回り金属音やエンジン音を響かせている。
その向こうにはドームを大きく切り取ったような巨大扉があり、今は開け放されたそこから真っ青な昼間の空が見えた。
「こちらは御覧になった事はありますね?」
「あ、はい」
そうだ。これは普通の光景。
今までは警務局のオペレーターとしてこの警務艦達を送り出し、地上から様々な指示を出していた身なのだ、初見であるはずがない。
「我々が使用するのはここではなく、”特務艦”発着ステーションです。どうぞこちらへ」
警務艦発着ステーションと特務艦発着ステーションは言うまでもなく違う存在だ。
シークレット部隊として機密を重視する特務隊がまさか、たった一つしかない大切な艦を表立った場所に着陸させ、格納するはずなどはない。
デリッシュが案内された場所は巡視船格納庫の隅に作られた隠し扉。壁の前にミシェリーが数秒立ち止まっただけで開いた扉の向こうには細い通路が続き、数メートル進んだ先にはまた大きな扉があった。
そこでもまた軽く立ち止まった彼女の前でガタンとロックが外れるような音が響く。円形の扉はぐるりと一回転するとまた音をたて振動した。
「案外簡単に開くんですね」
「そうですね、通行証があればここまでは簡単です」
「通行証?」
「ええ、貴方にも発行されているはずです。この中に」
彼女が指し示したのは、左の胸元で光る隊記章。
一見ただの小さなバッジのように見えるがそうではない。これはれっきとした小型通信機器だ。
特務隊員としての身分を証明するだけでなく、機密場所への通行証等のデータも予めインプットされている優れ物。
もちろん隊員達の所在や移動が確認できる追跡機能も搭載だ。
身分証明と言えばバッジの他にカードキーやら手帳やら何だか色々なものを持たされていた警務官時代とは打って変わったようなハイテクぶり…
デリッシュは自分の胸元にも光る小さな金属に科学の進歩と待遇の違いを垣間見た。
「ここからはリフトに乗っていただきます」
「あ、え?はいっ」
だが、しみじみとそんな事を考えている暇などはない。振動と同時に上下へ開かれた扉の向こうは…
「わ…すごい…」
思わず感嘆の言葉が漏れる程の異空間だった。
ここはアティウス星の第一衛星エスター。帝国機動警務捜査局の本部がおかれるこの惑星は主惑星の衛星ともあり科学的な発展は進んでいる。
だが、デリッシュは今目の前に広がる…これほどまでの最新科学は見た事がなかった。
隠し通路から繋がった巨大な一室は筒状の空間となっており、見たところまだ床等というものは見えず、深く地下へと続いているようだ。
二人が乗ったリフトは硝子張りの小さなもので、それはゆっくりと下降を始めると青い光の輪をいくつも潜り抜けた。
小さな小型ロボットが頭上を旋回し、途中銀色の壁面には監視室のような部屋の窓を見つけ、中に数人の特務隊員を見た。
「この光は識別光です。これを潜る事により我々の人物データが司令部に転送され、識別された結果にて発着ホームへの扉が開かれます」
「…なるほど」
ミシェリーの説明は簡単だった。ようはここが最終関門という事になる。もし何者かに隊記章を奪われ、このステーションへ侵入されたとしても、この識別光を欺く事はできない。
「これが帝国の最新技術ですか」
「そうですね…警務局から直接の異動では驚かれるのも無理はないでしょう」
”ピピッ”という電子音を最後に識別光の輪は見えなくなった。そして『識別されました。入室を許可します』という機械音声を耳にすると、リフトはふわりと動きを止め、静止した。
「ですが、おそらく驚かれるのはこれだけではありませんよ」
「え?」
「ライトニングストームに搭乗されれば解る事です」
含みを帯びた微笑で、ミシェリーはくすりと笑った。
これから彼が搭乗する戦闘母艦・ライトニングストーム。機密機関だけにその実態は未だ明らかにされてはいないが…ただ解る事は、あれはただの武装船ではない、計り知れない力を持っているという事。
「そんなにすごいのか…」
緊張と同時に、自然と膨らむ期待。戦闘チームへの入隊に対する恐怖の半面、早くその艦を見てみたいという逸る気持ちもある事は確かだった。
「どうぞ、中へ」
「はい」
上で見たものと同じような円形の扉はぐるりと一回転し、ゆっくりとその口を開いた。その際に生じた先程よりも重量を感じさせる大きな重低音と振動が、この先に置かれるものの重要さを物語っているようだ。
「ライトニングストームは特殊滑走宙域を抜け先程の監視塔最上部に帰投します。搭内で更に速度を落し下降した後、この通路の下層を通ってホームへ格納される仕組みです」
足音の響く薄暗い通路はやけに肌寒い。先程の監視塔とやらもそうだったが、やはりここは異空間と呼ぶに相応しい場所だ。
ここのシステムを丁寧に説明するミシェリーの声が足音に重なって響き渡る中、デリッシュはそれを聞きながらもどこかそわそわと辺りを見回していた。
「…あの、時間は大丈夫ですか?」
「ええ、現在14時40分です」
「え!もうギリギリじゃないですか!」
「ご安心下さい。ホームはもう目の前です」
「え…」
焦って冷や汗をかくデリッシュとは裏腹に、ミシェリーはにこりと笑い、大きな扉の前に立った。
センサーが二人を感知し、小さな電子音を発する。
「彼等は必ず時刻通りに帰還します」
そして、彼女の言葉と同時にその重い扉は開かれた。
To be continue...
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