もし織田信長が超平和主義者で戦国を生きたら~誉れ? そんなのは犬に食わしたぞ~

秋刀魚妹子

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第8話 織田家と松平家和睦

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 「はぁ……分かった分かった。 儂の負けじゃ。 広忠殿、是迄の禍根を直ぐには消せぬとは承知の上。 どうか、息子を宜しくお頼み申す」

 信長による根回しの良さに信秀は観念し、松平広忠に深く頭を下げた。

 「いや、此方こそどうかお頼み申す。 私は子々孫々に至るまでの、長きに渡る和睦を望んでおります。 また後日、書面にて正式に和睦を結びましょうぞ」

 こうして、草原の敷物の上で織田家と松平家の長きに渡る争いは終止符を打つ事となった。

 「んぐんぐ、おぉ……父上、この茶菓子美味いですぞ!」

 両家の運命を変えた瞬間に、信長は茶菓子を美味そうに食べていた。

 「はぁ……お前と云う奴は本当に凄いのか阿呆なの分からんな」

 「いやいや……私も度肝を抜かれました。 実は……岡崎城の領地にある村は既に信長殿を受け入れておりましてな。 戦続きで、民草が飢えてしまっていた時に米俵や大根等の野菜を山の様に運んで来て好きなだけ食えと言い放ったそうです」

 信秀は目を見開き、信長を睨む。

 「信長……まさか、1週間前に起きた兵糧神隠しは貴様か?」

 「え? あぁ、左様です。 馬鹿な事に消費するぐらいなら、飢える者に与える方が宜しいでしょう? まぁ、そのおかげで直ぐに広忠殿にお会いできて話せたのですから。 許してくだされ父上、はははははははっ!」

 「えぇい、笑い事では無かろう! 平手がどれだけ怒り狂っておったか。 知られれば、また長い説教になるぞ?」

 「おや、だから人質に名乗りを上げられたのですかな?」

 広忠に図星を突かれた信長は膝を叩いて笑った。

 「見破られましたかな? ははははは!」

 そして、この血生臭い時代を変える者はこういう男なのだろうと確信した信秀と広忠も笑うのであった。

 ◆◇◆

 「殿! ど、どうされたので?」

 勝家達の所に兜を脱いだ信秀が単身戻ると、待機していた武将や兵達は狼狽えた。

 「皆の者、帰るぞ。 戦は無しじゃ! 信長にしてやられたわい」

 笑う主君の様子に武将達は動揺を隠せない。 岡崎城を攻める為に準備し、此処まで進軍したのに関わらず戦をせずに帰ると言い始めたのだ。 武将達の動揺は至極真っ当であろう。

 「殿、若様がどうされたのです? それに、彼処に居られた御仁はいったい……」

 「皆、聞け。 我等織田は、松平と和睦する。 それも、貿易をし運命共同体となる強き和睦じゃ」

 更に追い打ちをかける信秀の言葉に皆は大混乱だ。

 「と、殿……若様がいったい何をしたら、禍根多き松平家と和睦する事になるのですか!」

 信長の教育係の平手が血相を変えて信秀に問い詰める。

 「おいおい、平手よ。 近いぞ。 ふっ……知れたことよ。 岡崎城の民草を絆し、そのまま松平広忠殿の心中にすら潜り込み戦等は無駄たと諭したのよ! ふはははは!」

 「な……な、何と。 そ、それで若様は何故、広忠殿の所に? 何故、殿だけ戻られたのですか?」

 平手は教育係として、信長の歴史的な偉業に感涙した。 だが、信長が戻らずに広忠と共に消えた事を不安に思っていた。

 「信長は尾張には帰れん。 今川家を刺激せぬ様に、松平宗家の人質として自らを差し出しおった」

 平手は信秀の言葉に愕然とし、その場で項垂れてしまう。 平手の嫌な予感が的中してしまったのだ。

 松平家は今川家に飼われているも同然。 それを、敵国織田家と和睦を結ぶのだ。 順当であれば、人質は弟の信行が選ばれた事だろう。 弟想いの信長がそのような事をさせる筈が無いと平手は確信していた。

 「おぉ……若様。 まさか織田家と松平家の為にそこまでされるとは……この平手、若様を未熟と思っておった事が恥ずかしゅうございまする!」

 戦国の世で人質として奪われた者が生きて帰らぬ事等、日常茶飯事である。 平手や、他の武将達は自らを差し出し和睦をもたらした信長の事を思い涙した。

 「拙者もです。 若様……申し訳ねぇ! 無事に戻られたら、この信盛生涯の忠誠を誓いまする!」

 佐久間信盛も己を恥じ、信長達が岡崎城へと向けて去るのを見つめていた。

 「信盛殿、その時は拙者も誓いまする! この刀に誓い、若様が大切にされている農村を守る事に尽力致します!」

 内藤勝介は刀を抜き、信長の自宅がある農村と名ばかりの町を守ると誓った。

 そんな武将達の信長に対する信頼を感じとった信秀は、真相を話さない事を固く誓った。

 「いや、だが……平手だけには言うておくか。 其の方が、信長が戻った時が楽しいからの。 ふはははは!」

 こうして、織田信秀が率いる兵は誰一人として死ぬ事なく帰路についた。

 この犠牲無き勝利は信長による最強の尾張国誕生の始まりに過ぎなかったとは、まだ誰も知らない。
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