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第5話 殺戮と慈悲
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手が飛び、足が飛び、頭が飛んでいく。
鎧等、意味を成さない。
黒く薄い不気味な靄が掛かったセムネイルの手が、冒険者達を切り刻む。
セムネイルの背後にいる半透明の美しい少女の人形が、恍惚の表情で笑みを浮かべているのが殊更恐ろしい。
「ひ、ひぃぃぎゃぁぁぁ! 手が、足がぁっ!」 「な、何で俺はまだ生きてるんだよ! 何でた! 何でなんだぁぁぁ!」 「いひひ、これは夢だ。 悪い夢だ」 「痛い、痛い痛い痛い痛いぃぃぃ! 誰か、誰か俺を殺してくれぇぇ!」
不思議な事にバラバラになっても死なず、血も出ず、内臓もはみ出さない。
ひたすら痛みに、傷みに呻いていた。
コルナはこの惨劇を、地獄を見ながら必死に祈った。
どうか、この者達に救いをと。
そして、申し訳ないと。
(凄まじい強さを誇るセネルさんを……私が余計な事を言って怒らしてしまったからこんな事に……)
カウンターで見物していた受付嬢は戦慄していた。 何故こんな事になったのかと思考が回転するが理解出来ない。
その時、元凶となった祈っているコルナに矛先が向いた。
「ば、化け物……てめぇ! この雌豚! なんて化け物を連れて来たんだよ!死にたくない! 死にたくない! こうなったら、アンタを人質に……ひっ!」
カウンターから乗り出した瞬間、コルナと受付嬢の間に立ち塞がる影が現れた。
紅い、紅い瞳が爛々と輝いているセムネイルだった。
襲い掛かった冒険者は既に全員、細切れにされている。
何より恐ろしいのは、細切れにされてもまだ痛みにのたうち回り生きている事だ。
「た……助け……」
受付嬢が周囲を見渡し助けを求めるが、救いの手を差し出す者はいない。
ただ1人を除いて。
「あ、セ、セムネイルさん。 もし……可能なら、そちらの受付嬢さんだけは」
コルナの声が震えながら敵の命乞いをするのに、セムネイルは少しだけ落胆した。
(やれやれ、この娘は……どれだけお人好しなのだ? 俺が居なかったら、今頃……また犯されて今度こそ殺されてたんだぞ?)
セムネイルは殺気を抑え、魔法を解いた。
「ちっ、安心しろ。 女は殺さん……だが、報いは受けて貰う。 我が糧となれ、4次元の牢屋へぶちこんでやろう」
セムネイルは受付嬢の足下に4次元を開き、中に存在する牢屋へと落とす。
「ひっ、助けて下さい。 お願いします、助けて下さい。 いや、いやぁぁぁぁぁ!」
突如現れた真っ黒な穴に吸い込まれる様にして受付嬢は消える。
「よし、これで終いだな。 コルナ、さっさとギルドマスターと副ギルドマスターの所に向かうぞ」
コルナを連れて、カウンターの奥へと向かう。
「セムネイルさん……このバラバラになった方々は、いつ……死ねるのですか?」
コルナの疑問に、我関せずだった冒険者達やスタッフ達が息を飲む。
「言っただろ……コイツ等には地獄を見せると。 殺戮人形の死闇刃で切り裂いた、コイツ等に救いの死が訪れるのは朝だ」
セムネイルが冷たい瞳で答えるのを見て、コルナは息を呑んだ。
「そう……ですか。 セネルさん、貴方は何者なんですか?」
「ん? ちゃんと説明しただろ? 俺は欲望と狭間の魔王 セムネイルだ」
「今は……その冗談、笑えませんよ」
其処から、怯えるスタッフに案内され2階にあるギルマス部屋まで2人は一言も会話をしなかった。
「し、失礼しますね!」
コルナが扉をわざわざノックしてから、入室の許可を得ているのをセムネイルはうんざりした顔で見ている。
暫し待つも、返答は無い。
コルナが再度ノックをしようとした時、我慢の限界がきたセムネイルが扉を蹴破って押し入った。
ドッゴォォォォンッ!
「セ、セセ、セネルさん?!」
「邪魔するぞ。 なんだ、居るではないか。 ギルドマスターと副ギルドマスターとやらお前等か? やれやれ、居留守には腹が立ったが人の言葉が分からないなら仕方なかったな、蛸と猿」
セムネイルには、2階に上がる前から魔力で分かっていたのだ。
人間の気配が部屋の中に2つある事を。
部屋には禿げ頭の筋肉隆々な中年の男と、痩せた金髪の若い男が椅子に座っていた。
「ほぉ、えらく威勢の良い兄ちゃんだな。 そうだ、俺がこの冒険者ギルドのマスター ゼゴンだ。 隣のネッチが、どんな物音を聞いても止めやがるから動かずにいたが……てめぇ、うちの冒険者達に何しやがった?」
ゼゴンは額に青筋を浮かばせ、鬼の様な形相で怒る。
「マ、マスター! きっと、コイツ等は強盗の類いですよ! 早く! 早く殺して下さいませ!」
ネッチという男がどんな奴か、このクズなセリフだけで嫌と言う程伝ってきた。
「おい、蛸。 こっちのコルナに見覚えはあるか?」
「無視かよ。 うぅん? あぁ、教会から派遣されたシスターの穣ちゃんじゃねえか。 もう、調査は終わったのか?」
セムネイルとゼゴンの会話にネッチの顔色はどんどん悪くなる一方だった。
「は、はい。 ですが、ゼゴンさんには余り良い報告では有りません。 実は――――
◆◇◆
――――という訳で、そちら所属の冒険者達は全員死亡。 異常の調査も全て、此方のセネルさんが終わらして下さいました」
コルナの説明が終わると、ゼゴンの顔は蛸のように赤くなりネッチは満面の笑顔に変わった。
「で? それを信じろと? うちの冒険者達が穣ちゃんを犯して、更にダンジョンにはブラックゴブリンが数百匹にブラックゴブリンキングが居ただと?! それを、全裸で現れたこの男が全て片付けたと? 俺を馬鹿にしてんのかてめぇ!」
ゼゴンは立ち上がり、コルナに対し怒鳴り散らす。
「ひっひっひ! そうですマスター! こんな詐欺師達の話を聞いてはいけません!」
ガシッ! ヒュ――バッゴォォォォン!
我慢の限界を更に迎えたセムネイルは怒りに狂うゼゴンの頭を掴み、テーブルへと叩きつけた。
「いいか、よく聞けよ? 俺様は、今日、やっと永い永い封印から解放されたんだ。 まだ女も抱いてないし、腹いっぱいに飯も食えてない。 分かるか? なぁ? おい、いい加減にしないと全員殺すぞ?」
セムネイルの紅い瞳が怒りの炎の様に燃え上り、輝く。
全身から殺気が放たれ、ネッチは身体を震わせた。
「ひっひっ?! ひぃぃ! 現役時代では、Aランク冒険者だったマスターを力任せに?! ば、化け物……」
ゼゴンは床まで顔を叩き付けられ、直ぐに立とうとするが後頭部を掴まれた力が強すぎて1ミリも動けない。
(な、なんて力だぁ! お、俺の知ってるSランク冒険者より……強いだとぉ?!)
ゼゴンが身体を起こそうと必死になっていると、セムネイルの怒りが今度はネッチへと向かう。
「それと、其処の猿」
「ひっ?! は、はひ!」
「お前は、こんなに可愛い幼げな少女が犯されるのを是非としたんだ。 お前は殺す、必ずだ。 安心しろ」
「ひ? は、はっ!?」
パタンッ! ネッチはセムネイルの殺気を諸に受けて気絶してしまった。 隣のコルナはセムネイルの言葉に顔を赤らめ、俯いていたが今はそんな状況ではない。
「まずは、コルナの話を信用させてやる。 おい、蛸。 顔を上げろ」
バキッ! バキバキ!
セムネイルが掴んだままのゼゴンの後頭部を持ち上げ、ようやくゼゴンは身体を起こすことが出来た。
ここまでの実力差を身体に教えられたゼゴンは、既にセムネイルやコルナをどうこうするつもりは失せている。
なるべく怒りを買わない様に、慎重に言葉を選んだ。
「ぬぅぅ、お前……何者なんだ?」
「今はどうでもいい。 証拠はこれでいいか?」
セムネイルが4次元からブラックゴブリンキングの死骸を取り出し、部屋に出す。
ズシンッ!
もちろん、ブラックゴブリンキングは芋虫状態で苦悶の表情で死んでいる。
手足が無くとも、広い部屋が埋まる程だ。
コルナはセムネイルから話には聞いたが、実物を見て言葉を失った。
「こ、こいつぁ……どうやって出した? いや、どうやって倒したんだ? こんな化け物を……」
「ん? なんだ、蛸はマスターと呼ばれているのにこんな雑魚も狩れないのか? 人間は進化したのか、退化したのか分からんな」
セムネイルの挑発にゼゴンを顔を怒りで真っ赤にするが、証拠を見せられた為耐えた。
「てめぇ……本当に何なんだ? 」
「どうでもいい。 兎に角、その蛸な頭で考えろ。 コルナに対し、どうするのか、何をするのか」
ゼゴンは押し黙り、何かを考えているようだ。
「セネルさん……ありがとうございます」
「はぁ……言いたいことは山程あるが、構わん。 これが済んだら、飯行くぞ」
コルナと雑談している間に、棚から革袋を取り出しに向かったゼゴンが戻ってきた。
ジャラッ! ドンッ!
壊れたテーブルの上へとそれを置き、四つん這いになり床へと頭を叩き付けた。
「ゼゴンさんっ!?」
「すまなかった!! 穣ちゃんへの詫びと、其処のブラックゴブリンキングを討伐してくれた礼だ! コイツが……もしダンジョンから這い出て来ていたらこの街は滅んでいただろう。 それに……」
「それに、なんだ?」
「うちの新人冒険者達の仇を取ってくれた礼でもある。 俺の全財産だ! これで、どうか! 頼む!」
置かれた革袋を少し開けると、金貨銀貨がぎっしりと詰まっていた。
平民の生涯年収を大きく越えている大金だ。
「許すか決めるのはコルナだ。 どうする?」
「あわわわ! こ、こんな大金貰えません!」
「だそうだ、残念だったな。 よし、一思いに殺してやろう」
セムネイルから殺気が放たれ、ゼゴンは一瞬で走馬灯を見始める。
「ちょっ?! セネルさん!? なんでそうなるんですか!! 分かりました! 頂きます! 許しますからー!」
「本当にすまなかった! ありがとう、本当にありがとう」
ゼゴンは涙を鼻水を盛大に垂らし、ひたすらコルナに感謝する。
「よし、コルナ行くぞ」
「え? セネルさん? でも、ゼゴンさんが、ちょ、ちょっと~!」
泣きながら礼を言ってくるゼゴンを、どうしたらいいか分からないコルナはセムネイルに手を引かれ退出していく。
1階に降りると、スタッフや冒険者達が切り刻まれた苦しむ肉片を1ヵ所にかき集めていた。
「その……セネルさん。 私は先程、ゼゴンさんを許しました。 この人達……なんとかなりませんか?」
「……正気か?」
セムネイルは呆気にとられた顔をするが、コルナの意思は変わらないようだ。
(なんとか出来るが、コイツ等はまた同じ事をすると思うぞ)
ゲスでクズな人間達はいつもそうだ。
此方が慈悲を見せても、直ぐに裏切る。
「……お願いします」
暫し待つが、コルナの気持ちは変わらない。
「仕方ない……。 だが、かなりの魔力を使う事になるからな。 飯をたっぷりと奢れよ?」
「いえ、さっきの大金の殆どはセネルさんのですから。 むしろ、私に奢って下さい!」
「おま……。 まぁ、いい。 全員離れろ、治療してやる」
笑顔のコルナとセムネイルに怯えるスタッフや冒険者達が急ぎ離れる。
その直後、セムネイルからは膨大な魔力が溢れだし。 冒険者に居た幾人かの魔法使い達が、その壮大な魔法に感動し涙した。
「契約せし癒しの女神よ、神々を裏切り俺を味方した慈悲深き女神よ。ここに横たわる者達を癒せ、元の姿に戻せ、ここにお前の奇跡を見せてやれ! 治癒女神の慈悲!」
光が細切れの肉片を包み、光が消えた時、細切れだった男達は全員元の身体に戻っていた。
「「「「も、戻った! き、奇跡だ!!」」」」
男達は元の身体に戻れた事を、涙し喜んだ。
「さて……おい、お前ら!!」
セムネイルの声に、全員が固まる。
「お前達が治癒され、この場に入れるのはお前達が犯し殺そうとしたシスターの慈悲だ! 忘れるな! 絶対に慈悲を忘れるな! 分かったら、2階の副ギルドマスターを連れて詰所に出頭しろ! 其処で、今までの悪事を全て自白しろ!
もし、コルナの慈悲を汚したら……どこまでも追って殺してやる」
紅い瞳がギラギラと輝くセムネイルの凶悪な威圧に男達はひたすら首を立てに振った。
「「「「は、はひ! ち、誓います! シスター、本当に本当にありがとうございます! すみませんでした、すみませんでした! 直ぐに副マスを連れて出頭致しますー!!」」」」
男達は大粒の涙を流しながら走っていった。
何が起きたか分からず、呆然とするスタッフと冒険者達を他所にセムネイルは空いてる円卓へと座った。
「ん? どうしたコルナ、飯を食おう! 今日はもう魔力がすっからかんだ」
コルナは立ち竦んだまま、セムネイルの事を惚けた熱を帯びた顔で見つめていた。
「え、えへへ……私の為にあんなに怒って……。 って、そこじゃないでしょ私! セ、セネルさん? さ、さっき背後に立ってた美しい女性といい、少し前の人形みたいな女性といい。 一体、セネルさんは何者なんですか?!」
セムネイルは深く溜め息を付き、今日何度目かの自己紹介をする。
「何度も言わせるなコルナ。 俺様は極悪非道と呼ばれる欲望と狭間の魔王 セムネイルだ」
鎧等、意味を成さない。
黒く薄い不気味な靄が掛かったセムネイルの手が、冒険者達を切り刻む。
セムネイルの背後にいる半透明の美しい少女の人形が、恍惚の表情で笑みを浮かべているのが殊更恐ろしい。
「ひ、ひぃぃぎゃぁぁぁ! 手が、足がぁっ!」 「な、何で俺はまだ生きてるんだよ! 何でた! 何でなんだぁぁぁ!」 「いひひ、これは夢だ。 悪い夢だ」 「痛い、痛い痛い痛い痛いぃぃぃ! 誰か、誰か俺を殺してくれぇぇ!」
不思議な事にバラバラになっても死なず、血も出ず、内臓もはみ出さない。
ひたすら痛みに、傷みに呻いていた。
コルナはこの惨劇を、地獄を見ながら必死に祈った。
どうか、この者達に救いをと。
そして、申し訳ないと。
(凄まじい強さを誇るセネルさんを……私が余計な事を言って怒らしてしまったからこんな事に……)
カウンターで見物していた受付嬢は戦慄していた。 何故こんな事になったのかと思考が回転するが理解出来ない。
その時、元凶となった祈っているコルナに矛先が向いた。
「ば、化け物……てめぇ! この雌豚! なんて化け物を連れて来たんだよ!死にたくない! 死にたくない! こうなったら、アンタを人質に……ひっ!」
カウンターから乗り出した瞬間、コルナと受付嬢の間に立ち塞がる影が現れた。
紅い、紅い瞳が爛々と輝いているセムネイルだった。
襲い掛かった冒険者は既に全員、細切れにされている。
何より恐ろしいのは、細切れにされてもまだ痛みにのたうち回り生きている事だ。
「た……助け……」
受付嬢が周囲を見渡し助けを求めるが、救いの手を差し出す者はいない。
ただ1人を除いて。
「あ、セ、セムネイルさん。 もし……可能なら、そちらの受付嬢さんだけは」
コルナの声が震えながら敵の命乞いをするのに、セムネイルは少しだけ落胆した。
(やれやれ、この娘は……どれだけお人好しなのだ? 俺が居なかったら、今頃……また犯されて今度こそ殺されてたんだぞ?)
セムネイルは殺気を抑え、魔法を解いた。
「ちっ、安心しろ。 女は殺さん……だが、報いは受けて貰う。 我が糧となれ、4次元の牢屋へぶちこんでやろう」
セムネイルは受付嬢の足下に4次元を開き、中に存在する牢屋へと落とす。
「ひっ、助けて下さい。 お願いします、助けて下さい。 いや、いやぁぁぁぁぁ!」
突如現れた真っ黒な穴に吸い込まれる様にして受付嬢は消える。
「よし、これで終いだな。 コルナ、さっさとギルドマスターと副ギルドマスターの所に向かうぞ」
コルナを連れて、カウンターの奥へと向かう。
「セムネイルさん……このバラバラになった方々は、いつ……死ねるのですか?」
コルナの疑問に、我関せずだった冒険者達やスタッフ達が息を飲む。
「言っただろ……コイツ等には地獄を見せると。 殺戮人形の死闇刃で切り裂いた、コイツ等に救いの死が訪れるのは朝だ」
セムネイルが冷たい瞳で答えるのを見て、コルナは息を呑んだ。
「そう……ですか。 セネルさん、貴方は何者なんですか?」
「ん? ちゃんと説明しただろ? 俺は欲望と狭間の魔王 セムネイルだ」
「今は……その冗談、笑えませんよ」
其処から、怯えるスタッフに案内され2階にあるギルマス部屋まで2人は一言も会話をしなかった。
「し、失礼しますね!」
コルナが扉をわざわざノックしてから、入室の許可を得ているのをセムネイルはうんざりした顔で見ている。
暫し待つも、返答は無い。
コルナが再度ノックをしようとした時、我慢の限界がきたセムネイルが扉を蹴破って押し入った。
ドッゴォォォォンッ!
「セ、セセ、セネルさん?!」
「邪魔するぞ。 なんだ、居るではないか。 ギルドマスターと副ギルドマスターとやらお前等か? やれやれ、居留守には腹が立ったが人の言葉が分からないなら仕方なかったな、蛸と猿」
セムネイルには、2階に上がる前から魔力で分かっていたのだ。
人間の気配が部屋の中に2つある事を。
部屋には禿げ頭の筋肉隆々な中年の男と、痩せた金髪の若い男が椅子に座っていた。
「ほぉ、えらく威勢の良い兄ちゃんだな。 そうだ、俺がこの冒険者ギルドのマスター ゼゴンだ。 隣のネッチが、どんな物音を聞いても止めやがるから動かずにいたが……てめぇ、うちの冒険者達に何しやがった?」
ゼゴンは額に青筋を浮かばせ、鬼の様な形相で怒る。
「マ、マスター! きっと、コイツ等は強盗の類いですよ! 早く! 早く殺して下さいませ!」
ネッチという男がどんな奴か、このクズなセリフだけで嫌と言う程伝ってきた。
「おい、蛸。 こっちのコルナに見覚えはあるか?」
「無視かよ。 うぅん? あぁ、教会から派遣されたシスターの穣ちゃんじゃねえか。 もう、調査は終わったのか?」
セムネイルとゼゴンの会話にネッチの顔色はどんどん悪くなる一方だった。
「は、はい。 ですが、ゼゴンさんには余り良い報告では有りません。 実は――――
◆◇◆
――――という訳で、そちら所属の冒険者達は全員死亡。 異常の調査も全て、此方のセネルさんが終わらして下さいました」
コルナの説明が終わると、ゼゴンの顔は蛸のように赤くなりネッチは満面の笑顔に変わった。
「で? それを信じろと? うちの冒険者達が穣ちゃんを犯して、更にダンジョンにはブラックゴブリンが数百匹にブラックゴブリンキングが居ただと?! それを、全裸で現れたこの男が全て片付けたと? 俺を馬鹿にしてんのかてめぇ!」
ゼゴンは立ち上がり、コルナに対し怒鳴り散らす。
「ひっひっひ! そうですマスター! こんな詐欺師達の話を聞いてはいけません!」
ガシッ! ヒュ――バッゴォォォォン!
我慢の限界を更に迎えたセムネイルは怒りに狂うゼゴンの頭を掴み、テーブルへと叩きつけた。
「いいか、よく聞けよ? 俺様は、今日、やっと永い永い封印から解放されたんだ。 まだ女も抱いてないし、腹いっぱいに飯も食えてない。 分かるか? なぁ? おい、いい加減にしないと全員殺すぞ?」
セムネイルの紅い瞳が怒りの炎の様に燃え上り、輝く。
全身から殺気が放たれ、ネッチは身体を震わせた。
「ひっひっ?! ひぃぃ! 現役時代では、Aランク冒険者だったマスターを力任せに?! ば、化け物……」
ゼゴンは床まで顔を叩き付けられ、直ぐに立とうとするが後頭部を掴まれた力が強すぎて1ミリも動けない。
(な、なんて力だぁ! お、俺の知ってるSランク冒険者より……強いだとぉ?!)
ゼゴンが身体を起こそうと必死になっていると、セムネイルの怒りが今度はネッチへと向かう。
「それと、其処の猿」
「ひっ?! は、はひ!」
「お前は、こんなに可愛い幼げな少女が犯されるのを是非としたんだ。 お前は殺す、必ずだ。 安心しろ」
「ひ? は、はっ!?」
パタンッ! ネッチはセムネイルの殺気を諸に受けて気絶してしまった。 隣のコルナはセムネイルの言葉に顔を赤らめ、俯いていたが今はそんな状況ではない。
「まずは、コルナの話を信用させてやる。 おい、蛸。 顔を上げろ」
バキッ! バキバキ!
セムネイルが掴んだままのゼゴンの後頭部を持ち上げ、ようやくゼゴンは身体を起こすことが出来た。
ここまでの実力差を身体に教えられたゼゴンは、既にセムネイルやコルナをどうこうするつもりは失せている。
なるべく怒りを買わない様に、慎重に言葉を選んだ。
「ぬぅぅ、お前……何者なんだ?」
「今はどうでもいい。 証拠はこれでいいか?」
セムネイルが4次元からブラックゴブリンキングの死骸を取り出し、部屋に出す。
ズシンッ!
もちろん、ブラックゴブリンキングは芋虫状態で苦悶の表情で死んでいる。
手足が無くとも、広い部屋が埋まる程だ。
コルナはセムネイルから話には聞いたが、実物を見て言葉を失った。
「こ、こいつぁ……どうやって出した? いや、どうやって倒したんだ? こんな化け物を……」
「ん? なんだ、蛸はマスターと呼ばれているのにこんな雑魚も狩れないのか? 人間は進化したのか、退化したのか分からんな」
セムネイルの挑発にゼゴンを顔を怒りで真っ赤にするが、証拠を見せられた為耐えた。
「てめぇ……本当に何なんだ? 」
「どうでもいい。 兎に角、その蛸な頭で考えろ。 コルナに対し、どうするのか、何をするのか」
ゼゴンは押し黙り、何かを考えているようだ。
「セネルさん……ありがとうございます」
「はぁ……言いたいことは山程あるが、構わん。 これが済んだら、飯行くぞ」
コルナと雑談している間に、棚から革袋を取り出しに向かったゼゴンが戻ってきた。
ジャラッ! ドンッ!
壊れたテーブルの上へとそれを置き、四つん這いになり床へと頭を叩き付けた。
「ゼゴンさんっ!?」
「すまなかった!! 穣ちゃんへの詫びと、其処のブラックゴブリンキングを討伐してくれた礼だ! コイツが……もしダンジョンから這い出て来ていたらこの街は滅んでいただろう。 それに……」
「それに、なんだ?」
「うちの新人冒険者達の仇を取ってくれた礼でもある。 俺の全財産だ! これで、どうか! 頼む!」
置かれた革袋を少し開けると、金貨銀貨がぎっしりと詰まっていた。
平民の生涯年収を大きく越えている大金だ。
「許すか決めるのはコルナだ。 どうする?」
「あわわわ! こ、こんな大金貰えません!」
「だそうだ、残念だったな。 よし、一思いに殺してやろう」
セムネイルから殺気が放たれ、ゼゴンは一瞬で走馬灯を見始める。
「ちょっ?! セネルさん!? なんでそうなるんですか!! 分かりました! 頂きます! 許しますからー!」
「本当にすまなかった! ありがとう、本当にありがとう」
ゼゴンは涙を鼻水を盛大に垂らし、ひたすらコルナに感謝する。
「よし、コルナ行くぞ」
「え? セネルさん? でも、ゼゴンさんが、ちょ、ちょっと~!」
泣きながら礼を言ってくるゼゴンを、どうしたらいいか分からないコルナはセムネイルに手を引かれ退出していく。
1階に降りると、スタッフや冒険者達が切り刻まれた苦しむ肉片を1ヵ所にかき集めていた。
「その……セネルさん。 私は先程、ゼゴンさんを許しました。 この人達……なんとかなりませんか?」
「……正気か?」
セムネイルは呆気にとられた顔をするが、コルナの意思は変わらないようだ。
(なんとか出来るが、コイツ等はまた同じ事をすると思うぞ)
ゲスでクズな人間達はいつもそうだ。
此方が慈悲を見せても、直ぐに裏切る。
「……お願いします」
暫し待つが、コルナの気持ちは変わらない。
「仕方ない……。 だが、かなりの魔力を使う事になるからな。 飯をたっぷりと奢れよ?」
「いえ、さっきの大金の殆どはセネルさんのですから。 むしろ、私に奢って下さい!」
「おま……。 まぁ、いい。 全員離れろ、治療してやる」
笑顔のコルナとセムネイルに怯えるスタッフや冒険者達が急ぎ離れる。
その直後、セムネイルからは膨大な魔力が溢れだし。 冒険者に居た幾人かの魔法使い達が、その壮大な魔法に感動し涙した。
「契約せし癒しの女神よ、神々を裏切り俺を味方した慈悲深き女神よ。ここに横たわる者達を癒せ、元の姿に戻せ、ここにお前の奇跡を見せてやれ! 治癒女神の慈悲!」
光が細切れの肉片を包み、光が消えた時、細切れだった男達は全員元の身体に戻っていた。
「「「「も、戻った! き、奇跡だ!!」」」」
男達は元の身体に戻れた事を、涙し喜んだ。
「さて……おい、お前ら!!」
セムネイルの声に、全員が固まる。
「お前達が治癒され、この場に入れるのはお前達が犯し殺そうとしたシスターの慈悲だ! 忘れるな! 絶対に慈悲を忘れるな! 分かったら、2階の副ギルドマスターを連れて詰所に出頭しろ! 其処で、今までの悪事を全て自白しろ!
もし、コルナの慈悲を汚したら……どこまでも追って殺してやる」
紅い瞳がギラギラと輝くセムネイルの凶悪な威圧に男達はひたすら首を立てに振った。
「「「「は、はひ! ち、誓います! シスター、本当に本当にありがとうございます! すみませんでした、すみませんでした! 直ぐに副マスを連れて出頭致しますー!!」」」」
男達は大粒の涙を流しながら走っていった。
何が起きたか分からず、呆然とするスタッフと冒険者達を他所にセムネイルは空いてる円卓へと座った。
「ん? どうしたコルナ、飯を食おう! 今日はもう魔力がすっからかんだ」
コルナは立ち竦んだまま、セムネイルの事を惚けた熱を帯びた顔で見つめていた。
「え、えへへ……私の為にあんなに怒って……。 って、そこじゃないでしょ私! セ、セネルさん? さ、さっき背後に立ってた美しい女性といい、少し前の人形みたいな女性といい。 一体、セネルさんは何者なんですか?!」
セムネイルは深く溜め息を付き、今日何度目かの自己紹介をする。
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