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序章
しおりを挟むとんでもなく不可解な現象だった。どうしてこんなことになったのか、さっぱり分からない。
落胆と恐怖が綯い交ぜになり、絶望に肩を叩かれた気がした。
いま思えば悲哀な人生だった。
全部が全部とまでは言わない。
だけど......私は○○回目のーーで、この世から去ることになった。
ーー私はただ、平穏に暮らしたかっただけ......。
初めはどんな音か分からなかった。
しかしその音は、どんどん囁きに聞こえてきた。
性別は分からないが、いやそもそも人間なのかどうかも分からない。
どうやら大勢で話し合っているようで、かさこそとした、音に似た声たち。
『成功した!』
『今度こそはーー』
最後に、静かな水面に水滴が落ちる、澄んだ音がした。それっきり謎めいた囁き声は止んだ。
あとは、静寂。
「......」
少女がゆっくりと目を開けて、上半身を起こす。少女は何もない暗闇の中に横たわっていたようだ。
意識は朦朧というか、曖昧で自分の身体のすべてに違和感を覚えた。
だけどーー。
いったい自分の身体が、どういうもので、どんな感じだったのか分からないーーいや、思い出せない。
自分はいったい......どんな人間だったんだーー?
しかし、少女の目に映るのはいちめんの暗闇だけだった。光源もない場所ではあったが、床や自分の身体ははっきりと見える。
病気的な程に白い手。黒の可愛らしいーー制服。
頭が重い。身体も、だるい。まるで病み上がりのようだ。
ーーここは......どこだろうか。
少女は何も思い出せない。
ーー私は一体何を......。
本当に何も思い出せないでいた。
このままずっと、うずくまっているのか。少女は深いため息をついた。
そのとき、青い光が視界を横切った。驚いてあたりを見回す。暗闇は暗闇のままだったが、目が慣れてきたのか、見やすくなっていた。
「水面ーー底?」
少女は目を見張り、息を呑んだ。はるか頭上には水面があり、どこまでも続いていた。
おぼろげな太陽がゆらゆら、とこちらを見ているように浮かんでいるのが見える。
しかしここは本当に水の底なのか?少女はよく自分の身体を見る。髪も服も濡れていないし、それにちゃんと呼吸ができる。
するとすっ、と赤い光が、また視界の端で動いた。ここよりずっと遠くで、その赤い光が揺れているように見える。
少女は、その光をじーっ、と見ていると誰かが無言で、ずっと自分を見つめているようで、落ち着かない。
小さく深呼吸をすると、ゆっくりと少女は立ち上がった。足が重い。身体じゅうが重い。まるで重量が自分にかされているように足取りが不安定になる。
しかし歩いているうちに、だんだん身体が慣れてきたのか、違和感が気にならなくなった。
しかし、赤い光は突如として、自分の目の前で姿を消してしまった。それでも前に進むーーいや勝手に足が動いている。
だいぶ歩いたところに、何かが......見えてきた。
赤い光はまるで幻のように頼りない光ではあったが、それが物体であるとはっきりと認識できていた。
自分でも気が付かないうちに、早歩きになっており、どんどんとそれに近づくのがわかった。
そしてついにそれが何なのか、わかると足を止める。
それは『鏡』であった。その鏡は壁にかけられているかのように、宙に浮いている。丸型の大きい鏡。
その鏡はヨーロッパとかにある、アンティーク品のような物ではなく、和鏡のような物で、金で装飾されていた。
鏡には、床しか映っていなかった。目の前に少女が居るのに、鏡には少女の姿が映っていない。
手を近づけても、鏡には床しか映らない。自分が透明人間になったのか、と少女は手を見ると。
『こんにちは』
鏡から声が聞こえた。
「......ッ!?」
少女は驚いて鏡をもう一度見上げる。鏡にはーー少女の姿が映っていた。
確かに、一秒前まではそこには誰も写っていなかったはずなのにーー。
黒く腰まで長い髪は癖もなくサラサラとしている。肌は白雪のように白い。顔立ちは......、かなり整っているようだった。
ーーだが、その大きな目はどんよりと濁っていた。よくある『死んだ魚のような目』という表現がピッタリだった。
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