御伽の歯車

シュガーコクーン

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 盛大にやらかした。




 いや、あの湯船がいけないのだと言わせてほしい。あの芳しい薔薇の香りに包まれて、寝てしまうのは必然と言えよう。

「馬鹿が」
「あの薔薇がいけないのです」
「じゃあ阿呆か」
「どちらもちがいます」

 顔を背けた直後、がっと顎を掴まれ強制的に前を向かされる。私は本調子ではないというのに、酷いと思う。

「それが助けられた人の態度か?」

 大変痛い所を突かれてしまった。


 そうなのだ。浴槽から救い上げてけれたのも、このリネンのワンピースを着せてくれたのも、肩に掛かっているバスタオルも、この白日の精霊だそうで。救い上げるのも服を着せるのも魔術で行ってくれたと聞き、紳士としても、乙女心の理解者としても言うことなし。

 そんな精霊に対し、まだ私をご主人様と呼んでしまうこの精霊は事実に狼狽え右往左往するだけだったそうで。

「ごめんなさい。…………ありがとうございました」


 そして見た目によらず世話焼きなのですね、という言葉は飲み込んだ。

 捻くれているには違いない。しかし指摘するとどう出て来るのかが予測不能であるため、ぐっと言いたい心を押さえつけたのだ。


「水分を取れ」
「はい」

 コップを受け取った私の手が震えていることに気づくと、ハールラトはコップを奪い返して口元に寄せる。水を飲ませてもらい、息を吐く。

「………………、やっぱり、世…………」

 自分の口を塞ぐ。

「なんだ。ちゃんと言え」
「いえ、何でもないです!」

 首を捻りつつも、話を収めてくれた。

「じゃあ帰るが、あいつどうにかしろよ」
「…………」
「だんまりかよ」

 視界の端っこでちらちらとバスタオルの塊が主張する。あの中身は、会話に全く参加していないディアノールである。ビジュアル的に駄目だ。

 のぼせていた私を助けようと参入したはいいが、私の裸を見て手に持っていたバスタオルを被り端で固まってしまったのだとか。

 そのバスタオルは私のためではなかったのだろうか。ハールラトは溜息を吐きながらバスタオルを出したに違いない。



「う、なんとかします。それよりも、色々ありがとうございました、ハールラト」

 笑顔でお礼を言うと、ハールラトは顔を背けた。

「ふん。様をつけろ、様を」
「ではハールラトさん」
「おい」
「駄目ですか?」
「………………いや駄目、ではないが」

 頬が色づいて見えるのは気のせいではないはずだ。見た目と相まってとても愛らしい。

「頭を撫でてもいいですか?」
「は?」
「いえもう撫でますね!」

 自分よりも少し低い位置にある頭をなでなでする。


 固まったかと思うと勢いよく手を振り払われる。

「帰る!」

 こちらを振り返ることなく早足で出て行ってしまった。私はハールラトさんの反応に笑顔が浮かぶ。

「可愛い……!」

 そう呟いた途端に横から衝撃を受け、思わず呻き声を漏らす。そしてぎゅうぎゅうと抱き締める力強すぎる腕を何回もタップするが、全く緩まない。


 骨が軋む痛みに耐えながら問う。

「どうしたの?」
「ハールラトが好きかい?」
「え、うん」

 頷いた瞬間更に腕力が強まって、私は流石に限界を感じた。

「痛い痛い痛い」
「………………も?」
「ごめん、何て?」
「私よりも?」

 がばりと上を仰ぐ。


 そして見えた美しいと称しても足りない顔は、酷く歪んでいた。


 一瞬後。私はディアノールの感情を感じ取り嬉しいと思ってしまった。


 嬉しいと思った自分に困惑した。

 でもそれよりも。ディアノールにそんな勘違いな思いを抱かせたままにしたくはなかったため、私はディアノールと顔を合わせる。

「そもそも好きの種類が違うから比べられないよ?」
「…………そういうものなのかい?」
「だと私は思っています」


 友情、恋情、親情。なんであれ、同じカテゴリーに分けられる“情”の中でも、人が違えば同じ情を、好意を、感じることなんてないというのが持論だ。

 だって、誰に対しても同じ接し方をするなんて事はありえない。イコール相手に抱いている好意が全て同じなんてことはありえない。


 ディアノールの瞼が震える。

「じゃあ、これから私はずっとずっと君の特別でいられる……?」

 声までか細く震えていた。


 私は深く頷いてやる。

「勿論! それに貴方は私に人生を与えてくれた特別な人、精霊? だから。仮に特別達が出来ても、1番はディアノールで変わらない」
「…………ならいいのかな?」
「疑問系なんだ」

 あまりの可愛さに笑おうとして、漸くそういえば身体中痛いのだったと思い出したが遅い。


 私は締め付ける腕の苦しさと完全回復ではないのぼせにより段々と意識を失っていった。
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