3 / 9
知人未満
しおりを挟む
「…………そろそろこの体勢に疲れたから離してほしいのだけど……」
「わ、ごめんねご主人様」
ぱっと抱擁から解放してもらえたが、それどころではない。
「ご主人様……?」
「うん。ペットは飼い主の事をご主人様と呼ぶのだろう?」
「まって、その知識はどこで手に入れたの!?」
「おや、違うのかい?」
「ご主人様という言葉は純粋なペットと飼い主では使わないと思う」
「じゃあご主人様ではないのかい……?」
「え」
理不尽なことは言っていないのにそんなにしょんぼりされると自分が悪いことをした気になってくるからやめてほしい。
純粋なペットと飼い主の場、ペットは人間の言葉を話せないのだから呼び方なんてないだろう。しかしこの精霊がそれで納得するとは思えない。
「はっ! いや、そもそも何でペットと飼い主!?」
「ご主人様さっきいいよって」
「…………?」
先程の場面を自分の中で回想し、彼の言った言葉をなんとか理解しようとする。
そして何がどう解釈されているのかに気がついた。すぐさまぶんぶんぶんと首を振る。勿論横に。
「私のさっきのいいよ、は家族に関するいいよであって決してペットに関するいいよではない!」
「……約束破るの?」
「おぉ?」
目を伏せ切なげに見つめられる。
そもそも約束したつもりはない。が。
「約束破るの……?」
「え」
彼の瞳は最早溢れてしまいそうなほどうるうるだ。
「…………約束」
終いには頭にほっぺをぐりぐりされて、固い意志を知る。
私は、この犬な精霊にとても弱いらしい。しかもこんな裏切られた仔犬のように見つめられて耐えられるはずがなかった。
「う、ペットと飼い主な関係も追加、する?」
「うん!」
あぁ、ぶんぶんと振る尻尾が見える。
「とりあえずだから! 後々消すから!!」
「うん!」
まだ幻覚が見える。こうなったらやけっぱちである。
「私のことはエフィーニアってちゃんと名前で呼んでよ!?」
「わかったよご主人様!」
「わ、わかってない」
私はがっくりと項垂れた。
結局彼が私のことを名前で呼ぶ確率は半分にしか持っていけなかった。これでも頑張ったのだ、努力したのだ。褒めてほしいくらいである。森の中から抜けてもいないというのに、徒労感でぐったりとする。
「……………………」
「この近くに街か村はある?」こう彼に尋ねる前に、呼びかけるため彼の名前を言おうとしたが名前が出てこない。
お互い名乗っていない。
私は愕然とした。私は流れで言ったが。
もう、彼とは濃い時間を過ごしたため、短時間であろうが長時間共に過ごしたようなつもりになっていた。しかし事実としては、まだこの精霊とは会って一時間も経っていないだろうし、名前さえも知らないというまさかの知人未満なのだ。
いやしかし、と自分で落ち込んだ心を立て直そうとする。名前を呼ぶようにとたった今、躾け終わったばかりなのだった。
ここまで考えてあれ、と首を捻る。これは良い事なのだろうか。
眉を寄せ、そろりと私の言葉を待っている精霊を見やる。
早くもこの精霊に毒されてしまっているのでは。
こんな事実からは一旦目を逸らすついでに彼からも目を逸らした。
思考を戻そう。私と彼は相互では成り立っていないため、やはり知人未満なのではないだろうか。
あぁ、何故自分は負の方向へと考えを向けてしまったのだろう。せっかく立て直しかけた心が、再び打ちひしがれる。
「ごしゅ……エフィーニア!」
ギリギリアウト。褒めて褒めてとばかりに期待の目で見つめられ、私は彼の頭をそっとひと撫でする。
「エフィーニア、どうしたんだい?」
「いや、私はあなたの名前を知らないからあなたの事を呼べないなと思っていただけ」
「名前…………。………………君は名前で呼んでくれるんだね」
名前を呼ぶというのは些細であるはずの事なのに、彼はぱっと花が綻ぶように微笑んだ。その微笑みに、胸がぎゅうと掴まれた。
「うん、呼ぶよ。これから沢山」
「本当?」
「本当」
あまりにも嬉しそうだから私にまでそんな気分が移り、自然と笑顔になる。
「だから名前を教えて?」
「…………これほど立派な屋敷だとは思ってなかったなぁ……」
「嫌だった?」
「嫌、というか実感が湧かない」
まず敷地が広い。広大な庭には木々花々が生きてはいるが、野生に帰っている感漂うスマートとは言い難いもっさり具合。いや、結晶な花や淡く煌めく木など観ていて綺麗で美しいと思うし楽しいのだが。その分もっさりだと言う事実がもったいなさすぎる。
屋敷は正面から見ただけで巨大だとわかる。そして壁が神々しいともすぐわかる。遠目からわかる。白乳色に光沢を混ぜたオーロラのような壁に、オパールグリーンの屋根が美しいコントラストを織り成している。バロック建築に見えるが、こちらでは何と言うのだろうか。
私の父親の家も立派な屋敷だとは思っていたが、流石に霞む。
呆然と屋敷を見遣っていると、背後から抱きついて逃すまいと拘束していた腕がいつの間にか離れており、手を引かれた。
「こっちだよ」
連れて来られた部屋では、待っているように言われた。
ソファーにぽすんと座り、あまりの座り心地の素晴らしさにまた言葉を失うがなんとか賛辞を搾り出す。
「とてもちょうどいい……!」
ふかふかすぎて完全に沈んでしまうわけでもなく、かと言って硬いと感じるわけでもない。ちょうどいいふわふわと反発具合なのだ。
力を抜いて背もたれにもたれ掛かる。こちらに来てそれ程時間は経っていないが、精神的疲労が最高のソファーの元引き出されていく。
「わ、ごめんねご主人様」
ぱっと抱擁から解放してもらえたが、それどころではない。
「ご主人様……?」
「うん。ペットは飼い主の事をご主人様と呼ぶのだろう?」
「まって、その知識はどこで手に入れたの!?」
「おや、違うのかい?」
「ご主人様という言葉は純粋なペットと飼い主では使わないと思う」
「じゃあご主人様ではないのかい……?」
「え」
理不尽なことは言っていないのにそんなにしょんぼりされると自分が悪いことをした気になってくるからやめてほしい。
純粋なペットと飼い主の場、ペットは人間の言葉を話せないのだから呼び方なんてないだろう。しかしこの精霊がそれで納得するとは思えない。
「はっ! いや、そもそも何でペットと飼い主!?」
「ご主人様さっきいいよって」
「…………?」
先程の場面を自分の中で回想し、彼の言った言葉をなんとか理解しようとする。
そして何がどう解釈されているのかに気がついた。すぐさまぶんぶんぶんと首を振る。勿論横に。
「私のさっきのいいよ、は家族に関するいいよであって決してペットに関するいいよではない!」
「……約束破るの?」
「おぉ?」
目を伏せ切なげに見つめられる。
そもそも約束したつもりはない。が。
「約束破るの……?」
「え」
彼の瞳は最早溢れてしまいそうなほどうるうるだ。
「…………約束」
終いには頭にほっぺをぐりぐりされて、固い意志を知る。
私は、この犬な精霊にとても弱いらしい。しかもこんな裏切られた仔犬のように見つめられて耐えられるはずがなかった。
「う、ペットと飼い主な関係も追加、する?」
「うん!」
あぁ、ぶんぶんと振る尻尾が見える。
「とりあえずだから! 後々消すから!!」
「うん!」
まだ幻覚が見える。こうなったらやけっぱちである。
「私のことはエフィーニアってちゃんと名前で呼んでよ!?」
「わかったよご主人様!」
「わ、わかってない」
私はがっくりと項垂れた。
結局彼が私のことを名前で呼ぶ確率は半分にしか持っていけなかった。これでも頑張ったのだ、努力したのだ。褒めてほしいくらいである。森の中から抜けてもいないというのに、徒労感でぐったりとする。
「……………………」
「この近くに街か村はある?」こう彼に尋ねる前に、呼びかけるため彼の名前を言おうとしたが名前が出てこない。
お互い名乗っていない。
私は愕然とした。私は流れで言ったが。
もう、彼とは濃い時間を過ごしたため、短時間であろうが長時間共に過ごしたようなつもりになっていた。しかし事実としては、まだこの精霊とは会って一時間も経っていないだろうし、名前さえも知らないというまさかの知人未満なのだ。
いやしかし、と自分で落ち込んだ心を立て直そうとする。名前を呼ぶようにとたった今、躾け終わったばかりなのだった。
ここまで考えてあれ、と首を捻る。これは良い事なのだろうか。
眉を寄せ、そろりと私の言葉を待っている精霊を見やる。
早くもこの精霊に毒されてしまっているのでは。
こんな事実からは一旦目を逸らすついでに彼からも目を逸らした。
思考を戻そう。私と彼は相互では成り立っていないため、やはり知人未満なのではないだろうか。
あぁ、何故自分は負の方向へと考えを向けてしまったのだろう。せっかく立て直しかけた心が、再び打ちひしがれる。
「ごしゅ……エフィーニア!」
ギリギリアウト。褒めて褒めてとばかりに期待の目で見つめられ、私は彼の頭をそっとひと撫でする。
「エフィーニア、どうしたんだい?」
「いや、私はあなたの名前を知らないからあなたの事を呼べないなと思っていただけ」
「名前…………。………………君は名前で呼んでくれるんだね」
名前を呼ぶというのは些細であるはずの事なのに、彼はぱっと花が綻ぶように微笑んだ。その微笑みに、胸がぎゅうと掴まれた。
「うん、呼ぶよ。これから沢山」
「本当?」
「本当」
あまりにも嬉しそうだから私にまでそんな気分が移り、自然と笑顔になる。
「だから名前を教えて?」
「…………これほど立派な屋敷だとは思ってなかったなぁ……」
「嫌だった?」
「嫌、というか実感が湧かない」
まず敷地が広い。広大な庭には木々花々が生きてはいるが、野生に帰っている感漂うスマートとは言い難いもっさり具合。いや、結晶な花や淡く煌めく木など観ていて綺麗で美しいと思うし楽しいのだが。その分もっさりだと言う事実がもったいなさすぎる。
屋敷は正面から見ただけで巨大だとわかる。そして壁が神々しいともすぐわかる。遠目からわかる。白乳色に光沢を混ぜたオーロラのような壁に、オパールグリーンの屋根が美しいコントラストを織り成している。バロック建築に見えるが、こちらでは何と言うのだろうか。
私の父親の家も立派な屋敷だとは思っていたが、流石に霞む。
呆然と屋敷を見遣っていると、背後から抱きついて逃すまいと拘束していた腕がいつの間にか離れており、手を引かれた。
「こっちだよ」
連れて来られた部屋では、待っているように言われた。
ソファーにぽすんと座り、あまりの座り心地の素晴らしさにまた言葉を失うがなんとか賛辞を搾り出す。
「とてもちょうどいい……!」
ふかふかすぎて完全に沈んでしまうわけでもなく、かと言って硬いと感じるわけでもない。ちょうどいいふわふわと反発具合なのだ。
力を抜いて背もたれにもたれ掛かる。こちらに来てそれ程時間は経っていないが、精神的疲労が最高のソファーの元引き出されていく。
0
お気に入りに追加
15
あなたにおすすめの小説
【掌編集】今までお世話になりました旦那様もお元気で〜妻の残していった離婚受理証明書を握りしめイケメン公爵は涙と鼻水を垂らす
まほりろ
恋愛
新婚初夜に「君を愛してないし、これからも愛するつもりはない」と言ってしまった公爵。
彼は今まで、天才、美男子、完璧な貴公子、ポーカーフェイスが似合う氷の公爵などと言われもてはやされてきた。
しかし新婚初夜に暴言を吐いた女性が、初恋の人で、命の恩人で、伝説の聖女で、妖精の愛し子であったことを知り意気消沈している。
彼の手には元妻が置いていった「離婚受理証明書」が握られていた……。
他掌編七作品収録。
※無断転載を禁止します。
※朗読動画の無断配信も禁止します
「Copyright(C)2023-まほりろ/若松咲良」
某小説サイトに投稿した掌編八作品をこちらに転載しました。
【収録作品】
①「今までお世話になりました旦那様もお元気で〜ポーカーフェイスの似合う天才貴公子と称された公爵は、妻の残していった離婚受理証明書を握りしめ涙と鼻水を垂らす」
②「何をされてもやり返せない臆病な公爵令嬢は、王太子に竜の生贄にされ壊れる。能ある鷹と天才美少女は爪を隠す」
③「運命的な出会いからの即日プロポーズ。婚約破棄された天才錬金術師は新しい恋に生きる!」
④「4月1日10時30分喫茶店ルナ、婚約者は遅れてやってきた〜新聞は星座占いを見る為だけにある訳ではない」
⑤「『お姉様はズルい!』が口癖の双子の弟が現世の婚約者! 前世では弟を立てる事を親に強要され馬鹿の振りをしていましたが、現世では奴とは他人なので天才として実力を充分に発揮したいと思います!」
⑥「婚約破棄をしたいと彼は言った。契約書とおふだにご用心」
⑦「伯爵家に半世紀仕えた老メイドは伯爵親子の罠にハマり無一文で追放される。老メイドを助けたのはポーカーフェイスの美女でした」
⑧「お客様の中に褒め褒めの感想を書ける方はいらっしゃいませんか? 天才美文感想書きVS普通の少女がえんぴつで書いた感想!」
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
【本編完結】記憶をなくしたあなたへ
ブラウン
恋愛
記憶をなくしたあなたへ。
私は誓約書通り、あなたとは会うことはありません。
あなたも誓約書通り私たちを探さないでください。
私には愛し合った記憶があるが、あなたにはないという事実。
もう一度信じることができるのか、愛せるのか。
2人の愛を紡いでいく。
本編は6話完結です。
それ以降は番外編で、カイルやその他の子供たちの状況などを投稿していきます
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
会うたびに、貴方が嫌いになる
黒猫子猫(猫子猫)
恋愛
長身の王女レオーネは、侯爵家令息のアリエスに会うたびに惹かれた。だが、守り役に徹している彼が応えてくれたことはない。彼女が聖獣の力を持つために発情期を迎えた時も、身体を差し出して鎮めてくれこそしたが、その後も変わらず塩対応だ。悩むレオーネは、彼が自分とは正反対の可愛らしい令嬢と親しくしているのを目撃してしまう。優しく笑いかけ、「小さい方が良い」と褒めているのも聞いた。失恋という現実を受け入れるしかなかったレオーネは、二人の妨げになるまいと決意した。
アリエスは嫌そうに自分を遠ざけ始めたレオーネに、動揺を隠せなくなった。彼女が演技などではなく、本気でそう思っていると分かったからだ。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
竜王陛下の番……の妹様は、隣国で溺愛される
夕立悠理
恋愛
誰か。誰でもいいの。──わたしを、愛して。
物心着いた時から、アオリに与えられるもの全てが姉のお下がりだった。それでも良かった。家族はアオリを愛していると信じていたから。
けれど姉のスカーレットがこの国の竜王陛下である、レナルドに見初められて全てが変わる。誰も、アオリの名前を呼ぶものがいなくなったのだ。みんな、妹様、とアオリを呼ぶ。孤独に耐えかねたアオリは、隣国へと旅にでることにした。──そこで、自分の本当の運命が待っているとも、知らずに。
※小説家になろう様にも投稿しています
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
人生を共にしてほしい、そう言った最愛の人は不倫をしました。
松茸
恋愛
どうか僕と人生を共にしてほしい。
そう言われてのぼせ上った私は、侯爵令息の彼との結婚に踏み切る。
しかし結婚して一年、彼は私を愛さず、別の女性と不倫をした。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
骸骨と呼ばれ、生贄になった王妃のカタの付け方
ウサギテイマーTK
恋愛
骸骨娘と揶揄され、家で酷い扱いを受けていたマリーヌは、国王の正妃として嫁いだ。だが結婚後、国王に愛されることなく、ここでも幽閉に近い扱いを受ける。側妃はマリーヌの義姉で、公式行事も側妃が請け負っている。マリーヌに与えられた最後の役割は、海の神への生贄だった。
注意:地震や津波の描写があります。ご注意を。やや残酷な描写もあります。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。
鶯埜 餡
恋愛
ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。
しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる