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3.異世界であることを証明せよ

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「でも、その前に。フード脱がないんですか?」
「……」
「すみません。気になったので」
「私自身何も知らないことを覚えておいてください」

 それはどういう意味かと尋ねる前に、フードを取り払うことで表れた髪を見て納得する。
 ランプの光が頼りな為本来の色を正確には把握できないが、濃い青、だろうか。ほぼ黒に見える髪はストンと綺麗に流れている。特筆すべきはその先で、毛先約3cmがグラデーションのように色が抜けて白くなっている。

 ノアは綺麗、と思わず溢す。
 グランは無防備なノアに驚き凝視した。

「凄い、雨垂れのようですね。とても綺麗です」

 それに気づいたノアが苦笑して、気を取り直したように言葉を重ねる。

「……」

 グランは反応に困った。
 幼少期は髪が違うというだけで同年代に馬鹿にされ、大人には目立つと邪険にされた。冒険者業を始める頃には常にフードを被っていたし、バレたら脅していたので、面と向かって褒められるのは初めてなのだ。
 因みに馬鹿にした同年代は全員叩きのめしたし、大人には表面上は何もしなかったがバレないように地味に嫌な罠は仕掛けていた。

「……」

 グランはまたフードを被った。
 それを見てノアはによによとした。顔では穏やかな笑顔を保ったが。

「もしかして照れてます?」
「……」
「不快な感情ではなくて、何も言葉が出てこないのなら、感謝を口にしておくといいですよ。処世術です」
「……ありがとうございます」
「あ、早速使いこなしてますね」

 孤独を好んでいそうなのに意外と素直で可愛いな、と思いながらノアはほのぼの微笑んだ。
 一方グランは、この一回だけでは使いこなしているとは言えないのではないかと思ったが、ノアの笑顔に口を噤んだ。

「もう一回お願いしたいことを伝えますね」
「はい」
「僕に関することを他言しない。契約期限は一ヶ月、その内最初の一週間はほぼ行動を共にする。そこから三週間は必要に応じて。依頼内容は王都観光、です。では、交渉をどうぞ」

 交渉を、と言われても。この貴族然とした男からそんな言葉を言われるとは思ってもいなかったのでグランは無表情で混乱した。

「あれ。こういうのって真正面からぶつかり合って熾烈に交渉をするものじゃないんですか?」
「何処情報ですか。合ってますが」
「姉情報です」

 納得しかけたが、この貴族然とした男が本当に貴族だとしたらその姉も貴族だろう。グランは余計に混乱した。

「合ってますが、この場合は合ってないです」
「そうなんですか?」
「そうです。普通は依頼人がワンチャンを狙って無理難題を押し付けてきて、受け手がそれは無理だと主張し、そして受け手もワンチャンを狙って依頼人に金額を上げろと言うので起こるのです。貴方の依頼は寧ろ簡単ですし報酬も破格です」
「そうなんですね……」
「何故残念そうなんですか」

 ノアは分かってないと首を振る。裏を読み合って何気ない会話の中で熾烈な交渉や取り引きをすることがどれだけ気をつかうことか。そして楽しくないことか。
 真正面から堂々とやり合うなんて清々しくて堪らないのだろうな、と楽しみにしていたのだ。

「またの機会にします。それより、受けて貰えるということで良いんですね?」
「はい」

 ノアは女将に見られる前にしまった袋を取り出しグランに手渡す。

「ありがとうございます。あ、じゃあ乾杯しましょう。まだ口付けてませんよね」

 ランプの淡い光に照らされているコップをノアが手に取ると、倣うようにグランもコップを手に取った。

「この出会いに、乾杯」

 ノアがコップ同士をぶつけようとしたら、あからさまに避けられた。

「えっ」
「え」

 お互い訝しげに見つめ合う。

「……僕のところだと、こういう時はコップをぶつけ合うんですけど、こっちでは違いました?」
「普段は音を立てないことがマナーなのに何故わざわざぶつけ合って音を立てるのですか」
「そこを突かれたら此方が間違っている気がして来ますね……。いや、毒を盛られない為の行動なので、意味はあるんですけど」
「此方では目の高さ程度まで持ち上げるだけですね」

 成程、とお互い頷き合う。
 ノアは自分のところの文化を確かにマナーとしては異様だと認識したし、グランは毒とかこの人絶対貴族だと確信した。

 そのまま乾杯はなあなあに、どちらかともなく酒を飲み始める。先程のノアの言葉がなかったら、グランは絶対にノアが飲むのを確認してからしか口に含まなかったのだろうが。
 ノアは苦笑する。なかなかに警戒心が強そうだ、と。

 それにしても、とノアは呟く。

「今日の中で一番のカルチャーショックでした」

 グランは期間が短いなと思ったし、ノアの中の一番のカルチャーショックが地味に気になった。
 勿論、ノアは今日此方に来たばかりなので一番のカルチャーショックが乾杯に関することだ。
 グランはあと少しでそのことを知ることになる。そしてこれが一番なのかと呆れることとなるのを今はまだ知らない。

 二口目を飲み、ノアはおもむろに口を開く。

「信じられないのなら、酔っ払いの戯言と思って流してください。支障はありませんから」
「はい」

 これから話す身としてはなんだが、非現実的な内容をグランが信じてくれるだろいかと思いながら口を開く。

「僕は今日、異世界から此方に転移して来ました」
「…………」

 グランの手が止まった。無表情が崩れはしなかったが、ぐるぐると考え込んでいることがわかる。

「………………信じます」
「あ、信じるんですね」

 言い出したのはそっちだろうという視線にノアは苦笑する。

「ちょっと意外でした」
「そんなデタラメを言っても貴方の損にしかなりません。明らかに貴族だとは見えない人が貴族だと名乗る方がまだ信憑性があります」
「確かにそうですね。あと、貴族ではないですよ」
「違うのですか」
「王子です」

 貴族どころかその上をきた。公爵子息だとしても驚かないと思っていたが、王子とは予想外にも程がある。
 そんなにほのぼのと爆弾発言をしないでほしい。

「と言っても、いずれ臣籍をいただく身ですから」
「ちなみにその場合の爵位は」
「公爵ですね」

 公爵子息ではなくて公爵本人だった。

「貴方が異なる場所から転移してきたとして、何故異なる世界だと断言できるのですか」
「このイヤーカフ、通信機能が付いているんですけど、実験の時大陸の端から端まで繋がったんです。けれど、試してみてもうんともすんとも言わなくて」
「それだけでは異なる大陸という可能性もあります」

 グランは、この慎重で機転の利く男が異なる世界だと断言する理由が気になった。

「異なる世界から降り立ちし男が乱世を憂し姫の嘆きに応え世を平定した」
「異なる世界」
「はい。単なる誇張、若しくは後付けだと思っていたんですけど……」
「今もその可能性はありますが」
「それに、その方は隠居した後、世界一周の大航海を成し遂げているんです」
「そうなんですか」
「はい。自分の生まれ育った地があるかもしれないという希望に縋っていたのかもしれません。その大航海で島は多く見つかりましたが新たな大陸は見つかりませんでした。勿論、発見されていないだけであるかもしれませんけど」

 グランは成程と頷いた。

「あと、パラレルワールドってご存知ですか?」
「起こりうる結果の分だけの世界が存在するというあれですか」
「多分そんな感じです。僕のいた大陸の遠い位置にある島とだけでもとても文化が違いました」
「はい」
「なのに、此処は僕が居た王都の文化と似過ぎているんです。文化が近い。これは逆に、異なる世界だと仮定するに充分ではないかなって」

 グランは成程と頷いた。
 此方に来て1日も経っていなというのに考察が凄い。

「充分でしたか?」
「これで充分だと思えないのなら貴方は普通の感覚がありませんね」

 充分過ぎるほど満足した。それどころか考察し過ぎていて若干引いた。
 そして今は途中からふと思っていたことを言っても良いタイミングだろうか。
 じっとノアを見つめていたら促すように首を傾げられたので言うことにする。

「名前を教えてください」
「言ってませんでした?」




 
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