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2.助っ人を釣る
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「また来ますね」
そう言うと、店主に「えっ」という顔をされたのは解せないが、良い宿を紹介して貰えたなと思いながら、ノアは宿で夕食を取っていた。
この後は出掛ける予定なので、しっかりと腹拵えをしておかなくてはいけないのだ。
(あ、美味しい)
ノアが絶品の料理達に舌鼓を打っていると、この宿の女将に声を掛けられた。
「味はどうだい、お客さん」
「とても美味しいですよ。此処が食事処でも驚かないくらいには」
「嬉しいこと言うねぇ。だろう? うちの旦那が作ってんだよ」
「そうなんですね。……惚気ですか?」
「やだねぇ事実だよ」
闊達な笑顔で躱された。流石宿の女将、手慣れてる。
「あ、この後観光に出掛けるので空けますね」
「あいわかったよ」
教えて貰った宿への道すがらに買った黒のローブを羽織りすっかりと日の落ちた街を歩く。
王の御膝元であるこの城下街は治安が良く、月が燦々と輝くこの時間でも大通りは活気に溢れている。しかし一歩路地裏へと足を踏み込めば、もうそこは夜を生業とする者達の場だ。
ノアは路地裏に入ると同時にフードを目深く被り、出ている部位は口元だけとなる。
そこに認識阻害まで掛けた今、ノアの顔を把握出来るモノは誰もいない。ノア自身でも、だ。
黒のローブは日の元だと悪目立ちするだけだが、月の光にはよく映えていることだろう。精密ではないが銀色で縁が刺繍されているのもポイントが高い。
ノアは軽い足取りで薄暗い路地を進む。それは潜むべきこの場では酷く不気味で理解出来ないモノに映るのだろうが、ノアは気づいていても気にするつもりがなかった。つまり無意味。
不敵に唇を釣り上げて、これから起こることへの期待を隠しもしない。
だって認識阻害で誰も覚えていられないのだ。隠すという労力を使う必要を何処にも感じなかった。
土地勘を全く持っていないノアが酒場を探し当てるまでには想定以上の時間を要したが、なんとな辿り着くことが出来た。
ノアはフードがずれていないことを確認し、酒場の扉を開く。
キィという少し立て付けの悪い音と共に酒場に居るモノ達の意識が此方に向いた。その数が居るモノ達より少ないように感じるのは、それだけ本物が紛れているということを証明している。
自分が鈍いと言われたらそれまでなのだが。
「口が固くて、一週間はほぼ共にいてくれて、そこから三週間は必要に応じて共にしてくれる、表でも活動していて、王都観光が出来る方が欲しいんですけど……」
ノアはにっこりと笑い、予め金貨100枚を纏めておいた袋を取り出し前へと放る。ガジャンと重い音が鳴り、瞬間空気が揺れた。
「勿論中身は金貨です。前金でこれだけ。一ヶ月が終わったらさらに同じだけ出します」
どうでしょう、と首を傾げて見せる。
浅めにフードを被った1人の男が歩み出て来て無機質な透明感のある水色の瞳をノアに向ける。
「保証は」
「んー。では、見せるだけ」
随分と用心深いことだと思いながらもう一つ、金貨100枚を入れた袋を取り出し、すぐに仕舞う。
「話は聞きます」
「ありがとうございます」
ノアしゃがみ込んで先程放り出した袋を拾う。
拾うのか、といった視線が向けられたが気にしない。
「では、続きは宿で。決裂しても、この前金の半分はお渡ししますね」
だからそれまで自分を守れ、そう存外に言われ、それくらいならまあいいかと男は頷いた。此処まで出て来たのに断る方が面倒くさい。
一方、ノアはそんな男の様子を見て頭の回転が速い良い人材を釣り上げたとほくほくする。
宿までの間、お互いに言葉は発しなかった。
鞄に仕舞わなかったこの金貨100枚の袋を狙って馬鹿なモノ達が襲い掛かって来ても、男がナイフ一本で斬り捨てる為安全だった。そういう輩は路地裏までだったらしく、その後は平和に進んだ。
馬鹿達が完全に出現しなくなるとノアはフードを脱いだ。男は脱がなかった。
「此処です」
「…………」
無言でじっと見つめられた。ノアは意味を読み取れなかった。
しかし然程気にすることなく宿の中へと入る。
もう寝るところだったのだろう、食堂の明かりを消そうとしている女将を見かけ声を掛けた。
「女将さん。ただいま戻りました」
「おや、おかえり。早かったね」
「そうですか?」
「朝帰りかと思っていたからね。それにしても、グランと知り合いだったのかい」
「酒場で気が合って、宿で飲み直そうと誘ったんです」
ノアはね、と振り返って促す。
「はい」
グランはこの人コミュ力高いなと思いながら頷いた。
「なら旦那のつまみの残りが冷蔵庫にあるから持っていきな」
「ありがとうございます。そういえば、つまみは買っていなかったので嬉しいです」
ノアはね、と振り返って促す。
「はい」
グランは機転も利くなと思いながら頷いた。
「早めに寝るんだよ」
「はい。おやすみなさい」
「おやすみね」
女将が食堂を出て行くのを見届けてから、厨房の方へと向かう。
「あ、何かを生ハムで巻いたのとゆで卵とチーズがあります。凄い、どれも美味しそう」
「本当に食べるんですか」
「え? 食べませんか?」
「食べますが」
酒のつまみの皿を持って、極力足音を食べないようにして階段を上がる。グランは流石というか、足音だけでなく全ての動作が無音だった。
「此処です」
そう囁き、ノアはグランを部屋へと招き入れる。
またグランに無言でじっと見つめられた。やはりノアは意味を読み取れなかった。
扉を閉め鍵を掛けるとノアは唯一の椅子をグランに譲り、自分はベッドへと腰掛ける。
つまみは机の上に置いた。ノアには若干取りにくい位置だが仕方ない。
「お酒、飲みますか?」
「飲みます」
昼間に宿への道すがら店を物色して手に入れた酒瓶から酒を注ぎ、己のコップを満たした。
「コップはありますか?」
「誰も彼もが無限収納付きの鞄を持っていると思わないでください」
「すみません」
遠回しに持っているわけがないと言われ、ノアは苦笑した。
「では、僕のでも?」
「構いません」
もう一個コップを取り出してこれまた並々と注ぎ、コトリと置く。
「さて。先程の続きをしましょう」
そう言うと、店主に「えっ」という顔をされたのは解せないが、良い宿を紹介して貰えたなと思いながら、ノアは宿で夕食を取っていた。
この後は出掛ける予定なので、しっかりと腹拵えをしておかなくてはいけないのだ。
(あ、美味しい)
ノアが絶品の料理達に舌鼓を打っていると、この宿の女将に声を掛けられた。
「味はどうだい、お客さん」
「とても美味しいですよ。此処が食事処でも驚かないくらいには」
「嬉しいこと言うねぇ。だろう? うちの旦那が作ってんだよ」
「そうなんですね。……惚気ですか?」
「やだねぇ事実だよ」
闊達な笑顔で躱された。流石宿の女将、手慣れてる。
「あ、この後観光に出掛けるので空けますね」
「あいわかったよ」
教えて貰った宿への道すがらに買った黒のローブを羽織りすっかりと日の落ちた街を歩く。
王の御膝元であるこの城下街は治安が良く、月が燦々と輝くこの時間でも大通りは活気に溢れている。しかし一歩路地裏へと足を踏み込めば、もうそこは夜を生業とする者達の場だ。
ノアは路地裏に入ると同時にフードを目深く被り、出ている部位は口元だけとなる。
そこに認識阻害まで掛けた今、ノアの顔を把握出来るモノは誰もいない。ノア自身でも、だ。
黒のローブは日の元だと悪目立ちするだけだが、月の光にはよく映えていることだろう。精密ではないが銀色で縁が刺繍されているのもポイントが高い。
ノアは軽い足取りで薄暗い路地を進む。それは潜むべきこの場では酷く不気味で理解出来ないモノに映るのだろうが、ノアは気づいていても気にするつもりがなかった。つまり無意味。
不敵に唇を釣り上げて、これから起こることへの期待を隠しもしない。
だって認識阻害で誰も覚えていられないのだ。隠すという労力を使う必要を何処にも感じなかった。
土地勘を全く持っていないノアが酒場を探し当てるまでには想定以上の時間を要したが、なんとな辿り着くことが出来た。
ノアはフードがずれていないことを確認し、酒場の扉を開く。
キィという少し立て付けの悪い音と共に酒場に居るモノ達の意識が此方に向いた。その数が居るモノ達より少ないように感じるのは、それだけ本物が紛れているということを証明している。
自分が鈍いと言われたらそれまでなのだが。
「口が固くて、一週間はほぼ共にいてくれて、そこから三週間は必要に応じて共にしてくれる、表でも活動していて、王都観光が出来る方が欲しいんですけど……」
ノアはにっこりと笑い、予め金貨100枚を纏めておいた袋を取り出し前へと放る。ガジャンと重い音が鳴り、瞬間空気が揺れた。
「勿論中身は金貨です。前金でこれだけ。一ヶ月が終わったらさらに同じだけ出します」
どうでしょう、と首を傾げて見せる。
浅めにフードを被った1人の男が歩み出て来て無機質な透明感のある水色の瞳をノアに向ける。
「保証は」
「んー。では、見せるだけ」
随分と用心深いことだと思いながらもう一つ、金貨100枚を入れた袋を取り出し、すぐに仕舞う。
「話は聞きます」
「ありがとうございます」
ノアしゃがみ込んで先程放り出した袋を拾う。
拾うのか、といった視線が向けられたが気にしない。
「では、続きは宿で。決裂しても、この前金の半分はお渡ししますね」
だからそれまで自分を守れ、そう存外に言われ、それくらいならまあいいかと男は頷いた。此処まで出て来たのに断る方が面倒くさい。
一方、ノアはそんな男の様子を見て頭の回転が速い良い人材を釣り上げたとほくほくする。
宿までの間、お互いに言葉は発しなかった。
鞄に仕舞わなかったこの金貨100枚の袋を狙って馬鹿なモノ達が襲い掛かって来ても、男がナイフ一本で斬り捨てる為安全だった。そういう輩は路地裏までだったらしく、その後は平和に進んだ。
馬鹿達が完全に出現しなくなるとノアはフードを脱いだ。男は脱がなかった。
「此処です」
「…………」
無言でじっと見つめられた。ノアは意味を読み取れなかった。
しかし然程気にすることなく宿の中へと入る。
もう寝るところだったのだろう、食堂の明かりを消そうとしている女将を見かけ声を掛けた。
「女将さん。ただいま戻りました」
「おや、おかえり。早かったね」
「そうですか?」
「朝帰りかと思っていたからね。それにしても、グランと知り合いだったのかい」
「酒場で気が合って、宿で飲み直そうと誘ったんです」
ノアはね、と振り返って促す。
「はい」
グランはこの人コミュ力高いなと思いながら頷いた。
「なら旦那のつまみの残りが冷蔵庫にあるから持っていきな」
「ありがとうございます。そういえば、つまみは買っていなかったので嬉しいです」
ノアはね、と振り返って促す。
「はい」
グランは機転も利くなと思いながら頷いた。
「早めに寝るんだよ」
「はい。おやすみなさい」
「おやすみね」
女将が食堂を出て行くのを見届けてから、厨房の方へと向かう。
「あ、何かを生ハムで巻いたのとゆで卵とチーズがあります。凄い、どれも美味しそう」
「本当に食べるんですか」
「え? 食べませんか?」
「食べますが」
酒のつまみの皿を持って、極力足音を食べないようにして階段を上がる。グランは流石というか、足音だけでなく全ての動作が無音だった。
「此処です」
そう囁き、ノアはグランを部屋へと招き入れる。
またグランに無言でじっと見つめられた。やはりノアは意味を読み取れなかった。
扉を閉め鍵を掛けるとノアは唯一の椅子をグランに譲り、自分はベッドへと腰掛ける。
つまみは机の上に置いた。ノアには若干取りにくい位置だが仕方ない。
「お酒、飲みますか?」
「飲みます」
昼間に宿への道すがら店を物色して手に入れた酒瓶から酒を注ぎ、己のコップを満たした。
「コップはありますか?」
「誰も彼もが無限収納付きの鞄を持っていると思わないでください」
「すみません」
遠回しに持っているわけがないと言われ、ノアは苦笑した。
「では、僕のでも?」
「構いません」
もう一個コップを取り出してこれまた並々と注ぎ、コトリと置く。
「さて。先程の続きをしましょう」
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