病院の僧侶(プリースト) と家賃という悪夢にしばられた医者

加藤かんぬき

文字の大きさ
上 下
42 / 57

チェスターとピアース(1)

しおりを挟む
 その日、最後の患者の受診が終わるとリリカがサーキスに唐突に言った。
「ちょっとあんた、これから一緒に飲みに行かない? あたし酒場に行きたいの! おごってあげるから!」
「え?」

「先生もファナも酒を飲まないし、あたしってファナ以外に友達がいないのよ。一人で時々、酒場に行くとねえ、男から声をかけられたりして嫌なのよ! あたしは童顔だし、一人で飲んでるとたまにからまれる…。

 この前どこかの男に『お姉さん、一緒に飲まない⁉』って言われたから、『あたしは老け専なの。二十年後に声かけて』って言ったら、『そしたらお前ババアじゃん⁉』だって。最悪」

「でも、ファナが誤解するかも…」
「あたしとファナは友達だもの! 大丈夫よ!」
「ま、いっか。行くよ。奢ってくれるなら」
「よし! じゃあ、あたしは今から着替えて来るわね!」

 病院の主であるパディよりもリリカはなぜか金を持っている。サーキスが前々から不思議に思っていたが、そこまで気にも留めてはいなかった。

     *

 サーキス達が酒場の扉を開けると夕方ながら、店内は客がちらほら席に着いて酒を傾けている姿が見えた。すでに酔っぱらった客もいる。サーキスとリリカはカウンターの近くのテーブルに向かい合って座る。リリカの髪型は珍しくツインテールではなく髪を下ろしていた。普通のロングヘアの格好だ。少し大人っぽくも見えた。

 ここはリリカが氷を卸している店でもあり、店員とリリカは顔なじみ。リリカが注文を済ませるとさっとビールと赤ワインが一つずつ現れた。サーキスは一気にジョッキを傾け、リリカは上品にワインを味わう。
「以前も言ったけど、あんたはセリーン教の僧侶なのに酒を飲むのね。あんたの寺院的にどうだったの?」

「そりゃ、師匠から禁止されていたぜ。でも不良僧侶の集まりだったから俺達は酒を飲んでた。そしてたまに親っさんに見つかってぶん殴られてた。あの化け物みたいに強いギルの親父だぜ。今思い出しても恐ろしい…」

「あんた達ってアホね…。どんな寺院か目に浮かぶようだわ…。今までうちで働いてた僧侶達も飲んだり飲まなかったりだった。一人だけ飲兵衛のんべえがいたわ。本当にセリーン教の戒律ってどうなってるのかしら…」

「あー! 手が痛い!」
 カウンター席から大きく漏れたその声にリリカとサーキスがそちらを向いた。
「しびれてたまらないぜ!」

 男二人が並んで座り、左側の男が左手だけに白い手袋をはめて手をブラブラと振っている。サーキスの方からは背中と横顔しか見えないが、左の男の顔はヒゲで毛むくじゃら。四十代に見えた。
「くっそー! 痛い痛い! だるい!」

 騒がしい隣人にいちいち反応せずに右の男がクールにグラスを傾ける。スキンヘッドで見た目は五十代ぐらいだ。二人ともガタイのいい体型に作業服。サーキスの目には彼らは肉体労働者に見えた。
「そんなに我慢できないか、チェスター」

 二人は酔って声のボリュームをコントロールできないのか、カウンターの男達の声は大きくサーキス達に丸聞こえだった。
「体がいつもだるいし、左手が痛くて痺れる。徹底的なのが握力がな、異常に落ちたんだ…。物をたまに落とすようになった…。実は俺、運送屋を辞めようかなって思ってるんだ…」

「馬鹿な、チェスター! お前、二十年以上もうちの会社を勤めてきただろ⁉」
「俺は握力が本当になくなってきてるんだ。ピアース、あんたは聞いてないようだが、俺はこの前、高級品のガラス細工を地面に落としてしまったんだ。弁償の話になったが、間接的にその商品は不動産屋のフォードさんの息がかかっていた。それであの人が気にするなと言ってくれたようで何の問題もなく終わった」

「噂で聞くがフォード不動産の社長っていい人みたいだな…」
「ああ…。でも、俺はまた物を落とすだろう。具合はどんどん悪くなる。運送屋として致命的だ。これ以上働けば給料がマイナスになることは目に見えている…。病院も行けるだけ行った。スレーゼンの病院はあちこちな。残るはあの病院だ…」

 落ち込むチェスターにスキンヘッドのピアースが意を決したように口を開いた。
「チェスター。黙っていたけど、三年前、俺の嫁さんはライス総合外科病院にかかって死んだんだ。四十六歳で逝った…。死んでもいいならあそこに行け」

 サーキスが音を立てて席を立った。リリカが「待って」と一言、サーキスを制した。彼女が唇の前に人差し指を立てる。黙って話を聞けということだ。サーキスはおとなしく席に座った。

「俺は初耳だぜ⁉」
 チェスターと呼ばれるヒゲづらの男が驚いている。
「あんた、何で黙ってた⁉ 奥さんは何の病気だったんだ⁉」

「ヤブ医者のライスって奴はガンという病気だと言っていた。それとあの病院にかかったなんて普通誰も言いやしねえよ。
 三年前のある日、嫁さんはいきなり倒れた。本当に突然のことだった。それでお前と一緒で病院を転々と廻って最後に行ったのがあの病院だ。そこでライス総合外科病院のヤブ医者はガンだと診断した。嫁さんが苦しいだろうからとそいつは注射一本打った。そしたら痛みで苦しむ嫁さんが途端に穏やかになった。俺はそれであのヤブ医者のことを信じちまった。

 あいつが言うにはニュウガン。乳のガンが元々の原因だったらしい。それがテンイして乳からハイ、ハイから脳、骨までガンっていうのが達してるって言ってやがった。何が何だかチンプンカンプンだった。

 そして場所を変えてヤブ医者と二人っきりになるとこう申告された。嫁さんはもって一か月だと。本人が気を落とすから嫁さんには伝えるな、そして悟られるな。…なんて酷なことを言いやがる。それでも俺は何とか嫁さんを助けて欲しかったからできることは全てやってくれと頼んだ。

 あいつは承諾してがんというやつを切れるだけ切ってくれた。乳、肺という臓器は二つあって一つは完全に除去、頭も切り開いて脳の癌も取り除き、骨も一部切除したそうだ。

 奴はそれでも寿命はそこまで伸びていない、死を受け入れろと言う。嫁さんは病院に入院していたが、しばらくして家に帰りたいと言い出した。その時に俺は気付かなかったが、嫁さんは俺の態度で自分の死を感付いていたのではないかと思う。普段は俺はお前の飯はまずいだの、出勤前に作業着は出しておけだの亭主関白だったからな。急に俺が優しくなったから気付いたのかな…。入院費のことも気にかけてたんじゃないのか…」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

白衣の下 先生無茶振りはやめて‼️

アーキテクト
恋愛
弟の主治医と女子大生の恋模様

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。

海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。 ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。 「案外、本当に君以外いないかも」 「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」 「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」 そのドクターの甘さは手加減を知らない。 【登場人物】 末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。   恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる? 田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い? 【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

処理中です...