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人工心肺装置
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その日は日曜日だった。ライス総合外科病院も日曜日は休診日である。しかし、年中家に引きこもっているパディは休みの日でも門戸を誰かが叩けば快く患者を招き入れる。
宿屋の一室で目を覚ましたサーキスは不意に思った。休みの日はパディとリリカは何をしているのだろうと。
「も、もしかして俺が知らない所で先生達は診察室でチューしたりとか…」
普段から隠しごとが上手な二人。サーキスはパディ達の関係が妙に気になった。彼は二人の幸せを祈りつつ、特にリリカの方に肩入れしている。
「行かなくちゃ!」
サーキスは急いで着替えて宿屋を飛び出した。あっという間に病院に着くと勝手口の音を立てないようにゆっくりと開いて中へと忍び込んだ。
抜き足差し足。息を潜めて廊下を進むと手術室から声がした。
「先生、では水を入れて試してみましょう。私が水を汲んで来ます」
「リリカ君、僕がやるよ…」
「先生には重い物を持たせるわけにはいきません」
リリカが扉の方へ向かって来る。急いでここから離れないと。サーキスはそう思ったが、隠れる必要もないと判断してか堂々と手術室へ入った。
「ちわー」
「わーっ、ビックリした! サーキス! もう! 脅かさないでよ!」
「今日はどうしたんだい、サーキス?」
この時、リリカとパディは普段着で何かを作っている様子だった。
「いやね、休みの日に先生達何してるのかなあって気になって。普通に仕事してたんだね…。ってそれ何?」
サーキスが指差した物は複雑な機械装置だった。大きなガラス瓶にガラスの管が伸び、さらに横に長い木箱と繋がって木箱からも管が伸びる。起動方法は吸引器と同じように魔法の風で動かすようだ。
「人工心肺装置よ」
リリカが得意気に言った。
「心臓の代わりに体の血液を循環させるのよ。これが出来上がったら心臓を止めて手術も可能になるわ。心臓も手術できるようになるのよ!」
「ふーん…」
ファナの家でフィリアの心臓を良く観察しているサーキスにはそれは訝しげな物に見えた。
(心臓なんか手術できるわけないだろ…)
「先生、よく見ていい?」
「ああ! ちょうどよかった。ごほっ。忌憚ない意見を言ってくれたまえ」
サーキスは開閉する木箱を開けたり閉めたりして思案顔でその機械を見つめた。それで足りない物があまりに多いと気付く。
「欠陥品だね」
サーキスのその声に本物の人工心肺装置を見たことがないリリカが驚いた。
「決定的なのがこれには肺の機能がない。二酸化炭素を取り除くガス交換の役割をするものがない。動脈と静脈は全然、血液の色が違うんだ。どっかで血液を綺麗にしないといけないんだ。
それにリリカの風の呪文で動かすみたいだけど、血流ってすっごく速いんだぜ。風撃でそれをやるの? たぶんその人、死ぬんじゃないかな? それからこの機械では心臓を止められない。まだ考えてる途中かな? とにかく失敗作だね。ははは。頭がいい先生でもこんなの作るんだね。はははー」
サーキスは軽い気持ちで思ったことをそのまま言った。しかし。
「人が一生懸命やっているのにそんなこと言わなくてもいいじゃないっ!」
サーキスは知らずにリリカの心をえぐっていた。
「これで、た、助かる命もあるかもしれないじゃないっ! な、何も知らないで! ひくっひくっ…。うっ…。あーん…」
リリカはその場にしゃがみ込んで泣き崩れた。サーキスはオロオロとリリカに何と声をかけようかと戸惑い、パディは予想通りといった表情で腕組みをしたまま立ち尽くした。
*
「おはよう」
翌日、病院でサーキスがリリカに申し訳なさそうに声をかけると、彼女は普通に返事をした。
「おはよう、サーキス」
「昨日はごめんな…」
「いいのよ。あたしも欲目が出ていてあの装置の欠陥をちゃんと見ようと思っていなかった…。いい勉強になったわ。もうちょっと頑張る。あんたも日曜日に来るのはいいけど、こっそり病院に入って来ないでね。驚くわ」
「お、おう」
(リリカが立ち直っててよかった…。こういうサバサバしたところがこいつのいいところだぜ…)
宿屋の一室で目を覚ましたサーキスは不意に思った。休みの日はパディとリリカは何をしているのだろうと。
「も、もしかして俺が知らない所で先生達は診察室でチューしたりとか…」
普段から隠しごとが上手な二人。サーキスはパディ達の関係が妙に気になった。彼は二人の幸せを祈りつつ、特にリリカの方に肩入れしている。
「行かなくちゃ!」
サーキスは急いで着替えて宿屋を飛び出した。あっという間に病院に着くと勝手口の音を立てないようにゆっくりと開いて中へと忍び込んだ。
抜き足差し足。息を潜めて廊下を進むと手術室から声がした。
「先生、では水を入れて試してみましょう。私が水を汲んで来ます」
「リリカ君、僕がやるよ…」
「先生には重い物を持たせるわけにはいきません」
リリカが扉の方へ向かって来る。急いでここから離れないと。サーキスはそう思ったが、隠れる必要もないと判断してか堂々と手術室へ入った。
「ちわー」
「わーっ、ビックリした! サーキス! もう! 脅かさないでよ!」
「今日はどうしたんだい、サーキス?」
この時、リリカとパディは普段着で何かを作っている様子だった。
「いやね、休みの日に先生達何してるのかなあって気になって。普通に仕事してたんだね…。ってそれ何?」
サーキスが指差した物は複雑な機械装置だった。大きなガラス瓶にガラスの管が伸び、さらに横に長い木箱と繋がって木箱からも管が伸びる。起動方法は吸引器と同じように魔法の風で動かすようだ。
「人工心肺装置よ」
リリカが得意気に言った。
「心臓の代わりに体の血液を循環させるのよ。これが出来上がったら心臓を止めて手術も可能になるわ。心臓も手術できるようになるのよ!」
「ふーん…」
ファナの家でフィリアの心臓を良く観察しているサーキスにはそれは訝しげな物に見えた。
(心臓なんか手術できるわけないだろ…)
「先生、よく見ていい?」
「ああ! ちょうどよかった。ごほっ。忌憚ない意見を言ってくれたまえ」
サーキスは開閉する木箱を開けたり閉めたりして思案顔でその機械を見つめた。それで足りない物があまりに多いと気付く。
「欠陥品だね」
サーキスのその声に本物の人工心肺装置を見たことがないリリカが驚いた。
「決定的なのがこれには肺の機能がない。二酸化炭素を取り除くガス交換の役割をするものがない。動脈と静脈は全然、血液の色が違うんだ。どっかで血液を綺麗にしないといけないんだ。
それにリリカの風の呪文で動かすみたいだけど、血流ってすっごく速いんだぜ。風撃でそれをやるの? たぶんその人、死ぬんじゃないかな? それからこの機械では心臓を止められない。まだ考えてる途中かな? とにかく失敗作だね。ははは。頭がいい先生でもこんなの作るんだね。はははー」
サーキスは軽い気持ちで思ったことをそのまま言った。しかし。
「人が一生懸命やっているのにそんなこと言わなくてもいいじゃないっ!」
サーキスは知らずにリリカの心をえぐっていた。
「これで、た、助かる命もあるかもしれないじゃないっ! な、何も知らないで! ひくっひくっ…。うっ…。あーん…」
リリカはその場にしゃがみ込んで泣き崩れた。サーキスはオロオロとリリカに何と声をかけようかと戸惑い、パディは予想通りといった表情で腕組みをしたまま立ち尽くした。
*
「おはよう」
翌日、病院でサーキスがリリカに申し訳なさそうに声をかけると、彼女は普通に返事をした。
「おはよう、サーキス」
「昨日はごめんな…」
「いいのよ。あたしも欲目が出ていてあの装置の欠陥をちゃんと見ようと思っていなかった…。いい勉強になったわ。もうちょっと頑張る。あんたも日曜日に来るのはいいけど、こっそり病院に入って来ないでね。驚くわ」
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