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ギーリウスとジョセフ少年(2)
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サーキスがギルに説明した。
「大腸をまず見ろ! でかくて長いウンコが詰まってるやつだ! その根本の盲腸ってところのまだ先にウインナーみたいな長細いのがそれだ! 今、十センチぐらいある! 中身は膿がたっぷりだ。
虫垂炎はウイルスとか細菌、ふん石とかのせいで引き起こすぜ。虫垂炎の患者はもう十人ぐらい見た。さすがに覚えるぜ。ちなみにこれがまだ大きくなって破裂したら腹膜炎になり最悪、死に至る。お前がここに連れて来たのは正解だ! 虫垂炎は切れば治るぜ! 先生にかかったら楽勝だぜ!」
「サーキス、簡単な手術は一つもないよ」
パディはそう注意しながらもサーキスの成長に喜びを感じた。
「ごめん、知り合いの前だから口が軽くなったぜ」
「さて。もう彼も苦しそうだから始めるわよ」
リリカが睡眠の呪文を唱えてジョセフを眠らせた。
サーキスが少年を抱え上げると手術室へと運ぶ。
「ドクター、俺も行っていいか?」
ギーリウスがそう訊くと、
「いいですよ。手を洗って帽子とマスクをしてくださいね」
と微笑した。
手術室で上半身を裸にした少年をベッドに仰向けに寝かせるとパディが言った。
「こほんっ。では急性虫垂炎の手術を始めます」
リリカが黙ってメスを渡す。メスを取ったパディは迷うことなく少年の横腹をまっすぐと切った。少しばかり血が吹き出る。
患部はすぐに見つかった。サーキスがほぼ正確な位置を示していたため、探すことに時間は取られなかった。呪文の力がなければ肉眼で小腸など引っ張り出しながら探さないといけない時がある。手で他の臓器を掴んでいれば、そこをまた痛めることがある。回復呪文が使えない場合はそこがまた悪化して患者が死ぬ場合もある。
パディはその細長い臓器のような物を腹から少し出して根元を縛る。そしてその虫垂炎なる部分をメスで切り、取り出した。
「よし、終わり。サーキス、回復して」
「リトゥス・ニューブンソン・メンツコンリトゥス…」
サーキスが中回復の呪文を唱えるとたちどころに腹の傷が癒えた。
「ギル、終わったよ」
「は、早い…。手術の最中に疑問があったら何か訊こうと思っていたが、こうも早いと何も浮かばない…。強いて言えばさっきの糸はそのままなのか?」
「そうだよ! スレーゼンは綿工業が発達してるぜ。で、先生が手術に使える生糸を作ってもらったそうだ。ばっちり消毒してるから問題ないぜ」
軽く言うサーキスにギーリウスはまだ子供のことが心配だったが、サーキスとリリカが二人でジョセフに服を着せると全員が診察室に戻った。
少年はまだ目を覚まさなかったが、ギーリウスは落ち着いたのか遅れた自己紹介を始めた。
「俺の名前はギーリウス・ラウカー。サーキスとは同じ寺院の出身だ」
「お前、名字変えたのか?」
「結婚して婿養子になった」
「それはいい考えだぜ! ちなみにギルは俺と年が一緒だぜ」
パディとリリカは一驚した。ギーリウスの顔はかなり老けて見える。二十五と言えば二十五歳、三十歳と言えば三十にも見えなくもない。
「あたしはリリカよ。先生の助手をしてるわ。サーキスにはお世話になってます」
「僕は医者のパディ・ライスです。ギル君でいいかな?」
そして棚の上に置いてあるロングソードを指差した。
「あれって君のだよね? 何で僧侶なのに剣を持ってるの?」
「それはこいつが聖騎士だからだぜ! 聖騎士は剣を使える僧侶みたいな職業だ。上級職だけど、こいつの親父…、俺達の師匠だな。
ギルの親父が聖騎士だから遺伝でこいつも聖騎士になってるんだ。こいつらの一族は遺伝がすごいらしい。僧侶が聖騎士の真似はできないけど、聖騎士は僧侶のフリができるぜ。いわゆるなんちゃって僧侶だな」
「そうだ。なんちゃってだ」
ギーリウスが真顔でそう言うとパディ達は吹き出した。
「あはは! 君は冗談が好きなんだね。こほっ」
談笑が進んでいると、外からパディにとって嫌な声が聞こえた。
「パディちゃーん! 今日は楽しい楽しい家賃の支払い日だよう!」
ハゲ親父のフォードがいつもと変わりないタンクトップ姿で登場した。今日は珍しくスーツケースを手に持っている。
「えっと患者さんかい?」
「ごきげんよう初めまして。わたくしはギーリウス・ラウカーです。サーキスと寺院が同門です」
「そうか! ワシは不動産屋のフォードだ。よろしく」
フォードはギーリウスと握手を交わしながら思った。
(どうもこいつも寺院の名前は言わないようだな…。訊いても答えないだろう)
「と、パディちゃん! 家賃は用意してるかい⁉」
リリカが颯爽と銀貨を持って来てフォードに見せた。フォードはそれに対して四方五メートルは聞こえるぐらいの大きさで「チッ!」と舌打ちした。
「面白くないよパディちゃーん! いつもみたいに薬代がーとか、給料の支払いがーとか言って、今月も家賃の支払い待ってーって言ってくれないとつまらないよー。お前さんをいたぶるのがワシの唯一の楽しみだよ?
…なーんて言ってたら思いだした! そうだ! 秘書が今日は風邪で休んでたからワシが計算しないといけない! 計算、計算! パディちゃん、机を借りるぞ!」
フォードはパディの診察用の机に勝手に座り、カルテやガラス製の水差しなどを押しのけて自分のスペースを作ると書類を広げて家賃などの計算を始めた。
「うーん…、師匠」
そこでジョセフが目を覚ました。
「おー! 起きたか! どうだ腹は? まだ痛いか?」
「全然痛くないよー…。…でも眠い…。痛みで今まで寝てなかったからまだ眠くてたまらないよ…」
「いいわよ、眠ってて」
リリカが笑顔でそう言うとギーリウスが感謝を述べた。
「ありがとう! あんた達のおかげでうちの子供が助かった! 本当は半信半疑だったんだ…。ドクターパディ感謝する! お前もだ、サーキス! お前すごくいい仕事をしていると思うぞ! これなら寺院ではどうにもならない客も助けられる!」
「あー、それから先生は肺炎も治せるって」
「ほ、本当か⁉ あんたは天才だな⁉」
「大袈裟だなあ。肺炎の薬は出回っているからガルシャ王国の病院ならだいたいどこでも治せると思うよ。たぶんイステラ王国にも薬が行ってると思うからそっちでも治療できるんじゃないかな?」
「い、今はそうなっているのか…」
「ところでギル! 俺と勝負しようぜ!」
「は? どういう流れだ?」
「ぼっちゃんもまだ起きないし、時間潰しにいいだろ! お前と一回もまともに戦ったことないもん! 俺も少しは強くなったんだぜ!」
「…お前、俺に勝てると思っているのか? 相手の強さを見極められないと早死にするぞ…」
「やってみないとわからないだろ! お前の父ちゃん、寺院の経営ヘタクソ! お前の母ちゃんでーべーそ!」
「親父のことは同感だ。どれだけ悪く言ってもいい。ただ故人を悪く言うのは良くないぞ。お前は母さんのへそを見たことあるのか?」
「ないよ…。見たいとも思わなかった。…これだけ言えばお前逆上すると思ってたけど、ギルは大人になったなあ…。さっきもなぜか敬語を使ってたし。いや、困った…」
「あのね、ギル君」
パディが横から口を挟んだ。
「たぶん知っていると思うけど、サーキスはやみくもに喧嘩を売るような奴ではないんだ。何か考えがあって君と対決したいんだろう。僕からもお願いだけど、ちょっと彼に付き合ってくれないか?」
「…むう。ジョセフの命の恩人からそう頼まれては仕方ない。ちょっとやってやるか」
「やったぜ!」
「では、お決まりのセリフでも言わせてもらおう。…サーキス上等だ! 表へ出ろっ!」
サーキスは歯を見せて破顔した。
「あたしも決闘が見たい! フォードさん、ジョセフ君をお願いできます?」
「あ? ああ、いいよ。見てるだけでいいんだろ? はいはい行っておいで」
「大腸をまず見ろ! でかくて長いウンコが詰まってるやつだ! その根本の盲腸ってところのまだ先にウインナーみたいな長細いのがそれだ! 今、十センチぐらいある! 中身は膿がたっぷりだ。
虫垂炎はウイルスとか細菌、ふん石とかのせいで引き起こすぜ。虫垂炎の患者はもう十人ぐらい見た。さすがに覚えるぜ。ちなみにこれがまだ大きくなって破裂したら腹膜炎になり最悪、死に至る。お前がここに連れて来たのは正解だ! 虫垂炎は切れば治るぜ! 先生にかかったら楽勝だぜ!」
「サーキス、簡単な手術は一つもないよ」
パディはそう注意しながらもサーキスの成長に喜びを感じた。
「ごめん、知り合いの前だから口が軽くなったぜ」
「さて。もう彼も苦しそうだから始めるわよ」
リリカが睡眠の呪文を唱えてジョセフを眠らせた。
サーキスが少年を抱え上げると手術室へと運ぶ。
「ドクター、俺も行っていいか?」
ギーリウスがそう訊くと、
「いいですよ。手を洗って帽子とマスクをしてくださいね」
と微笑した。
手術室で上半身を裸にした少年をベッドに仰向けに寝かせるとパディが言った。
「こほんっ。では急性虫垂炎の手術を始めます」
リリカが黙ってメスを渡す。メスを取ったパディは迷うことなく少年の横腹をまっすぐと切った。少しばかり血が吹き出る。
患部はすぐに見つかった。サーキスがほぼ正確な位置を示していたため、探すことに時間は取られなかった。呪文の力がなければ肉眼で小腸など引っ張り出しながら探さないといけない時がある。手で他の臓器を掴んでいれば、そこをまた痛めることがある。回復呪文が使えない場合はそこがまた悪化して患者が死ぬ場合もある。
パディはその細長い臓器のような物を腹から少し出して根元を縛る。そしてその虫垂炎なる部分をメスで切り、取り出した。
「よし、終わり。サーキス、回復して」
「リトゥス・ニューブンソン・メンツコンリトゥス…」
サーキスが中回復の呪文を唱えるとたちどころに腹の傷が癒えた。
「ギル、終わったよ」
「は、早い…。手術の最中に疑問があったら何か訊こうと思っていたが、こうも早いと何も浮かばない…。強いて言えばさっきの糸はそのままなのか?」
「そうだよ! スレーゼンは綿工業が発達してるぜ。で、先生が手術に使える生糸を作ってもらったそうだ。ばっちり消毒してるから問題ないぜ」
軽く言うサーキスにギーリウスはまだ子供のことが心配だったが、サーキスとリリカが二人でジョセフに服を着せると全員が診察室に戻った。
少年はまだ目を覚まさなかったが、ギーリウスは落ち着いたのか遅れた自己紹介を始めた。
「俺の名前はギーリウス・ラウカー。サーキスとは同じ寺院の出身だ」
「お前、名字変えたのか?」
「結婚して婿養子になった」
「それはいい考えだぜ! ちなみにギルは俺と年が一緒だぜ」
パディとリリカは一驚した。ギーリウスの顔はかなり老けて見える。二十五と言えば二十五歳、三十歳と言えば三十にも見えなくもない。
「あたしはリリカよ。先生の助手をしてるわ。サーキスにはお世話になってます」
「僕は医者のパディ・ライスです。ギル君でいいかな?」
そして棚の上に置いてあるロングソードを指差した。
「あれって君のだよね? 何で僧侶なのに剣を持ってるの?」
「それはこいつが聖騎士だからだぜ! 聖騎士は剣を使える僧侶みたいな職業だ。上級職だけど、こいつの親父…、俺達の師匠だな。
ギルの親父が聖騎士だから遺伝でこいつも聖騎士になってるんだ。こいつらの一族は遺伝がすごいらしい。僧侶が聖騎士の真似はできないけど、聖騎士は僧侶のフリができるぜ。いわゆるなんちゃって僧侶だな」
「そうだ。なんちゃってだ」
ギーリウスが真顔でそう言うとパディ達は吹き出した。
「あはは! 君は冗談が好きなんだね。こほっ」
談笑が進んでいると、外からパディにとって嫌な声が聞こえた。
「パディちゃーん! 今日は楽しい楽しい家賃の支払い日だよう!」
ハゲ親父のフォードがいつもと変わりないタンクトップ姿で登場した。今日は珍しくスーツケースを手に持っている。
「えっと患者さんかい?」
「ごきげんよう初めまして。わたくしはギーリウス・ラウカーです。サーキスと寺院が同門です」
「そうか! ワシは不動産屋のフォードだ。よろしく」
フォードはギーリウスと握手を交わしながら思った。
(どうもこいつも寺院の名前は言わないようだな…。訊いても答えないだろう)
「と、パディちゃん! 家賃は用意してるかい⁉」
リリカが颯爽と銀貨を持って来てフォードに見せた。フォードはそれに対して四方五メートルは聞こえるぐらいの大きさで「チッ!」と舌打ちした。
「面白くないよパディちゃーん! いつもみたいに薬代がーとか、給料の支払いがーとか言って、今月も家賃の支払い待ってーって言ってくれないとつまらないよー。お前さんをいたぶるのがワシの唯一の楽しみだよ?
…なーんて言ってたら思いだした! そうだ! 秘書が今日は風邪で休んでたからワシが計算しないといけない! 計算、計算! パディちゃん、机を借りるぞ!」
フォードはパディの診察用の机に勝手に座り、カルテやガラス製の水差しなどを押しのけて自分のスペースを作ると書類を広げて家賃などの計算を始めた。
「うーん…、師匠」
そこでジョセフが目を覚ました。
「おー! 起きたか! どうだ腹は? まだ痛いか?」
「全然痛くないよー…。…でも眠い…。痛みで今まで寝てなかったからまだ眠くてたまらないよ…」
「いいわよ、眠ってて」
リリカが笑顔でそう言うとギーリウスが感謝を述べた。
「ありがとう! あんた達のおかげでうちの子供が助かった! 本当は半信半疑だったんだ…。ドクターパディ感謝する! お前もだ、サーキス! お前すごくいい仕事をしていると思うぞ! これなら寺院ではどうにもならない客も助けられる!」
「あー、それから先生は肺炎も治せるって」
「ほ、本当か⁉ あんたは天才だな⁉」
「大袈裟だなあ。肺炎の薬は出回っているからガルシャ王国の病院ならだいたいどこでも治せると思うよ。たぶんイステラ王国にも薬が行ってると思うからそっちでも治療できるんじゃないかな?」
「い、今はそうなっているのか…」
「ところでギル! 俺と勝負しようぜ!」
「は? どういう流れだ?」
「ぼっちゃんもまだ起きないし、時間潰しにいいだろ! お前と一回もまともに戦ったことないもん! 俺も少しは強くなったんだぜ!」
「…お前、俺に勝てると思っているのか? 相手の強さを見極められないと早死にするぞ…」
「やってみないとわからないだろ! お前の父ちゃん、寺院の経営ヘタクソ! お前の母ちゃんでーべーそ!」
「親父のことは同感だ。どれだけ悪く言ってもいい。ただ故人を悪く言うのは良くないぞ。お前は母さんのへそを見たことあるのか?」
「ないよ…。見たいとも思わなかった。…これだけ言えばお前逆上すると思ってたけど、ギルは大人になったなあ…。さっきもなぜか敬語を使ってたし。いや、困った…」
「あのね、ギル君」
パディが横から口を挟んだ。
「たぶん知っていると思うけど、サーキスはやみくもに喧嘩を売るような奴ではないんだ。何か考えがあって君と対決したいんだろう。僕からもお願いだけど、ちょっと彼に付き合ってくれないか?」
「…むう。ジョセフの命の恩人からそう頼まれては仕方ない。ちょっとやってやるか」
「やったぜ!」
「では、お決まりのセリフでも言わせてもらおう。…サーキス上等だ! 表へ出ろっ!」
サーキスは歯を見せて破顔した。
「あたしも決闘が見たい! フォードさん、ジョセフ君をお願いできます?」
「あ? ああ、いいよ。見てるだけでいいんだろ? はいはい行っておいで」
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