17 / 57
先生、サーキスが病院に来てません!(1)
しおりを挟む
「おはようございまーす…。ふあああぁぁ。ねむねむ…」
早朝七時頃、サーキスがあくびをしながら病院へ出勤する。特に勤務時間は決まっていなかったが、働き者の彼の朝はいつも早い。見れば玄関先でリリカが酷く動揺しながら言った。
「先生が昨夜から帰らないのよ! 探さないと!」
リリカはサーキスの出勤を待ちかまえていたようだった。
「ふーん。どうしたんだろ…」
「ちょっと! こんなことは初めてなのよ! 先生は意味もなく夜遊びをする人じゃないわ! 探して! 捜索の呪文を使って!」
「お、おう…」
僧侶の呪文の捜索は使用者に対象者の位置を座標で教えてくれる。
「トリメンスペーク・モナスタリ・センディ・インファルコン…」
捜索の呪文は詠唱中に対象の顔を浮かべなくてはならない。
「……イルニスシアトリ・キドネティ・捜索。パディ・ライス」
サーキスの脳裏に『西十三南百九十五』という数字が浮かんだ。
「歩いて五分ぐらいの所だ。南の方だ。行こう」
すっかり目が覚めたサーキスはリリカと一緒に病院を出た。
通りを歩きながら二人は無言だった。嫌な予感がする。サーキスは水分を欲した。喉がこれまでにないほどにカラカラだ。
塀が多い、小さな入り組んだ通りにたどり着いた。早朝ということもあって人がほとんど見当たらない。
「この辺りのはずなんだけど…。待ってろ。もう一回、捜索を唱える。……ガァズヒン・イルニスシアトリ・キドネティ・捜索。パディ・ライス」
呪文を唱えたサーキスは驚いた。
「え、ええ⁉ 左に数歩ぐらいの所だ! この塀の向こう側だ!」
鼓動が一気に早くなった。
「先生!」
リリカが叫んだが、返事がなかった。彼女はサーキスが言う方向へ駆け出した。
「キャーーーーーッ!」
サーキスがおそるおそるリリカの後を追うとそこにはゴミの上に尻もちをつくように座り込んだパディがいた。目は見開いたまま動かず、舌を丸出しにしている。
「死んでる⁉」
「ああーっ! どうしようどうしよう⁉ そうだわ! 警察! 警察を呼んで来るわ! サーキスはここで待ってて!」
サーキスが返事をする間もなく、リリカは走り出した。
「お、俺を一人に…。先生、どうしちゃったんだよ…」
サーキスはパディの頬を触ってみたが、やはり体温がない。脈も当然なかった。遺体は何人と触ってきた彼だった。こういう時に不本意にも経験が役に立った。
サーキスはパディの死体を抱え上げると平地に置いて丁寧に仰向けに寝かせた。舌を口に収めて、眼鏡を取って瞳を閉じさせた。現場を荒らすような行為だったが、僧侶らしい彼の行動だった。
パディの体の表面を見ていて不思議になった。外傷がない。気になってうつ伏せにして背中側も見てみたが刺され傷など一切ない。
「これはまさか、同業の仕業じゃ…」
死因を調べようと宝箱を唱えた。そして、腹の方から見ていった。大腸、小腸、問題ない。胃、十二指腸、肝臓などもおかしいところが見当たらない。若干の違和感を覚えながら胸を見た。
「やっぱり…。心臓破壊だ…」
心臓だけが破裂している。パディ医師から習った心臓の外枠は筋肉ということだが、それはちぎられたようにバラバラになり、そこの部分に残骸のような血液だけが残っていた。
僧侶のレベル五の呪文に心臓破壊という呪文がある。敵単体への攻撃呪文。文字通り心臓を攻撃するだけなので対象への外傷無しに魔物などを殺せる。攻撃呪文が少ない僧侶には冒険では世話になる魔法だ。
「でも、人間に使う呪文じゃないぜ…」
サーキスは震えが止まらなかった。きっとカスケード寺院の差し金だ。寺院の商売に目障りな医者を抹殺したのだ。
そこへリリカが強面の警察を一人連れて戻って来た。
「おー! 本当だ! 死体は久しぶりに見る! 最近、スレーゼンの治安は良くなったからな。死因は何だ…」
「おはようございます。俺、ライス病院の僧侶なんですけど、先生の中身を透視しました」
「あ! 聞いたことがある! ライス病院って不思議な手術なんかするんだってな! 腹の中を魔法で視るって聞いたぞ」
「それで先生は心臓だけが壊されてます。僧侶の呪文です。犯人はたぶん僧侶です」
「うん、なるほど。じゃあ、本当かどうか死体解剖するけどいいか?」
*
「いやあ! たっぷり寝た気分ですっごく調子がいいよ! 快調快調!」
生き返ったパディは元気はつらつだった。空元気なのかそうでないのか、全く伺うことができない。
「パディちゃん、マジで言っているのか?」
カスケード寺院から出て来たパディ、サーキス、リリカ、フォードの四人が並んで歩いた。
「本気ですよ! みんな神妙な顔をしていて何だか笑いが込み上げてくる! はははは!」
結局、被害届は出さなかった。死体の解剖もむやみにパディを傷付けるだけだったので満場一致で却下された。明日は患者の手術もあったのですぐにパディに生き返って欲しかった。
「夜中に散歩していたら、猫の鳴き声がしたんですよ。猫どこかなあって探してたら、あの場所まで行ってしまってて。今更だけと、よくよく考えたら声がおかしかったんですよね! あれは人間が猫の鳴き真似してた! あっはっは! ブービートラップでしたよ! 次は気を付けます!」
「気を付けるったって…」
「えっと、蘇生っていくらだったんですか? 僕に使われたの完全復活の呪文ですよね?」
三人は驚いた。
(殺されたことより金の心配してる!)
「八千ゴールドだ。ワシが立て替えた。ツケておくぞ! 必ず返せよ!」
「うわあ…、家賃より高い…。急に気分が悪くなってきた…。ぐふう…」
*
さらに事件は続いた。翌日の八時頃、リリカが騒ぎ出した。
「先生、サーキスが病院に来てません!」
「ええ⁉ いつも早い時間で仕事に来るのに!」
「やっぱり昨日のことが…」
「同じ僧侶が殺人をするなんてよほどショックだったんだろうね…。殺された僕はあまり気にしてないんだけどね…。こほこほっ…」
「今日はアルコスさんの手術があるのに! ちょっとあいつの宿屋に行って来ます!」
リリカは看護師の帽子を頭に乗せたまま、外へと駆け出した。
「サーキス…」
パディはため息をついた。
しばらくして息を切らしたリリカが額に汗を流して帰って来た。
「はあ…はあ…、サーキスは昨日の晩にチェックアウトしてました…。荷物も全部持って行ったそうです…」
「そう…」
「え⁉ それだけですか⁉ あいつは他の僧侶とは違うと思っていたのに! このままじゃ病院が…。先生が…」
「大丈夫。たぶん、戻って来るよ。僕は信じている。彼の勇気を信じたい。二人でこの人ならって思っただろ?」
「そうですが…」
早朝七時頃、サーキスがあくびをしながら病院へ出勤する。特に勤務時間は決まっていなかったが、働き者の彼の朝はいつも早い。見れば玄関先でリリカが酷く動揺しながら言った。
「先生が昨夜から帰らないのよ! 探さないと!」
リリカはサーキスの出勤を待ちかまえていたようだった。
「ふーん。どうしたんだろ…」
「ちょっと! こんなことは初めてなのよ! 先生は意味もなく夜遊びをする人じゃないわ! 探して! 捜索の呪文を使って!」
「お、おう…」
僧侶の呪文の捜索は使用者に対象者の位置を座標で教えてくれる。
「トリメンスペーク・モナスタリ・センディ・インファルコン…」
捜索の呪文は詠唱中に対象の顔を浮かべなくてはならない。
「……イルニスシアトリ・キドネティ・捜索。パディ・ライス」
サーキスの脳裏に『西十三南百九十五』という数字が浮かんだ。
「歩いて五分ぐらいの所だ。南の方だ。行こう」
すっかり目が覚めたサーキスはリリカと一緒に病院を出た。
通りを歩きながら二人は無言だった。嫌な予感がする。サーキスは水分を欲した。喉がこれまでにないほどにカラカラだ。
塀が多い、小さな入り組んだ通りにたどり着いた。早朝ということもあって人がほとんど見当たらない。
「この辺りのはずなんだけど…。待ってろ。もう一回、捜索を唱える。……ガァズヒン・イルニスシアトリ・キドネティ・捜索。パディ・ライス」
呪文を唱えたサーキスは驚いた。
「え、ええ⁉ 左に数歩ぐらいの所だ! この塀の向こう側だ!」
鼓動が一気に早くなった。
「先生!」
リリカが叫んだが、返事がなかった。彼女はサーキスが言う方向へ駆け出した。
「キャーーーーーッ!」
サーキスがおそるおそるリリカの後を追うとそこにはゴミの上に尻もちをつくように座り込んだパディがいた。目は見開いたまま動かず、舌を丸出しにしている。
「死んでる⁉」
「ああーっ! どうしようどうしよう⁉ そうだわ! 警察! 警察を呼んで来るわ! サーキスはここで待ってて!」
サーキスが返事をする間もなく、リリカは走り出した。
「お、俺を一人に…。先生、どうしちゃったんだよ…」
サーキスはパディの頬を触ってみたが、やはり体温がない。脈も当然なかった。遺体は何人と触ってきた彼だった。こういう時に不本意にも経験が役に立った。
サーキスはパディの死体を抱え上げると平地に置いて丁寧に仰向けに寝かせた。舌を口に収めて、眼鏡を取って瞳を閉じさせた。現場を荒らすような行為だったが、僧侶らしい彼の行動だった。
パディの体の表面を見ていて不思議になった。外傷がない。気になってうつ伏せにして背中側も見てみたが刺され傷など一切ない。
「これはまさか、同業の仕業じゃ…」
死因を調べようと宝箱を唱えた。そして、腹の方から見ていった。大腸、小腸、問題ない。胃、十二指腸、肝臓などもおかしいところが見当たらない。若干の違和感を覚えながら胸を見た。
「やっぱり…。心臓破壊だ…」
心臓だけが破裂している。パディ医師から習った心臓の外枠は筋肉ということだが、それはちぎられたようにバラバラになり、そこの部分に残骸のような血液だけが残っていた。
僧侶のレベル五の呪文に心臓破壊という呪文がある。敵単体への攻撃呪文。文字通り心臓を攻撃するだけなので対象への外傷無しに魔物などを殺せる。攻撃呪文が少ない僧侶には冒険では世話になる魔法だ。
「でも、人間に使う呪文じゃないぜ…」
サーキスは震えが止まらなかった。きっとカスケード寺院の差し金だ。寺院の商売に目障りな医者を抹殺したのだ。
そこへリリカが強面の警察を一人連れて戻って来た。
「おー! 本当だ! 死体は久しぶりに見る! 最近、スレーゼンの治安は良くなったからな。死因は何だ…」
「おはようございます。俺、ライス病院の僧侶なんですけど、先生の中身を透視しました」
「あ! 聞いたことがある! ライス病院って不思議な手術なんかするんだってな! 腹の中を魔法で視るって聞いたぞ」
「それで先生は心臓だけが壊されてます。僧侶の呪文です。犯人はたぶん僧侶です」
「うん、なるほど。じゃあ、本当かどうか死体解剖するけどいいか?」
*
「いやあ! たっぷり寝た気分ですっごく調子がいいよ! 快調快調!」
生き返ったパディは元気はつらつだった。空元気なのかそうでないのか、全く伺うことができない。
「パディちゃん、マジで言っているのか?」
カスケード寺院から出て来たパディ、サーキス、リリカ、フォードの四人が並んで歩いた。
「本気ですよ! みんな神妙な顔をしていて何だか笑いが込み上げてくる! はははは!」
結局、被害届は出さなかった。死体の解剖もむやみにパディを傷付けるだけだったので満場一致で却下された。明日は患者の手術もあったのですぐにパディに生き返って欲しかった。
「夜中に散歩していたら、猫の鳴き声がしたんですよ。猫どこかなあって探してたら、あの場所まで行ってしまってて。今更だけと、よくよく考えたら声がおかしかったんですよね! あれは人間が猫の鳴き真似してた! あっはっは! ブービートラップでしたよ! 次は気を付けます!」
「気を付けるったって…」
「えっと、蘇生っていくらだったんですか? 僕に使われたの完全復活の呪文ですよね?」
三人は驚いた。
(殺されたことより金の心配してる!)
「八千ゴールドだ。ワシが立て替えた。ツケておくぞ! 必ず返せよ!」
「うわあ…、家賃より高い…。急に気分が悪くなってきた…。ぐふう…」
*
さらに事件は続いた。翌日の八時頃、リリカが騒ぎ出した。
「先生、サーキスが病院に来てません!」
「ええ⁉ いつも早い時間で仕事に来るのに!」
「やっぱり昨日のことが…」
「同じ僧侶が殺人をするなんてよほどショックだったんだろうね…。殺された僕はあまり気にしてないんだけどね…。こほこほっ…」
「今日はアルコスさんの手術があるのに! ちょっとあいつの宿屋に行って来ます!」
リリカは看護師の帽子を頭に乗せたまま、外へと駆け出した。
「サーキス…」
パディはため息をついた。
しばらくして息を切らしたリリカが額に汗を流して帰って来た。
「はあ…はあ…、サーキスは昨日の晩にチェックアウトしてました…。荷物も全部持って行ったそうです…」
「そう…」
「え⁉ それだけですか⁉ あいつは他の僧侶とは違うと思っていたのに! このままじゃ病院が…。先生が…」
「大丈夫。たぶん、戻って来るよ。僕は信じている。彼の勇気を信じたい。二人でこの人ならって思っただろ?」
「そうですが…」
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。
海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。
ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。
「案外、本当に君以外いないかも」
「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」
「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」
そのドクターの甘さは手加減を知らない。
【登場人物】
末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。
恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる?
田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い?
【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる