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まぶたが伸びきって目が開かなくなってパーティーアタックしまくった魔女
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「眼瞼下垂ですね」
病院の診察室、眼鏡をかけた医者は魔女の伸びきったまぶたにそう診断した。
その場に居た魔女の付き添いの屈強な男と、金髪の男性看護師は驚いた。
「これに、病名があるのか⁉」
「お年寄りってシワでみんなまぶたはこうなるんじゃないの⁉」
シワだらけの魔女は両手の親指でまぶたを押し上げた。雨戸のように重そうなまぶたがかろうじて持ち上がる。
「いつもは全く何も見えないけど、こうすれば見えるわい! ほっほっほっほっ。何をするにも不便極まりないよー。ドレイクにいつも介護してもらってるわい」
とんがり帽子にローブを着た魔女はドレイクという男を片手で指差した。
質実剛健を絵にしたような体付きのドレイクが言った。
「彼女の名前はマーガレット。今年で六十歳になるらしい。職業は見ての通り魔法使いだ。レベル八までの呪文を全て九回使える。魔法使いの道を極めて魔力も申し分ない。だが、この目が見えないせいで何度も味方に魔法を誤射して、パーティーをクビになったらしい。三回連続でだ。こいつがあぶれて冒険者のギルドでくだを巻いていたところを私が見つけた」
「そうなんじゃー。ワシは神焼く炎の呪文がお気に入りでね。あ、魔法使いのレベル八の最強呪文じゃよ。攻撃範囲が広いからモンスターを狙ってても味方が近いと巻き込んでしまうんじゃ。目が見えないから敵と味方の距離なんかわかるわけないよ。瞬間最高温度たったの一千度。近頃の若い冒険者はそれに当たっただけでころっと死んでしまう。昔の冒険者はもっと体が強かったわい! ちなみに死んだ仲間は寺院でちゃんと生き返らせてもらってたよ!」
「あの、ですねー…」
もう一人、看護師の帽子をかぶった女の子が口を挟んだ。髪型はツインテールだ。
「マーガレットさんは呪文を唱える時にそうやってまぶたを指で持ち上げてたらどうなんですか? そうしたら目が見えるのでは?」
「ダメダメー。魔力を増幅させる杖を持っていたいじゃろ! 最近は年で杖が重くてどうしても両手じゃないと敵にかざせないんじゃ。ワシは戦う時はいつも全力! それが戦いの礼儀というものじゃ!」
「こんな調子だから、幸か不幸か私はマーガレットと出会うことができた。そしてすぐさま思った。天才ドクター、パディ・ライスなら治せるかもしれないと!」
「こほんっ、治せますよ」
パディ・ライスと呼ばれた眼鏡をかけた白衣の医者はあっさり言った。髪型は軽い天然パーマだ。
「眼瞼下垂はまぶたの筋肉が伸びた状態ですね。はい、皆さんが思われている通りお年寄りでしたら誰でもなります。でも、マーガレットさんの場合は極端に酷い。目の前が真っ暗になるまでまぶたが落ちて来るのは珍しいですね」
「そうなんじゃ。何年か前から視界が悪くなって、気合いで目を見開いていたら見えていたけど、今じゃこのありさま。どうやって治すんじゃ?」
「手術をします。伸びたまぶたの筋肉を一部切って、縫い合わせます。あ、いらない皮膚と筋肉は捨てます。眠っている間にすぐ済みますよ」
そうにっこりと笑って言うパディ医師に、マーガレットは息を荒くしてガタガタと肩を震わせた。
「そ、そんな恐ろしいことにワシに耐えろと…」
一同は思った。
(これが他人に一千度の灼熱を浴びせていた人間が言う言葉…)
「目がぱっちりして美人になりますよ」
「おっ! それはいいわい! やっとくれ! 手術を受けたい!」
「では早速、手術室へ参りましょう。サーキス、マーガレットさんに肩を貸してあげて」
「おう」
サーキスと呼ばれた金髪で短く髪を整えた青年が魔女マーガレットの肩を支えて隣の部屋へと移動する。それに屈強な戦士ドレイクが言った。
「私も手術を見ていいか?」
パディ医師が答える。
「構いませんよ。手を洗ってマスクと帽子はしてくださいね。リリカ君、ドレイクさんの分も用意してあげて」
「はーい」
リリカと呼ばれたツインテールの女性はタンスからマスクと手術用の帽子を出してドレイクに手渡した。
*
元は宿屋であったこの病院。簡易的に作られた手術室のベッドにマーガレットが仰向けになっている。ドレイクが見渡すと壁側に薬品などの棚がある。名前を聞いたことのない薬ばかりだ。他に手術道具などが並んでいた。
手術用のベッドの周りには執刀医のパディ・ライス、付き添いのドレイク、看護師の青年サーキス、リリカ。四人が上からマーガレットを眺めている。全員がマスクを付け、髪の毛が落ちないように手術用の帽子をかぶっていた。
ベッドに仰向けのマーガレットがパディ医師に言った。
「先生、頼んだよ。ワシは物を持って歩く時は片手でしか駄目、それにいつもあかんべえをして歩かないといけないからよくつまずくんじゃ。この前はドレイクに瀧の綺麗な所に連れて行ってもらったけどねえ、指でまぶたを吊り上げてるんじゃぼやけて見えるから感動も今一つじゃったねえ…」
「マーガレットさん、きっと良くなりますよ。任せて。では眼瞼下垂の手術を始めます。リリカ君、睡眠の呪文をお願い」
一見、看護師に見えるリリカという女性は魔法使いの呪文が使えた。睡眠呪文を唱えだす。
「ウロバンチェ・オブ・チェイジ……セーパション・トラスドアース・睡眠。まぶたのせいで呪文で眠ったかわからないわ…。マーガレットさん? どうですかー? 眠ってますかー? …眠ったみたいです」
「では取り掛かります。メス」
リリカがパディ医師にメスを手渡した。そしてパディはマーガレットの左のまぶたを木の葉状にカットした。筋肉ごと切っているようで傷は少し深い。血がにじむ。さらに右側にも同じようにメスを入れる。
「ふむ。大丈夫かな」
パディは両のまぶたから血を流すマーガレットの顔を正面から眺めた。切り痕は左右対称と確認する。それから消毒した生糸でわざとピッチを広めに雑に縫った。目元がたちまち若返る。ドレイクは驚いてパディ医師に言った。
「おお! まぶたが釣り上がった! しかし、糸は縫ったままなのか? いつ抜くのだ?」
「まずは回復しますよ。サーキス、回復呪文。小回復を二回ぐらい頼むよ」
やはり看護師に見える青年サーキスも実は僧侶のようで言われた通り回復呪文を唱える。
「ドッフトリータン・ドルーフィズ……グレイプスィックス・ターグラッド・小回復」
回復が終わったことを認めてからパディ医師が生糸を抜いた。血液も布で拭きあげる。まぶたにシワもなくなって自然な仕上がりだ。
「素晴らしい! あっという間だ! さすが天才ドクター! リリカとサーキスもいいチームワークだ!」
「フフッ。ところでドレイクさんはお尻はどう?」
リリカがそう訊いた。ドレイクもかつてはこの病院に世話になった患者であった。歩行困難になるほどの重病患者であった。
「はははっ! おかげさまで何ともない! 再発しないようにドラゴンのオルバンにはなるだけ乗らないようにして歩いている!」
「オルバンは元気にしてる?」
「ああ。今も元気にこの辺りを飛び回っているよ」
皆が雑談していると、患者のマーガレットが目を覚ました。
「手術、お疲れ様でした」
パディ医師がそう言うとしばらくは寝ぼけ眼だったマーガレットが目を見開く。
「わーっ! 目が見えるわい! まぶたが開くー!」
「はい。鏡をどうぞ」
「きゃーっ! おめめぱっちりで素敵じゃー! 十歳は若返ったわい! これはもう今すぐ、神焼く炎をモンスターどもに喰らわせたいよ! 行くよ、ドレイク!」
マーガレットはベッドから勢い良く降りると靴を履いて手術室の外へと駆け出した。年寄りとは思えない脚力だ。
「あ、ばあさん待て! リリカ、支払いだ! 釣りはいい! どうせ家賃の支払いに困っているだろう!」
「え、ええ⁉ またこんなに!」
ドレイクはリリカの手のひらに金貨を一枚乗せるとマーガレットを追って走った。
「先生! ドレイクさんからまたこんなに貰いましたよ! 冒険者は金払いがいいですね!」
「やったね! これなら今月の家賃の支払いも楽々だよ!」
手を取り合って喜ぶ二人に僧侶兼、看護師のサーキスは思った。
(あんな目が見えない人も簡単に治してしまう。パディ先生は病気に対する知識が豊富だぜ。やっぱり先生はすごいぜ!)
これはライス総合外科病院で成り行きで働くことになった僧侶サーキスと、病院の家賃の支払いに毎月苦しむ医者、パディ・ライスの物語である。
病院の診察室、眼鏡をかけた医者は魔女の伸びきったまぶたにそう診断した。
その場に居た魔女の付き添いの屈強な男と、金髪の男性看護師は驚いた。
「これに、病名があるのか⁉」
「お年寄りってシワでみんなまぶたはこうなるんじゃないの⁉」
シワだらけの魔女は両手の親指でまぶたを押し上げた。雨戸のように重そうなまぶたがかろうじて持ち上がる。
「いつもは全く何も見えないけど、こうすれば見えるわい! ほっほっほっほっ。何をするにも不便極まりないよー。ドレイクにいつも介護してもらってるわい」
とんがり帽子にローブを着た魔女はドレイクという男を片手で指差した。
質実剛健を絵にしたような体付きのドレイクが言った。
「彼女の名前はマーガレット。今年で六十歳になるらしい。職業は見ての通り魔法使いだ。レベル八までの呪文を全て九回使える。魔法使いの道を極めて魔力も申し分ない。だが、この目が見えないせいで何度も味方に魔法を誤射して、パーティーをクビになったらしい。三回連続でだ。こいつがあぶれて冒険者のギルドでくだを巻いていたところを私が見つけた」
「そうなんじゃー。ワシは神焼く炎の呪文がお気に入りでね。あ、魔法使いのレベル八の最強呪文じゃよ。攻撃範囲が広いからモンスターを狙ってても味方が近いと巻き込んでしまうんじゃ。目が見えないから敵と味方の距離なんかわかるわけないよ。瞬間最高温度たったの一千度。近頃の若い冒険者はそれに当たっただけでころっと死んでしまう。昔の冒険者はもっと体が強かったわい! ちなみに死んだ仲間は寺院でちゃんと生き返らせてもらってたよ!」
「あの、ですねー…」
もう一人、看護師の帽子をかぶった女の子が口を挟んだ。髪型はツインテールだ。
「マーガレットさんは呪文を唱える時にそうやってまぶたを指で持ち上げてたらどうなんですか? そうしたら目が見えるのでは?」
「ダメダメー。魔力を増幅させる杖を持っていたいじゃろ! 最近は年で杖が重くてどうしても両手じゃないと敵にかざせないんじゃ。ワシは戦う時はいつも全力! それが戦いの礼儀というものじゃ!」
「こんな調子だから、幸か不幸か私はマーガレットと出会うことができた。そしてすぐさま思った。天才ドクター、パディ・ライスなら治せるかもしれないと!」
「こほんっ、治せますよ」
パディ・ライスと呼ばれた眼鏡をかけた白衣の医者はあっさり言った。髪型は軽い天然パーマだ。
「眼瞼下垂はまぶたの筋肉が伸びた状態ですね。はい、皆さんが思われている通りお年寄りでしたら誰でもなります。でも、マーガレットさんの場合は極端に酷い。目の前が真っ暗になるまでまぶたが落ちて来るのは珍しいですね」
「そうなんじゃ。何年か前から視界が悪くなって、気合いで目を見開いていたら見えていたけど、今じゃこのありさま。どうやって治すんじゃ?」
「手術をします。伸びたまぶたの筋肉を一部切って、縫い合わせます。あ、いらない皮膚と筋肉は捨てます。眠っている間にすぐ済みますよ」
そうにっこりと笑って言うパディ医師に、マーガレットは息を荒くしてガタガタと肩を震わせた。
「そ、そんな恐ろしいことにワシに耐えろと…」
一同は思った。
(これが他人に一千度の灼熱を浴びせていた人間が言う言葉…)
「目がぱっちりして美人になりますよ」
「おっ! それはいいわい! やっとくれ! 手術を受けたい!」
「では早速、手術室へ参りましょう。サーキス、マーガレットさんに肩を貸してあげて」
「おう」
サーキスと呼ばれた金髪で短く髪を整えた青年が魔女マーガレットの肩を支えて隣の部屋へと移動する。それに屈強な戦士ドレイクが言った。
「私も手術を見ていいか?」
パディ医師が答える。
「構いませんよ。手を洗ってマスクと帽子はしてくださいね。リリカ君、ドレイクさんの分も用意してあげて」
「はーい」
リリカと呼ばれたツインテールの女性はタンスからマスクと手術用の帽子を出してドレイクに手渡した。
*
元は宿屋であったこの病院。簡易的に作られた手術室のベッドにマーガレットが仰向けになっている。ドレイクが見渡すと壁側に薬品などの棚がある。名前を聞いたことのない薬ばかりだ。他に手術道具などが並んでいた。
手術用のベッドの周りには執刀医のパディ・ライス、付き添いのドレイク、看護師の青年サーキス、リリカ。四人が上からマーガレットを眺めている。全員がマスクを付け、髪の毛が落ちないように手術用の帽子をかぶっていた。
ベッドに仰向けのマーガレットがパディ医師に言った。
「先生、頼んだよ。ワシは物を持って歩く時は片手でしか駄目、それにいつもあかんべえをして歩かないといけないからよくつまずくんじゃ。この前はドレイクに瀧の綺麗な所に連れて行ってもらったけどねえ、指でまぶたを吊り上げてるんじゃぼやけて見えるから感動も今一つじゃったねえ…」
「マーガレットさん、きっと良くなりますよ。任せて。では眼瞼下垂の手術を始めます。リリカ君、睡眠の呪文をお願い」
一見、看護師に見えるリリカという女性は魔法使いの呪文が使えた。睡眠呪文を唱えだす。
「ウロバンチェ・オブ・チェイジ……セーパション・トラスドアース・睡眠。まぶたのせいで呪文で眠ったかわからないわ…。マーガレットさん? どうですかー? 眠ってますかー? …眠ったみたいです」
「では取り掛かります。メス」
リリカがパディ医師にメスを手渡した。そしてパディはマーガレットの左のまぶたを木の葉状にカットした。筋肉ごと切っているようで傷は少し深い。血がにじむ。さらに右側にも同じようにメスを入れる。
「ふむ。大丈夫かな」
パディは両のまぶたから血を流すマーガレットの顔を正面から眺めた。切り痕は左右対称と確認する。それから消毒した生糸でわざとピッチを広めに雑に縫った。目元がたちまち若返る。ドレイクは驚いてパディ医師に言った。
「おお! まぶたが釣り上がった! しかし、糸は縫ったままなのか? いつ抜くのだ?」
「まずは回復しますよ。サーキス、回復呪文。小回復を二回ぐらい頼むよ」
やはり看護師に見える青年サーキスも実は僧侶のようで言われた通り回復呪文を唱える。
「ドッフトリータン・ドルーフィズ……グレイプスィックス・ターグラッド・小回復」
回復が終わったことを認めてからパディ医師が生糸を抜いた。血液も布で拭きあげる。まぶたにシワもなくなって自然な仕上がりだ。
「素晴らしい! あっという間だ! さすが天才ドクター! リリカとサーキスもいいチームワークだ!」
「フフッ。ところでドレイクさんはお尻はどう?」
リリカがそう訊いた。ドレイクもかつてはこの病院に世話になった患者であった。歩行困難になるほどの重病患者であった。
「はははっ! おかげさまで何ともない! 再発しないようにドラゴンのオルバンにはなるだけ乗らないようにして歩いている!」
「オルバンは元気にしてる?」
「ああ。今も元気にこの辺りを飛び回っているよ」
皆が雑談していると、患者のマーガレットが目を覚ました。
「手術、お疲れ様でした」
パディ医師がそう言うとしばらくは寝ぼけ眼だったマーガレットが目を見開く。
「わーっ! 目が見えるわい! まぶたが開くー!」
「はい。鏡をどうぞ」
「きゃーっ! おめめぱっちりで素敵じゃー! 十歳は若返ったわい! これはもう今すぐ、神焼く炎をモンスターどもに喰らわせたいよ! 行くよ、ドレイク!」
マーガレットはベッドから勢い良く降りると靴を履いて手術室の外へと駆け出した。年寄りとは思えない脚力だ。
「あ、ばあさん待て! リリカ、支払いだ! 釣りはいい! どうせ家賃の支払いに困っているだろう!」
「え、ええ⁉ またこんなに!」
ドレイクはリリカの手のひらに金貨を一枚乗せるとマーガレットを追って走った。
「先生! ドレイクさんからまたこんなに貰いましたよ! 冒険者は金払いがいいですね!」
「やったね! これなら今月の家賃の支払いも楽々だよ!」
手を取り合って喜ぶ二人に僧侶兼、看護師のサーキスは思った。
(あんな目が見えない人も簡単に治してしまう。パディ先生は病気に対する知識が豊富だぜ。やっぱり先生はすごいぜ!)
これはライス総合外科病院で成り行きで働くことになった僧侶サーキスと、病院の家賃の支払いに毎月苦しむ医者、パディ・ライスの物語である。
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