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それから
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病院の待合室の二人の向かいには長椅子に座るポーラ。孤児院の少女、九歳。その横にギル、リリカ、パディが並んで立っている。
向かい側にはアプリコット夫妻が座り、その隣にはフォードが愛想笑いでもみ手をしながら、夫婦の顔を見たり、リリカの方を見たり、三人のご機嫌を取ろうとしている。
本日の話し合いの場所に病院を選んだのはフォード。フォードは特にリリカに期待していた。アルペンローゼと仲が良かった彼女に後押ししてもらおうと期待を寄せていた。
夫の方がポーラに語りかける。
「それでね、ポーラちゃんがうちの子にならないかなあって。うちはお金があるから君が欲しい物は何でも買ってあげられるよ」
婦人も続いて言う。
「そうよ、毎日おいしい物を食べさせてあげる」
ポーラは少しだけ考えて返事をした。
「いい。私は大きくなったら冒険者になりたいもん。魔法使いの呪文をいっぱい覚えていつか私を助けた人を探して、その人と世界中を冒険したい!」
ポーラの答えはノーだった。思いもよらぬ返事にアプリコット夫婦は固まってしまった。仲介役のフォードも絶望的な顔をする。ギルはいつものように無表情を貫いている。ギルはポーラを里子に出すことを賛成も反対もしていない。本人に任せるとだけフォードに言ってあった。
(こ、これは困った! 助けてリリカちゃん!)
阿吽の呼吸でフォードの気持ちはリリカに簡単に届いた。
(わかりましたよ、フォードさん)
「あのね、ポーラ。ちょっとこっちに来て。アプリコットさんご夫婦も、フォードさんも。よかったらギルも」
リリカがポーラの手を引いてカウンターの方へゆっくりと歩くと全員がリリカの後を追う。
「あなたに似てるって言われてるアルペンローゼさんって病気で死んじゃったの。癌って言う病気で亡くなる前から寿命もあとどれくらいってわかってた。ここに入院しててもう何もしなくてもいいのに、それでもここで受付の仕事なんかやってくれてたの。周りは誰も彼女が病人って気づきもしなかったわ。
亡くなったあとはみんなが彼女のことを関心してた。『死ぬ間際まで他人に尽くそうとしていた。死ぬことがわかっていたのに取り乱したりしないで人を気づかって優しかった。自分もそんな人間になりたい』ってみんながみんな言ってたわ」
リリカとポーラがカウンターに入ると机の引き出しを開けて書類を取り出し、引き出しの中に書かれた落書きをポーラに見せた。
『リリカさん、私の分までがんばって』
「これはアルペンローゼさんが勝手に書いたあたしへの言葉。普通、死ぬ間際にこんな言葉を人に贈らないわよ。心が強くて明るい人だったと思うわ」
アプリコット夫妻がポーラの後ろで涙を流して泣いている。
「こんな素敵な人を育てたんだから、ポーラ。あなたはアプリコットさんの養子になればきっと幸せになれるわ。それにアプリコットさんはお金持ちだもの。あなたが大きくなったらおうちのお金を少しだけ貰ってあなたみたいな子供を助けることができるようになるわ」
ポーラは何も言えない表情で考え込んでいる様子だった。そしてリリカがアプリコット夫妻に向かって言う。
「アプリコットさん。ポーラが大きくなってやっぱり冒険者になる決意が変わらなかったら笑って送り出して欲しいです。この子の自由に、しばりつけて欲しくはありません」
アプリコット夫妻は無言でうなずく。
「…それからポーラ。冒険者になっても、この街はあなたの街でもあるんだから、たまには帰って来るでしょ」
その日はいい流れで解散することになった。ポーラとギルは家に帰って他の子供たちに今日あったことを報告すると、全員が養子に行くことに賛成の声と羨望を集める。口々に新しいお父さん、お母さんができるのは羨ましい、そして友達が幸せになることは自分たちも嬉しいとポーラにお祝いを述べた。
*
「話はとんとん拍子だ。アプリコット夫妻は喜んでるぞ。リリカのおかげだ」
数日過ぎた病院でギルがリリカにポーラの状況を話す。
「それはよかったわ。あたしも嬉しい。アプリコットさんの名前を聞いた時にこうなるんじゃないのかと思っていたもの」
「しかしポーラが出て行くのは惜しいものだ。いつか別れの時が来るとはわかってはいたが、こんなに早いとは。俺は心の底ではポーラが養子を拒否してずっとうちに住んでいればいいと思ってた…。子離れできない…。俺は器の小さな人間だ…」
うつむくギルに、それをリリカは意外に思った。このような超人みたいな人間が子供の門出に悩んでいる。不思議な気持ちを覚えながらも、リリカは彼を元気づける。
「あんたはすごい人だと思うわよ。誰もあんたみたいにみなしごを育てられる人はいないわ。立派に思うわ」
「単純に俺が子供からちやほやされたいから孤児院をやっているだけだ…。ところでな…」
ギルが話を変える。
「…リリカ。心臓の部位で聞きたいことがあるんだが、お前の心臓を見せてもらっていいか? サーキスに聞いても機能的なことは答えてくれるのだが、正確な名前をよく忘れている。この前は右心室と左心室を間違えていた。他人の右と左は間違えることはたまにあるだろうが、それにしても間違えすぎだ。あの心臓外科のたまごにはがっかりだぞ」
リリカが謝った
「ごめんね、ギル。サーキスはきっちり指導しておくわ…。では、はいどうぞ。勝手に見てくれていいわよ」
「お前には触れないように気をつけるぞ」
二人は立ったまま、ギルが宝箱を唱えて心臓の観察を始めた。その間にリリカは思う。
(僧侶って例外なくみんな真面目よね。おじさん僧侶も若い女性の体を見ても嬉しそうな顔をする人が一人もいなかった。服を透視して表面を見ようだなんて人はきっといなかったと思うわ。たぶん異性に真面目な人しか僧侶になれないんだわ。…考えたら賢者のバロウズさんってどうかしら? あの人は変態かどうかはわからなかったけど、瞬間湯沸かし器みたいに一瞬で恋してすぐに諦めるような人だったけど…。僧侶系の職業に就くためのこの世界のルールがわからない…。)
馬鹿らしいことを考えているリリカは怪訝に思う。
(しかし沈黙が長いわね…)
ギルはただただ眉間にシワを寄せるばかりだった。
「これは…」
驚いたように独り言を言うと、別室のサーキスを呼んでリリカのもとへ連れて来る。二人はリリカに聞こえないようにこそこそ話をするとサーキスが宝箱の呪文を唱えて彼女の心臓を視た。
(何なのかしら…)
不穏な空気が漂う中、サーキスが叫んだ。
「癌だ! リリカの心臓に癌ができてるよ!」
向かい側にはアプリコット夫妻が座り、その隣にはフォードが愛想笑いでもみ手をしながら、夫婦の顔を見たり、リリカの方を見たり、三人のご機嫌を取ろうとしている。
本日の話し合いの場所に病院を選んだのはフォード。フォードは特にリリカに期待していた。アルペンローゼと仲が良かった彼女に後押ししてもらおうと期待を寄せていた。
夫の方がポーラに語りかける。
「それでね、ポーラちゃんがうちの子にならないかなあって。うちはお金があるから君が欲しい物は何でも買ってあげられるよ」
婦人も続いて言う。
「そうよ、毎日おいしい物を食べさせてあげる」
ポーラは少しだけ考えて返事をした。
「いい。私は大きくなったら冒険者になりたいもん。魔法使いの呪文をいっぱい覚えていつか私を助けた人を探して、その人と世界中を冒険したい!」
ポーラの答えはノーだった。思いもよらぬ返事にアプリコット夫婦は固まってしまった。仲介役のフォードも絶望的な顔をする。ギルはいつものように無表情を貫いている。ギルはポーラを里子に出すことを賛成も反対もしていない。本人に任せるとだけフォードに言ってあった。
(こ、これは困った! 助けてリリカちゃん!)
阿吽の呼吸でフォードの気持ちはリリカに簡単に届いた。
(わかりましたよ、フォードさん)
「あのね、ポーラ。ちょっとこっちに来て。アプリコットさんご夫婦も、フォードさんも。よかったらギルも」
リリカがポーラの手を引いてカウンターの方へゆっくりと歩くと全員がリリカの後を追う。
「あなたに似てるって言われてるアルペンローゼさんって病気で死んじゃったの。癌って言う病気で亡くなる前から寿命もあとどれくらいってわかってた。ここに入院しててもう何もしなくてもいいのに、それでもここで受付の仕事なんかやってくれてたの。周りは誰も彼女が病人って気づきもしなかったわ。
亡くなったあとはみんなが彼女のことを関心してた。『死ぬ間際まで他人に尽くそうとしていた。死ぬことがわかっていたのに取り乱したりしないで人を気づかって優しかった。自分もそんな人間になりたい』ってみんながみんな言ってたわ」
リリカとポーラがカウンターに入ると机の引き出しを開けて書類を取り出し、引き出しの中に書かれた落書きをポーラに見せた。
『リリカさん、私の分までがんばって』
「これはアルペンローゼさんが勝手に書いたあたしへの言葉。普通、死ぬ間際にこんな言葉を人に贈らないわよ。心が強くて明るい人だったと思うわ」
アプリコット夫妻がポーラの後ろで涙を流して泣いている。
「こんな素敵な人を育てたんだから、ポーラ。あなたはアプリコットさんの養子になればきっと幸せになれるわ。それにアプリコットさんはお金持ちだもの。あなたが大きくなったらおうちのお金を少しだけ貰ってあなたみたいな子供を助けることができるようになるわ」
ポーラは何も言えない表情で考え込んでいる様子だった。そしてリリカがアプリコット夫妻に向かって言う。
「アプリコットさん。ポーラが大きくなってやっぱり冒険者になる決意が変わらなかったら笑って送り出して欲しいです。この子の自由に、しばりつけて欲しくはありません」
アプリコット夫妻は無言でうなずく。
「…それからポーラ。冒険者になっても、この街はあなたの街でもあるんだから、たまには帰って来るでしょ」
その日はいい流れで解散することになった。ポーラとギルは家に帰って他の子供たちに今日あったことを報告すると、全員が養子に行くことに賛成の声と羨望を集める。口々に新しいお父さん、お母さんができるのは羨ましい、そして友達が幸せになることは自分たちも嬉しいとポーラにお祝いを述べた。
*
「話はとんとん拍子だ。アプリコット夫妻は喜んでるぞ。リリカのおかげだ」
数日過ぎた病院でギルがリリカにポーラの状況を話す。
「それはよかったわ。あたしも嬉しい。アプリコットさんの名前を聞いた時にこうなるんじゃないのかと思っていたもの」
「しかしポーラが出て行くのは惜しいものだ。いつか別れの時が来るとはわかってはいたが、こんなに早いとは。俺は心の底ではポーラが養子を拒否してずっとうちに住んでいればいいと思ってた…。子離れできない…。俺は器の小さな人間だ…」
うつむくギルに、それをリリカは意外に思った。このような超人みたいな人間が子供の門出に悩んでいる。不思議な気持ちを覚えながらも、リリカは彼を元気づける。
「あんたはすごい人だと思うわよ。誰もあんたみたいにみなしごを育てられる人はいないわ。立派に思うわ」
「単純に俺が子供からちやほやされたいから孤児院をやっているだけだ…。ところでな…」
ギルが話を変える。
「…リリカ。心臓の部位で聞きたいことがあるんだが、お前の心臓を見せてもらっていいか? サーキスに聞いても機能的なことは答えてくれるのだが、正確な名前をよく忘れている。この前は右心室と左心室を間違えていた。他人の右と左は間違えることはたまにあるだろうが、それにしても間違えすぎだ。あの心臓外科のたまごにはがっかりだぞ」
リリカが謝った
「ごめんね、ギル。サーキスはきっちり指導しておくわ…。では、はいどうぞ。勝手に見てくれていいわよ」
「お前には触れないように気をつけるぞ」
二人は立ったまま、ギルが宝箱を唱えて心臓の観察を始めた。その間にリリカは思う。
(僧侶って例外なくみんな真面目よね。おじさん僧侶も若い女性の体を見ても嬉しそうな顔をする人が一人もいなかった。服を透視して表面を見ようだなんて人はきっといなかったと思うわ。たぶん異性に真面目な人しか僧侶になれないんだわ。…考えたら賢者のバロウズさんってどうかしら? あの人は変態かどうかはわからなかったけど、瞬間湯沸かし器みたいに一瞬で恋してすぐに諦めるような人だったけど…。僧侶系の職業に就くためのこの世界のルールがわからない…。)
馬鹿らしいことを考えているリリカは怪訝に思う。
(しかし沈黙が長いわね…)
ギルはただただ眉間にシワを寄せるばかりだった。
「これは…」
驚いたように独り言を言うと、別室のサーキスを呼んでリリカのもとへ連れて来る。二人はリリカに聞こえないようにこそこそ話をするとサーキスが宝箱の呪文を唱えて彼女の心臓を視た。
(何なのかしら…)
不穏な空気が漂う中、サーキスが叫んだ。
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